転生ニートは迷宮王

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第1章

29 邪竜討伐①

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***レルア視点です。***



「邪竜討伐、ですか?」
「ああ。邪竜武器ってのを作ってみたくてな」
 
 邪竜。その名の通り"堕ちた"竜だ。
 通常の竜は、他の生物が寄り付けないような天空で暮らす。彼らには言葉も文明もあるらしく、何か問題を起こした竜はその住処を追放される。
 追放された竜は下界の素因エレメントによりその皮膚を黒く変え、何割かが凶暴化する。凶暴化した竜は人族の討伐対象になるが、その身体から採れる素材は様々な武器や防具に加工が可能だとか。
 しかし、基本的には暗い谷底などでひっそりと暮らす生物……魔物だ。つまり――
 
「その……そう簡単に見つかるわけではないのですが」
「ああ、大丈夫。それはこいつが解決してくれた」
 
 マスターは宙に浮くパネルをこちらへ移動させる。どうやら地図らしい。
 迷宮の南東140キルトあたりに小さく赤い点が集まっているのが見えた。
 
「この点の部分に邪竜が湧いてるらしくてな。いやぁ、まさか素材から場所をサーチ出来るほどだとは思わなかった」

 最近狩ったはぐれ邪竜は、突然の巨大な魔力におびき寄せられたものであると推測される。
 しかし、こちらへ来てからこの迷宮関連以外の大きな魔力は観測していない。明らかに異常だ。
 
「発生理由はわかりますか?」
「そこまでは書いてないな。なんかあるのか?」
「いえ……」
 
 元々勇者はシレンシアの城に召喚される予定だった。他の勇者もこうしてズレたところに召喚されたとしても、魔力の揺れが全く見られないのはおかしい。
 
「あれじゃねーか? ほら、邪竜の餌撒いたとか」
 
 餌。低級魔物の大量発生? しかし、それだけで呼べるのなら今頃世界は混乱に陥っている。
 ……いや、魔力で呼び寄せることも可能だ。確かに赤い点の村――リヴィルのあたりには深い谷がある。精霊から貰った地図が最新のものかは分からないが、地形などそうそう変わらないはずだ。
 周囲に魔法陣系の結界を張ることにより魔力を外に出さず、集中させておびき寄せることは不可能ではない。
 
「餌、という線はありそうですね。とにかく、何か異常が起きているのは確かなようです」

 天使に課された使命は二種類。勇者の補佐と、運命外の事象への対応だ。勇者転移までは運命通りだが、それ以降起きる"転移による揺らぎ"は運命外の事象となる。
 この邪竜は確実にそれだろう。天界の〈運命の書〉には記されていなかった筈。
 基本的には勇者の補佐が優先だが、その勇者が邪竜討伐を望んでいるなら行かない理由はない。
 
「すぐに向かいましょう」
「さんきゅ……あ、そうだ。前レルアに貸した魔術全集、あれ読み終わってたら貸してくんね?」
「……申し訳ありません。お伝えするのを忘れていました。あの本には読み終わった途端燃えてしまう呪いがかかっていたようで」
「げ、マジか。安かったから買ったんだがそんなヤバいもんだったとは……すまんな。怪我は?」
「大丈夫です。それほど派手な燃え方ではなかったので」
 
 良かった、と安堵の表情。私は天使なのだからそのような心配は不要なのだが。
 まあ、一般人が触れたら大惨事だったことは間違いない。勇者のマスターでも、不意を突かれたら火傷くらいは負っていた可能性はある。
 
