M属性 ~嗚呼、あなたに踏まれたい~

高谷正弘

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第五章 プールヴァ帝国

百四十七夜 外郭十二門会議

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「――これより、外郭十二門会議を始める」
 力強く張りのある声が、窓がなく軍旗だけ掲げられた居室に響く。
 城塞都市にそびえた厳格な古城が、異様な気配を発していた。放し飼いの家畜は影に潜み、あるいは鳴き叫んで狼狽える。
 城勤めの兵士は逃げることもできず、震える体を押さえるしかない。
 漆黒のマントをはおる11名が、机を挟み集っていたのだ。ただそれだけで城が噴煙を上げるなど、誰が想像できただろう。
 理解不能な脅威に『カルマ」を知らぬ者まで、城を見上げ早足に離れていく。
「かんべん、してくれよ……」
 衛兵も配さない扉の前で、行商人の男性が小さくなっていた――。


「採るべき議題は二点。我ら因果伯の近況に変化があり、その報告と処遇の変更。そして来春より始まる、西方への遠征における基本方針だ」
 皇太子直属の家臣、「五賢帝」改メ「双璧」――オーランドゥム。
 見るからにエリートな彼は優雅にプールポワンを着こなしてた。肩まで伸ばした外ハネミディアムが、赤い髪を炎に形容している。
 胸を張り堂々とした仕草は、一軍の将を彷彿とさせた。
「ではまず、簡単な方から片づけましょう。処遇と言えばいささか大袈裟ですが、我らの総称を改正せざるを得なくなりました」
 同じく家臣、「五賢帝」改メ「双璧」――コルポレ。
 ワンレンウェーブの青黒い長髪が、こけた頬を上品に隠している。
 痩せぎすながら鼻筋の通った風格。鋭い眼光と薄い唇が、冷酷な執事の雰囲気を醸し出していた。
「双璧」は2人とも30代前半、そして貴族の出自を漂わせている。

「急ぎ帝都へ来いってからなにかと思えば、んなの全員集めてやることか?」
「皇太子殿下の下知だ、家臣にとってそれ以上も以下もない」
 議長席から指摘され、意義は即座に却下された。
「ちっ……てかまた総称変えるのかよ、「十四経」の会議で「十一伯~」ってのにしたよな、オレは間のすら覚えてねえぞ!」
 元第三皇子の家臣、「四君子」――エクス。
 焦げ茶の髪を短めのツンツンヘアーにし、襟足だけ伸ばしたウルフカット。
 腕や襟に毛皮を縫いつけた、野性味ある姿は因果伯とは思えない。20代ながらすぐさま駆け出しそうな、ガキ大将の活発さが溢れている。
「ボっボクに聞いてるの!? そんなこと、突然お願いされても……でっでも! でもエクスとだったら、ボク……っ!」
 同じく元家臣、「四君子」――オーレ。
 頬を染め周囲を見回し、何かを決心してうつむく。金の髪をマッシュボブにし、両目は隠れていたが表情は容易く読めた。
 エクスの横にチョコンと座った姿は、走り方を覚えた子犬にしか見えない。
「2人が小国の樹海で魔獣に倒れ、1人がその罪を償って自刃し「十一伯家」へ。先日「巨星」を加えて「外郭十二門」になったところよ」
「ああそうだそうだ、よっく覚えてんなあパール!」
愛称ニックネームで呼ばないで」
 同じく元家臣、「四君子」――パルウロールム。
 長い黒髪を編みもせず、ストレートに伸ばし切りそろえている。化粧っけのない自然な肌に、生真面目な性格がうかがえた。
 エクスを見ようともせず、正面を向いてそつなく答える。
「ゆえに3人を失った「五賢帝」は、2人だけとなった訳だ。おおっと「双璧」とお呼びすべきだったか、失敬失敬」
 同じく元家臣、「四君子」――ウェリタース。
 銀のゴブレットからワインをふくみ、プッシュした顎髭が皮肉な笑みに揺れた。
 毛髪がなく筋骨たくましい体の至る所に傷が走る、歴戦の兵士。「双璧」に軽く睨まれようと、その気配に揺らぎはない。
「四君子」はバラバラな色合いながら、モザイクのバランスを垣間見せている。

