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第五章 プールヴァ帝国
百四十二夜 攻城戦
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「いけっ! 一番槍の誉ぞ――っ!!」
「「おおおおお――――っっ!!」」
馬上の騎士が従士に向け鬨の声を上げる。
継ぎ足して長さを増した梯子が市壁に複数掛かった。チェインメイルや革鎧を着込んだ職業兵が、剣と雄叫びを上げ殺到していく。
「応戦しろっ! 弓兵――っ!!」
「「おおおおお――――っっ!!」」
市壁上の外衛兵が即座に呼応し弓を引く。
回廊から放たれた矢が押し寄せる敵兵の波を遅滞させる。梯子を駆け上る兵に、そうはさせじと投石や熱湯が降り注いだ。
「ぐえっ」
「ぎゃっ」
梯子の上部で寄せ手の兵が投石を受け、受け手の弓兵が下から狙い撃たれた。
攻守両方の兵が3階の高さから折り重なって墜ちる。苦痛と断末魔が空堀の中で反響し、都市内の市民が恐怖に肩を抱く。
蜘蛛の糸に群がる亡者たち、上った先にあるのは天国か地獄か。
「ふむ……中々にしぶといのう、市門はどうか」
「はっ! まだしばらくは……」
イナゴのごとく飛来する矢に臆せもせず、騎馬した指揮官が戦場を見回す。
視線の先では怒号と雄叫びのなか、断続的な鐘の音が響いていた。
都市外に溢れた家屋から資材を集め破城槌を製作したのだ。降りしきる矢のなか盾を頭上に掲げ、門を打ち破ろうと奮闘している。
跳ね橋は寝返らせた門衛に落とさせたが、両開きの巨大な門は未だ健在だった。
「門を突破されたら終わりだ! 兵を増員しろ、そこの市民も手を貸せ!!」
「殺人孔の攻撃を緩めるな、どうにか破城槌を止めろ――っ!!」
籠城する兵や市民には、決壊前のダムに思えたかもしれない。
市門の内部はつっかい棒と木材で埋められている。さらには荷車に土塁を重ね、兵と市民数十人で抑え込む。
門を挟んで押し合う姿は、神の視点なら滑稽に映っただろう。
「閣下ここは搦め手で如何でしょう、並行して工兵にトンネルを掘らせるのです。突破口さえ開けば陥落させるも容易いはず!」
「ならば少し下がった森で攻城塔を製作させるべきだ。掘削戦は常套手段ゆえに、見破られれば全て無駄となるリスクがある」
「リスクを恐れては何もできん! 手段が確立されているのは、十分なリターンが見込めたからでしょう!」
「気温が下がり硬くなった地を、チマチマと掘っておれるか! 土にまみれるのが騎士の戦いとは家名が泣くぞ!」
「好き嫌いではないでしょう! 第一卿から騎士の道理を教わるいわれは――…」
指揮官に仕える形で、ひと回り若い騎士たちが意見をぶつけ合っていた。
武勇ばかりではない、上役に覚えめでたくあるのもまた戦なのだ。
「卿らはやる気持ちは分かるが落ちつけ、士気にかかわる。工兵とて手分けできるほど多くは居ないのだ、なにより……」
ルクルム卿の前だぞ――耳打ちに近い苦言が、若い争いをピタリと止めた。
攻囲戦で門が破れねば、遮る壁の攻略が主となる。
梯子や攻城塔で壁を乗り越え、投石器などの攻城兵器で壁を破壊し、壁より下を掘削して城内へ侵入するなどの戦法が執られた。
そして最大の戦法が――。
「うむ……卿らの進言は、制圧に時がかかり過ぎるのう」
「そも攻囲戦は長丁場に……はっいえ、失礼しました」
ルクルム伯爵が微かに眉を寄せると、若い騎士たちは馬ごと数歩引く。
寄せ手の津波は当初、市壁を乗り越えるほどの勢いがあった。しかし城郭都市を彷彿とさせる市壁が防波堤となり、迫る悪意を防いだのだ。
そうして一旦膠着状態になると、攻守ともに手詰まり感が否めない。
この時代、包囲戦において最大の戦法が――兵糧攻めである。
「攻撃三倍の法則」などといわれるが、16世紀のウィーン包囲戦では10倍近い兵力差を跳ね返し、防衛拠点を長期間防戦した。
防御体制を構築されると、力攻めで落とすのは非常に困難となるのだ。
石壁を一撃で破壊する攻城兵器はなく、数ヵ月も睨み合うのはザラ。そうすると別の問題が発生する、備蓄の枯渇である。
人は居るだけで食料が必要なのだ。
敵兵に包囲された状況で、他所から搬入するなど夢物語だろう。希望が持てないストレスは、不満や疑心暗鬼を積もらす毒。
その点においてこの度、籠城側は安堵していた。
麦や果実の収穫期で、兵糧は十分に確保できていたのだ。食料の心配がない……これがどれほど兵の、市民の士気を高めたか。
当然兵糧の懸念は、寄せ手にとっても同様である。
冬越しに備えて追従する商人は限られていた。その上従士は大半が野宿であり、夜半に空っ風で叩き起こされるのだ。
戦意高揚と挑発に、いつも通り家屋を焼かせた騎士を恨みがましく睨む。
「なんで冬も間近になって、戦をしなきゃならんのだ!?」
「俺が知るかよっ! 貴族様におうかがいを立ててこい!」
急ごしらえの梯子が破壊されては、盾を頭上に呪詛を吐くしかない。
十分に食えず剣を持つ力が抜け、士気は徐々に下がっていく。空堀に積み上がる骸と疲労が、気概と体力を奪っていった。
「ここで冬越しか……動けなくなる前に、撤退を決めてくれないかな」
「凍え死ぬかこうなるか、どっちがマシだかわかんねえや」
熱湯を浴び落下した仲間が、焼けただれた顔を向けている。まだ息があるのか、濁った目で見つめられ視線を外した。
食えず寝むれず……冬場は戦をしないのが、暗黙の了解なのも頷けよう。
平野での戦と違い包囲戦は、武勇以上に精神の戦いである。どちらかが音を上げるまでの我慢比べ――。
「むう……このままでは、いかんのう」
指揮官のルクルム伯爵が苛立たしく口内で呟く。
戦の時期が悪いのは委細承知、従士の士気が下がってるのも目に見えた。状況が好転する気配はなく、焦りだけがいや増す。
「ん……ルクルム卿、閣下伝令です!」
「ほっ報告いたします!」
騎兵の間を兵が走ってくるのが見え、若い騎士が告げる。
伝令は息を乱したまま片膝をつき、瞳を伏せて言いがたき言葉を吐く。
「もっ物見が後方に軍旗を確認しました! 旗章は……旗章は――…とっ!」
「ぬ……っ!」
聞きがたき言葉を告げられ、ルクルム伯爵が息をのむ。
見えるはずもないが思わずも凝視した。掲げられた軍旗と盾を幾度目にしたか、それはけっして抗えぬ紋章。
全てが、終わったのだ。
「っもう……ぃ」
「はっ? 閣下――…」
「もうよい、もうよい! ええい退けぇ退け――っ!!」
ルクルム伯爵が舌打ちを噛み殺して叫ぶ。
兵の間で無念と安堵が一瞬の間に交差する。死を撒き散らした津波は、襲いきた時と同じ瞬く間に引いて行った。
地に刺さった矢と人の形をした漂流物、耳に残る呻き声だけを残して。
☆
「てめえら寝るのは死んでからだ! しっかりしろ、これも俸給の内だと思え!」
「うっ……うっす!」
「まっまだまだ、いけまさぁ!」
寄せ手が去ったのを確認した途端、籠城する受け手の気力が緩んだ。
そこかしこで倒れ込む兵が続出する。隊長格が発破をかけ、どうにか槍を杖に体を起こし始めた。
