群青の夏

黒飛蝗

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潮の香り

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 少し、飲みすぎたか。
 駅から自宅へ向かうタクシーが、川沿いの土手に差し掛かる頃、県立水蘭高校社会科教師、井岡義秀はそう思った。

 日頃は生徒達に自己管理の大切さを説いておきながら、自分がこの有様では生徒達に示しがつかないと自責の念に駆られつつも、たまには酒でも飲まなければやっていられない、とも思う。

 義秀は、三年生の学年主任でもある。担任を受け持っているクラスは無いが、職務上の責任は重い。以前より、酒を飲む機会も増えた気がする。
 水蘭高校は、県内有数の進学校なだけに、基本的には真面目で手の掛からない生徒が多いが、それでもやはり、どこの学校にも問題児というのはいるものだ。

 今義秀が授業を受けもっているクラスに、安西という生徒がいた。安西は赤点の常習犯で、何度も補修授業や追試を受けさせた。
 留年ぎりぎりで二年生になった去年の一学期も、中間、期末共に、テストの点数が芳しくなかったため、補習授業を受けさせることになった。内容は、フランス革命についてだった。絶対王政の社会で、特権階級に虐げられてきた平民達が決起して起こしたこの革命は、現代における民主主義の原点とも言われている。

 補修を受けさせられているというのに、全く危機感の感じられない様子の安西に「安西。今俺達が、民主主義の世の中で独裁者に抑圧されずに生きていられるのは、こういう人たちが、命がけで戦ってくれたおかげなんだぞ。お前も成人したら選挙には必ず行きなさい。せっかく与えられた権利を自ら放棄するのは怠慢だ。これは平和な時代に生まれた人間の義務だぞ」と問いかけると、安西は表情の無い顔で「別に、俺がそいつらに革命起こしてくれって頼んだわけじゃないし。政治とか興味ないし」と答えたあと、すぐに目を逸らし、虚ろな表情のまま窓の向こうへ視線を送ったのだった。

 態度の悪い生徒を、ぶん殴ってやりたいと思ったことは一度や二度ではない。だが、それをやってしまえば、こちらの負けだ。そして、おそらく生徒達も、最終的にこちらが手を上げることはできないとわかっているからこそ、増長している部分もあるのだろう。

 だが、義秀が生徒を殴らない理由は、それだけではない。義秀は、教師としても、父親としても、教育者として、何があっても決して暴力だけは振るうまいと、硬く心に決めているのだ。

 酔いと車の揺れが、猛烈に眠気を誘う。シートに身を預けて目を閉じたら、今にも眠ってしまいそうだ。

 義秀は、タクシーの窓を半分ほど開けた。窓から吹き込む風には、微かに潮の香りが混じっている。海からさほど離れていないこの辺りの川の水は、海水が混じっている汽水域なのだ。
 義秀にとって、潮の香りは故郷の香りだった。
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