M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~

高谷正弘

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第五章 プールヴァ帝国

百五十四夜 修道院

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「お母さんこっち空いてるから、一緒に座ろうよ。――あっ乗り物はダメなんだ、じゃああたしも歩こうかな!」
 娘が荷馬車の荷台から飛び降り、母の横に連れ添う。
 フードを深くかぶった母の瞳は見えないが、口元の微笑に笑い返す。ルーシーは外見年齢に合わせたように、寸暇を惜しんで話しかけていた。
「ねえお母さん、巡礼の旅ってこんな感じかな。聖地へ礼拝するのが目的だけど、自分の足で歩くと世界の繋がりが深くなるね」
「……」
「うん目的を達成したら嬉しい、けどちょっとだけ寂しいよね。――あっそうか、それでまた新しい旅をするんだね!」
 起伏が重なる山間の村落道を、修道女と荷馬車を牽いた一行が進む。
 整備されてない道は、剥き出しの石や雨によって窪みが発生する。難儀はしたが旅慣れた集団は、危なげなく対処していた。
「魔獣が徘徊する樹海に比べりゃあ、なんてことない平和な旅だ」
 御者が鼻歌交じりに呟く。
 ――朝に町を出て半日の旅、母が予定通り修道院へ帰ると主張したのだ。
 盗賊の襲撃があったばかりである。様子を見て数日は安全な町に滞在すべきと、従者の少年が力説し引き留めた。
 たけど母は首を縦に振らない。
「……ちょっとオルロック、お母さんを困らせないでよ! 奉仕に訪れる以外は、共同体で信仰を深めるのが聖務なんだから!」
「出過ぎた進言でした、申し訳ございません」
 本心はどうあれ、娘は自分が納得するように従者をたしなめた。
 修道士は貞潔、清貧、従順の終生誓願を立て、生涯を神に捧げる。母の性格から破りはしないだろうと分かっていたのだ。
 せめて修道院まで見送るのだと張り切っていた。
「聖地には巡礼バッジって、お土産が売られてるそうよ。水に投げ入れると幸運が訪れるんだって、お母さんの修道院でも売り出せば記念になるのにね」

「ズキンの姉御もう少し行けば小川があります、そこで昼食にいたしましょう」
「あっちょうどお腹が空いてきてたんだ、お母さんそうしよ――!」
 なぜ初めて通る道で小川の存在が分かるのか。母は少し疑問に思ったが、笑う娘に手を引かれて小走りになる。
 一行が小川に着くと、オルロックが持ち運び式の薪ストーブを取りだす。
 かまどを組む必要がなく、風の影響も受けにくい。用意しておいた薪を放り込み鍋をかけると、組み立て式テーブルを配しテキパキと準備が整っていく。
「う~んいつ見ても、見事な手順だなあ」
 御者のペールが馬に水をやり戻る頃には、温かい食事の匂いが漂っていた。
「あっオルロック、あたしとお母さんは――…」
「はい、ご用意しております」
 貴族用の白い小麦パンではなく、黒く丸いライ麦パン。
 寒い時期は生地の温度を調節し、レーズン酵母を使用してしっかり発酵させる。
 日持ちをさせる必要がなく、水分を保持したほどよい弾力に焼き上げた。独自の風味や食感はあるが、ライ麦パンはビタミンBやミネラルが豊富である。
 さらに軽く温めスライスし、深皿に入れたスープとチーズを沿えて提供。
「これが黒パン……ほんっとオルロックって、奇妙なほどそつがないわね」
「……っ!」
 時代的にはまだ質の低い白パンに比べ、勝るとも劣らない黒パン。
 見かけは農民の食事だがその質は雲泥の差だった。「清貧」を貫く母君のため、少年が妙案を繰り出したのだ。
 娘は口を尖らすも手は止まらず、母はひと口で唖然と停止してしまう。
「母君もしっかり食べしっかり休みましょう、それでこそしっかり歩けるのです。病気になるための修行ではないでしょう」
「はっはい! ……あ」
 少年がエールを注ぎながらニコリと微笑む。
 まさしく我が子ほどの少年に諭され、母は身を正して頷く。あるいはその瞳に、言い知れぬ気配を感じたのかもしれない。
 思わず返事をしてしまい、自分で驚いていた。
「ちょっとオルロック、あたしのお母さんに妙な色目を使うな!」
「それは誤解です……」
「このまま順調に進めば、正午過ぎには着くかな。あっその時間は農作業なんだ、じゃあお手伝いしてくよ! ほらこっちには男手が十分余ってるし、分かったわねオルロック――~!」
 その余ってる男手ってのは俺もだろうな、とペールが後ろを向いたまま呟く。
 修道服さえ着ていなければ、母娘による楽し気なピクニックが笑いに包まれる。

