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第4.5章
120 遭遇
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***第4.5章は誠視点です。***
「――いつまで寝ている気だ」
「っわ! 痛い! 何するんだル……イン……?」
目の前のルインは、肩と膝から出血していた。
「これ以上の戦闘続行は厳しい。私は姿を隠す。貴様はその唯一優秀な逃げ足で、どこか安全な場所まで逃げろ」
「ちょ、ちょっと待って――」
ルインが怪我? 一体どうして? それより、ここは?
大気中の素因が濃い。ちょっと胸焼けしそうだ。空も紫だし、なんというか――
「――魔界」
そうだ、思い出した。僕たちはもう魔界にいる。
魔界の魔物は凶暴だって聞いてたけど、まさか天使のルインが傷を負うほどだとは。
それより、シエルと龍牙、エリッツさんはどこだろう。近くに気配はないし、もしはぐれたのなら早く合流しないと。僕だけじゃすぐに限界がくる。
「ギッ……ギッ」
「わ、わわ」
考え事してる場合じゃなかった。なんだか奇妙な――ケンタウロスの下半身が、馬じゃなくてムカデになったみたいな――魔物に囲まれてる。
一応腰から上は人っぽい……けど、表情が不気味だ。見た目が似ているだけで、機能は人間のそれとは違うのかもしれない。そして、恐らく意思の疎通は不可能。
「ギッ……ギィーギッ……」
「ギッギッギッ……」
歯軋りみたいな嫌な音を響かせながらゆらゆらと近付いてくる。このままじゃ殺られる。なんとかしないと。
「――祓魔の陣!」
素早く陣を描き、僕の周囲に小規模な爆発を起こす。爆発に驚いてか、後退った個体もいたけど……大半はその逆だった。
「!」
鎌のような腕が僕の近くの地面を抉り取る。当たったらタダじゃすまなそうだ。
実は、ローレンツさんには対集団用の陣も教えてもらってる。けど精々弱い魔物を怯ませられるくらいで、魔界の魔物に通用するとは思えない。
……とか言ってる場合でもない、か。動かなければ死ぬだけだ。
「ギィッギッギッ!」
「――っ!」
頬を軽く切られた。痛い。思ったより深い傷なのか、傷口から温かい液体が流れ出てくるのを感じる。
毒があったら終わりだ。僕は勿論、多分ルインも浄化が使えない。
でも、まだ諦めるべきじゃない。別に全員倒す必要はないし、今は僕が逃げられればそれでいい。一か八か、やってみる価値は十分にある。
「――戒魔の陣!」
祓魔の陣の範囲から、追加で術式を展開する。一対一のときに使う滅魔の陣ほどの威力はないけど、その分広範囲に爆発を広げることが可能だ。
案の定、ムカデが爆発に怯むことはなかった。けど、動きがおかしい。皆バラバラに変な方向を攻撃している。
……もしかして、視界を奪えたのかな。この昼か夜かもわからない仄暗い場所で、強い光に出会すことなんてそうないはずだ。
「ギッ……ギギギギッ」
「ギギギ……ギィギッギッ」
遂にムカデ同士で戦い始めた。かなり視覚に頼った魔物だったのか、僕の方には見向きもしない。
これなら、次の陣まで繋げられるかもしれない。逃げるにしてもより確実な方法を取りたい。
三段階目の陣を描くのには少し時間がかかる。ローレンツさんからも、使うタイミングには注意するように言われた。
だけど、今なら。
「ギィギッギギギッ!」
「ギッギッギッギッ!」
暴れ回るムカデの間を、腰を屈めて慎重に走り抜ける。基礎の陣は祓魔の陣と戒魔の陣で出来上がってるから、そこまで繊細な動きは必要ない。
「ギィギッギッ!」
「うわっ!」
ムカデの鎌が僕の足を掠った。今ので数体が僕に気付いたと思うけど、相手をしている余裕はない。そもそも、正面から戦った時点で僕の負けだ。
……仕方ない。少し足りていないけど、強引に陣を完成させる。
「――破魔の陣!」
「ギィ――」