「それより西は「三悪党」の任地だろ、遊んでんのかてめえら」
「うるっさいねぇ……こっちはそれどころじゃないってんだよぉ」
「んだとてめえっ!」
 エクスが対面に話を振ると、その一角だけやたら暗く沈んでいた。
「ハァ目をつけてる子爵はいるんだけどねぇ、せめて伯爵位にしたいじゃないか」
 元第四皇子の家臣、「三悪党」――ドルミート。
 コウモリマスクに相応しく影を背負い、脚まで伸ばした金髪がしな垂れている。
 この時代24歳はかなりの行き遅れ。嫉妬で握り潰されたドクロ付きの教鞭が、薄い煙を吐いて見えた。
「ドルミート様会議の席やが、しゃんとせんにゃ叱られっちゃ……ね?」
 同じく元家臣、「三悪党」――ボヌスー。
 ペストマスクを模しているが口元は見え、それだけで器量を察せる。緑を基調にしたコタルディが、スレンダーなスタイルを醸し出す。
 かいがいしくリーダーの世話をする姿に、その性格が表れていた。
「オバさんたちは大変~ホ~イホ――~♥」
「聞こえたよトゥバ――っ! あっあんたがいうなァァァ――――~ッ!!」
「ドルミート様っドルミート様! トンちゃんもちんとしとられ!」
 同じく元家臣、「三悪党」――トゥバー。
 恥の仮面を模した犬のマスク越しに、尖った歯を見せて笑う。青紫を基調にしたシュールコーが、幼い体にだぶついていた。
 会議が眼中にないのか、議長席の後ろに手を振っている。
「三悪党」は全員がマスクをかぶり、異質な世界でさらに異様さを誇っていた。

「皆さん因果伯に相応しく、節度を持ってください!」
「ごめんやが、静かにさせとくがいちゃ」
 横で騒ぐ3人組に眉を寄せ、整然とした意見が放たれる。
「ここに来ていないのだ、そうなる気はしていた。「巨星」が墜ちたのだろう――ってレンテが言ってますわ、そうなんですか?」
 元第五皇子の家臣、「仁王」――フェスティーナ。
 まだ十代であり、夜会巻きにしたヘアースタイルが若干浮いていた。巨漢の影に座っているので、律儀に手を挙げて主張する。
 凛々しく上がった眉から、意志の強さが見て取れた。
「……」
 同じく元家臣、「仁王」――レンテ。
 巨漢と呼ぶにふさわしい体格ながら、その気配は甲冑のインテリア。何も発さず角のついたグレートヘルムが、対面の空いた席に小さく頷く。
 因果伯の誰も、まだ声すら聞いてはいない。
「仁王」はまさしく凸凹コンビであり、その全てが異なっている。


