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第4.5章
122 寄生
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「んじゃー、俺はここまでだ。城は……えーっと、向こうの方だ……ったと思う。ま、この道を真っ直ぐ行けば間違いないはずだぜ」
ネァハの視線の先には、森へと続く一本の道があった。舗装されているというよりは、人が通ることで自然に道ができたって感じだ。一人で森に入っていくのは少し怖いけど、城がそっちの方向なら仕方ない。
「色々大変だとは思うが、全部片付いたらまた寄ってくれや。戦争しねーならそれが一番だし、俺にゃーマコトが悪いやつには見えねー」
それに、とネァハが今度は僕の方を指さした。
「そのオーラってのかな。なんとなくわかるんだがよ、高位の精霊あたりと契約してんだろ? そんなのに悪いやつはいねーよ」
高位の精霊。そういうのとは縁がない……と思ったけど、もしかしてルインのことかな。
「ま、頑張れよ。交渉? 融和だったか? それはよくわかんねーが、上手くいくことを祈ってるぜ」
「あの……色々、ありがとうございます」
「いーってことよ!」
ネァハに手を振って別れる。魔界も門の向こうと同じく、通じるジェスチャーは多いみたいだ。
魔族が皆ネァハみたいに友好的ならいいんだけど。長の言ってたことが確かなら大半はそうじゃないだろうし、今後は捕まったりしないようにしないと。
折角フード付きのコートなんだし、これを被って角がないのを隠しておこう。これならすぐにはバレない。
森に入ってしばらく歩くと、辺りは更に薄暗くなってきた。道もどんどん細くなってきてる。
ネァハは嘘を言ってるようには見えなかったけど、本当にこの道で合ってるのか不安になってきた。魔物の遠吠えみたいなのも聞こえてきてるし、早く森を抜けたい。
「……ルイン?」
返事はない。まだ復活してない……ってことはないと思うけど。いざってときは出てきてくれるかな。
何度目かの小休止のあと、少し開けた場所に出た。空は相変わらず紫色――だけど、綺麗な星空だ。木々の間から見える地平線は橙色になってる。不気味というよりは、いっそ幻想的でさえある。
足もかなり疲れてきたし、今日はここで野宿しよう。野宿と言っても、一人だから眠れないけど。ルインがいてくれれば交代で寝ずの番ができるのに。
一日で森を抜けることはできなかったけど、明日にはきっと抜けられるはずだ。幸い水分も保存食も少しあるし、どこか街に着いたらそこで買い物をすればいい。通貨は同じらしいから、買い物くらいなら自然にできると思う。
※
……そして、森から抜けられないまま三日が経った。
いや、正確にはわからない。四日か五日か、もしかしたら一週間以上経っているかもしれない。
最近は木陰で仮眠を取ることも多くなってきた。勿論、近くに魔物がいないことは確認する。
けど、困ったのは食料だ。保存食は最低限しか持ってなかったから、昨日か一昨日に尽きた。それからはずっと木の実とか茸とかを齧って生きてる。
今ほど解析に感謝したことはない。解析のお陰で毒の有無がわかるし、たまに見る足跡や血痕から魔物との距離も推測できる。
ただ、いい加減木の実にも茸にも飽きてきた。
目が四つある鳥を狩ったことはあったけど、内臓の処理も血抜きもよくわからない。討伐証明部位を剥ぎ取るのとはわけが違う。
一応、祓魔の陣の威力を調整して火を通すことはできた。でも調味料なんてないし、肉自体も筋張っていてとても美味しいとは言えなかった。
卵は臭くて食べられたものじゃなかったし、そろそろ美味しい肉が食べたい。魚でもいい。
「……ルイン」
まだ出てこない。魔力が回復する度に解析を使って索敵してる僕の身にもなってほしい。
……ああ、また物音だ。かなり近くに何かいる。もう少ししたら一回分溜まるし、それまでここで待機しておこう。
ここ数日で気付いたけど、この辺りの魔物は隠れていれば襲ってこないことが多い。草むらでじっと息を殺していれば、やり過ごすことも可能だ。
と、魔力が回復した。
「――解析」
【中級天使 個体名:シエル】
……シエル!? 思わず草むらを飛び出す。
そこにいたのは、シエル――ではなかった。
明らかに違う。見た目はシエルに近いけど、ムカデ魔物の上半身みたいに表情に生気がない。
「マ――コト――」
「や、やめろ、誰だ……お前は!」
シエルもどきは焦点の合わない目で僕を見つめ、ユラユラと近付いてきた。
反射的に走って逃げる。動きは遅いし、祓魔の陣で十分殺しきれそうだけど……戦わないに越したことはない。シエルの姿のやつを殺したくないし。
だけど、どうしてシエルなんだ。まさかシエルが負けた? 龍牙と別の場所に落ちて?