「俸給分は働いてると、思いますよぉ」
愚痴に近い軽口に、喘いで座り込んでいた兵が思わず吹き出す。
そうして軋む体に苦笑の油を注して立ち上がる。どうにか生き延びたからには、生き続ける努力が必要となるのだ。
「奴らは諦めてない、また攻めてくるぞ! 矢の準備と門の修復を最優先だ!」
「ケガ人は後方へ下がって治療を受けろ、遺体を片づけるぞ!」
「ほれ急げ急げ――! 地獄へ堕ちたくなきゃ、必死になって足掻け――っ!」
市民も手伝い市壁外の矢を回収し、動かぬ死体を空堀の外へ並べる。
遺体を引き取りにきた敵の従者と目が合い、どちらともうつむく。勇敢に戦った兵士は敵味方問わず丁寧に扱うのが戦の作法だった。
分かってはいるがうごめく感情に、誰もが指示に従いただ黙々と働く。
すべき仕事は多く無心になれるのはありがたい。
幾度も脇をかすめた死の恐怖と、動かぬ友の亡骸。心を沈め感情に溺れるのは、全てが終わってからの贅沢である。
もういいと膝を折った瞬間、死神の鎌が振るわれるのかもしれない。
「繰り返し身体に染み込ませた訓練は、このためだったのか……」
思考せずとも動く体に、若い外衛兵は頭のどこかで理解していく。
「交代でメシを食え、食ってできる限り休め! それも衛兵の仕事だ!!」
「ようオブリ、そういうお前さんはちゃんと食ってるか? 今お前が倒れちゃあ、まとめる奴がいなくなっちまう」
「お"っ……ん"ん"っおう悪いなロクス」
動き回り声をかけ続ける隊長格に、同期がエールの革袋を差し出す。
問われたオブリは急に喉が詰まった。渇ききった舌は唇を湿らせる事もできず、受け取った革袋が空になるまでエールを呷る。
「ふう……っおいそんな大量のメシどっから持ってきた、後で懲罰はごめんだぞ」
「ははっ今回に限って言えば、メシの心配だけはいらんさ。こんな時だからこそ、せめて腹いっぱい食わせて貰おうや」
ロクスがもうひと袋渡しながら、手にした荷をこっそりととく。パンにチーズに塩漬け肉の塊、炙った燻製肉が胃袋を鳴らす香りを放っていた。
まだ戦場の匂いが立ち込める、市壁上ののこぎり狭間。
体を預けて座り込むと、改めて疲労を思い出し汗が落ちる。生き残った実感が、ようやく空腹を思い出させた。
「なあオブリ……援軍を託した伝令は、戦場から抜け出せたと思うか?」
「賄賂に目の眩んだ門衛が跳ね橋を落としたが、逆にいや北門を攻めるって事だ。東門から出したし逃げ延びたとは思うが……さてな」
敵の兵力は多くて300、街を完全包囲するにはまるで足りない。北門に戦力を集中しているのはそのせいだろう。
装備を見ても盗賊団ではない、農民兵は少ないが軍旗を掲げた真っ当な騎士団。
略奪ではなく、街の占有が目的。
ならば補給線を断つ意味でも斥候を放ち地図を作ったはず。街道や村落道まで、要所を封鎖している可能性は高い……か。
オブリが脳内で地図を描き、置かれた状況の厳しさに爪を噛む。
「さてなっても、実際のとこはどうなんだ? 貴族家の出自で学のあるお前なら、なんか目星はついてんだろ」
「……伝令も追っ手を撒くのに大回りしなきゃらん。街の陥落前に援軍が駆けつけれるかは運だ、まあ随分と割りの悪い賭けだな」
「へへっ……オブリこれが本当の、命が懸かったギャンブルだ!」
酒場で何度命懸けだと叫んでサイコロを振ったか、2人は声を上げて笑う。
「はぁ――まったくどこの国の騎士団だ、時期を考えて来いっての!」
ロクスが肉に残っていた骨を愚痴ごと吐き出す。
冬が近いと油断していた落ち度は否めない。寄せ手に投石機がないので都市内に被害はないが、それもいつまで保てるのか。
都市外に広がる家屋から煙が上がっている。
北門が突破されれば都市内も、血と破壊が吹き荒れる地獄と化すだろう。
「わざわざ堕ちなくとも、ここが地獄になっちまうなあ……」
オブリは見納めとばかりに立ち上がり、端から都市を見渡した。
枝を剣に見立て駆け回った路地。早熟の気持ちを持て余して見上げた窓。いつか上りたいと願っていたでっかい市壁。
最奥にひと際大きな領主の館が見え、思わず眉をひそめる。
「宣戦布告の使者が来たと聞いたのは、敵兵が地平を埋めた後だった。上でどんな交渉があったのかは知らんがお粗末すぎる」
「状況からして最悪の場合は、すでに……か」
2人は目を合わせず、それが同意と小さく息を吐く。
すでに降伏で話がついていたのかもしれん――口に出しては言えない推測だが、ある程度事情の分かる者なら察している。
領主の矜持として、抵抗して見せているだけではないのか。
プールヴァ帝国は剣によって服従を強いてきた。己の名誉と強さを誇示せねば、例え逃げ延びれても以後に貴族は名乗れない。
なにより領地を拝領した者として、陛下に言い訳が立たないのだ。
「兵は奮闘してくれたが、これ以上の抵抗は無益。市民の命を守るためには降伏もやむを得なかった……ってか、なんと賢明で慈悲深い領主様だこって」
俺たちは捨て駒だな――領主は守備を固めて耐えろとしか指示せず、擁する騎士の1人も出征してこない。
このまま籠城しているだけでは、圧し潰されるのは誰の目にも明らか。
「ふんっ兵には聞かせられんなあ」
「市民にも……な、みんな――っ3日だ――っ!!」
オブリが市壁上から、都市中へ響けとばかりに大声を放つ。
「3日耐えれば援軍がくる、それまでの辛抱だ――っ! 呼応して打って出れば、俺たちの勝ちだぞ――っ!」
「「おっ……おおおお――――~っっ!!」」
隊長格の鼓舞する叫びに、市壁の内外から雄叫びの返答が返った。
素直に受け取った者も、半ば気がついている者も……誰もが希望にしがみついて腹から息を吐き出す。
そうでも思はねば、膝を抱えるか逃げ出す者が続出しただろう。
「その前に雪が降って撤兵してくれたら、楽なんだがな――~!!」
ロクスが混ぜっ返し、これには空笑いが続く。
「6日あっても、はたして影も形も……か」
「――なあロクス、俺は犬死にする気はねえぞ?」
振り向いたオブリが、ガキ大将の顔で顔で笑う。
差し出された手を、同期はなんの躊躇もなくつかんで立ち上がる。握られた力に痛いまでの命を感じていた。
「援軍はきっと……いや必ず到着する、必ずだ! 大穴狙いだぜロクス、今までの負けを取り戻せ!!」
「へへっオブリ、その賭けのった! 俺らの街を、守ってやろうじゃねえか!!」
「てっ敵影――――っ!!」
「敵影だ! 門を……門を閉じ――…」
市壁の合間にある一段高い側防塔から、2人の物見が緊張して叫ぶ。
表情までは見えないが、蒼白なのは疑いようもなかった。市壁外で矢を回収していた市民が、慌てて門へ雪崩れ込む。
「ちっ……早くも増援か! 全員入ったら門を木材で埋めろ、急げ――っ!」
「日をまたがず再戦かよ、騎士様は勤勉だねえ! おいっどれだけ増えた!?」
オブリが舌打ちを隠さず門衛に叫ぶ、ロクスがどこからだと視線を飛ばす。
物見に少し間があって、問いに異議で答えた。
「ちっ……違う……っ」
「なに?」
「増援じゃない! 敵影はおよそ3倍、数はっ数は1000! 敵主力だっ!!」
今まで死ぬ物狂いで戦ってきた300が、ただの尖兵――!?
