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消えてしまいそうな春の夕日-3

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 友だちっていうのは、いつも、一緒に過ごすような人のことを言うと思っていた。
 西音さんと周りの人たちのような。
 トイレにまでみんなで一緒に行って、くだらないお話をする。
 そして、学校から帰っても夜までずっとメッセージのやり取りをするような。

 友だち……。
 噛み砕いてみても、しっくりとこない。
 だって私は、障がい者の妹だ。
 普通の人、じゃない。

 小学生の頃から、クラスメイトに幾度となく言われてきた言葉が脳内を過ぎ去って行く。
 みんな、障がい者の家族だからと普通の人扱いしてくれなかった。

 西音さんも話しかけてくれるけど、それは、私というおもちゃを楽しんでるだけ。
 話しかけてくれる子や、一緒に移動教室に行ってくれる子たちも、居なかったわけじゃない。

 守ってくれるような、寄り添ってくれるような友だちが居たらいいなと、空想したこともある。
 それでも、仲良くしてくれた子たちも、自分の身に被害が及びそうになったら、私を置いてシレッと逃げていった。

 渉くんに「友だち」と言われたことが、イヤな気持ちになったとかそんなことはない。
 ただ、友だちがわからなかった。

 一人で思案していれば、心配そうな表情になっていた、渉くんに気づく。
 慌てて手を横に振って、否定する。

「イヤとかじゃなくて、びっくりしたの。友だちって思っていいんだって」
「連絡先知りたいなら教えるよ」

 渉くんはポケットからスマホを取り出して、私の前にQRコードを表示させる。
 私もスマホを出して読み込めば、渉くんは「これで友だちだね」と宣言した。
 笑った時に見えた、歯があまりにも白くて、眩しくて、目を細めてしまう。

 自分でもコントロールできないくらい、口元が緩んでる。
 心が、溶けて行くのが、わかった。
 渉くんは、私の居場所になっちゃった。
 死にたくないなって、思っちゃうな。


「うん、友だち、だね」
「じゃあ、友だち置いて死なないよね」

 渉くんは、ドキッとする返答をしてきた。
 私の気持ちを読み取ったかのような、質問。
 心臓があの日の、恐怖を思い出して、ドコドコドコと早い音を奏でる。

 答えられなくて、考え込んでしまう。
 死にたくないなとは思った。
 それに、ここにいる間はあまり考えなくなっていたけど、まだ死にたい気持ちは心を占拠している。

 家や学校に居れば、限界はどんどんと近づいて、私の心を締め付けた。
 そして、「死にたい」が親しげな顔をして、「ほら死のうよ」と迎えに来るのだ。

 だから、すぐに頷くことができなくて「えーと」「うーん」と音にならない言葉で濁そうとした。
 渉くんの表情を見るのが怖くて、消えて行く夕日を目で追う。
 紫色から濃い群青色に、移り変わっていく。

「僕はイヤだよ、友だちが死ぬの」

 追い打ちをかけるような言葉に、喉が締まる。
 生きてたいよ、私だって。
 でも、地獄ばっかりなんだ、ここ以外。
 渉くんの方に目をやれば、目が悲しそうな黒に染まって行く。

 渉くんと居る時間だけが、ちゃんと呼吸できる。
 普通の人間で居られる。
 だから、もしかしたらと淡い希望を抱いて、でも、家や学校に行けば地獄は変わらず始まってしまう。

 渉くんの悲しそうな視線から逃げるように、空を見上げる。
 薄暗い青色と紫色の上に、雲がふわふわと流れていく。
 やけに、風が強く感じてしまう。
 
 どうしても、死なないよ、とまだ答えられなかった。
 辛い時間を、これ以上一人で乗り越える術が見つからないから。

「わかった、じゃあさ」

 あまりにも黙り続ける私に、痺れを切らしたのか渉くんは手をポンっと叩いた。
 そして、わざとらしく口元を緩めて、私の方を向く。
 いつのまにか、畑作業をしていた人たちの、ガヤガヤと話してる音が聞こえなくっていた。

「僕も一緒に考えようかな」
「なにを?」
「ミアさんが、死なないって答えられるようになる方法」

 輝かしい未来を見つめるように、渉くんは、私を見つめた。
 どうしたら、答えられる?
 わからなくて、ただ、渉くんの黒い目を見つめる。
 吸い込まれそうで、無意識に足を踏ん張っていた。
 プルプルと手も、膝も震えてる。
 
 そんな私の隣で、渉くんが急に両手で口を押さえて、ゴホゴホと咳き込み始めた。

「えっ、大丈夫?」
 
 慌てて温かい緑茶を、紙コップにもう一度注いで渡す。
 そして、背中をさすれば、楽になったようでふぅっと長い息を吐き出していた。

 私が差し出した緑茶を一口飲み込んで、渉くんは「ありがとう」と声に出した。
 そんなに、体が弱いのに、外にいて大丈夫なんだろうか。
 自分の死にたいより、そちらの方に気を取られてしまう。

「それでいい?」
「でも、わかんないよ、そんなの見つかるかも」
「見つからなかったら、見つけるまで続ければ良いんだよ」

 楽観的な渉くんの言葉に、何も答えを返せなかった。
 散々、考えたことだったから。
 胸の中でざわざわといろんな感情が、揺れ動いていく。

 渉くんとなら、きっと生きてて楽しい。
 ずっと、四六時中いたら、死にたいなんて考えなくなるかもしれない。
 それでも、家に帰れば、私は透明人間になる。
 学校に行けば、可哀想な人間になってしまう。
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