「そこのお嬢さんも、御一緒にどうぞ」
「……ふん!」
 無関心を装い1人離れて座る修道服の少女に、少年が声をかけた。
 無視はされたが苦笑を浮かべて近ずくと、頬を染めて睨まれる。先ほどから漂う料理の香りに、お腹が讃美歌を奏でていたのだ。
「っ貴様のほどこしなど受けん!」
「道中の安全のため、今護衛・・に倒れられては困るのです。頼りにしていますので、どうか体力をつけてください」
 言い知れぬ魅力を放つパンとスープを、さらに鼻先まで差し出される。
 数舜の葛藤の後、寄こせとばかりにパンを奪うとかぶりつく。
「……っ!?」
 そしてその美味しさに絶句した。
 咀嚼もほどほどにがっつき、喉を詰まらせて胸を叩く。差し出されたコップを、ひと睨みしたあと奪い取る。
「一緒にテーブルを囲み食事をした方が、もっと美味しく楽しいですよ」
 少女にチーズを手渡し足元に深皿のスープを置くと、少年が背を向けた。
 なんだかいたたまれない気持ちになり、少女の覇気が若干下がる。
「ああそうか、周囲の監視も兼ねてるんですね。これは気がつきませんでした」
 少年が手を叩き、振り返ってにこやかに礼をとった。
 からかわれている――細めた瞳の奥に、いたずらの気配が漂う。
「貴様――っ!」
 少年がおどけながら歩いて行くので、その背に少女が吼える。
「こちらからの申し出だ、今は従ってやる! だが忘れるなよこれが終わったら、勝負のケリをつけるからな!」


 ☆


「なぜ私が護衛なんか……こんなことをしてる暇は、ないっていうのにっ」
 修道院への道中、娘の楽し気な笑い声が響く。
 アニーは兄のシグネットリングを眺め、どうにか心を整理させていた。
 三枚花弁のユリを模ったリングは、妹の小指には少し大きい。背は大して変わらなかったのに、やはり兄は男性だったのだと目を細める。
 左手の薬指を占有したリングが、言い知れぬ気配を発して瞬いた。
 ――昨日の夕暮れに巻き起こった戦い。
 少女が動きにくかったトゥニカを脱ぎ飛ばし、ピンクのプールポワンが映える。
 意を決して気配が爆発し、肉体強化の光が虹色に発していく。
「覚悟――っ!!」
「これは本気で、やばいですね……っ」
 奇天烈な少年が、微笑みながら汗を落とす。
「待った――――っ!!」
 星が起爆する間際を、修道士が制した。
 聞き覚えのある声に、少女は目をそらさず停止する。少年には救いだったろう、その修道士には見覚えがあった。
 両手に薪を持ち、教会前広場で盗賊相手に奮闘していた1人。
「待ってくれアニー! その坊主は門を破った、マスクの三人組とは関係ない!」
「っだがこいつもマスクをしてたんだ! それに……思い当たるふしがあると!」
 少女が少年を睨みつけたままにじり寄る。
 やっと見つけた仇の1人に、息も荒く殺意の気配を撒き散らしていた。
「俺は奴らをこの目で見てる、この坊主じゃねえと断言する! 筋違いの戦いだ、その危なっかしいステッキを下ろせ――っ!」
 修道士が2人の間に割り込み、両腕を開いて場を制す。
 さすがにそれ以上は詰めれず、少女は震える手でステッキを握りしめる。
「坊主も色々と巻き込んで悪かった。この礼は必ずさせるから、今は何も聞かずに立ち去ってくれねえか――」
「ええ分かりました」
「そこをなんとか……えっああ、おうサンキュー……」
 少年が本当に遺恨も感じさせず、黒い警棒をしまうと小走りに離れて行く。
 あまりにもサッパリし過ぎていて、修道士の方が唖然と二度見した。
『この修道士は「三悪党」の現場を見ているのか……武芸の心得があるようだし、ディスケ公爵領の衛兵だったのかな』
 話せばさらにややこしくなると、少年は口内で呟く。