「――っばかな!!」
叫んだオブリがこぎり狭間の上に立ち、見定めようと背を伸ばす。
黒い点に見えた影が徐々に塊になっていく。都市から延びる街道を広がる畑を、兵と砂塵が突っ切り覆っていく。
『門を閉じてどうなる、籠城に意味があるのか? 今さら剣を交えたって同じだ、すでに勝敗は明らかではないか!』
咽から出かかる言葉を呑み込んだが、震える体は押さえ切れなかった。
「1000の……敵影?」
「奴らの……主力って……」
思考を断ち切るしかなくなった兵が市民が、呆然としたまま後ずさりをする。
1人が背を見せ逃げ出せば、誰もが雪崩を打って追従するだろう。何者にそれを止める手立てがあろうか。
残された選択は死か奴隷か、逃れたところで最下層の賤民。
全てが、終わったのだ。
「っいや……いや待て! 待ってくれあれは、あの軍旗は……」
「……オブリ?」
「おい現れた軍隊の、軍旗を見てくれ! あれは、あれは鷲ではないか!?」
オブリが側防塔の物見に問う。
すでに戦意を失っていた物見だったが、訓練の手順に従い目を凝らした。1人が気がつき目を見開き、1人が凝視して口を震わせる。
「そっそうです! 青にっ……青に鷲だ!」
「青地に剣と、鷲の旗章です――っ!!」
やはり――物見の泣き声に、オブリは思わず側防塔に掲げられた旗を見上げた。
青地に三枚花弁のユリと鷲の旗章――類した紋章は当然皇族しか使用できない、領主の館にも同様の紋章が掲げられている。
「皇帝ナートゥラム5世陛下の紋章だ! 陛下の、騎士団だっ!!」
オブリの確信に満ちた叫びが響く。
「皇族である我らが慈悲深い領主の危機に! 皇帝陛下が自ら騎士団をともない、いち早く駆けつけてくださったのだ!!」
少々嫌味がふくまれているのに気がついた者は居ただろうか。思考を断ち切っていた全ての脳に、内容が染み込んでいく数舜の間。
理解できた者の表情がわななき、背筋に歓喜と希望が波を打って駆け上った。
「「おっおお……っ! ぅおおおおおお――――~っっっ!!!」」
都市内の兵が市民が、己の声とも思えない絶叫を上げる。
市壁上の外衛兵と違い、市民に軍旗など見えようはずもない。だがはためく旗を旗章を想像し、手を組み涙を流して祈った。
誰もがその旗の下に、救世主の姿を思い浮かべたかもしれない。
騎士でもなければ紋章は学ばない。
衛兵であれどそれは変わらず、せいぜい仕える領主と擁する騎士の紋章だけ。
だが掲げられたプールヴァ帝国を表す旗を、敵対国と戦う軍旗に映える旗章を、統治者の紋章を生涯忘れることはないだろう。
「皇帝陛下万歳――――っ!!」
「神よ皇帝を守り給え――――っ!!」
あちらこちらで讃歌が叫ばれ、呼応して援軍が到着した知らせが広まっていく。
誰もが英雄の登場を、皇帝陛下への感謝を身体に刻み込んでいく。
「こんなにも早く援軍が到着するはずはない。おそらくは皇族の街が襲撃されると情報をつかみ、すでに挙兵されておられたのだろう……っ」
「なんでもいい、なんにせよ俺にも分かる! オブリっ俺たちゃツイてる!!」
ロクスが同期の背を叩き、無邪気に喜びを表す。
オブリは未だ収まらぬ動悸に胸を押さえ、流れた汗をぬぐう余裕もなかった。
『助かった――』
つぶやいては夢物語になりそうで、陛下の騎士団を望みながら呑み込む。
「へへっこうなりゃ話は変わらあ、俺は領主の館へ伝令に行く! 皇族……陛下が駆けつけたとなりゃ、さすがに引きこもっちゃいねえだろ!」
「頼むロクス! だが口調には気をつけろ、調子に乗って軽口をたたくなよ!」
「――お任せくださいませオブリー卿!」
振り返って生真面目に礼を取ったロクスだったが、吹き出して破顔する。
お腹を抱えひとしきり笑うと、兵の肩を叩き後を頼むと駆け出す。
「まったくっ」
「なあオブリ――! 賭けは俺たちの、勝ちだな――~!」
ロクスが笑い声を残して市壁の回廊から降りていった。普段はお目にかかれない隊長格のふざけたやり取りも、今の外衛兵には最高の道化。
命を救われた実感が身体に沁み込み、緊張がとけ弛緩した気配が都市を包む。
「……っん? なんだ、あいつら」
だがそんな歓声色あふれる都市内で、オブリだけが現実に引き戻される。
寄せ手の騎士が下馬し、いつの間にか現れた3人に礼を取っていたのだ。
遠目であり見間違いかと目をこすったが、漆黒のマントをはおった3人は騎士の前を素通りしこちらへ向かってきた。
「皇帝陛下の使者? なぜ……いやそれより奴ら、どういうつもりだ?」
この状況で300の敵兵は動かず、目の前に接近する騎士団を眺めているのだ。
未だ撤退する気はないのか。かなわぬまでも一戦交えるなら、兵を展開し鼓舞する鬨の声を上げるはず。
「あの3人の使者に投降をしめした? ではなぜ彼らは、こちらへ来るんだ?」
「……え?」
「どうしたオブリ」
意味が分からず呆然とするオブリに気がつき、周囲の外衛兵も視線を向ける。
漆黒のマントをはおった3人は真っ直ぐに市門を目指す。すでに弓の距離だが、使者の宣言なら領主に申し伝えなくてはならない。
「なんだろう、講和の交渉か?」
「おいそこの3名止まれ! 何者か――っ!」
物見の疑問と誰何が、耳をつんざく大音響で掻き消された。
☆
『三銃士』~♥
3人の中で子供ほどの、小さい影が前に出る。
漆黒のマントがはためき、どうやってか背より高い肉厚の筒を取り出した。
妙な光沢を放つ鉄の筒――それはカノン砲と呼ばれる火薬兵器に酷似してたが、この時代に知る者はまだ少ない。
上部の取っ手をつかんで座り、砲身を固定すると砲口で空気が破裂。
巨大な砲弾が平射弾道で直接門に吸い込まれる。門の内部に詰め込まれた木材と荷車共々、粉々に吹き飛ばして風穴を開けた。
一連の流れを見ていた外衛兵の身体は硬直し、何一つ言葉が出ない。
後に耳鳴りと、嗅ぎ慣れぬ火薬が燃焼した匂いが立ち込める。300の兵が血と汗を流して断念した市門を、一撃で粉砕してのけたのだ。
「ぎゃああああ――――っっ!!」
「いっ痛え! 腕が、俺の腕が――~っ!」
「誰か……たっ助け……」
突然市門が内側に吹き飛び、付近に居た者は訳が分からなかっただろう。
石垣が木片が散弾となって無秩序に突き刺さる。市壁が雪崩を打ち視界を遮り、現実感の希薄な地獄絵図と化す。
「ぐっ……ちっちくしょう門が、門が破られた! なんだってんだ騙し討ちか? まだ……まだやるってのか!?」
伝令に駆けようとしていたロクスも馬ごと薙ぎ倒されていた。肩を押さえよろけながらも立ち上がり、首を振って見上げる。
崩れた市門跡が逆光となり、3人の影を浮かび上がらせていた。
