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生活感の薄い家-3
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ワタくんは急に立ち上がって、私を置き去りにしたまま、部屋を出ていく。
自分自身をぎゅっと強く抱きしめれば、まだ、ワタくんの体温がここに居るみたいに感じる。
ワタくんのこと、恋として好きなのかも。
だから、私の胸がこんなに速く脈撃ってるのかな。
これが、好きってこと……?
自問自答を繰り返しても、答えはわからない。
それでも、今、ワタくんに抱きしめられてた瞬間だけは、全ての地獄のことを忘れ去っていた。
戻ってきたワタくんは、私の布団の横にもう一式布団を敷いてごろんと寝っ転がる。
そして、天井を見上げたまま、私に問いかけた。
「どういう話したいの?」
「ワタくんの小説の話、とか」
「完成してないから見せないって」
「じゃあどういう話かだけ教えて」
問い掛ければ「えー」と言いながらも、ワタくんは「そうだなぁ」と考え始める。
そして、手元にあったスイッチで部屋の照明を常夜灯に変えた。
ワタくんは最初に見せてくれた以来、私に小説を見せてくれない。
それでも、書いてることは確かだった。
いつ、屋上に行ってもパソコンも睨めっこしてるから。
そして、私に気づいたら「おはよ」と言って、パソコンを閉じてしまう。
「大まかな話だけでいいから」
「高校生の男が、ある女の子と出会って」
「うん、それで?」
高校生が主人公なんだ。
やっぱり、自分に近い属性のキャラクターの方が描きやすいのかも。
私も布団に寝っ転がって、天井を見ながら続きを促す。
天井の蛍光灯は、薄いオレンジ色に光ってる。
オレンジ色は夕日よりも、淡くて、優しい。
「で、好きになっちゃう話」
「大体全部そういう話でしょ!」
ワタくんの方を見れば、お腹を抱えて笑い出す。
私もおかしくなって、一緒に声をあげて笑う。
「ずっと続けばいいのにね」
「そうだね、僕もそう思う」
「私と居ると疲れない?」
「楽しいよ、いっつも、みーちゃんはからかいがいがあるから」
くすくすと笑いながらも、ワタくんも私の方に体を向けて、見つめる。
ほのかな暗闇の中で、見るワタくんはいつもよりなんだか小さく見えた。
手を伸ばせば、ソッと優しく握り返してくれる。
「なんで、来世を信じてないの?」
「不確定でしょ、来世なんて。前世の記憶を持ってる人なんてそういないし」
「でも、ネットとかにはいっぱい転がってるよ」
死ぬことを考えた時に、私は来世を想像した。
ネットに上がってた動画のせいもあるけど、そうだったら、幸せだなと思ったから。
たとえ,今世で地獄に堕ちていても、来世では幸せになれる。
そうだったら、いいなぁと心が惹かれた。
「じゃあ、みーちゃんは実際に体験したことあるの?」
「今はそうじゃないかなぁって、信じてる話でもいい?」
「え、あるんだ」
想定していなかったらしく、ワタくんが素っ頓狂な声をあげる。
私だって、そんな単純に夢みがちで信じてるだけなわけじゃない。
「おばあちゃんの家のわんちゃんなんだけど……」
「うん」
「柴犬でいちって名前のわんちゃんだったの。でも、病気で亡くなっちゃったんだ、私が小学生くらいの時に」
おいしそうな揚げ物色をした、いち。
おばあちゃんの家に邪魔すれば、嬉しそうに尻尾を振って飛び交ってきた。
でも、誰よりもおばあちゃんが大好きで、いつもおばあちゃんの膝の上に乗って、わんって小さく鳴く。
「おばあちゃんがすごい悲しんじゃって、どうにもならなくなってたの」
「ペットは飼ったことないけど、ずっと一緒にいたら、そうなるよね……」
感情移入して悲しくなったのか、私の手を掴むワタくんの力が強くなる。
私は、大丈夫と伝えるように、強く握り返した。
「でもね、一ヶ月後に、一号って子とおばあちゃんは出会ったの。柴犬じゃなくて猫なんだけど」