「そうだ第六皇子の妹君であり、「巨星」……アニムム皇女が出奔した」
 ざわついていた部屋の空気が、一瞬で入れ替わった。
 国の要となる因果伯、その重要度はあらゆる局面で命運に関わってくる。
第六皇子に皇女です、すでに義絶されていますので」
 細かく指摘するコルポレに、オーランドゥムは苦笑して頷く。
「反乱を企てた疑惑も掛かっている……ゆえにユースティティア皇太子殿下から、残念にも討伐の指令を受けた。我らのかつての仲間であり皇女殿下ではあるが、有事の際は各々気を引き締め臨んでくれ」
「ニヒヒ――因果伯の討伐だって~それはちょっと、楽しみかも~♥」
 意外過ぎる報告だったが、トゥバーは頬杖をついて歯を見せる。
「彼女と相対できるのは我ら因果伯だけでしょう。だが皇女の立場でありながら、何故このような暴挙に出たのか」
「本当に分からないのか、とぼけているのか」
 頷くコルポレの疑問に、軽口を装ったトゲが刺さった。
「件の第六皇子も謀反を企み・・・・・、罰せられたと聞いたっけ……まあここに居てそれを信じる奴が何人いるか、おっと失敬」
「ウェリタース殿、口を慎め」
 今度は睨まれるだけでなく、オーランドゥムに注意される。
 ウェリタースはおどけて流したが、半眼のコルポレから視線が刺さった。受けて睨み返し火花が上がり、握り潰されたゴブレットから赤いワインが散る。
「「巨星」が相手だってよ、気に入った! 強いんならオレに任せとけ!」
「ボク見たことあるよ――小さい女の子だった――!」
「遠征中で知らんがやけど……アニムム皇女は自ら希望して、皇太子殿下の近習になったがやちゃね?」
「弱い方が因果伯の勅許状を受けれないでしょうね。あたしも以前遠目に拝謁しただけで詳しくは知りません、兄君に仕えていたのを強引に引き抜いたとの噂です。ウェリタースそれゴブレットは自費で落としますから」
「うへぇ強引だなあ」
 転戦する因果伯は横の繋がりが薄く、一ヵ所に集うこと自体が珍しい。
 ボヌスーが首をかしげて経緯を問うが、答えれる者はいない。パルウロールムが口に手を当て、皇宮で垣間見た赤き少女を思い浮かべる。
「ふん……バカな娘だよぉ」
 兄君に殉じるか、それも粋だねぇ――ドルミートの声は発せられずに消えた。
「いずれにせよ主命ならば、身命を賭して対応いたしますわ。気を使われているのかもしれませんけど、むしろ失礼にあたります!」
 手を挙げたフェスティーナが、より強く眉を上げて意見する。
 レンテは鼻息の荒いフェスティーナに、そっとハンカチを差し出していた。
「うん卿らも軽はずみな憶測はよせ、なにより皇太子殿下の決定は下されている。とはいえ我らは説得の機会も得ているのだ、問題が発覚する前に説き伏せれば……あるいは免罪されるかもしれない」
 皇太子殿下とて、妹君を無下するはずはなかろう――はたして因果伯の何人が、その言葉に頷けたか。
 気配に惑わぬ者なら、集った者の間にわだかまる壁に気がついたかもしれない。
「双璧」と違い他の因果伯は、皇太子に伏して近習となったいきさつがある。
「だが立場上暫定的とはいえ、総称の変更をせねばならず――…」
「ちょっと待てよ! それだってオレらの恥だ、部外者に聞かせてもいいのか?」
 本筋に戻そうとしたオーランドゥムだったが、大声で遮られてしまう。
 エクスが離れている3人を顎で指す。同意を求めたのかオーレの頭をなでると、子犬がウンウンと頷く。
 瞬く老人と機嫌を損ねた娘が座り、変なモノサングラスをかけた少年が怪しく立っていた。