「っ撃て撃てえ――! 奴らを市内に、入れさせるな――っ!!」
「おっおお――!」
門が突破された際に備え、据え置きの大型弩砲が設置してある。
槍を彷彿とさせる大型の矢を、ロープの復元力で撃ち出す。当たれば盾はおろか人馬もろとも貫通する、恐るべき破壊力を秘めた拠点防衛兵器。
ロクスが叫びながら自身もバリスタを構え、まだ砂塵が舞う門に向け発射する。
バリスタも直接狙える平射弾道で、命中精度は高い。
「な……っ!?」
数ヵ所から発射された矢が小さい影に吸い込まれ、重い打撃音を奏で弾かれた。
目標を貫けなかった矢は弧を描き、都市外の上空へと消えていく。
「そ~んなセコいのでウチがヤれるわけないでしょ、ざぁ~こ♥」
小さい影は時代的にありえない西洋甲冑――プレートアーマーの胸元をはたき、呷り意外に聞こえない言葉を落とす。
バリスタの矢をよろめきもせず受け切ったのだ。
異様だったのは、鉢型兜の面頬である。洋犬を模しており、後に「恥の仮面」と呼ばれるマスクに酷似していた。
『黒い絨毯』……。
「ぐぅあ……っ!」
バリスタが効かなかった衝撃が冷める間もあれば、長身の影が兵を討っている。
背に生えた赤黒い6本の触手、それは蟻の足に見えた。ぞれぞれが独自に動き、関節まで連想させる細長い炎の槍。
バリスタを燃え上がらせ、戸惑う兵に血の噴き出ない刺創を穿つ。
異様だったのは、漆黒のマントに隠された顔である。ゴーグルと鳥のくちばし、後に「ペストマスク」と呼ばれるマスクに酷似していた。
小さい影の盾と、長身の影の槍。
突如現れた人の大きさをした災厄が、都市内に乗り込んで死を撒き散らす。
「敵襲――っ! ぼやっとするな、訓練を思い出せ――っ!!」
「っそうだ! 市内に侵入した敵は少数だ、まだやれるぞ!」
「盾を並べろ――! 隊伍を組んで押し戻せ――っ!!」
隊長格が市壁上で叫び、指揮を受けて兵に秩序が回復する。
だが上から見ているオブリですら、現状の対処が精一杯。状況の判断がつかない事態となっていた。
「陛下の騎士団が、援軍に来られたのではないのか? 何が起こってるんだ!? あの3人は一体、何者なんだっ!!」
いくら甲冑を着こんでいようと、近距離からのバリスタを弾ける訳がない。
体から炎を生やし、意のままに操るなど神の摂理に反している。バカバカしいと思えるほどの、常軌をいっした戦力。
「いや……そうだ聞いたことがある、上流貴族に仕えるのは騎士だけじゃないと。漆黒に身を包み、単独で魔獣をも薙ぎ倒す国の影――」
――因果伯と呼ばれる存在。
「てめえらに、俺らの街を好きにさせて……ったまるか――っ!!」
ロクスが剣を抜き、長身の影に躍りかかる。
炎の足が一本反応して鋭く襲い掛かってきた。ロクスは横凪に払って弾き返し、返す刀を長身の影に打ち込むべく――。
「ロクス止めろ! そいつらは――…」
「え……っ」
だがロクスの剣は炎の足を素通りし、弾き返せずによろける。
「炎は……鉄よりも、壊れんが……」
長身の影がボヤくように呟く。
炎の足は陽炎と共に復元し、そのまま無造作にロクスを突き刺す。
肉の焼ける音を残し、背まで貫く赤黒い穴を空けた。
「ロクス――――っっ!!」
崩れる同期が視界を狭める。
白熱した両目が長身の影をとらえ、震える手が腰の剣を握りしめた。
「くそっここを頼む、俺も下に降りる! どうにか奴らを食い止める!」
「オっオブリ――っ!!」
外衛兵の視線に誘導され、オブリも都市外の振動に気がつく。
剣と鷲を掲げた軍旗が300の尖兵をともない殺到してくる。部隊は東と西にも展開しており、それだけで都市を完全包囲する算段なのが分かった。
空を覆うほどの矢が降り注ぎ、兵が市民がなすすべなく倒れていく。
虚勢が哀願に変わり、悲鳴が断末魔に変わる。決壊した北門から死が噴き出し、徐々に都市中を沈めていった。
堅牢な市壁に閉ざされた都市は、逃れられない地獄と化す。
「なぜだ……なぜ皇族の騎士団が、皇族の街を攻めるんだっ!!」
「かっかしこく……なれよ、争っても……敵う、訳がない」
「……黙れっ」
賄賂を受け取り跳ね橋を落とした門衛が、ボロボロに縛られた姿で毒を吐く。
それにはいくばくかの、哀れみすら感じられた。
「金を貰って、逃げた……方が、死ぬよりは……まし」
「だっ黙れ! 黙れぇ――…っ!」
単なる一兵卒にとっては、それが真実だったのかもしれない。絶対的な力を目の当たりにし、個人でなにができよう。
だが決して認めてはならないと、見張りの衛兵が歯を食いしばる。
「さぁ~って軍隊が入る前に、全員片づけっちまうよぉ! ユースティティア様にアタシらが御役に立てる姿を、御見せするんだ!」
「はい、ドルミート様!」
3人目の影が短い棒を振り上げ、槍と盾を指揮し甲高く叫んだ。
漆黒のマントが覇気を轟かせ空を波打ち、衝撃となって都市中に広がっていく。
異様だったのは、コウモリを模したマスクである。ドクロが付随する短い棒は、後に「教鞭」と呼ばれる鞭に酷似していた。
漆黒のマントをはおる3人は、それぞれ独特の形をしたマスクをかぶっている。
「ボヌスー! トゥバー! や――っておしまい!」
「了解――!!」
――プールヴァ帝国の南西に位置するディスケ公爵領
皇都と港湾都市の交点にあり、物資の輸送などで商業が盛んな中都市である。
皇位継承第6位、ディスケ公ガウデーレは未だ13歳の少年。
金色の髪と快活に笑う姿で周囲を明るくさせていた皇子が、館のホールで足元の影をただ見つめていた。
集っていた近隣の諸侯は消え、街の狂騒だけが木霊に響く。
「兄上……っユースティティア、殿下!」
ホールに体格のいい男性が現れ、戸惑うことなくディスケ公爵に歩み寄る。
足音だけで誰かを察した公爵が、顔を上げず上目遣いで睨んだ。
「久しいなガウデーレ」
兄上と呼ばれた男性が、なんの感傷も持たずに弟の名を呼ぶ。
その日皇族の治める都市が、皇族の手によって陥落した――。
「「おおおおお――――っっ!!」」
馬上の騎士が従士に向け鬨の声を上げる。
継ぎ足して長さを増した梯子が市壁に複数掛かった。チェインメイルや革鎧を着込んだ職業兵が、剣と雄叫びを上げ殺到していく。
「応戦しろっ! 弓兵――っ!!」
「「おおおおお――――っっ!!」」
市壁上の外衛兵が即座に呼応し弓を引く。
回廊から放たれた矢が押し寄せる敵兵の波を遅滞させる。梯子を駆け上る兵に、そうはさせじと投石や熱湯が降り注いだ。
「ぐえっ」
「ぎゃっ」
梯子の上部で寄せ手の兵が投石を受け、受け手の弓兵が下から狙い撃たれた。
