転生ニートは迷宮王

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第5章

132 模倣

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***レルア視点です。***



 マスターがシレンシアへ向かってからしばらく経って、街の見回りも一通り終えたときのことだった。
 
「……レルアさん?」
 
 影の子が声をかけてきた。遊びの誘いであれば断ろうと思ったが……不安そうな顔を見るに、そういうわけではなさそうだ。
 
「なんでしょう?」
「あの、あのね。マスターに付けておいた影が、消されてしまったみたい」
「……詳しく教えていただけますか?」
 
 嫌な予感がする。影が消されたということはつまり、聖騎士などと接触したということ。普通の人間には、大罪の加護を受けた影を消すことなどできるはずもない。
 
「ええと、急に強引に消されてしまったの。マスターの様子はぼんやり分かっていたけれど、そこまで危険が迫っている様子はなかったわ」

 交戦前に不安因子である影を消したということだろう。頭の回る相手だ。影を知覚する能力もある。マスターとレイスの三人だけでは、状況次第で厳しいことになるかもしれない。
 
「なるほど、分かりました。私もシレンシアに向かいます」
「で、でもレルアさんは……」
「私は大丈夫です。留守はゼーヴェに任せますし、戦力の方はリフィスト殿と貴方、そしてラビ殿がいれば十分でしょう」
 
 万が一隠蔽バルドを破られたなら、そのときは正面から戦うだけだ。いざとなれば忘却ヴァピル改変アストルガもある。
 極力人目を忍んで行動すれば、それらを使う必要もなくなるはずだ。あくまで最終手段であり、マスターにご迷惑をおかけすることは避けねばならない。
 
(ゼーヴェ)
(シレンシアへ出るおつもりですか?)
(……そうですが)
 
 緊急事態であることをわざわざ話している余裕はない。彼がなんと言おうとすぐに出発しようと思っていたが、私の行動を理解したのかすぐに引き下がった。
 
(いえ……迷宮の管理はお任せください)
(ええ、頼みました)
 
 転移門ゲートを踏んで地上へ移動後、隠蔽バルドを使ってシレンシアへ向かう。
 
「――転移ラムルト
 
 青白い光が止んだあと、私は違和感に気付いた。
 ――芝生がある。
 私が飛んだのは城付近の道のはずだが、ここは間違いなく城門の内側だろう。術式に何者かの介入を受けたと考えるのが妥当か。
 
「あア、ようこソ……君ガ来るのハ、予見デ知っていタ」
「……!」
 
 隠蔽バルドは当然のように見破られていた。だが黒いフードを目深に被ったその姿は、城の関係者というには怪しすぎた。
 
「う厶……私ハ君ノ思ウ通リ、こノ城ノ関係者でハなイ」
「……では何者です? そこを退いていただいても?」 
「残念ながラ、それハできなイ。何者……何者カ。私ハ全てヲ手に入れル者ダ。手始めニ君ノ容姿ヲ頂こうカ」
 
 相手は指を鳴らしフードを取る。その顔は……私と同じものだった。
 
「ああ……溜息が出るほど素晴らしい出来ですね。流石、神が直々に創っただけはあります。眼球が破損しているようですが、それもまた独特な良さがある」
 
 声も私のものに変わった。先程までの嗄れ声ではない。不快だ。
  
「見た目や声を真似るだけなら魔物でもできます。しかし私は魔物ごときとは違う。貴方のほぼ全てをいただきました……一時的に、ですが」
「……つまり?」 
「最早私は、貴方になったも同じということです――土鎖グライド!」
 
 向かってきた土の鎖を、上体を捻って躱す。魔力の波長、クセ、魔術の選択までもが私に似ている。
 
「そう睨まないでください。ここで少し遊びましょう。マスターの元に向かわれては困るのです」
「断ります。私にそのような暇はありません――風矢ウィボロウ!」
「ええ、分かります。私は貴方ですから――解呪ディスペル――土壁グラムロ!」
「――具現化リディア!」
  