 ☆


「部外者ではない、「老雄」コンコルディア翁は相談役アドバイザーとして。第二皇子の家臣、「詩聖」ルーシー殿はそのサポートとして来ていただいた」
「……そのガキは?」
 エクスの疑問と疑惑の眼差しに、オーランドゥムも視線で問う。
 老人はわざとらしく一つ頷くと、少年を見上げてつけ足す。
「彼はルーシーの従者じゃ、外に放っておく訳にもいかんでのう。すまんがしばしお邪魔させてやってくれんか」
「老雄」の言葉に、「双璧」が一瞬息を呑む。
「コンコルディア翁、それは――…」
「けっ……こちとらぁ見世物じゃねえぞ、気色の悪いマスクつけやがって!」
 舌打ちに合わせて椅子を引き、両足を机の上に上げる。
 あまりの躾けのなってなさに、周囲は眉をひそめため息の音が響いた。
「文句があるんなら帰るゾ、私だって道化芝居にいつまでもつき合ってられん」
「ズキンの姉御、もう少し因果伯の方々に気遣いをなさってください」
 ルーシーが椅子の肘掛けにもたれ、不満顔を隠しもせず吐き出す。
 その横に護衛のごとく立つオルロックが苦言をこぼした、今の立場が楽しいのか同時に苦笑も落としている。
「エクス殿……ルーシー殿は積日にわたり、翁に次いで帝国に仕えておられます。敬意を持って接することはできませんか」
「ざけんなっ大道芸人を連れてんのはてめえだろ! 誰が居てくれって頼んだよ、さっさと出ていけっ!」
 コルポレの辛抱強い苦言が、椅子の軋みで打ち消された。
 エクスの怒気で机も揺れ、ルーシーの唇が魅惑的に上がる。導火線に火がつき、一触即発の気配が漂った。
「ふっ勢いだけで誤魔化せると思ったか、本性が見え隠れしているゾ」
「なに?」
「皇太子の軍門に下った哀れな臣下・・の姿を、見られたくはないとな――~っ!」
 掲げられた青地に剣と鷲の旗章が誰のものか、知らぬ者は居ない。
「臣下」は仕えていた君主を鞍替えした際に用いる。例え皇太子の近習になろうと君主筋の一族なので、「家臣」であるのは変わらない。
 しかし「愚かにも主人を失い鞍替えした」と、因果伯の矜持を嗤ったのだ。
「っエクス殿!」
 オーランドゥムが止める間もあらば、エクスが弾け飛んでルーシーに迫る。
 例え啓いていようと息つく間もない速度。だがルーシーは背もたれに体を預け、微動だにしなかった。
 手が届く距離に至る間際、スルリと影が割って入ったのだ。
「……っああ!? 引っ込んでろ大道芸人!」
「それ以上ズキンの姉御に、近づかぬよう忠告いたします」
 オルロックの微笑が揺れ、その手にはすでにスタンガンが握られていた。
「おもしれえ、オレとやろうってのか……っ」

「ボっボクも一緒にやる!? エクス、エクス――~っ!!」
「止めなさいよエクス、子供相手に大人げない」
 加勢に走ろうとするオーレを抱きとめ、パルウロールムが面倒そうに睨む。
れ~っちまえロックさま――~♡ ボーナハゥで呪い殺しちゃえ――~♥」
「およしよトゥバー! こっちまで巻き添え食らうじゃないか!」
「わたし今日ちゃ疲れたがで、早う休みたいんやが……」
 オルロックの勝利を疑わないトゥバーが、手を振って応援を始めた。
 机の下に隠れようとするドルミートに続き、ボヌスーが深く頭を抱える。
「不躾ですよエクス殿! 陛下の軍旗の下で暴力なんて、許されない不敬だわ!」
「疑うことを知らないお嬢様には、理解しにくいかねえ……おっと失敬」
 フェスティーナが机に手をついて立ち上がった。
 銀の塊となったゴブレットを転がし、ウェリタースが眉尻を下げて茶化す。
「なっなんですって!? ちょっ……レンテ?」
 レンテが甲冑を響かせ無言で立ち上がり、フェスティーナを背に隠してしまう。
 グレートヘルムのスリットから、怒気に近い眼光を発していた。
「おいおい護衛を気取るなら、相手を見てからにしろや。「仁王」さんよお」
 ウェリタースも首を回しながら、ノンビリと立ち上がる。
 レンテの方が頭一つ長身だが、厚く盛り上がった筋肉は甲冑に劣ってはいない。
「ボブもばる――ボブズ――ボブズ――~!」
「オーレ黙って、エクスいい加減にしなよ」
「きゃ~ロックさま~♡ ダーマヤをサールスピローを、いっぱいあびせて~♡」
「このスットコナース!」
「平和主義の私にはついてだちかん、ああ……里が懐かしいが」
「レンテどきなさい! ウェリタース殿先ほどの言動はどういう意味ですの!?」
「……、……!」
「このずうたいだけのバケツ野郎、水も汲めねえ体にしてやるぜっ!」
「はなっからその視線にイラついてんだ、二度と舞台に上がれなくしてやんぞっ」
「私はあなたのように無作法な方、好きですよ」
 歯を剥いたエクスのウルフカットが、気配を受けて揺れる。オルロックはなぜか懐かしそうに、目を細めて微笑む。
 古城の居室に陽炎が立ち上り、至る所から有毒の火山ガスが噴出し始めた。
『カルマ』をしめす淡い光が、破滅の咆哮を奏でる。
「っ卿ら! いい加減にせぬか……っ!」
「いずれこうなるとは、思っていました」
 苦虫を噛み潰した「双璧」が、剣を手に椅子を鳴らす。