攻守両方の兵が3階の高さから折り重なって墜ちる。苦痛と断末魔が空堀の中で反響し、都市内の市民が恐怖に肩を抱く。
蜘蛛の糸に群がる亡者たち、上った先にあるのは天国か地獄か。
「ふむ……中々にしぶといのう、市門はどうか」
「はっ! まだしばらくは……」
イナゴのごとく飛来する矢に臆せもせず、騎馬した指揮官が戦場を見回す。
視線の先では怒号と雄叫びのなか、断続的な鐘の音が響いていた。
都市外に溢れた家屋から資材を集め破城槌を製作したのだ。降りしきる矢のなか盾を頭上に掲げ、門を打ち破ろうと奮闘している。
跳ね橋は寝返らせた門衛に落とさせたが、両開きの巨大な門は未だ健在だった。
「門を突破されたら終わりだ! 兵を増員しろ、そこの市民も手を貸せ!!」
「殺人孔の攻撃を緩めるな、どうにか破城槌を止めろ――っ!!」
籠城する兵や市民には、決壊前のダムに思えたかもしれない。
市門の内部はつっかい棒と木材で埋められている。さらには荷車に土塁を重ね、兵と市民数十人で抑え込む。
門を挟んで押し合う姿は、神の視点なら滑稽に映っただろう。
「閣下ここは搦め手で如何でしょう、並行して工兵にトンネルを掘らせるのです。突破口さえ開けば陥落させるも容易いはず!」
「ならば少し下がった森で攻城塔を製作させるべきだ。掘削戦は常套手段ゆえに、見破られれば全て無駄となるリスクがある」
「リスクを恐れては何もできん! 手段が確立されているのは、十分なリターンが見込めたからでしょう!」
「気温が下がり硬くなった地を、チマチマと掘っておれるか! 土にまみれるのが騎士の戦いとは家名が泣くぞ!」
「好き嫌いではないでしょう! 第一卿から騎士の道理を教わるいわれは――…」
指揮官に仕える形で、ひと回り若い騎士たちが意見をぶつけ合っていた。
武勇ばかりではない、上役に覚えめでたくあるのもまた戦なのだ。
「卿らはやる気持ちは分かるが落ちつけ、士気にかかわる。工兵とて手分けできるほど多くは居ないのだ、なにより……」
ルクルム卿の前だぞ――耳打ちに近い苦言が、若い争いをピタリと止めた。
攻囲戦で門が破れねば、遮る壁の攻略が主となる。
梯子や攻城塔で壁を乗り越え、投石器などの攻城兵器で壁を破壊し、壁より下を掘削して城内へ侵入するなどの戦法が執られた。
そして最大の戦法が――。
「うむ……卿らの進言は、制圧に時がかかり過ぎるのう」
「そも攻囲戦は長丁場に……はっいえ、失礼しました」
ルクルム伯爵が微かに眉を寄せると、若い騎士たちは馬ごと数歩引く。
寄せ手の津波は当初、市壁を乗り越えるほどの勢いがあった。しかし城郭都市を彷彿とさせる市壁が防波堤となり、迫る悪意を防いだのだ。
そうして一旦膠着状態になると、攻守ともに手詰まり感が否めない。
この時代、包囲戦において最大の戦法が――兵糧攻めである。
「攻撃三倍の法則」などといわれるが、16世紀のウィーン包囲戦では10倍近い兵力差を跳ね返し、防衛拠点を長期間防戦した。
防御体制を構築されると、力攻めで落とすのは非常に困難となるのだ。
石壁を一撃で破壊する攻城兵器はなく、数ヵ月も睨み合うのはザラ。そうすると別の問題が発生する、備蓄の枯渇である。
人は居るだけで食料が必要なのだ。
敵兵に包囲された状況で、他所から搬入するなど夢物語だろう。希望が持てないストレスは、不満や疑心暗鬼を積もらす毒。
その点においてこの度、籠城側は安堵していた。
麦や果実の収穫期で、兵糧は十分に確保できていたのだ。食料の心配がない……これがどれほど兵の、市民の士気を高めたか。
当然兵糧の懸念は、寄せ手にとっても同様である。
冬越しに備えて追従する商人は限られていた。その上従士は大半が野宿であり、夜半に空っ風で叩き起こされるのだ。
戦意高揚と挑発に、いつも通り家屋を焼かせた騎士を恨みがましく睨む。
「なんで冬も間近になって、戦をしなきゃならんのだ!?」
「俺が知るかよっ! 貴族様におうかがいを立ててこい!」
急ごしらえの梯子が破壊されては、盾を頭上に呪詛を吐くしかない。
十分に食えず剣を持つ力が抜け、士気は徐々に下がっていく。空堀に積み上がる骸と疲労が、気概と体力を奪っていった。
「ここで冬越しか……動けなくなる前に、撤退を決めてくれないかな」
「凍え死ぬかこうなるか、どっちがマシだかわかんねえや」
熱湯を浴び落下した仲間が、焼けただれた顔を向けている。まだ息があるのか、濁った目で見つめられ視線を外した。
食えず寝むれず……冬場は戦をしないのが、暗黙の了解なのも頷けよう。
平野での戦と違い包囲戦は、武勇以上に精神の戦いである。どちらかが音を上げるまでの我慢比べ――。
「むう……このままでは、いかんのう」
指揮官のルクルム伯爵が苛立たしく口内で呟く。
戦の時期が悪いのは委細承知、従士の士気が下がってるのも目に見えた。状況が好転する気配はなく、焦りだけがいや増す。
「ん……ルクルム卿、閣下伝令です!」
「ほっ報告いたします!」
騎兵の間を兵が走ってくるのが見え、若い騎士が告げる。
伝令は息を乱したまま片膝をつき、瞳を伏せて言いがたき言葉を吐く。
「もっ物見が後方に軍旗を確認しました! 旗章は……旗章は――…とっ!」
「ぬ……っ!」
聞きがたき言葉を告げられ、ルクルム伯爵が息をのむ。
見えるはずもないが思わずも凝視した。掲げられた軍旗と盾を幾度目にしたか、それはけっして抗えぬ紋章。
全てが、終わったのだ。
「っもう……ぃ」
「はっ? 閣下――…」
「もうよい、もうよい! ええい退けぇ退け――っ!!」
ルクルム伯爵が舌打ちを噛み殺して叫ぶ。
兵の間で無念と安堵が一瞬の間に交差する。死を撒き散らした津波は、襲いきた時と同じ瞬く間に引いて行った。
地に刺さった矢と人の形をした漂流物、耳に残る呻き声だけを残して。
☆
「てめえら寝るのは死んでからだ! しっかりしろ、これも俸給の内だと思え!」
「うっ……うっす!」
「まっまだまだ、いけまさぁ!」
寄せ手が去ったのを確認した途端、籠城する受け手の気力が緩んだ。
そこかしこで倒れ込む兵が続出する。隊長格が発破をかけ、どうにか槍を杖に体を起こし始めた。
「俸給分は働いてると、思いますよぉ」
愚痴に近い軽口に、喘いで座り込んでいた兵が思わず吹き出す。
そうして軋む体に苦笑の油を注して立ち上がる。どうにか生き延びたからには、生き続ける努力が必要となるのだ。
「奴らは諦めてない、また攻めてくるぞ! 矢の準備と門の修復を最優先だ!」
「ケガ人は後方へ下がって治療を受けろ、遺体を片づけるぞ!」
「ほれ急げ急げ――! 地獄へ堕ちたくなきゃ、必死になって足掻け――っ!」