でも、シエルだって天使だ。それに恐らくルインよりも強い。こんな動きの遅い魔物にやられるはずがない。
「っ、はぁ、なんだったんだ、今の……」
「あれ、マコト? どうしたの?」
「――っ!」
振り向いた先には、シエル。さっきの魔物が僕に追いついた――いや、そんなに速く動けるはずがない。それに言葉もカタコトじゃないし、その両目は僕をしっかり捉えている。
……けどそれ以上に、ここにシエルがいる確率の方が低い気がする。
解析はまだ魔力が足りなくて使えない。まあ使っても結果は変わらないか。
「おーい? マコト、なんか変だよ? ボーっとしちゃってさ」
「あ、いや……なんでもないんだ。ちょっとシエルに似た魔物を見かけて」
「ふーん? 変な魔物もいるんだねえ」
やっぱり本物かな。本物にしか見えない。多分さっきの魔物は、たまたま目に入ったシエルを真似たとかだと思う。
「そうだ、龍牙はどこに?」
「え? わからない……ボクはずっと一人だし。リョーガはどっか他のとこにいるんじゃないかな」
「そうか……」
ってことは、エリッツさんも別の場所に落ちたんだろう。単独だと疲れるだけだし、向こうは向こうで合流してくれてればいいんだけど。
「ねーマコト? ボクもう足疲れちゃってさ、おんぶしてくれると嬉しいなーなんて……?」
「……やれやれ、仕方ないな」
「やったー! ありがとうマコト!」
シエルが僕の肩に手をかけ、勢いよく背に飛び乗る。その体温は驚くほど低かった。
何かおかしいと思ったけど、もう遅すぎた。
「――本当にありがとう。マコトが馬鹿で助かったよ」
「――っ!」
激痛。冷たいものが背中の肉に食い込んでるのを感じる。
急いでこのシエルもどきを引き剥がさないとまずい。これだけ回りくどいことをしてきたんだし、戦闘能力はそう高くないはずだ。
「この――離れろ! 祓魔の陣!」
背中に当たるように橙の爆発。けど、背中の魔物に効いている様子はない。
魔物は、シエルの声で高らかに笑う。
「もうこんな急ごしらえの体に執着する理由はないよ。マコトの体が手に入るんだから!」
「な――くそ!」
全力で近くの木に背中をぶつける、けど、複数の突起がより深く食い込んだようにしか思えない。
「酷いなあ、でも無駄だよ! ボクは既にそこにいないし」
「シエルの声で――喋るな!」
「しょうがないじゃん、マコトがそれを望んだんだから」
僕が望んだ? 確かに一番会いたいのはシエルだったけど、こんな偽物なんかじゃない。
「うん、いい感じだねえ。状態もいいし、やっぱりちゃんとした体は適合も早いね!」
左手が勝手に動き出した。制御の効かない左手に、思いっきり側頭部を殴られてくらくらする。
右腕も痺れてきた。短剣を持つ手が震える。
「我儘なマコトの望み通り、今度はマコトの声で喋ってあげるよ。あとは頭に入ったら終わりかな――」
遂に口まで乗っ取られた。まだ辛うじて動くけど、声が出せなくなるのも時間の問題かもしれない。
何かないか、何か……
「――じゃあねマコト! 悪くない入れ物だし、長く使ってあげるよ」
「させ……ない」
震える右手で、エリッツさんに貰った聖水を口に含む。軽い結界を張るために持たされていたけど、使うなら今しかない。
「何、何を、熱いじゃん! やめてよ!」
「――滅魔の陣!」
最初に感覚が戻ってきた右手で陣を書き足し、上体を仰け反ぞらせてシエルもどきの体を吹き飛ばす。
背中が少し焼ける感覚があったけど、今は気にしてる場合じゃない。
「ぐ、ぐ、体が……ボクの……」
魔物は背中から流れ出ていったのか、その言葉を最後に全身の感覚が戻ってきた。呆気ない最期だ。
……でも、ギリギリだった。聖水が効いて良かった。
「っつ!」
突然酷くなった痛みに耐えきれず座り込む。
幸い出血はほぼ止まっているみたいだけど、少し動かす度に激痛が走る。
木に掴まってなんとか立ち上がると、視界は揺れるし腕に力も入らなかった。
でも、血の臭いで魔物が集まってくるのは確実だ。しばらく休んでいたいけど、今は進まないと。
ネァハの視線の先には、森へと続く一本の道があった。舗装されているというよりは、人が通ることで自然に道ができたって感じだ。一人で森に入っていくのは少し怖いけど、城がそっちの方向なら仕方ない。