「――モルディブの樹海には、魔獣の街がござった」

 溶岩流が泡を打つ火口に、因果伯ならば聞き捨てできない情報が告げられた。
 静かで弱々しいが響く声に、全員が突っ立って注視ししてしまう。
「儂らは西方への遠征における、重要な情報を知らせにきたのじゃ。それが済めば退散するゆえ、どうか勘弁してくださらんか」
 コンコルディアも立ち上がり、手を組んで頭を下げる。
 曲がった背が強調され白髪が乱れ、そんな老人を前に戦意を保つのは難しい。
「これは陛下から直々に、直々に頼まれた案件なんじゃ……っ」
「……っ!?」
「こっ皇帝陛下から、ですか?」
 エクスもさすがに息を呑み、オーランドゥムが前のめりに言葉を詰まらせた。
 噴火寸前にまで達した覇気が収まっていく。仕える主君は皇太子殿下であれど、皇帝陛下が帝国を統べる君主なのだ。
「陛下も矢面に立つ因果伯を案じておられる……そんな心根まで無下にされては、老いさらばえた身とはいえ生きて再び顔向けができん」
 どうか老輩のお願いじゃ――。
「わっ分かりましたコンコルディア翁! どうかお顔をお上げください!」
「騒ぎを収めることができず、真実まことに申し訳ありません」
 老人ががことさら下になって願い出るので、「双璧」が慌てて手を上げる。
 他の因果伯も意識が移り、思考がクリアになっていった。なんに怒っていたのか顔を見合わせ、頭をかきながら着席していく。
 ルーシーだけがその手綱の上手さに呆れ、額に手を当て首を振る。
「因果伯を手の平か、まったくこのジジイは……っ」

