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負けない強さは全て君にもらった-1

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 私は、夏休みが終わっても生きていた。
 はぁっと深いため息を吐いて、教室の前で立ち尽くす。
 クラスメイトたちのメッセージを無視したまま、学校が始まってしまった。

 どんな反応が来るか、恐怖で足が震える。
 今までの嫌がらせよりひどいかもしれない。
 それでも、学校に来ないという選択肢はなかった。
 怖くて仕方ないけど、ワタくんのためだからと決意して来た。

 ワタくんが、私が普通の日常を送ることを望んだから。
 できることなら、学校を全部休んで、ワタくんの隣で色々な話をしたかった。
 でも、ワタくんを困らせたいわけではないし、それは私のワガママだとわかっている。
 だから、こうやって学校に来たんだけど……

 教室の扉がいつもより、やけに重く感じられる。
 横にぐっと引っ張れば、ガララという音を立ててしまった。
 すでに登校していたクラスメイトたちが、一斉にこちらを見る。

 西音さんともばっちり目が合ってしまった。

「おはよう!」

 お腹の底から出した声は、教室に響き渡る。
 クラスメイトたちは、シィーンっと黙り込んだ。
 そして、普通の顔で「おはよー」と返事をしてくれる。

 もしかして、私がメッセージを無視し続けてる間に、飽きた?

 期待が胸の奥から膨らんでいく。
 そんなことで飽きる人たちだとは思えないけど……そうだったら、いい。

 西音さんも普通の表情で「おはよー」とだけ、返してくれた。
 本当に、終わったのかもしれない。
 ホッとしながら、席に着く。
 机の中にもいたずらの痕跡はない。

 終わった……
 こんなあっさりと終わるだなんて。

 なんとも言えない感情が胸の中を駆け巡っていく。
 スマホがポケットの中で揺れて、メッセージを知らせる。
 取り出せば、ワタくんからの「学校着いた? 新学期だよね?」という心配のメッセージだった。

 安心させる文面を作って、送り返す。
 あとで、学校内の写真でも撮って送ろう。
 私が学校に行くのを辞めることを、本当に心配していたから。

*  *  *

 久しぶりの学校は、何事もなく終わる。
 今日は始業式だから、お昼までの短縮授業でよかった。
 安心した気持ちを胸にしまいながら、急いで教室を取り出す。
 
 ワタくんの口ぶりから、残された時間は多くないことを知っていたから。

 見慣れたビルを見上げながら、ちょうど一階にあるエレベーターに飛び乗った。
 早く早くと気持ちが急く。
 今日は元気だから屋上に来てるよ、とワタくんはメッセージに書いていた。

 元気な姿を見て、少しでも安心したい。
 そんな気持ちが、ボタンを押す指を急かす。
 エレベーターがぐんぐんと上昇していくにつれて、私の気持ちも一緒に上昇していく。

 いじりが無くなったことを報告したら、ワタくんは喜んでくれるかな。

 チンっと楽しそうな音を鳴らして、エレベーターの扉が開いた。
 屋上の扉を開けば、瑞々しい野菜たちが出迎えてくれる。
 畑の周りには人がまばらにいて、お互いの野菜を交換したりしてた。
 
 その中にサイトウさんも居て、いつものようにスーツ姿で、野菜をカゴいっぱいに詰めている。

 涼しげな風が、私の制服をひらひらと揺らす。
 押さえながら空を見上げれば、白いトマトみたいな雲がゆっくりと流れていた。

 今日の空も、青々と輝いていてキレイだ。
 胸いっぱいに、空気を吸い込む。
 手を伸ばせば、雲も掴めそうな気がするくらい、澄んでいる。

 ペントハウス横のベンチに顔を向ければ、ワタくんは真剣な表情でカタカタとパソコンに打ち込んでいた。
 邪魔をしないように、ゆっくり足音を立てずに近づく。
 ピタリ、止まったかと思えば、急に私の方を見る。

「気づいてるよ」

 イタズラっぽい笑顔で、こちらに顔を向けてパソコンを閉じる。
 カバンに入れようとした瞬間、強い風がワタくんのブランケットを持っていきそうになった。
 慌てて駆け寄って、ブランケットを押さえる。

「ありがと、ごめんごめん」

 素直に感謝しながら、ワタくんはブランケットを掛け直した。
 微かに触れた太ももが前よりも、明らかに細くなってる。
 ごはんすら、まともに食べられていないのかもしれない。

 ワタくんの状況を想像して、私の方が泣きたくなる。
 どれくらい、しんどいのか。
 それなのにどうして、屋上に来たのか。

 元気だから屋上に行くよという言葉は、嘘だったのかとも思った。
 でも、今の状況の中では元気なのかもしれない。

 気付かないふりをして、ワタくんの隣のベンチに座る。
 太陽を吸収したのか、ベンチは熱くなっていた。

「ワタくん、小説見せてくれないねぇ」

 病状には触れず、ふざけたように口にすれば、「完結してないからね」と答えてくれる。
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