「色々大変だとは思うが、全部片付いたらまた寄ってくれや。戦争しねーならそれが一番だし、俺にゃーマコトが悪いやつには見えねー」
それに、とネァハが今度は僕の方を指さした。
「そのオーラってのかな。なんとなくわかるんだがよ、高位の精霊あたりと契約してんだろ? そんなのに悪いやつはいねーよ」
高位の精霊。そういうのとは縁がない……と思ったけど、もしかしてルインのことかな。
「ま、頑張れよ。交渉? 融和だったか? それはよくわかんねーが、上手くいくことを祈ってるぜ」
「あの……色々、ありがとうございます」
「いーってことよ!」
ネァハに手を振って別れる。魔界も門の向こうと同じく、通じるジェスチャーは多いみたいだ。
魔族が皆ネァハみたいに友好的ならいいんだけど。長の言ってたことが確かなら大半はそうじゃないだろうし、今後は捕まったりしないようにしないと。
折角フード付きのコートなんだし、これを被って角がないのを隠しておこう。これならすぐにはバレない。
森に入ってしばらく歩くと、辺りは更に薄暗くなってきた。道もどんどん細くなってきてる。
ネァハは嘘を言ってるようには見えなかったけど、本当にこの道で合ってるのか不安になってきた。魔物の遠吠えみたいなのも聞こえてきてるし、早く森を抜けたい。
「……ルイン?」
返事はない。まだ復活してない……ってことはないと思うけど。いざってときは出てきてくれるかな。
何度目かの小休止のあと、少し開けた場所に出た。空は相変わらず紫色――だけど、綺麗な星空だ。木々の間から見える地平線は橙色になってる。不気味というよりは、いっそ幻想的でさえある。
足もかなり疲れてきたし、今日はここで野宿しよう。野宿と言っても、一人だから眠れないけど。ルインがいてくれれば交代で寝ずの番ができるのに。
一日で森を抜けることはできなかったけど、明日にはきっと抜けられるはずだ。幸い水分も保存食も少しあるし、どこか街に着いたらそこで買い物をすればいい。通貨は同じらしいから、買い物くらいなら自然にできると思う。
※
……そして、森から抜けられないまま三日が経った。
いや、正確にはわからない。四日か五日か、もしかしたら一週間以上経っているかもしれない。
最近は木陰で仮眠を取ることも多くなってきた。勿論、近くに魔物がいないことは確認する。
けど、困ったのは食料だ。保存食は最低限しか持ってなかったから、昨日か一昨日に尽きた。それからはずっと木の実とか茸とかを齧って生きてる。
今ほど解析に感謝したことはない。解析のお陰で毒の有無がわかるし、たまに見る足跡や血痕から魔物との距離も推測できる。
ただ、いい加減木の実にも茸にも飽きてきた。
目が四つある鳥を狩ったことはあったけど、内臓の処理も血抜きもよくわからない。討伐証明部位を剥ぎ取るのとはわけが違う。
一応、祓魔の陣の威力を調整して火を通すことはできた。でも調味料なんてないし、肉自体も筋張っていてとても美味しいとは言えなかった。
卵は臭くて食べられたものじゃなかったし、そろそろ美味しい肉が食べたい。魚でもいい。
「……ルイン」
まだ出てこない。魔力が回復する度に解析を使って索敵してる僕の身にもなってほしい。
……ああ、また物音だ。かなり近くに何かいる。もう少ししたら一回分溜まるし、それまでここで待機しておこう。
ここ数日で気付いたけど、この辺りの魔物は隠れていれば襲ってこないことが多い。草むらでじっと息を殺していれば、やり過ごすことも可能だ。
と、魔力が回復した。
「――解析」
【中級天使 個体名:シエル】
……シエル!? 思わず草むらを飛び出す。
そこにいたのは、シエル――ではなかった。
明らかに違う。見た目はシエルに近いけど、ムカデ魔物の上半身みたいに表情に生気がない。
「マ――コト――」
「や、やめろ、誰だ……お前は!」
シエルもどきは焦点の合わない目で僕を見つめ、ユラユラと近付いてきた。
反射的に走って逃げる。動きは遅いし、祓魔の陣で十分殺しきれそうだけど……戦わないに越したことはない。シエルの姿のやつを殺したくないし。
だけど、どうしてシエルなんだ。まさかシエルが負けた? 龍牙と別の場所に落ちて?