「では」
「ああ、頼んだ」
 
 転移門ゲートを踏み、外へ。

 心地よい風が頬を撫でる。140キルトならば、全力で飛んで数十分といったところか。
 念のため隠蔽バルドを使い飛び立つ。
 
 
 * * * 
 

 村まで残り十数キルト程度の場所で、火の手が上がっていることに気付く。
 邪竜の数は七。一頭ずつ狩っているのでは被害が大きくなる――村も、歪みも。
   
「固まるなぁ! 散れ、散れー!」
 
 村から少し離れた茂みに着地すると、轟々と燃える炎の音に混じって声が聞こえてきた。
 
「聖騎士様たちが到着するまでどうにかして持ちこたえるんだ!」

 聖騎士……? 付近に姿は確認できなかった。エクィトスを使うにしても、ここへ来る頃には村人達はとうに全滅しているだろう。
 やはり私がなんとかするしかない。浄化の広範囲魔術は通るだろうか。
 動きを止める程度のことは出来るだろうし、狩りが楽になるのだが。
 どうにせよ、邪竜全てを同時に相手しなければならない。少しでも魔術範囲を狭く抑えるためにも、村の中心へ走る。
 
「ああ!? き、君は旅人かい? なんでまだこんな場所にいるんだ、女子供は全員逃がしたと思ったのに!」
 
 む、まだ隠蔽バルドを解かない方が良かったか。今から――いや、もう遅いようだ。
 
「とにかく、早く逃げてくれ! ここほど危険な場所もない……ローザン、まだ東の井戸は潰されていないな?」
「ああ、だが時間の問題だ。あの竜が数頭向こうにいる。今下手に動くと逆に危険だぞ」
「だからってどうしろって言うんだ、僕らと一緒に行動させるのか? こんなか弱い少女を!?」

 見つかってしまった以上、共に行動するのが私にとっても最善策かもしれない。天使であるということさえ隠せれば問題はないのだから。
 ここは聖騎士を騙ってみよう。力を見せれば恐らく信じてもらえる。
 
「しかもよく見れば貴族様みたいな格好だ、怪我なんてさせたらどうなるか。もし死なれでもしたら僕らも死ぬしかなくなるぞ!」
「貴族だなんて。私はこう見えても聖騎士です」
 
 二人は冗談はよせ、と言ったような目で私を見る。
 
「む、疑っていますね」
「勿論だ。君みたいな少女が入れるはずがない。大体、鎧と神器はどうしたんだ?」
「たまたまこの辺りに個人的な用があっただけですから、どちらも持ってきていないのです。具現化リディア
 
 見様見真似だが、ゼーヴェの剣を作り出し――そのまま全力で近くの木へ向けて振る。
 木は、ズバンッと豪快な音を立てて弾け飛んだ。
 
「お分かり頂いただけましたか?」
「……まさか本物の聖騎士様だとは。先程までの無礼をお許し下さい」
「鎧を着ていなかった私にも非があります。お気になさらず。早速ですが、今交戦中の方々に邪竜と距離を取るよう伝えて頂けますか?」
「構いませんが、すぐには厳しいかと……」
 
 こちらの世界には通信結晶なるものがあると聞いていたが、普及には至っていないようだ。
 しかし、いかに浄化魔術だとしても、すぐ近くにいたのであれば人族であろうと身体が消し飛びかねない。
 全員に送るのは少し骨が折れるが、念話を使うとしよう。
 村全体を覆うよう範囲を広げて――
 
(聞きなさい。私は聖騎士が一人ミレイル。只今より邪竜の殲滅を開始します。巻き込まれないよう邪竜から50メルト程距離を取るように)
 
 二人は先ほどとは違い、目を丸くして私を見ている。
 通信結晶が普及してないのだから、念話が珍しいのも当然と言えばそうだ。
 
「驚いたな。聖騎士様はこんなことまで出来るのか」
「ええ。慣れればそう大変なことでもないのですよ」
 
 さて、そろそろ距離は取れただろうか。お互いに念話が使えないと返事が来ないのが不便なところだ。

「聖なる光よ、此より広がり魔を祓え。――大聖浄エル・リファイス
 
 浄化の光が村を包み込みように広がっていく。邪竜の咆哮は小さくなり……やがて、消えた。
 だが、どうやらまだ死んだわけではないらしい。全てを一度に仕留めるような大規模魔術を使うわけにはいかないし、数頭狩ったら残りは聖騎士に任せるとしよう。
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