「モルディブの樹海だぁ? ……そういやどっかで、聞いたことあるな」
「あるある――! んとねえ……」
「件の西方にある小国、ヴィーラ王国にある霊山よ。ふもとの樹海には何千何万の魔獣が生息していて、地獄と繋がっているなんて噂もあった。そのせいで――」
 エクスが椅子に座り直し天を見上げ、オーレが話に加わろうと手を挙げる。
 答えるパルウロールムも小国としての認識しかない。だが魔獣は因果伯にとって重大な討伐対象であり、捨て置けぬ噂だった。
「――そのせいで我ら帝国は、今まで西方へ積極的な遠征を行えなかった」
 オーランドゥムが引き継ぎ、心に帝国の巨大な版図を描く。広がり続ける帝国の領土だが、西方だけいびつに塞き止められている。
 モルディブによって寸断され、小国によって軍靴を止められていたのだ。
 壁に栓をされた状態だが、「理解不能」な存在が眠っている場所では、大規模な争いを起こしがたい。
 余計な刺激は魔獣を、未知なる脅威を叩き起こす恐怖を孕んでいるのだから。
「地獄か……言い得て妙じゃのう。その通り不滅の世界アラヤシキと繋がっておったんじゃ、黒い大理石の一枚岩モノリスが鎮座しておった」
「……っ!?」
「なんだそりゃ」
 黒い大理石――それは伝承としても、年代記によっても記されている。
 因果伯が啓く『カルマ』と同質の現象を発現させる不可思議な石。だが各地にはすでに「力」を失った、遺物としてしか存在していない。
「神学者ならそれでも喜ぶでしょうけど、まだ残っていたのね」
 エクスの問いに、パルウロールムがそつなく答えた。
 興味のある者とそうでない者の差が如実に表れ、場を別ける。
「帝国がこれほどまで版図を拡げても、発見の報が届かない。もう現存は期待していなかったのですが、生きて・・・いたのですか!?」
「利用価値は……っ「力」をしめすことは可能ですか? コンコルディア翁!」
 オーランドゥムと珍しくコルポレまで声を張ったが、老人は静かに首を振った。
 落胆が居室に飛来し、深いため息となって床を漂う。まだ希望は残されていると思いたいが、絶望感は否めない。
 魔獣部隊の組織に生体の研究に、国宝級の値打ちを得られなかった悔しさ。
「……ちっ」
 誰が一番ガッカリしてると思ってるんだ――小さな舌打ちがルーシーからもれ、コンコルディアが苦笑する。
 その方がいいではないか――立場的にそうも言えず、老人は言葉を呑む。
「儂は陛下に勅命を受け、長い間ヴィーラ王国に潜伏しておったのじゃよ。そしてルーシー殿やオルロック殿の手を借り、ついに街を突き止めることがかのうた」
「ドゥルガーの生贄」の逸話を残す、街の全貌を――。


 ☆


「――でっでは魔獣の街は、その真の魔獣・・・・が……滅ぼしたと?」
「ああそうだ、跡形もなく見事に吹き飛ばしてくれたゾ。むろん黒い大理石もな」
 オーランドゥムの問いに、半ば開き直ってルーシーが笑う。
 遺物としての確認も不可能――諦めが現実となり、頬がひくつく。
「そうとはいってもまだ日は浅い、その壊滅した跡地を丹念に捜索すれば……いや今はまだ他国だ。軍旗を上げ大挙する訳にもいきませんね、それに――」
 それに未知なる脅威、真の魔獣の存在か――。
 コルポレも残念そうに口を押え、まだ見ぬ魔獣の姿を脳裏に浮かばせていた。
「ああ因果伯が2人いて、手も足も出なかった。ジジ……「老雄」が居なければ、私はとうの昔に楽園で鼻歌でも歌ってたろうよ」
 こちらは完全に開き直って、鼻歌を奏でている。
 ルーシーがめずらしくコンコルディアを持ち上げ、チラリと盗み見してた。
「へっ真の魔獣ときたか、ちったあ手応えがありそうじゃねえか!」
「騎士団と同行しない因果伯だけの討伐か、英雄譚で語られる男のロマンよ!」
「戦うつもりなら男2人でどうぞ」
 長い話に寝てしまったオーレを支え、パルウロールムは男の強がりロマンを突き放す。
「しっかしルーシーよくその場から逃げれたねぇ、追ってこなかったのかい?」
「そんなおとろしい魔獣がおると、ちょっこし信じられんが……」
「ルーちんだけならまだしも、ニコルじいもいたんでしょ~? だけど長~い話のわりに、ロックさまの活躍がたりな~い♥」
 マスクの2人は胸をなでおろし、トゥバーは机に突っ伏しふてくされた。
「干渉しない方がいいにしろ、所在は明らかにしておくべきですわ!」
 その真の魔獣がどこへ行ったのか――フェスティーナが神妙な表情で頷く。
「さてな……天にのぼったか地にもぐったか」
 矢継ぎ早の疑問に、ルーシーは口を濁した。
 核心に触れ口を滑らせるとアユムに――オルロックに、疑惑がかかりかねない。
 虚偽をふくませ煙に巻くこともできるが、それには邪魔な存在がこの場にいる。
「帝都ほどとは申さんが、中都市規模の街を壊滅させる国家存亡危機の魔獣じゃ。できれば関わりたくはないが……以後の消息は不明じゃのう」
 しかしルーシーが葛藤する中、コンコルディアが話を合わせてきた。
 先ほど持ち上げたせいではないだろうが、思わず目を見開く。
「樹海を脱出してからこっち、ジジイに隙はなく口止めはかなわなかった。処断が下される覚悟をしていたが、アユムを報告した様子はない」
 何をたくらんでいるのか――。
 その横顔に視線を映しても、老人の表情から心意はまったく読み取れない。
「そしてこいつも、分かっているのかいないのか」
 自分の話をされてるのに、オルロックは微笑みながら立っている。
 その表情に違和感はなく、本当に他人事として思っているのか……得も言われぬ気持ち悪さに、ルーシーは思わず体を抱きしめた。
 本当にこいつらときたら、まともなのは私だけだ!
「……だが魔獣といえど動物と同じく、縄張りがあるそうだ。現状ヴィーラ王国が健在なら範囲外となるだろう、樹海の周辺にさえ近寄らねば――」
「――はい、遠征に問題はないと存じます」
 ルーシーに振られたオルロックが〆、どうにか西方の情報が伝えられた。