 地面から迫り出した壁を、創り出した剣で破壊――その反動を利用して後方の木の上まで跳ぶ。
 マスターもよく言っている。勝つことが目的でないなら、勝たなくてもいい。私の姿で好き勝手に動かれるのは癪だが、彼女は一時的なものだと言っていた。その言葉を信じるわけではないが、なんの制約もなく他人の姿や魔力などの模倣状態を維持することなど……できるはずがない。
 ここは一旦退き、マスターを探すべきだろう。私がマスターの元へ向かうと困るということは、やはり何かがあったということだ。
  
「貴方が――私が、攻撃に寄った天使で助かりました」
「……なんのことでしょう」
「私の張った結界に気付いてすらいないのですね。貴方が戦いを避けることなど、十分に理解していますから」
 
 魔力を探る。なるほど彼女の言った通り、面倒な結界が張られていた。物理的な障壁を伴った結界。内側からの破壊が難しい型の中でも、特に強度の高いものだ。
 私にこれほどの結界は張れない。私以外の何者かから奪った能力ということだろう。城内には優秀な結界術士もいるだろうし、そのあたりか。
 
「――根源より出でし力よ、我が願いに応えよ」
「根源魔術で破壊を試みますか。実に貴方らしい選択です」
「その力を貸し与えたまえ――土鎖グライド!」
「――!」  
 
 土の鎖を、結界ではなく彼女本人に向かって飛ばす。普段の私なら結界の破壊を最優先に考えるだろうが……相手がそう考えるなら、その通りに動くのはかえって悪手というものだ。
 
「なる、ほど。油断していました」

 自分の姿をした相手が腹を貫かれて苦しんでいるのを見るのは、決していい気分とは言えない。だが、あの状態で拘束しておけば私の邪魔はできないはずだ。
 
「――風の精霊よ、我が願いに応えよ」
 
 続けて根源魔術を使うことはできないため、通常の精霊魔術で結界の破壊を試みる。
 と言っても上級天使エイフリッドの私の完全詠唱ならば、根源魔術にも匹敵する威力と言っても過言ではない。
 足元の結界に手のひらを向け、魔力を集中させる――
 
「その力でを貫け――風槍ウィスペア!」
「――解呪ディスペル!」 

 ……相手が私の模倣体であるということを失念していた。模倣とは言え天使は天使、解呪ディスペルで私の魔術の威力を弱めることなど造作もない。
 見れば鎖は消滅しているし、傷も塞がっている。根源魔術のような魔力・素因エレメントの動きは感じなかったので、地道に解呪ディスペル治癒ヒールを繰り返したと考えるべきか。
 同じ手は通用しないだろう。拘束術式は他にもいくつか扱えるが、素直に食らってくれるとも思えない。
 しかし殺すのは手間……というより、不可能だろう。少なくとも相手が私の姿でいる間は無力化が限界か。それも、命を落とす危険を冒した上での話だ。
 
「ですから、睨まないでください。心配せずとも、今は貴方を殺そうなどとは考えていません」

 私が死ぬだけならばまだいい。だが早く向かわないとマスターが危険だ。
 靄がかかったような感覚ではあるが、一瞬天使の魔力のようなものも感じた。神と敵対した以上、天使も私たちの仲間とは言えない。
 ……なんとかして、早急にこの結界を破壊しなければならない。触れていて分かったが、強度が高いだけで複雑な防御術式は組まれていないようだ。
 
「――土鎖グライド
「――解呪ディスペル! そう、それでいいのです。私を殺せば結界だって消えますから――」 
「――具現化リディア!」
 
 手のひらを結界に押し当て、素因エレメントを集める。
 創り出された巨大な盾は結界に穴を開け、術式の破棄と同時に消滅した。
 
「! ならば次の結界を!」
「――吹風ウィレスカ!」
 
 狙いを定める一瞬も惜しいので、私もろとも強風で吹き飛ばす。結界の外に出てしまえばこちらのもの、相手が術式構築に集中できなければそれでいい。
 
「うぉ!」 
 
 空中で受け身の姿勢をとっていると、突如抱き抱えられる感覚。……魔力を確認するまでもない。
 ああ、マスター。ご無事で良かった。
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