市民も手伝い市壁外の矢を回収し、動かぬ死体を空堀の外へ並べる。
遺体を引き取りにきた敵の従者と目が合い、どちらともうつむく。勇敢に戦った兵士は敵味方問わず丁寧に扱うのが戦の作法だった。
分かってはいるがうごめく感情に、誰もが指示に従いただ黙々と働く。
すべき仕事は多く無心になれるのはありがたい。
幾度も脇をかすめた死の恐怖と、動かぬ友の亡骸。心を沈め感情に溺れるのは、全てが終わってからの贅沢である。
もういいと膝を折った瞬間、死神の鎌が振るわれるのかもしれない。
「繰り返し身体に染み込ませた訓練は、このためだったのか……」
思考せずとも動く体に、若い外衛兵は頭のどこかで理解していく。
「交代でメシを食え、食ってできる限り休め! それも衛兵の仕事だ!!」
「ようオブリ、そういうお前さんはちゃんと食ってるか? 今お前が倒れちゃあ、まとめる奴がいなくなっちまう」
「お"っ……ん"ん"っおう悪いなロクス」
動き回り声をかけ続ける隊長格に、同期がエールの革袋を差し出す。
問われたオブリは急に喉が詰まった。渇ききった舌は唇を湿らせる事もできず、受け取った革袋が空になるまでエールを呷る。
「ふう……っおいそんな大量のメシどっから持ってきた、後で懲罰はごめんだぞ」
「ははっ今回に限って言えば、メシの心配だけはいらんさ。こんな時だからこそ、せめて腹いっぱい食わせて貰おうや」
ロクスがもうひと袋渡しながら、手にした荷をこっそりととく。パンにチーズに塩漬け肉の塊、炙った燻製肉が胃袋を鳴らす香りを放っていた。
まだ戦場の匂いが立ち込める、市壁上ののこぎり狭間。
体を預けて座り込むと、改めて疲労を思い出し汗が落ちる。生き残った実感が、ようやく空腹を思い出させた。
「なあオブリ……援軍を託した伝令は、戦場から抜け出せたと思うか?」
「賄賂に目の眩んだ門衛が跳ね橋を落としたが、逆にいや北門を攻めるって事だ。東門から出したし逃げ延びたとは思うが……さてな」
敵の兵力は多くて300、街を完全包囲するにはまるで足りない。北門に戦力を集中しているのはそのせいだろう。
装備を見ても盗賊団ではない、農民兵は少ないが軍旗を掲げた真っ当な騎士団。
略奪ではなく、街の占有が目的。
ならば補給線を断つ意味でも斥候を放ち地図を作ったはず。街道や村落道まで、要所を封鎖している可能性は高い……か。
オブリが脳内で地図を描き、置かれた状況の厳しさに爪を噛む。
「さてなっても、実際のとこはどうなんだ? 貴族家の出自で学のあるお前なら、なんか目星はついてんだろ」
「……伝令も追っ手を撒くのに大回りしなきゃらん。街の陥落前に援軍が駆けつけれるかは運だ、まあ随分と割りの悪い賭けだな」
「へへっ……オブリこれが本当の、命が懸かったギャンブルだ!」
酒場で何度命懸けだと叫んでサイコロを振ったか、2人は声を上げて笑う。
「はぁ――まったくどこの国の騎士団だ、時期を考えて来いっての!」
ロクスが肉に残っていた骨を愚痴ごと吐き出す。
冬が近いと油断していた落ち度は否めない。寄せ手に投石機がないので都市内に被害はないが、それもいつまで保てるのか。
都市外に広がる家屋から煙が上がっている。
北門が突破されれば都市内も、血と破壊が吹き荒れる地獄と化すだろう。
「わざわざ堕ちなくとも、ここが地獄になっちまうなあ……」
オブリは見納めとばかりに立ち上がり、端から都市を見渡した。
枝を剣に見立て駆け回った路地。早熟の気持ちを持て余して見上げた窓。いつか上りたいと願っていたでっかい市壁。
最奥にひと際大きな領主の館が見え、思わず眉をひそめる。
「宣戦布告の使者が来たと聞いたのは、敵兵が地平を埋めた後だった。上でどんな交渉があったのかは知らんがお粗末すぎる」
「状況からして最悪の場合は、すでに……か」
2人は目を合わせず、それが同意と小さく息を吐く。
すでに降伏で話がついていたのかもしれん――口に出しては言えない推測だが、ある程度事情の分かる者なら察している。
領主の矜持として、抵抗して見せているだけではないのか。
プールヴァ帝国は剣によって服従を強いてきた。己の名誉と強さを誇示せねば、例え逃げ延びれても以後に貴族は名乗れない。
なにより領地を拝領した者として、陛下に言い訳が立たないのだ。
「兵は奮闘してくれたが、これ以上の抵抗は無益。市民の命を守るためには降伏もやむを得なかった……ってか、なんと賢明で慈悲深い領主様だこって」
俺たちは捨て駒だな――領主は守備を固めて耐えろとしか指示せず、擁する騎士の1人も出征してこない。
このまま籠城しているだけでは、圧し潰されるのは誰の目にも明らか。
「ふんっ兵には聞かせられんなあ」
「市民にも……な、みんな――っ3日だ――っ!!」
オブリが市壁上から、都市中へ響けとばかりに大声を放つ。
「3日耐えれば援軍がくる、それまでの辛抱だ――っ! 呼応して打って出れば、俺たちの勝ちだぞ――っ!」
「「おっ……おおおお――――~っっ!!」」
隊長格の鼓舞する叫びに、市壁の内外から雄叫びの返答が返った。
素直に受け取った者も、半ば気がついている者も……誰もが希望にしがみついて腹から息を吐き出す。
そうでも思はねば、膝を抱えるか逃げ出す者が続出しただろう。
「その前に雪が降って撤兵してくれたら、楽なんだがな――~!!」
ロクスが混ぜっ返し、これには空笑いが続く。
「6日あっても、はたして影も形も……か」
「――なあロクス、俺は犬死にする気はねえぞ?」
振り向いたオブリが、ガキ大将の顔で顔で笑う。
差し出された手を、同期はなんの躊躇もなくつかんで立ち上がる。握られた力に痛いまでの命を感じていた。
「援軍はきっと……いや必ず到着する、必ずだ! 大穴狙いだぜロクス、今までの負けを取り戻せ!!」
「へへっオブリ、その賭けのった! 俺らの街を、守ってやろうじゃねえか!!」
「てっ敵影――――っ!!」
「敵影だ! 門を……門を閉じ――…」
市壁の合間にある一段高い側防塔から、2人の物見が緊張して叫ぶ。
表情までは見えないが、蒼白なのは疑いようもなかった。市壁外で矢を回収していた市民が、慌てて門へ雪崩れ込む。
「ちっ……早くも増援か! 全員入ったら門を木材で埋めろ、急げ――っ!」
「日をまたがず再戦かよ、騎士様は勤勉だねえ! おいっどれだけ増えた!?」
オブリが舌打ちを隠さず門衛に叫ぶ、ロクスがどこからだと視線を飛ばす。
物見に少し間があって、問いに異議で答えた。
「ちっ……違う……っ」
「なに?」
「増援じゃない! 敵影はおよそ3倍、数はっ数は1000! 敵主力だっ!!」
今まで死ぬ物狂いで戦ってきた300が、ただの尖兵――!?