でも、シエルだって天使だ。それに恐らくルインよりも強い。こんな動きの遅い魔物にやられるはずがない。
「っ、はぁ、なんだったんだ、今の……」
「あれ、マコト? どうしたの?」
「――っ!」
振り向いた先には、シエル。さっきの魔物が僕に追いついた――いや、そんなに速く動けるはずがない。それに言葉もカタコトじゃないし、その両目は僕をしっかり捉えている。
……けどそれ以上に、ここにシエルがいる確率の方が低い気がする。
解析はまだ魔力が足りなくて使えない。まあ使っても結果は変わらないか。
「おーい? マコト、なんか変だよ? ボーっとしちゃってさ」
「あ、いや……なんでもないんだ。ちょっとシエルに似た魔物を見かけて」
「ふーん? 変な魔物もいるんだねえ」
やっぱり本物かな。本物にしか見えない。多分さっきの魔物は、たまたま目に入ったシエルを真似たとかだと思う。
「そうだ、龍牙はどこに?」
「え? わからない……ボクはずっと一人だし。リョーガはどっか他のとこにいるんじゃないかな」
「そうか……」
ってことは、エリッツさんも別の場所に落ちたんだろう。単独だと疲れるだけだし、向こうは向こうで合流してくれてればいいんだけど。
「ねーマコト? ボクもう足疲れちゃってさ、おんぶしてくれると嬉しいなーなんて……?」
「……やれやれ、仕方ないな」
「やったー! ありがとうマコト!」
シエルが僕の肩に手をかけ、勢いよく背に飛び乗る。その体温は驚くほど低かった。
何かおかしいと思ったけど、もう遅すぎた。
「――本当にありがとう。マコトが馬鹿で助かったよ」
「――っ!」
激痛。冷たいものが背中の肉に食い込んでるのを感じる。
急いでこのシエルもどきを引き剥がさないとまずい。これだけ回りくどいことをしてきたんだし、戦闘能力はそう高くないはずだ。
「この――離れろ! 祓魔の陣!」
背中に当たるように橙の爆発。けど、背中の魔物に効いている様子はない。
魔物は、シエルの声で高らかに笑う。
「もうこんな急ごしらえの体に執着する理由はないよ。マコトの体が手に入るんだから!」
「な――くそ!」
全力で近くの木に背中をぶつける、けど、複数の突起がより深く食い込んだようにしか思えない。
「酷いなあ、でも無駄だよ! ボクは既にそこにいないし」
「シエルの声で――喋るな!」
「しょうがないじゃん、マコトがそれを望んだんだから」
僕が望んだ? 確かに一番会いたいのはシエルだったけど、こんな偽物なんかじゃない。
「うん、いい感じだねえ。状態もいいし、やっぱりちゃんとした体は適合も早いね!」
左手が勝手に動き出した。制御の効かない左手に、思いっきり側頭部を殴られてくらくらする。
右腕も痺れてきた。短剣を持つ手が震える。
「我儘なマコトの望み通り、今度はマコトの声で喋ってあげるよ。あとは頭に入ったら終わりかな――」
遂に口まで乗っ取られた。まだ辛うじて動くけど、声が出せなくなるのも時間の問題かもしれない。
何かないか、何か……
「――じゃあねマコト! 悪くない入れ物だし、長く使ってあげるよ」
「させ……ない」
震える右手で、エリッツさんに貰った聖水を口に含む。軽い結界を張るために持たされていたけど、使うなら今しかない。
「何、何を、熱いじゃん! やめてよ!」
「――滅魔の陣!」
最初に感覚が戻ってきた右手で陣を書き足し、上体を仰け反ぞらせてシエルもどきの体を吹き飛ばす。
背中が少し焼ける感覚があったけど、今は気にしてる場合じゃない。
「ぐ、ぐ、体が……ボクの……」
魔物は背中から流れ出ていったのか、その言葉を最後に全身の感覚が戻ってきた。呆気ない最期だ。
……でも、ギリギリだった。聖水が効いて良かった。
「っつ!」
突然酷くなった痛みに耐えきれず座り込む。
幸い出血はほぼ止まっているみたいだけど、少し動かす度に激痛が走る。
木に掴まってなんとか立ち上がると、視界は揺れるし腕に力も入らなかった。
でも、血の臭いで魔物が集まってくるのは確実だ。しばらく休んでいたいけど、今は進まないと。
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