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第3章
83 大蜘蛛
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「残りの目も潰していきましょう。戦えますか?」
「え、あー、一応?」
「何、学院生程度の動きができれば大丈夫です。私はファルンスターク家の長男ですから――風刃」
飛びかかってきた大蜘蛛は、風の刃を躱しきれずに紫色の血を流す。再び出てきた霧でよく見えないが、地面の血溜まりの部分が溶けているような気がする。当たったらヤバそうだな。
「腰の剣、かなりの業物ですね。剣士の方ですか?」
「いや、剣よりはどっちかって言うと魔術寄りの……危っぶね!」
「――風槍!」
黒い棘まみれの脚が、風に千切られて落ちる。
「やれやれ、落ち着いて話もさせてもらえないとは。――それにしても魔術ですか。どうも魔力から属性が読めませんね。失礼ですが、主な契約精霊は?」
「契約精霊……?」
なんだそりゃ。神のとこで決めたのかもしれんがまるで覚えてない。
時空魔術の場合はなんだ? 時空精霊?
「聞き覚えのない単語、といった顔ですね。己が剣に魔力を乗せるとしても、契約は必須。しかし貴方は私を一方的に知っていた――無知は私の方であってもおかしくはない、と」
勝手に納得した風のハルティアさん。まぁ契約精霊わからなくてもなんとかなってるしいいけどな。
「攻撃は私にお任せを。あの魔物が距離を詰めたがる以上、風を操れる私の方が向いています」
ま、俺より向いてるのは確かだ。勇者なのに純粋攻撃魔術は碌に使えないし。
「キチチチ」
「――吹風! もっと後ろへ、そして基礎魔術での行動阻害を!」
基礎魔術ってなんだ使える気がしねえ。とりま遅延でいいか。
「――遅延!」
一瞬遅くなったようなならなかったような。思ったより効きが悪いな。減速とかいうやつ使ってみるか。
一度ゴブリンに使ったが、遅延効きにくいデカい相手向け、って感じだった。範囲も広い分、直前に補助魔術使わないといけないっぽいな。
「――時緩――」
透明な液体のようなものが、薄く大蜘蛛の体を包み込む。つってもこの液体自体にはなんの阻害効果もないから、奴は元気に暴れ回っている。
気付かれた様子もないのでこれで良し。次は――
「――減速!」
液体に吸収させるイメージで全体に魔術をかける。徐々に大蜘蛛の動きが鈍くなってきた。成功だ。
実はここ来るまでに色々新魔術も覚えてんだよな。それも使ってみるか。
「随分と珍しい魔術を、っ危ない!」
「へ?」
魔術を使うでもなく、俺の前にハルティアさんが飛び出してくる。
「ぐぅ……っ」
「ハルティアさん? ハルティアさん!」
ハルティアさんは俺に覆い被さって苦しそうに呻く。肩には、大蜘蛛の棘が刺さっていた。
遠距離で棘を飛ばしたのか。そんなことができたのか。
「成程……どうやら少し厄介な魔物のようだ……」
フラフラと立ち上がるハルティアさんだが、その顔は青ざめている。
「一旦退きます――吹風」
未だ動きが遅いままの大蜘蛛から一気に離れた。流石にここまで棘が飛んでくることはないだろ。
「棘を引き抜くのをお願いしても?」
「も、勿論」
棘自体も素手で触ると危なそうだったし、急いで服を破って簡易手袋、その上から掴んで一気に引き抜く。
「…………っ」
出血と凄い汗。絶対痛いよなこれ。でも俺痛み止めの魔術とか使えないし許してくれ。
肩当てが邪魔で上手いこと止血できない。モタモタしてるとハルティアさんが口を開く。
「新しい布を私に」
「は、はい!」
服を更に破って渡す。ハルティアさんはそれを紐状にすると、端を口で加えて器用に傷口を縛ってみせた。
毒か。この迷宮は死んでも復活するらしいが、毒で苦しみながら死ぬのは嫌だな。
「……私は浄化が使えません。聖穢学も少し齧った程度」
浄化……響きからして、多分状態異常回復の魔術だろ。聖騎士でも覚えてないのか。或いは、覚えてるのにこの霧のせいで忘れてるのか。
「しかし、この毒は恐らく魔術系のものでしょう。傷口に魔力を感じます。ならば術者を殺せば解ける」
だがハルティアさんはもう動けなそうだ。まさか俺にあいつを殺せって?