「それは、いちから貰ってる名前?」
「そう」
茶トラのいちごうは、隣のおばちゃんの家で生まれた野良猫の子供だった。
隣のおばちゃんは、五匹も生まれて大変だからと一匹引き取ってくれないかとおばあちゃんに相談に来たらしい。
おばあちゃんは、もう動物とは暮らさないって、いちとのお別れがショックで決めてたんだけど。
でも、見に行ったら、茶トラの一号と目が合って「この子はうちの子だ」って思ったって言ってた。
「一号はね、おばあちゃんに引き取られたんだけど。行動がまるっきり犬なの」
「猫なのに?」
「そう、ずっとおばあちゃんの膝の上に乗ってにゃーって鳴くし、私たちが行ったら飛びついてくるのよ」
それだけじゃまだ、犬っぽい猫で話は終わり。
でも、私が信じるようになった話がまだ、ある。
「でね、一号は猫なのに、ドッグフードを食べるのよ。いちが残したやつ。それに……」
「作り話しじゃないんだよね?」
「本当の話。それに、さつまいもが大好きなの、二匹とも」
おばあちゃんが庭で作ったさつまいもを、蒸したやつ。
私も大好きだけど、食べてたらいちも、一号も狙ってくる。
私の手からこぼれ落ちた一粒ですら、食べたい! と言わんばかりにじいっと見つめてきた。
「一個一個は、そういう子もいるよね、くらいだったんだけど」
「個性の範疇だよね」
「でも、犬に生まれ変わった猫の動画を見てから振り返ってみたら、これも、あれも、一緒だなぁって思っちゃって。一号も、いちの生まれ変わりなんじゃない? って考え始めたんだよね」
ワタくんは「ふーん」と言いながらも、何かを考えている顔をしていた。
「まぁたとえ、違ったとしても、そうだったらいいなぁっていう希望もあって信じてるんだ。信じてれば、起こり得るでしょ?」
「死にたい人間の考え方じゃない気がするんだけど」
「だって、消えるのは怖いじゃん」
死にたい、とは考えているけど、私が消えるのは怖い。
だって、何もない真っ暗な世界に置き去りにされたら……
死んだら、それで、終わりだったら……
想像するだけで、体の芯から冷えて、ぶるぶると震えそうになってしまう。
自分自身をぎゅっと強く抱きしめれば、まだ、ワタくんの体温がここに居るみたいに感じる。
ワタくんのこと、恋として好きなのかも。
だから、私の胸がこんなに速く脈撃ってるのかな。
これが、好きってこと……?
自問自答を繰り返しても、答えはわからない。
それでも、今、ワタくんに抱きしめられてた瞬間だけは、全ての地獄のことを忘れ去っていた。
戻ってきたワタくんは、私の布団の横にもう一式布団を敷いてごろんと寝っ転がる。
そして、天井を見上げたまま、私に問いかけた。
「どういう話したいの?」
「ワタくんの小説の話、とか」
「完成してないから見せないって」
「じゃあどういう話かだけ教えて」
問い掛ければ「えー」と言いながらも、ワタくんは「そうだなぁ」と考え始める。
そして、手元にあったスイッチで部屋の照明を常夜灯に変えた。
ワタくんは最初に見せてくれた以来、私に小説を見せてくれない。
それでも、書いてることは確かだった。
いつ、屋上に行ってもパソコンも睨めっこしてるから。
そして、私に気づいたら「おはよ」と言って、パソコンを閉じてしまう。
「大まかな話だけでいいから」
「高校生の男が、ある女の子と出会って」
「うん、それで?」
高校生が主人公なんだ。
やっぱり、自分に近い属性のキャラクターの方が描きやすいのかも。
私も布団に寝っ転がって、天井を見ながら続きを促す。
天井の蛍光灯は、薄いオレンジ色に光ってる。
オレンジ色は夕日よりも、淡くて、優しい。
「で、好きになっちゃう話」
「大体全部そういう話でしょ!」
ワタくんの方を見れば、お腹を抱えて笑い出す。
私もおかしくなって、一緒に声をあげて笑う。
「ずっと続けばいいのにね」
「そうだね、僕もそう思う」
「私と居ると疲れない?」
「楽しいよ、いっつも、みーちゃんはからかいがいがあるから」
くすくすと笑いながらも、ワタくんも私の方に体を向けて、見つめる。
