転生ニートは迷宮王

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第4章

97 憤怒

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***4章ですが、今回のみアヤト視点ではないです。次回からアヤト視点です。***



「はぁ、はぁ、クソ、なんで俺がこんな目に……!」
 
 少年は息を切らして走り続ける。暗い森の中を、ただ一直線に。
 
「待ちたまえよ。君はとても興味深い存在なんだ。手荒なことはしない、神に――リフィスト様に誓ってもいい」 
 
 黒い外套を羽織った男が、少年の背後を――空中を、滑るように音もなく駆ける。
 少年はもう限界だった。暫くの間、全力で逃げ続けているのだ。素因エレメントの濃い森ゆえにギリギリ持っているが、最早足元もおぼつかない。
 対して男は余裕そうで、口端に笑みすら浮かべている。
 
「相応の対価も支払おう。金は勿論、力が欲しければ魔力を授けるし、命が欲しければその寿命だって伸ばそうではないか――」 
「嫌、だ、と……言ってる、だろ……!」
  
 拒否する少年に対し、男は尚も語りかけ続ける。柔らかく、優しげな声で。
 事の始まりは、数時間前――
 
 
 
※ ※ ※
 
 
 
「測定不可……?」 
「はい、残念ながら。魔力がほとんど感じられないようです」
 
 俺が手をかざした水晶玉は、欠片ほどの光も発することはなかった。
  
「なんで……いや、だが! 俺には剣術がある。幼い頃より鍛えてきた剣術が!」
「しかし、当ギルドの規定ですので」
 
 そう、魔力のない者は冒険者になれない。冒険者を目指す者なら誰しもが知っている事実だ。ギルドを通さない個人依頼などを受けることはできるが、実績のない者に回ってくる仕事はない。
 逆に、そのような者にまで回ってくる仕事はワケありのことがほとんどだ。トラブルになることも多いし、一歩間違えれば監獄行きになったりする。最近だと、盗賊紛いの荒くれ者が富豪のペットの餌になったとかいう噂を聞いた。
 俺はそんな末路を辿るのは嫌だ。俺には、やらなきゃならないことがある。
 
「そう気ぃ落とすな少年! 冒険者以外でも食ってけるさ!」
「ちょっとアレン!」 
「はは……」 
 
 確かに''食っていく''だけなら冒険者以外にも仕事はある。だけど、俺の目標はそこにはない。
 ひとまずギルドを出る。今のところ、俺がだというのは誰にもバレていない。うっかり聖騎士にでも出会わなければ、恐らく今後も気付かれることはないだろう。
 さて……どうするか。シアに来るまでに狩った魔物の素材は買い取ってもらえたが、これっぽっちじゃ今日の宿代にもならない。
 いや、宿代はまだいい。奴に復讐するためなら寝床なんて選ばない。問題は魔力だ。
 俺は眠っても魔力が回復しないが、魔力が尽きると死ぬ。そして、今の状態では生きているだけで魔力を消費していく。早くマナポーションを飲まないと危険だ。
 ……だが今の所持金は200ルナ弱。質が低い、効果も怪しいようなものでも一本は買えるかどうかってとこだ。最悪盗みでもすればいいが、それはリスクが大きすぎる。このシレンシアにいられなくなるどころか、下手すれば結局監獄行き――ってなことになりかねない。しかも、その過程でゴーストだとバレれば確実に死ぬ。
 
「学院内なら安いだろうけど……」 
 
 深奥魔術学院。貴族の子供なんかが通う、シレンシアの魔術学院だ。上手くやれば格安で手に入る。
 噂では、街で500ルナはくだらない小瓶が100ルナ以下で手に入るとか。学生として潜り込むのは無理だとしても、何かやりようはあるかもしれない。
 どうにせよ時間がない。とりあえず一本飲まないと明日の朝を迎えられるかも怪しい。
 
「おや……君は、随分と面白い形をしているね」
 
 ――突然周囲の喧騒が消えた。
 通りにいたはずの人間が皆、跡形もなく消えてしまっていた。
 
「おっと、失礼。驚かせてしまったかな。少し静かな場所で話をしたくてね」
 
 声に振り向けば、にこやかに微笑む男。全身に鳥肌が立つのを感じた。危険だ。恐らく、この異常な空間を作り出したのはこの男だ。
 
「警戒の必要はないよ。ほら、私は丸腰だ。外套の中にも、魔道具一つ入ってはいない」
 
 丸腰かどうかは問題じゃない。むしろ丸腰なら、魔道具もなしにここまでのことをやってのける化け物だってことになる。
 
「とにかく、話だけでも聞いてくれるかな?」
「……断る!」

 返事と共に全速力で男と反対方向に走る。街を出てしまえば、流石にこの謎空間からも出られるはずだ。
 
「ふうむ、君にとっても悪い話じゃないと思うんだが」 
「っ!?」 
 
 すぐ後ろから声が聞こえてくる。足音は聞こえない。
 
「まあ、走りながらでもいいかな。君は珍しい個体でね。とても自然に発生したとは思えない作りなんだ」

 当然だ。そもそも普通のゴーストなら魔力切れだけで死んだりしない。
 が、それが何故この男にわかる? そもそも、何故俺がゴーストだとわかった?
 