派手な音、そして橙の光の爆発があたりに広がった。強引に完成させたにしては悪くない出来だ。魔力はほとんど残ってないけど、戦闘を避けて逃げればその間にルインが回復する。
あまりの眩しさに目を細めつつ、全速力で駆け出す。とにかく今は、ここから離れないと。
*
「……はぁ、はぁ。疲れた……」
かれこれ数十分、ひょっとするともっと長く走り続けていたかもしれない。あれから魔物には遭遇してないけど、龍牙達にも会えてない。
空は変わらず暗めの紫色だ。時間がわからない。腕時計もスマホもないから、空を見て大体の時間を判断するしかないのに。
「――!」
人だ。話し声がした。
急いで近くの茂みに身を隠し、声の方向を警戒する。ここは魔界だ。普通の人間がいるはずがない。
考えられるのは、魔族。
「――ああ、俺らの中にはな。村の方にはレンダが確認しに行ったが、あんな術を使うやつは……少なくとも俺は知らねー」
「なら誰だ? それに、何がしたかったっていうんだ?」
「さーな。長は異界から扉が開かれたとか言ってたが、戦争するには静かすぎる――それに、お前も戦闘の跡を見ただろ?」
「……多く見積っても三人か。いや、これだけ奇っ怪な術だ、人型でない可能性も――」
何を話しているかは理解できる。言語的な面でいえば。けど、それは僕が勇者だからだ。
扉は……多分僕らが通ってきたもので間違いない。戦争? 確かに僕らは魔王討伐に来たけど、軍を投入するって話は聞いてない。偵察と内情の報告を目的とした先遣隊がいるはずだから、精々そこと合流するくらいだ。
ふと思ったけど、敵国の王を殺しに行くのにたった三人――天使を入れても五人だなんて無理がありすぎる。僕なんて戦力外だし。勝てるはずない。これじゃ死にに来ただけじゃないか。
ダメだ、体が震え始めた。止まれ、止まってくれ、じゃないと――
「おい、そこに隠れてる奴。誰だ? 村のガキか? 外出るなっつったよな?」
「待て、異界からの侵略者の可能性も捨てきれん。ここで二人とも死ぬのは不味い。俺が警戒しておくから、お前は自警団の若いのを何人か呼んでこい」
「何ビビってんだ、全く。ほれ、危ねーから俺らが一緒に帰ってやるよ――」
浅黒い筋肉質の腕が、僕のいる茂みを掻き分ける。ああ、終わった。
「おい? どうした?」
「……参ったな。ツィラ、戦争が始まるかもしれねー。ガキはガキだが、異界のガキだ」
「なんだと!?」
体育座りの体勢のまま動けない。震えも止まらない。
「……本当に異界の子じゃないか。異界の人族は、こんな年端もいかぬような子供を戦争の道具にしているのか?」
「知らねーよ。それよりどーすんだ、これ。殺すわけにもいかねーだろ」
「長に連絡しよう。いや、いっそ村に連れていってしまうのはどうだ? 簡易的な魔力制御結界ならこの場で張っていける」
「危なくねーか? まあ、簡易的とはいえツィラの結界をこんなガキが破れるとは思えねーが」
男が二人。両方とも頭に角が生えていた。王宮で聞いた魔族の特徴と一致する。
逃げなきゃいけない。のに、足が動かない。
「よー、そんな怯えるなって。立てるか?」
「手を前に出してくれるかな――ありがとう。少し魔力を制限するよ。……我々も君が怖いんだ、許してほしい」
今すぐ殺されるようなことはなさそうだけど、魔族は僕たちの敵で、滅ぼすべき悪だって話だ。なら、魔族が人族に対して友好的なはずがない。
拷問とかされるのかな。痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。強い勇者なら、龍牙ならこうはならなかった。向こうの世界に帰りたい。平和な世界に。
「――いつまで寝ている気だ」
「っわ! 痛い! 何するんだル……イン……?」
目の前のルインは、肩と膝から出血していた。
「これ以上の戦闘続行は厳しい。私は姿を隠す。貴様はその唯一優秀な逃げ足で、どこか安全な場所まで逃げろ」
「ちょ、ちょっと待って――」
ルインが怪我? 一体どうして? それより、ここは?