「――っばかな!!」
叫んだオブリがこぎり狭間の上に立ち、見定めようと背を伸ばす。
黒い点に見えた影が徐々に塊になっていく。都市から延びる街道を広がる畑を、兵と砂塵が突っ切り覆っていく。
『門を閉じてどうなる、籠城に意味があるのか? 今さら剣を交えたって同じだ、すでに勝敗は明らかではないか!』
咽から出かかる言葉を呑み込んだが、震える体は押さえ切れなかった。
「1000の……敵影?」
「奴らの……主力って……」
思考を断ち切るしかなくなった兵が市民が、呆然としたまま後ずさりをする。
1人が背を見せ逃げ出せば、誰もが雪崩を打って追従するだろう。何者にそれを止める手立てがあろうか。
残された選択は死か奴隷か、逃れたところで最下層の賤民。
全てが、終わったのだ。
「っいや……いや待て! 待ってくれあれは、あの軍旗は……」
「……オブリ?」
「おい現れた軍隊の、軍旗を見てくれ! あれは、あれは鷲ではないか!?」
オブリが側防塔の物見に問う。
すでに戦意を失っていた物見だったが、訓練の手順に従い目を凝らした。1人が気がつき目を見開き、1人が凝視して口を震わせる。
「そっそうです! 青にっ……青に鷲だ!」
「青地に剣と、鷲の旗章です――っ!!」
やはり――物見の泣き声に、オブリは思わず側防塔に掲げられた旗を見上げた。
青地に三枚花弁のユリと鷲の旗章――類した紋章は当然皇族しか使用できない、領主の館にも同様の紋章が掲げられている。
「皇帝ナートゥラム5世陛下の紋章だ! 陛下の、騎士団だっ!!」
オブリの確信に満ちた叫びが響く。
「皇族である我らが慈悲深い領主の危機に! 皇帝陛下が自ら騎士団をともない、いち早く駆けつけてくださったのだ!!」
少々嫌味がふくまれているのに気がついた者は居ただろうか。思考を断ち切っていた全ての脳に、内容が染み込んでいく数舜の間。
理解できた者の表情がわななき、背筋に歓喜と希望が波を打って駆け上った。
「「おっおお……っ! ぅおおおおおお――――~っっっ!!!」」
都市内の兵が市民が、己の声とも思えない絶叫を上げる。
市壁上の外衛兵と違い、市民に軍旗など見えようはずもない。だがはためく旗を旗章を想像し、手を組み涙を流して祈った。
誰もがその旗の下に、救世主の姿を思い浮かべたかもしれない。
騎士でもなければ紋章は学ばない。
衛兵であれどそれは変わらず、せいぜい仕える領主と擁する騎士の紋章だけ。
だが掲げられたプールヴァ帝国を表す旗を、敵対国と戦う軍旗に映える旗章を、統治者の紋章を生涯忘れることはないだろう。
「皇帝陛下万歳――――っ!!」
「神よ皇帝を守り給え――――っ!!」
あちらこちらで讃歌が叫ばれ、呼応して援軍が到着した知らせが広まっていく。
誰もが英雄の登場を、皇帝陛下への感謝を身体に刻み込んでいく。
「こんなにも早く援軍が到着するはずはない。おそらくは皇族の街が襲撃されると情報をつかみ、すでに挙兵されておられたのだろう……っ」
「なんでもいい、なんにせよ俺にも分かる! オブリっ俺たちゃツイてる!!」
ロクスが同期の背を叩き、無邪気に喜びを表す。
オブリは未だ収まらぬ動悸に胸を押さえ、流れた汗をぬぐう余裕もなかった。
『助かった――』
つぶやいては夢物語になりそうで、陛下の騎士団を望みながら呑み込む。
「へへっこうなりゃ話は変わらあ、俺は領主の館へ伝令に行く! 皇族……陛下が駆けつけたとなりゃ、さすがに引きこもっちゃいねえだろ!」
「頼むロクス! だが口調には気をつけろ、調子に乗って軽口をたたくなよ!」
「――お任せくださいませオブリー卿!」
振り返って生真面目に礼を取ったロクスだったが、吹き出して破顔する。
お腹を抱えひとしきり笑うと、兵の肩を叩き後を頼むと駆け出す。
「まったくっ」
「なあオブリ――! 賭けは俺たちの、勝ちだな――~!」
ロクスが笑い声を残して市壁の回廊から降りていった。普段はお目にかかれない隊長格のふざけたやり取りも、今の外衛兵には最高の道化。
命を救われた実感が身体に沁み込み、緊張がとけ弛緩した気配が都市を包む。
「……っん? なんだ、あいつら」
だがそんな歓声色あふれる都市内で、オブリだけが現実に引き戻される。
寄せ手の騎士が下馬し、いつの間にか現れた3人に礼を取っていたのだ。
遠目であり見間違いかと目をこすったが、漆黒のマントをはおった3人は騎士の前を素通りしこちらへ向かってきた。
「皇帝陛下の使者? なぜ……いやそれより奴ら、どういうつもりだ?」
この状況で300の敵兵は動かず、目の前に接近する騎士団を眺めているのだ。
未だ撤退する気はないのか。かなわぬまでも一戦交えるなら、兵を展開し鼓舞する鬨の声を上げるはず。
「あの3人の使者に投降をしめした? ではなぜ彼らは、こちらへ来るんだ?」
「……え?」
「どうしたオブリ」
意味が分からず呆然とするオブリに気がつき、周囲の外衛兵も視線を向ける。
漆黒のマントをはおった3人は真っ直ぐに市門を目指す。すでに弓の距離だが、使者の宣言なら領主に申し伝えなくてはならない。
「なんだろう、講和の交渉か?」
「おいそこの3名止まれ! 何者か――っ!」
物見の疑問と誰何が、耳をつんざく大音響で掻き消された。
☆
『三銃士』~♥
3人の中で子供ほどの、小さい影が前に出る。
漆黒のマントがはためき、どうやってか背より高い肉厚の筒を取り出した。
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巨大な砲弾が平射弾道で直接門に吸い込まれる。門の内部に詰め込まれた木材と荷車共々、粉々に吹き飛ばして風穴を開けた。
一連の流れを見ていた外衛兵の身体は硬直し、何一つ言葉が出ない。
後に耳鳴りと、嗅ぎ慣れぬ火薬が燃焼した匂いが立ち込める。300の兵が血と汗を流して断念した市門を、一撃で粉砕してのけたのだ。
「ぎゃああああ――――っっ!!」
「いっ痛え! 腕が、俺の腕が――~っ!」
「誰か……たっ助け……」
突然市門が内側に吹き飛び、付近に居た者は訳が分からなかっただろう。
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伝令に駆けようとしていたロクスも馬ごと薙ぎ倒されていた。肩を押さえよろけながらも立ち上がり、首を振って見上げる。