「なあアニー……手近なとこで憂さを晴らすようなマネを、してくれるな」
「憂さ晴らしに戦っている訳ではない!」
 町の教会へ戻りながら、修道士がため息交じりに諭す。
 先を歩いていた少女が振り向きもせずに吼えた。理解できるが納得できないと、肩を張り風を切っていく。
「例えば昼間の盗賊にしたってそうだ。真っ先に敵を排除するのは一見正しいが、状況によっては悪化することだってある」
「っこの町に着いた時は、すでに盗賊がはびこってた! 手あたり次第倒して回るしか手はなかったじゃないか!」
「盗賊は教会に逃げ込んだ、住民を狙ってたんだ」
 見慣れない町では住民の集合場所すら分かりにくい。
 命の危機に教会へ逃げ込んだ数十人。その多くが幼い子供と女性や老人であり、血に酔った盗賊の前では無力に等しい。
「あの坊主が機転を利かせて火事だと騒ぎ、盗賊が引いてくれたから助かったが。そうじゃなきゃ俺らは突破され、どんだけ被害が出たかわかりゃしねえ」
 もし一緒に教会にいてくれたら、盗賊をまとめて討てただろう。
 嬢ちゃんの強さは誰もが認めてる、だからこそなんだ。個人で戦うのではなく、部隊の戦術がモノをいう場合がある。
「どんだけ鋭い先端でも、矢じりだけじゃあ矢は飛ばせねえ」
 街の戦いでは騎士団に阻まれ、皇太子に一矢報いることすらできなかった。
 1人で特攻しようと、また跳ね返されるのがオチだろう。苦い経験を思い出し、少女は奥歯を食いしばる。
「……貴方は、オブリは貴族家の出自だろう? 騎士団の総数を話した時、即座に計算してみせたからな。ならば貴族の矜持も分かるはずだ!」
 少女の表情は影となって見えない。
「私は一刻も早く、ガウデーレ様の無念を晴らしたいんだ!」
 だが淡い光がもれる背で震える肩で、口惜しさが痛いほど伝わっていた。
 オブリは理解しつつも、暗くなった空に向け息を吐く。
「……そいつは本当に、領主の望みなんですかね」
「なんだとっ!? 貴様も仲間の仇討だと言ってたじゃないか!」
 やっと振り向いた少女に、混乱と怒りが張り付いている。
「ロクスが仇討ちを望んでるか……はっあっち・・・で本人に聞かなきゃわからねえな。余計な貸しをつくんじゃねえと、怒鳴ってるかもしれねえが」
「っ……今になってそんな、じゃあ何のためのレジスタンスだ!」
俺が・・討ってやりたいんでさ」

「そう大層な話じゃないんだ、誰にでもある心の区切りでさあ」
 話したでしょう、仲間の仇が討てたなら再出発だと。畑を耕し山で狩りをして、収穫を祝って皆で騒ごうぜ――って。
 そん時に心から笑うにゃあ、奴らを放っておけねえってだけなんだ。
「矜持だ無念だってんなら、ディスケ公爵に――我らが領主にだってひと言ある。なんで騎士の1人も出征させず、俺たち衛兵だけに守備を任せっきりにしたのか。捨て駒扱いされて、ムカつかないかっていやあ嘘になりますぜ」
「そっそれは! ……っだっだけど、だけどガン兄ちゃんも一生懸命!」
「まあ上には上の事情があるでしょうがね、けれどそいつあ逃げでしょう」
「……逃げ?」
 少女の荒くなった息が止まり、意外過ぎる言葉にオブリの目を見る。
 外衛兵の隊長格が口の端を上げ、若すぎる兵士の前に立つ。
「理屈だけなら援軍を寄こさねえ諸侯が悪い、突破される門を作った職人が悪い、己の身を守れなかった領主が悪い――そうやっていくらでも当たり散らせる」
 逃げですよ、どう考えたって皇太子が悪い。街を襲ったのは仲間をやったのは、紛れもなく騎士団をひきいた皇太子なんだから。
 なのに手が出せねえから、愚痴のこぼしやすい相手に矛先を向けてるだけだ。
「俺はこの拳で、あの皇太子に殴り返したいんだ!」
 オブリが両手を打ち合わせ、激しい音が少女を叩いた。
 手近なとこで憂さを晴らす――巨大すぎる皇太子グリフォンの存在、届かなかった想い。
 少年に向けた殺意は、八つ当たりではなかったか。気持ちが整理されないまま、少女の脚は石畳に縫い留められる。
「……あの訳アリの修道女と奇妙なご一行は、明日にも修道院へ帰るそうですぜ。疑って剣を向けたお詫びに、ここは一つ護衛でも買って出たらいかがでしょう」
「はっ……はあ!? なっなんで私が護衛を……っ」
「俺たちがここまで旅できたのも、大して詮索されなかったのも。巡礼者の立場と寝泊まりさせてくれた修道院や、巡礼教会のお陰でしょう。修道女にお礼をしても罰はあたらんと思いますがね」
 オブリが快活に笑う。
 少女を追い越し、その鍛えられた背が笑顔に揺れた。
「少しでも恩を売っときゃあ今後・・の話もしやすい、まあこれも一種の戦術ですな。あんまり時間はないが、考えといてください」
「……オブリ貴様は、私の従者になると盟約したはずだな」
「もちろん従者でさ! 上役に愚痴モノを申せるのは、下役だけですぜ――~」
「くっ……この!」
 大笑いしながら先を歩く従者の背を、少女はこれでもかと睨みつける。