「私を救っていただいた暁には、ファルンスターク家より望むままのお礼を差し上げましょう」
んなこと言われましても。
「ああ、この腕輪」
「?」
「私とも貴方とも別の魔力が流れています。きっと、ユネなる者を探すときの手掛かりとなり得るでしょう。貴方に預けます。風の精霊の加護あらんことを――加速」
少し身体が軽くなった、気がした。ハルティアさんは木に寄りかかったまま動かない。
丁度見つけたときと同じような格好だ。絶望感が段違いだが。
とりまユネを探そう。幸い大蜘蛛から距離は離れてるし、向こうも俺を見つけるのには時間がかかるはずだ。
奴が寝てる二人を襲うよりも先にユネを探し出し、そしてハルティアさんが毒にやられるよりも先に奴を殺す。
俺は運がいい方なんだ。今までマジでヤバいときでもなんとかなってた。
どうせ次の大木くらいで見つかるぞ――ほらね。
「ユネ――」
「何触ってんだにゃ?」
「ぉあああ!?」
尻尾でも耳でもない。普通に肩揺すって起こそうとしただけです俺は悪くない。てか起きてらっしゃったんですかね。このナイフどけてくれ。
「とにかく大変なんだ、ハルティアさんは毒にやられたし大蜘蛛の減速もそんなにもたない、早く大蜘蛛殺らないとハルティアさんが死ぬ!」
「何言ってんのかわからないにゃ。それよりどうやってこの里に入ってきたにゃ? ぼくの昼寝を邪魔するとはいい度胸だにゃ」
あーダメだ、こっちはこっちでおかしなことになってる。あとナイフ痛い。服の上だけどちょっと刺さってるだろこれ。
「なんつーか、えーと、俺とユネの仲間が大変なんだ。死にかけてる。で大蜘蛛を殺せば助かるんだ」
「は? ぼくとお前の仲間? ぼくとお前が仲間?」
おい地雷どこにあんのか分かんねえよ。何? キミ、ニンゲンキライ?
てか聖騎士ともあろう者がこんな上層の状態異常にやられるなよ。俺は勇者だから効かないにしても、聖騎士って結構強い方だろ?
胸に押し付けられたナイフは痛いしもうイライラしてきたぞ。どうせ死んでも生き返るんだ。やってやんよ。
「来やがれ大蜘蛛ォ!」
「キチキチキチ」
随分とお早いご到着ですね。こんなときまで思い通りにいかなくてもいいぞ。
本当に俺一人でなんとかなるか? やっぱ無理だろ。異世界来たばっかのやつが戦っていい相手じゃない。
「――時緩!」
普通に躱された。やっぱ魔術師のソロはキツい。ハルティアさんが異常なだけだな。
「――遅延!」
腕が俺を捉える直前に軌道を逸らして躱す。反撃のための魔術……新魔術を試そうにもイメージするだけの時間がない。
「――にゃ。お前のそれ、ぼくと同じやつだにゃ」
「どれ!?」
「これにゃ」
そっち向く暇すらねーんだよ俺は。剣を抜いたが衝撃を受けきれないで吹っ飛ばされる。息ができない。
フフ……下手だなあアヤトくん。下手っぴさ……! 受け身の取り方が下手……!
ゲーゲー胃液吐いてる場合じゃねえ、くっそ俺なんで剣持ってんだ? こんなんだったらもっと杖とか持ってた方がマシだったんじゃねーか?