大気中の素因が濃い。ちょっと胸焼けしそうだ。空も紫だし、なんというか――
「――魔界」
そうだ、思い出した。僕たちはもう魔界にいる。
魔界の魔物は凶暴だって聞いてたけど、まさか天使のルインが傷を負うほどだとは。
それより、シエルと龍牙、エリッツさんはどこだろう。近くに気配はないし、もしはぐれたのなら早く合流しないと。僕だけじゃすぐに限界がくる。
「ギッ……ギッ」
「わ、わわ」
考え事してる場合じゃなかった。なんだか奇妙な――ケンタウロスの下半身が、馬じゃなくてムカデになったみたいな――魔物に囲まれてる。
一応腰から上は人っぽい……けど、表情が不気味だ。見た目が似ているだけで、機能は人間のそれとは違うのかもしれない。そして、恐らく意思の疎通は不可能。
「ギッ……ギィーギッ……」
「ギッギッギッ……」
歯軋りみたいな嫌な音を響かせながらゆらゆらと近付いてくる。このままじゃ殺られる。なんとかしないと。
「――祓魔の陣!」
素早く陣を描き、僕の周囲に小規模な爆発を起こす。爆発に驚いてか、後退った個体もいたけど……大半はその逆だった。
「!」
鎌のような腕が僕の近くの地面を抉り取る。当たったらタダじゃすまなそうだ。
実は、ローレンツさんには対集団用の陣も教えてもらってる。けど精々弱い魔物を怯ませられるくらいで、魔界の魔物に通用するとは思えない。
……とか言ってる場合でもない、か。動かなければ死ぬだけだ。
「ギィッギッギッ!」
「――っ!」
頬を軽く切られた。痛い。思ったより深い傷なのか、傷口から温かい液体が流れ出てくるのを感じる。
毒があったら終わりだ。僕は勿論、多分ルインも浄化が使えない。
でも、まだ諦めるべきじゃない。別に全員倒す必要はないし、今は僕が逃げられればそれでいい。一か八か、やってみる価値は十分にある。
「――戒魔の陣!」
祓魔の陣の範囲から、追加で術式を展開する。一対一のときに使う滅魔の陣ほどの威力はないけど、その分広範囲に爆発を広げることが可能だ。
案の定、ムカデが爆発に怯むことはなかった。けど、動きがおかしい。皆バラバラに変な方向を攻撃している。
……もしかして、視界を奪えたのかな。この昼か夜かもわからない仄暗い場所で、強い光に出会すことなんてそうないはずだ。
「ギッ……ギギギギッ」
「ギギギ……ギィギッギッ」
遂にムカデ同士で戦い始めた。かなり視覚に頼った魔物だったのか、僕の方には見向きもしない。
これなら、次の陣まで繋げられるかもしれない。逃げるにしてもより確実な方法を取りたい。
三段階目の陣を描くのには少し時間がかかる。ローレンツさんからも、使うタイミングには注意するように言われた。
だけど、今なら。
「ギィギッギギギッ!」
「ギッギッギッギッ!」
暴れ回るムカデの間を、腰を屈めて慎重に走り抜ける。基礎の陣は祓魔の陣と戒魔の陣で出来上がってるから、そこまで繊細な動きは必要ない。
「ギィギッギッ!」
「うわっ!」
ムカデの鎌が僕の足を掠った。今ので数体が僕に気付いたと思うけど、相手をしている余裕はない。そもそも、正面から戦った時点で僕の負けだ。
……仕方ない。少し足りていないけど、強引に陣を完成させる。
「――破魔の陣!」
「ギィ――」
派手な音、そして橙の光の爆発があたりに広がった。強引に完成させたにしては悪くない出来だ。魔力はほとんど残ってないけど、戦闘を避けて逃げればその間にルインが回復する。
あまりの眩しさに目を細めつつ、全速力で駆け出す。とにかく今は、ここから離れないと。