『ディスケ公爵様には常日頃から、多大な寄付を受けておりました。どうかお気をつけて、旅の成就と貴女に平安を』
 自身に嫌疑がかかるかもしれないのに、全てを手配し送り出してくれた修道女。
 腰紐の小さなロザリオが、優しい笑顔を写して瞬く。


「ご母堂が修道院へお帰りになると聞いた、私は巡礼の身ですが腕に覚えがある。盗賊の騒ぎがあったばかりですし、同病相憐れむではありませんが護衛してや……してさしあげても構わないがいかに」
 そして今朝修道院へ帰る準備をしている一行の前に、口を結んだ少女が現れた。
 誰かに説明されたセリフを告げると、片足を内側に引きかける。貴族の挨拶カーテシーだと気がつき慌てて会釈に切り替えた。
 礼儀の正しさと上がった眉が、少女の性格を表す。
「それは頼もしい私も懸念していたのです、どうぞよろしくお願いします」
「――うけたまわった」
「おっおいオルロック!」
 そんな苦虫を噛み潰しながらの申し出を、少年があっさり了承してしまう。
 なぜ承諾するのか……自分から訴えておいて、少女はさらに不機嫌になった。
 困惑したのはルーシーだろう、素性の分からない者を側に置きたくない。まして少女から発する光は常人のそれとは異なっている。
「どういうつもりだ、この少女が町で視た2人目だろ? お母さんがいるんだゾ、旅の追従を許可するなんて……今回ばかりは本当に訳が分からんゾ!」
 盗賊の物見や、敵対国の間者の可能性。
 特に啓いているのなら危険度は盗賊の比ではない、魔獣を懐に入れるに等しい。
 娘が少女に聞こえないよう声をひそめ、少年に問い質す。
「申し訳ございません、警戒心が強く一途な方を無下にできない性分でして」
「はあっ?」
 少年が笑って肩をすくめ、少女の背後に黒い猫耳を視ていた。
 興味があったのは確かだが、今件はそれだけではない。M属性の予感――そうと知らない娘は、理解ができずに首を傾げる。
「心意を探りたく剣を交えましたが、中々にガードが硬いですね。どうやら使命を帯びているようなのです、それも……帝国に関わる重要な案件を」
「この……少女が?」
「ズキンの姉御と関わって放置すれば、因果伯の立場的に問題になりかねません。目の届く範囲に留めておきたかったのです」
 まあ保険ですね――ニコリと笑う少年の瞳が、黒く染まっている。
「保険」とあっさり切り捨てる少年に、娘の息がつまった。そうして帝国の要たる真の因果伯……コンコルディアの影が重なる。
 いや分かっていたではないか――。
「場合によっては即座に対処いたします、旅の最中に事故はつきものですから」
「ソッ……ソウデスネ」
 分かっていたはずだ、こいつこそが真の――。

「こちらが私の主人、ズキンの姉御です。こちらは昨日知り合ったアニー嬢です。盗賊を倒した手腕は見事でしたし、確かに護衛を任せれるかと存じます」
 オルロックが手を指し互いを紹介する。
 2人は改めて向き合うと、「どこかで……」としばし見つめ合っていた。
『アニー……やはり聞き覚えはないな、気のせいか』
 母以外で修道女に知り合いはいないし、こんな子供が因果伯のはずもなかろう。
『ズキン……やはり聞き覚えはないな、気のせいか』
 妙な気配はするがマスクはしていない、こんな子供が因果伯のはずもなかろう。
 外見は10歳の娘と12歳の少女が、互いを値踏みし結論づける。
「それは頼もしい、ではアニー護衛をよろしく頼む!」
うけたまわった! ズキンの姉御、微力ながら善処しましょう」
 2人は表面上微笑んで会釈するが、どれほどの心意がふくまれているのか。
 何かを察した御者が、そそくさと場を離れて行く。
「思えば全員が門を啓いている、なんとも頼もしいパーティだなあ」
 少年だけのんびりと、青さを増す空を見上げ笑みを浮かべた。