「コンコルディア翁、ルーシー殿、貴重な情報に感謝します」
「黒い大理石は残念ですが、魔獣が急激に増える懸念はなくなった訳ですね」
「そうなるのう、いやいや心の重荷が降ろせましたわい」
 魔獣に敵も味方も、むろん戦も関係ない。
 交戦中に現れた一匹の魔獣によって、戦場が混乱に陥る場合もある。それを気にしないで済む分、目の前の敵に尽力できよう。
 北東から国を削られた・・・・魔獣暴走スタンピードの噂は、まだ4年前なのだ。
「しかし陛下の先見の明は素晴らしいな。まさか何年も前から手筈を整え、帝国の行く末をご考察為さっておいでとは!」
「これより統治される皇太子殿下のためでしょう、ありがたき知見を得ました」
 息を吐いた「双璧」が、改めて軍旗をあおぎ見る。
 その背後には果てまで続く大地を覆う、紺碧の空が視えていたかもしれない。
「まあ心配事がなくなって万々歳だ、あんなちっこい国さっさと占領しようぜ! これでパシュチマ連合王国と、真っ向から戦えるってもんだ!」
 エクスが立ち上がり拳を打ち合わせて吼える。
 その瞳はすでに、複数の国家から成り立つ連合王国へ向けられていた。
「大体小国のくせに永世中立国なんて、日和見な態度がムカついてたんだ!」
「……そう簡単にいかないのよ、帝国の情勢を見なさい。常に三正面作戦で問題を抱えているのに、まだ増やそうっていうの?」
 パルウロールムがウェリタースに視線を投げ、察しろと目配せウインクする。
「むしろ樹海のおかげで、互いに手を出さずにすんでた・・・・・・・・・・のよ。仕掛ければ小国とて乗らざるを得ない、戦線の拡大が帝国の今後にどう影響するか」
「――っそうだなもう修羅場を拡げるのは得策じゃない。東はほぼ平定してるが、騎士団や傭兵団だけに任せる訳にもいかんだろ」
「なんでえなんでえ、ウェイの旦那も弱気なんかよ――~ん?」
 1人取り残された感じのエクスに、パルウロールムが何度も目配せを繰り返す。
 何かをたくらむ「四君子」越しに、会議の場はざわついていた。
「確かに……北方の山賊も冬越しに向けて活性化する時期、時局は見えません」
「ウチらも戦力を固める時間が必要やが、来春に西方遠征は厳しいがやちゃ……」
「海賊は気まぐれです……南方の港湾都市に重荷を、背負わせれませんわ」
「双璧」「三悪党」「仁王」がそれぞれ、任地の状況を思い起こし二の足を踏む。
 広大な領地を数人で回る苦労が、遠征の難しさを語っていた。
「ゴホン……ですが帝国の家臣として、我々には主命に応じる義務がある。西方の遠征は損な役回りだけど、一番人数の多い私たち「四君子」が適任かしら」
 しかたがないけど――パルウロールムが息を吐き、全員を見据えて提案する。
 よく見ればその苦笑の奥に、計略の光が輝いていただろう。
「なんだパールやる気じゃねえか! それに悪い話ばっかでもねえぞ、長い間戦がなかった国だしけっこう貯め込んでんじゃね?」
「「……っ!?」」
 居室の巨大な机が軋みを上げ、空間に亀裂が入る。
 エクスの不用意な発言で、全員がその可能性と価値に気がついた。
「行商人から聞いたんだけどよ、「品3」って凄え安売りのメシが――…」
「エクス黙れ……っ」
「……バカ」
「あん?」
「ちょいとお待ち、西方はアタシらの任地だよっ! 「三悪党」が遠征に行くのが筋ってもんさ、邪魔しないどくれ!!」
「ウチらタダ働きしたんだよ~そっちはゆずってもらわなきゃ~♥」
 ドルミートが立ち上がり、トゥバーが机を何度も叩いて歯を剥く。
「やはり帝国の理念を広めるため、「仁王」が向かわせていただきますわ!」
 フェスティーナが幾度も手を挙げ、注目を集めようとする。
「――ああっしまった!」
 エクスが周囲の状況の変化に、やっと仲間の意図を察した。
「おめえが腹芸に縁遠い性格とは知ってたが、ここまでとはな」
「遅いよのまったく……はぁ」
「いっいやけど! でもほら、ボヌやんは反対みてえだぞ!?」
愛称ニックネームで呼ばんでいいちゃ……」
 再び会議の場は騒然とし始める。
 誰も小国の戦力など眼中にないのだ。国土の差により増員できる兵力は雲泥で、なにより彼らは互いに対峙したことがない。
 静かにたたずむ少年だけ、ヴィーラ王国をその瞳に思い浮かべていた。
 美しき炎が鎌首をもたげ弧を描き、大気を切り裂く様を――。
「皆落ちつかれよ、実は遠征のメンバーはすでに決まっているんだ」
「なんだよぉ横からかっさらう気かい、男はみんなそうなんだっ! アっアタシがどんだけ苦労して尽くしても、若い娘に言い寄られて目移りするんだ――っ!!」
「まっ待て待てドルミート殿、一体何の話だ」
「何故皇太子殿下が、外郭十二門全員を招集したと思うのです」
 意味不明に詰め寄られたオーランドゥムに、コルポレの助け船が出る。