「そこで、私の研究に協力してくれないかな。報酬は弾もう――ああ、どこまで逃げてもここから出ることは叶わないよ。ここはそもそも私が作ったわけじゃない」
 
 逃げてもダメなら立ち向かえっていうのか。こんな化け物に?
 いや――無理だ。ただのゴースト、それも元々一般人の枠を出てなかったような雑魚が勝てる相手じゃない。逃げながら何か対抗策を練った方がマシだ。
 格上相手で逃げられるとは思っていないが、相手が交渉を続けてくれる限りはなんとかなる。
 
 
 
* * * 
 
 
 
 ――結論。対抗策なんてなかった。実力差がありすぎる。なんであのクソマスターは俺もレイスにしなかったんだ。親父のついでで良かったのに。
 いや、レイスでも勝てないだろうが、少なくとも走ってるだけで死にかけることはなかったはずだ。こんな森の中で、魔術の一つでも使ったら即死。魔力タンクだかなんだか知らないが、ないも同然じゃねーか。
 
「ちょっとちょっと! 実際見ると超私好みの顔なんですケド!」
「……は?」 
 
 幻聴? いや、幻覚も……か?
 今この空間にいるのは俺とあの男だけのはずだ。
 
「何ボーッとしちゃってるワケ? この私がわざわざこんなとこまで来て話しかけてんですケド! 返事もしないとかいい度胸なんですケド?」
 
 黒っぽい服なのは男と同じだが、桃色の髪? あの男は白髪だった――いや、髪色を変えるくらいは余裕か。だがそもそも急に少女に化ける必要性を感じない。あの男には、今すぐ俺をさらって体を切り刻むだけの力がある。
 
「もしかして、私に見とれちゃってるワケ? なら許すんですケド!」
 
 確かに顔はいいのかもしれないが俺の好みじゃない――ってそんなこと言ってる場合じゃなかった。……いや?
 
「男は。あの男はどこに行った?」
「この世界に必要ないから追い出しちゃったんですケド。二人っきりの方が話しやすいし。なんかモンクあるワケ? 影の主もいないみたいだし、ここは今から私のモノなんですケド!」 
 
 わけがわからない。この少女にはそれだけの力があるのか? まあ、この世界にいる時点でどこかおかしいのは間違いない。今のところ友好的っぽいのが救いか。
 
「で、そうそう。本題。単刀直入に聞くんですケド。アンタの怒りに憎しみ、全部直接力に変えてみない?」
「――どういうことだ?」
「詳しい話は契約のアト。記憶一々消すのも面倒なんですケド」
 
 契約……契約? 精霊の類いか?
 
「俺に魔力を与えることはできるか?」 
「勿論。なんなら私と共有しちゃえばいいんですケド。簡単に言えば、契約するだけで力が手に入るってワケ。それも、復讐するには十分すぎる力なんですケド。どう? 悪い話じゃないと思うんですケド?」
 
 悪い話ではない。この少女と魔力を共有すれば、俺はもう魔力切れで死ぬこともない。
 きっと冒険者登録も可能だ。全てが上手くいく。
 
「ああ、じゃあ――契約ってのを頼む」 
「――あ。共有だけなら契りを結ばなくても良かったんですケド。アンタみたいに無欲なの初めてで、ちょっと困惑してるんですケド」
 
 ……契約の見返りは何か他にあるのか? 状況が掴めない。俺は魔力が手に入ればそれでいい。
 
「じゃ、じゃあ仮契約! 本契約のときに追加で一個願いを叶えてあげるんですケド。アンタの名前は?」
「俺はレイ。姓は……ない。お前は?」 
 
 少女は八重歯を見せてイタズラっぽく笑う。
 
「私は''憤怒''の――ラステラとでも名乗っておくんですケド。じゃあレイ、これからよろしくってワケ」
 
 精霊なんて生易しい存在じゃなかった。だが、俺は元々ゴーストだ。失うものは何もない。利用できるものはなんでも利用して、あいつを殺しに行く。
 
「よろしく――ラステラ」
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