崩れた市門跡が逆光となり、3人の影を浮かび上がらせていた。
「っ撃て撃てえ――! 奴らを市内に、入れさせるな――っ!!」
「おっおお――!」
門が突破された際に備え、据え置きの大型弩砲が設置してある。
槍を彷彿とさせる大型の矢を、ロープの復元力で撃ち出す。当たれば盾はおろか人馬もろとも貫通する、恐るべき破壊力を秘めた拠点防衛兵器。
ロクスが叫びながら自身もバリスタを構え、まだ砂塵が舞う門に向け発射する。
バリスタも直接狙える平射弾道で、命中精度は高い。
「な……っ!?」
数ヵ所から発射された矢が小さい影に吸い込まれ、重い打撃音を奏で弾かれた。
目標を貫けなかった矢は弧を描き、都市外の上空へと消えていく。
「そ~んなセコいのでウチがヤれるわけないでしょ、ざぁ~こ♥」
小さい影は時代的にありえない西洋甲冑――プレートアーマーの胸元をはたき、呷り意外に聞こえない言葉を落とす。
バリスタの矢をよろめきもせず受け切ったのだ。
異様だったのは、鉢型兜の面頬である。洋犬を模しており、後に「恥の仮面」と呼ばれるマスクに酷似していた。
『黒い絨毯』……。
「ぐぅあ……っ!」
バリスタが効かなかった衝撃が冷める間もあれば、長身の影が兵を討っている。
背に生えた赤黒い6本の触手、それは蟻の足に見えた。ぞれぞれが独自に動き、関節まで連想させる細長い炎の槍。
バリスタを燃え上がらせ、戸惑う兵に血の噴き出ない刺創を穿つ。
異様だったのは、漆黒のマントに隠された顔である。ゴーグルと鳥のくちばし、後に「ペストマスク」と呼ばれるマスクに酷似していた。
小さい影の盾と、長身の影の槍。
突如現れた人の大きさをした災厄が、都市内に乗り込んで死を撒き散らす。
「敵襲――っ! ぼやっとするな、訓練を思い出せ――っ!!」
「っそうだ! 市内に侵入した敵は少数だ、まだやれるぞ!」
「盾を並べろ――! 隊伍を組んで押し戻せ――っ!!」
隊長格が市壁上で叫び、指揮を受けて兵に秩序が回復する。
だが上から見ているオブリですら、現状の対処が精一杯。状況の判断がつかない事態となっていた。
「陛下の騎士団が、援軍に来られたのではないのか? 何が起こってるんだ!? あの3人は一体、何者なんだっ!!」
いくら甲冑を着こんでいようと、近距離からのバリスタを弾ける訳がない。
体から炎を生やし、意のままに操るなど神の摂理に反している。バカバカしいと思えるほどの、常軌をいっした戦力。
「いや……そうだ聞いたことがある、上流貴族に仕えるのは騎士だけじゃないと。漆黒に身を包み、単独で魔獣をも薙ぎ倒す国の影――」
――因果伯と呼ばれる存在。
「てめえらに、俺らの街を好きにさせて……ったまるか――っ!!」
ロクスが剣を抜き、長身の影に躍りかかる。
炎の足が一本反応して鋭く襲い掛かってきた。ロクスは横凪に払って弾き返し、返す刀を長身の影に打ち込むべく――。
「ロクス止めろ! そいつらは――…」
「え……っ」
だがロクスの剣は炎の足を素通りし、弾き返せずによろける。
「炎は……鉄よりも、壊れんが……」
長身の影がボヤくように呟く。
炎の足は陽炎と共に復元し、そのまま無造作にロクスを突き刺す。
肉の焼ける音を残し、背まで貫く赤黒い穴を空けた。
「ロクス――――っっ!!」
崩れる同期が視界を狭める。
白熱した両目が長身の影をとらえ、震える手が腰の剣を握りしめた。
「くそっここを頼む、俺も下に降りる! どうにか奴らを食い止める!」
「オっオブリ――っ!!」
外衛兵の視線に誘導され、オブリも都市外の振動に気がつく。
剣と鷲を掲げた軍旗が300の尖兵をともない殺到してくる。部隊は東と西にも展開しており、それだけで都市を完全包囲する算段なのが分かった。
空を覆うほどの矢が降り注ぎ、兵が市民がなすすべなく倒れていく。
虚勢が哀願に変わり、悲鳴が断末魔に変わる。決壊した北門から死が噴き出し、徐々に都市中を沈めていった。
堅牢な市壁に閉ざされた都市は、逃れられない地獄と化す。
「なぜだ……なぜ皇族の騎士団が、皇族の街を攻めるんだっ!!」
「かっかしこく……なれよ、争っても……敵う、訳がない」
「……黙れっ」
賄賂を受け取り跳ね橋を落とした門衛が、ボロボロに縛られた姿で毒を吐く。
それにはいくばくかの、哀れみすら感じられた。
「金を貰って、逃げた……方が、死ぬよりは……まし」
「だっ黙れ! 黙れぇ――…っ!」
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だが決して認めてはならないと、見張りの衛兵が歯を食いしばる。
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「はい、ドルミート様!」
3人目の影が短い棒を振り上げ、槍と盾を指揮し甲高く叫んだ。
漆黒のマントが覇気を轟かせ空を波打ち、衝撃となって都市中に広がっていく。
異様だったのは、コウモリを模したマスクである。ドクロが付随する短い棒は、後に「教鞭」と呼ばれる鞭に酷似していた。
漆黒のマントをはおる3人は、それぞれ独特の形をしたマスクをかぶっている。
「ボヌスー! トゥバー! や――っておしまい!」
「了解――!!」
――プールヴァ帝国の南西に位置するディスケ公爵領
皇都と港湾都市の交点にあり、物資の輸送などで商業が盛んな中都市である。
皇位継承第6位、ディスケ公ガウデーレは未だ13歳の少年。
金色の髪と快活に笑う姿で周囲を明るくさせていた皇子が、館のホールで足元の影をただ見つめていた。
集っていた近隣の諸侯は消え、街の狂騒だけが木霊に響く。
「兄上……っユースティティア、殿下!」
ホールに体格のいい男性が現れ、戸惑うことなくディスケ公爵に歩み寄る。
足音だけで誰かを察した公爵が、顔を上げず上目遣いで睨んだ。
「久しいなガウデーレ」
兄上と呼ばれた男性が、なんの感傷も持たずに弟の名を呼ぶ。
その日皇族の治める都市が、皇族の手によって陥落した――。
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