*
「……はぁ、はぁ。疲れた……」
かれこれ数十分、ひょっとするともっと長く走り続けていたかもしれない。あれから魔物には遭遇してないけど、龍牙達にも会えてない。
空は変わらず暗めの紫色だ。時間がわからない。腕時計もスマホもないから、空を見て大体の時間を判断するしかないのに。
「――!」
人だ。話し声がした。
急いで近くの茂みに身を隠し、声の方向を警戒する。ここは魔界だ。普通の人間がいるはずがない。
考えられるのは、魔族。
「――ああ、俺らの中にはな。村の方にはレンダが確認しに行ったが、あんな術を使うやつは……少なくとも俺は知らねー」
「なら誰だ? それに、何がしたかったっていうんだ?」
「さーな。長は異界から扉が開かれたとか言ってたが、戦争するには静かすぎる――それに、お前も戦闘の跡を見ただろ?」
「……多く見積っても三人か。いや、これだけ奇っ怪な術だ、人型でない可能性も――」
何を話しているかは理解できる。言語的な面でいえば。けど、それは僕が勇者だからだ。
扉は……多分僕らが通ってきたもので間違いない。戦争? 確かに僕らは魔王討伐に来たけど、軍を投入するって話は聞いてない。偵察と内情の報告を目的とした先遣隊がいるはずだから、精々そこと合流するくらいだ。
ふと思ったけど、敵国の王を殺しに行くのにたった三人――天使を入れても五人だなんて無理がありすぎる。僕なんて戦力外だし。勝てるはずない。これじゃ死にに来ただけじゃないか。
ダメだ、体が震え始めた。止まれ、止まってくれ、じゃないと――
「おい、そこに隠れてる奴。誰だ? 村のガキか? 外出るなっつったよな?」
「待て、異界からの侵略者の可能性も捨てきれん。ここで二人とも死ぬのは不味い。俺が警戒しておくから、お前は自警団の若いのを何人か呼んでこい」
「何ビビってんだ、全く。ほれ、危ねーから俺らが一緒に帰ってやるよ――」
浅黒い筋肉質の腕が、僕のいる茂みを掻き分ける。ああ、終わった。
「おい? どうした?」
「……参ったな。ツィラ、戦争が始まるかもしれねー。ガキはガキだが、異界のガキだ」
「なんだと!?」
体育座りの体勢のまま動けない。震えも止まらない。
「……本当に異界の子じゃないか。異界の人族は、こんな年端もいかぬような子供を戦争の道具にしているのか?」
「知らねーよ。それよりどーすんだ、これ。殺すわけにもいかねーだろ」
「長に連絡しよう。いや、いっそ村に連れていってしまうのはどうだ? 簡易的な魔力制御結界ならこの場で張っていける」
「危なくねーか? まあ、簡易的とはいえツィラの結界をこんなガキが破れるとは思えねーが」
男が二人。両方とも頭に角が生えていた。王宮で聞いた魔族の特徴と一致する。
逃げなきゃいけない。のに、足が動かない。
「よー、そんな怯えるなって。立てるか?」
「手を前に出してくれるかな――ありがとう。少し魔力を制限するよ。……我々も君が怖いんだ、許してほしい」
今すぐ殺されるようなことはなさそうだけど、魔族は僕たちの敵で、滅ぼすべき悪だって話だ。なら、魔族が人族に対して友好的なはずがない。
拷問とかされるのかな。痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。強い勇者なら、龍牙ならこうはならなかった。向こうの世界に帰りたい。平和な世界に。
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