 ☆


「正午過ぎは農作業の時間……でしたね母君、間違いはありませんか?」
 旅は順調に進み、太陽がやや下った昼下がり。
 意識の光でひと足早く修道院をとらえた少年が、荷馬車を止めるよう指示。
 疲れも見せず歩いていた母娘が、何事かと注視する。
「……?」
「なるほど日没の祈りまでは、農地に出て働くのですね。では修道院には何名が、共同生活をしているのですか? ――母君をふくめて8名……ふむ」
「どうしたんだオルロック、もうすぐ修道院に着くんだろう? 天気は崩れそうにないし、気にすることはないと思うが」
「修道院の周囲に、人の気配がありません」
 変なモノサングラス越しにオルロックの瞳が淡い光を放ち、確信を持って言い切った。
 10月~11月は冬麦の耕作があり、修道院ならワイン作りも行う。
 8名とはいえ自給自足するには相応の畑が必要となる。機械がなく手作業なら、確かに一日中農作業に専念しなければならないだろう。
 それにも関わらず途絶えている気配。
「距離があり建物内は分かりませんが、なんらかの異常が発生したと思われます。先行して問題を排除してきますので、こちらで少々お待ちください」
「おいまさか昨日の盗賊の残党が、修道院を襲ったのか!?」
 スタンガン、催涙スプレー、スタングレネード、ザイロン、発煙弾――再召喚しておいた防犯グッズを確認する。
 ルーシーの疑惑に、オルロックは無表情で頷いた。
 この不思議な会話を経験済みのペールは周囲を警戒し、母は見比べて混乱する。
「これだけ近い距離で、別の盗賊団の可能性は低いでしょうね。ですがまだ確証は持てません、周囲の様子に気をつけて――…」
 そして少年の横を、赤い光が疾走した。
「アニー嬢!」
「おいアニー!?」
 2人の叫びも聞こえぬまま、少女の光が遠ざかっていく。
 肉体強化――S属性の光をまとう少女に、追い着く術はない
「アニーはお母さんの護衛を……っええいもう、オルロック行け!」
「御意っ!」

「アニー嬢待ってください! 状況を確認せず飛び込んでは危険です!」
 瞬く間に離れていく影に、それでも少年は声をかける。
 例え聞こえていても制止は難しかっただろう。走る少女の意識は一方に集中し、とても話が通じる精神状態ではない。
「――見えた、あれが修道院か……っやはり!」
 少年が生物の淡い光をとらえ、脳内に地形を描いていく。
 町から離れ何もない山間に、木の柵に囲まれた家がポツリと建っていた。内部に敵意を発する光が20数人。
 突如現れた、ひと際太く立ち昇る光に混乱している。
「なっなんだあの修道女は、どっからでてきた!」
「うわぁ……たっ助け……っ」
「蹴られて吹っ飛んでたぞ! バケモンかっ!」
 開け放たれた門から、一見して兵士と分かる男が3人出てきた。
 少年は懐からボーラを取り出し、躊躇なく投擲する。草笛を鳴らす2つの輪が、賊の腹部に脚にからみつく。
「うおっ!?」
「くそっ! 今度はなんだ!」
 2人を拘束し、ナイフを抜く賊に黒い警棒――スタンガンを構える。だが逃げるのを優先していたのか、賊は横を通り過ぎた。
 少年が走ってきた道、主人と母君の下へ――。
「まずいっ!」
 ――日はまだ高く「飛翔」は使えない。賊は重いチェインメイルを着ておらず、振り返った時にはもう十数メートルの距離が開いている。
 慌てて追いかけるが、賊も必死の形相で逃げていく。
 マズイ、マズイ、マズイ……マニアワナイ・・・・・・。少年は我知らずお腹をさすり、祈る気持ちで追いすがった。

 願いが届いたのか、賊の前に小さな影が現れる。
 見間違えでなければ賊は何の抵抗もできず、吹き飛ばされて伏した。少年は息を整えるのも忘れ、意外すぎる小さな影をマジマジと見つめる。
 思い出したように、感謝と反省の苦笑をこぼす。
「はぁはぁ……っあっありがとうございます、トゥバー様……っ」
「いやだあロックさま~トンちゃんって愛称かあいく呼んでもいいんだよ~♡」
 漆黒のマントの下で、銀のプレートアーマーが鈍く輝いた。
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