「そうだヴィーラ王国への遠征は、外郭十二門と直属の騎士団によって行う!」

 一合で屠る短期決戦。
 本番はその後のパシュチマ連合王国との戦争。此度はあくまでも前哨戦であり、兵の消耗をできるかぎり抑えての騎行となる。
 挙兵を覚ったパシュチマ連合王国による、挟撃を警戒する意味もあった。
「そこで先陣を誰が請け負うか等、部隊の配置案を皇太子殿下に提議し――…」
「――でしたらひとつ、よろしいでしょうか」
 それまでほとんど会議に参加していなかった、オルロックが手を挙げる。
 その静かな声に今さらながら居たのかと、エクスも面倒臭そうに振り向いたが、二度見して息を呑む。
 少年の背後に底の見えない暗闇が、顎を開いていたのだ。
「帝国を勝利へと導く、提案がございます」
 そうしなければ敗北を喫っす――その暗喩に気がついた者は居ただろうか。
 黒い髪をオールバックに整え大道芸人にしか見えない少年が、ニコリと微笑む。



 ――因果伯の総称案――
 コウモリマスク「ドルミート様とクール・テンでいいんじゃないかい」
 犬のマスク「ボヌスーfeatゆかいなざぁ~こ♥たち」
 ペストマスク「すぐルーシーも入るやろう、外郭十二門のままでいいでないが」
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