「やれやれ仕方ないにゃ。お前みたいなひ弱な人族と仲間だなんて信じたくないけどにゃー」
腕輪を揺らしたユネが、大蜘蛛の脚を切り刻む。助かった。
「そこの大蜘蛛。ぼくの里を荒らした罪は、重いにゃ」
「え、あー、一応?」
「何、学院生程度の動きができれば大丈夫です。私はファルンスターク家の長男ですから――風刃」
飛びかかってきた大蜘蛛は、風の刃を躱しきれずに紫色の血を流す。再び出てきた霧でよく見えないが、地面の血溜まりの部分が溶けているような気がする。当たったらヤバそうだな。
「腰の剣、かなりの業物ですね。剣士の方ですか?」
「いや、剣よりはどっちかって言うと魔術寄りの……危っぶね!」
「――風槍!」
黒い棘まみれの脚が、風に千切られて落ちる。
「やれやれ、落ち着いて話もさせてもらえないとは。――それにしても魔術ですか。どうも魔力から属性が読めませんね。失礼ですが、主な契約精霊は?」
「契約精霊……?」
なんだそりゃ。神のとこで決めたのかもしれんがまるで覚えてない。
時空魔術の場合はなんだ? 時空精霊?
「聞き覚えのない単語、といった顔ですね。己が剣に魔力を乗せるとしても、契約は必須。しかし貴方は私を一方的に知っていた――無知は私の方であってもおかしくはない、と」
勝手に納得した風のハルティアさん。まぁ契約精霊わからなくてもなんとかなってるしいいけどな。
「攻撃は私にお任せを。あの魔物が距離を詰めたがる以上、風を操れる私の方が向いています」
ま、俺より向いてるのは確かだ。勇者なのに純粋攻撃魔術は碌に使えないし。
「キチチチ」
「――吹風! もっと後ろへ、そして基礎魔術での行動阻害を!」
基礎魔術ってなんだ使える気がしねえ。とりま遅延でいいか。
「――遅延!」
一瞬遅くなったようなならなかったような。思ったより効きが悪いな。減速とかいうやつ使ってみるか。
一度ゴブリンに使ったが、遅延効きにくいデカい相手向け、って感じだった。範囲も広い分、直前に補助魔術使わないといけないっぽいな。
「――時緩――」
透明な液体のようなものが、薄く大蜘蛛の体を包み込む。つってもこの液体自体にはなんの阻害効果もないから、奴は元気に暴れ回っている。
気付かれた様子もないのでこれで良し。次は――
「――減速!」
液体に吸収させるイメージで全体に魔術をかける。徐々に大蜘蛛の動きが鈍くなってきた。成功だ。
実はここ来るまでに色々新魔術も覚えてんだよな。それも使ってみるか。
「随分と珍しい魔術を、っ危ない!」
「へ?」
魔術を使うでもなく、俺の前にハルティアさんが飛び出してくる。
「ぐぅ……っ」
「ハルティアさん? ハルティアさん!」
ハルティアさんは俺に覆い被さって苦しそうに呻く。肩には、大蜘蛛の棘が刺さっていた。
遠距離で棘を飛ばしたのか。そんなことができたのか。
「成程……どうやら少し厄介な魔物のようだ……」
フラフラと立ち上がるハルティアさんだが、その顔は青ざめている。
「一旦退きます――吹風」
未だ動きが遅いままの大蜘蛛から一気に離れた。流石にここまで棘が飛んでくることはないだろ。
「棘を引き抜くのをお願いしても?」
「も、勿論」
棘自体も素手で触ると危なそうだったし、急いで服を破って簡易手袋、その上から掴んで一気に引き抜く。
「…………っ」
出血と凄い汗。絶対痛いよなこれ。でも俺痛み止めの魔術とか使えないし許してくれ。
肩当てが邪魔で上手いこと止血できない。モタモタしてるとハルティアさんが口を開く。
「新しい布を私に」
「は、はい!」
服を更に破って渡す。ハルティアさんはそれを紐状にすると、端を口で加えて器用に傷口を縛ってみせた。
毒か。この迷宮は死んでも復活するらしいが、毒で苦しみながら死ぬのは嫌だな。
「……私は浄化が使えません。聖穢学も少し齧った程度」
浄化……響きからして、多分状態異常回復の魔術だろ。聖騎士でも覚えてないのか。或いは、覚えてるのにこの霧のせいで忘れてるのか。
「しかし、この毒は恐らく魔術系のものでしょう。傷口に魔力を感じます。ならば術者を殺せば解ける」
だがハルティアさんはもう動けなそうだ。まさか俺にあいつを殺せって?