ほのかな暗闇の中で、見るワタくんはいつもよりなんだか小さく見えた。
手を伸ばせば、ソッと優しく握り返してくれる。
「なんで、来世を信じてないの?」
「不確定でしょ、来世なんて。前世の記憶を持ってる人なんてそういないし」
「でも、ネットとかにはいっぱい転がってるよ」
死ぬことを考えた時に、私は来世を想像した。
ネットに上がってた動画のせいもあるけど、そうだったら、幸せだなと思ったから。
たとえ,今世で地獄に堕ちていても、来世では幸せになれる。
そうだったら、いいなぁと心が惹かれた。
「じゃあ、みーちゃんは実際に体験したことあるの?」
「今はそうじゃないかなぁって、信じてる話でもいい?」
「え、あるんだ」
想定していなかったらしく、ワタくんが素っ頓狂な声をあげる。
私だって、そんな単純に夢みがちで信じてるだけなわけじゃない。
「おばあちゃんの家のわんちゃんなんだけど……」
「うん」
「柴犬でいちって名前のわんちゃんだったの。でも、病気で亡くなっちゃったんだ、私が小学生くらいの時に」
おいしそうな揚げ物色をした、いち。
おばあちゃんの家に邪魔すれば、嬉しそうに尻尾を振って飛び交ってきた。
でも、誰よりもおばあちゃんが大好きで、いつもおばあちゃんの膝の上に乗って、わんって小さく鳴く。
「おばあちゃんがすごい悲しんじゃって、どうにもならなくなってたの」
「ペットは飼ったことないけど、ずっと一緒にいたら、そうなるよね……」
感情移入して悲しくなったのか、私の手を掴むワタくんの力が強くなる。
私は、大丈夫と伝えるように、強く握り返した。
「でもね、一ヶ月後に、一号って子とおばあちゃんは出会ったの。柴犬じゃなくて猫なんだけど」
「それは、いちから貰ってる名前?」
「そう」
茶トラのいちごうは、隣のおばちゃんの家で生まれた野良猫の子供だった。
隣のおばちゃんは、五匹も生まれて大変だからと一匹引き取ってくれないかとおばあちゃんに相談に来たらしい。
おばあちゃんは、もう動物とは暮らさないって、いちとのお別れがショックで決めてたんだけど。
でも、見に行ったら、茶トラの一号と目が合って「この子はうちの子だ」って思ったって言ってた。
「一号はね、おばあちゃんに引き取られたんだけど。行動がまるっきり犬なの」
「猫なのに?」
「そう、ずっとおばあちゃんの膝の上に乗ってにゃーって鳴くし、私たちが行ったら飛びついてくるのよ」
それだけじゃまだ、犬っぽい猫で話は終わり。
でも、私が信じるようになった話がまだ、ある。
「でね、一号は猫なのに、ドッグフードを食べるのよ。いちが残したやつ。それに……」
「作り話しじゃないんだよね?」
「本当の話。それに、さつまいもが大好きなの、二匹とも」
おばあちゃんが庭で作ったさつまいもを、蒸したやつ。
私も大好きだけど、食べてたらいちも、一号も狙ってくる。
私の手からこぼれ落ちた一粒ですら、食べたい! と言わんばかりにじいっと見つめてきた。
「一個一個は、そういう子もいるよね、くらいだったんだけど」
「個性の範疇だよね」
「でも、犬に生まれ変わった猫の動画を見てから振り返ってみたら、これも、あれも、一緒だなぁって思っちゃって。一号も、いちの生まれ変わりなんじゃない? って考え始めたんだよね」
ワタくんは「ふーん」と言いながらも、何かを考えている顔をしていた。
「まぁたとえ、違ったとしても、そうだったらいいなぁっていう希望もあって信じてるんだ。信じてれば、起こり得るでしょ?」
「死にたい人間の考え方じゃない気がするんだけど」
「だって、消えるのは怖いじゃん」
死にたい、とは考えているけど、私が消えるのは怖い。
だって、何もない真っ暗な世界に置き去りにされたら……
死んだら、それで、終わりだったら……
想像するだけで、体の芯から冷えて、ぶるぶると震えそうになってしまう。
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