「私を救っていただいた暁には、ファルンスターク家より望むままのお礼を差し上げましょう」
んなこと言われましても。
「ああ、この腕輪」
「?」
「私とも貴方とも別の魔力が流れています。きっと、ユネなる者を探すときの手掛かりとなり得るでしょう。貴方に預けます。風の精霊の加護あらんことを――加速」
少し身体が軽くなった、気がした。ハルティアさんは木に寄りかかったまま動かない。
丁度見つけたときと同じような格好だ。絶望感が段違いだが。
とりまユネを探そう。幸い大蜘蛛から距離は離れてるし、向こうも俺を見つけるのには時間がかかるはずだ。
奴が寝てる二人を襲うよりも先にユネを探し出し、そしてハルティアさんが毒にやられるよりも先に奴を殺す。
俺は運がいい方なんだ。今までマジでヤバいときでもなんとかなってた。
どうせ次の大木くらいで見つかるぞ――ほらね。
「ユネ――」
「何触ってんだにゃ?」
「ぉあああ!?」
尻尾でも耳でもない。普通に肩揺すって起こそうとしただけです俺は悪くない。てか起きてらっしゃったんですかね。このナイフどけてくれ。
「とにかく大変なんだ、ハルティアさんは毒にやられたし大蜘蛛の減速もそんなにもたない、早く大蜘蛛殺らないとハルティアさんが死ぬ!」
「何言ってんのかわからないにゃ。それよりどうやってこの里に入ってきたにゃ? ぼくの昼寝を邪魔するとはいい度胸だにゃ」
あーダメだ、こっちはこっちでおかしなことになってる。あとナイフ痛い。服の上だけどちょっと刺さってるだろこれ。
「なんつーか、えーと、俺とユネの仲間が大変なんだ。死にかけてる。で大蜘蛛を殺せば助かるんだ」
「は? ぼくとお前の仲間? ぼくとお前が仲間?」
おい地雷どこにあんのか分かんねえよ。何? キミ、ニンゲンキライ?
てか聖騎士ともあろう者がこんな上層の状態異常にやられるなよ。俺は勇者だから効かないにしても、聖騎士って結構強い方だろ?
胸に押し付けられたナイフは痛いしもうイライラしてきたぞ。どうせ死んでも生き返るんだ。やってやんよ。
「来やがれ大蜘蛛ォ!」
「キチキチキチ」
随分とお早いご到着ですね。こんなときまで思い通りにいかなくてもいいぞ。
本当に俺一人でなんとかなるか? やっぱ無理だろ。異世界来たばっかのやつが戦っていい相手じゃない。
「――時緩!」
普通に躱された。やっぱ魔術師のソロはキツい。ハルティアさんが異常なだけだな。
「――遅延!」
腕が俺を捉える直前に軌道を逸らして躱す。反撃のための魔術……新魔術を試そうにもイメージするだけの時間がない。
「――にゃ。お前のそれ、ぼくと同じやつだにゃ」
「どれ!?」
「これにゃ」
そっち向く暇すらねーんだよ俺は。剣を抜いたが衝撃を受けきれないで吹っ飛ばされる。息ができない。
フフ……下手だなあアヤトくん。下手っぴさ……! 受け身の取り方が下手……!
ゲーゲー胃液吐いてる場合じゃねえ、くっそ俺なんで剣持ってんだ? こんなんだったらもっと杖とか持ってた方がマシだったんじゃねーか?
「やれやれ仕方ないにゃ。お前みたいなひ弱な人族と仲間だなんて信じたくないけどにゃー」
腕輪を揺らしたユネが、大蜘蛛の脚を切り刻む。助かった。
「そこの大蜘蛛。ぼくの里を荒らした罪は、重いにゃ」
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