Ｍ属性 ～嗚呼、あなたに踏まれたい～

第一章 城郭都市マナスル

十二夜 カルマ

「『原因』があって『結果』が生じます。
　天から降る水も大地が揺れるのも、神様の慈悲や怒りではありません。ちゃんと『原因』が存在し、雨と呼ばれ地震と呼ばれる『結果』へと至る。
　原因と結果から生じる絶対的な法則を『因果』――運命と呼びます。
　世界のあらゆる現象は、因果うんめいという見えない力に拘束されているのです」
　お風呂場でのだらけた姿勢とは違う。長年の研究発表を行う大学教授のように、何気ない説明その一つ一つに重さがあった。
　本当に想いが表情に出てしまう方だ。
　スーリヤ様の指示棒についた葉っぱが、探究部屋の陽気を反射して舞う。
「しかし唯一、拘束から返還に至る道……それが『カルマ』です」


「カルマ……」
　思わず呟くと、スーリヤ様がにこりと微笑む。
「これは薪から剥がれ落ちていた、ただの木片です」
　用意してあった１０センチほどの木片を、親指と人差し指でつまみ光にかざす。
　そこが絢爛なステージで在るかのように、雄々しくたたずんでいた。
「この木片には今後色々な運命・・が、待ち受けていたはずです――～っ！」
「運……命？」
　声まで震わせ歌いあげる、いったい何の幕開けか。
「誰かに踏まれ潰され砕け散るのか？　犬が咥え飽きるまで甘噛みされるのか？　鳥が巣作りに運び卵を温めるのか？　そのままカビて朽ち果てるのか――っ？」
　運命を弄ぶ女神のように、木片がトコトコ歩き、驚いて跳ね、つまずいて転び、泣いたり怒ったり――。
　人生ならぬ、木生を演じてみせた。
　右手の指示棒を腰に当て、音楽が鳴らないのが不思議なほどの熱演。
「あるいは――…『炎生えんじょう』！」
　スーリヤ様の前方に、２０センチほどの見慣れない文様が浮かび淡く発光する。
　識者ならば梵字の「カーン」に酷似していたと、指摘しただろう。文様に木片を差し入れると、影に包まれ木片の形を保ったまま崩れて消えた。
　と同時に、文様に小さな炎が生まれる。
　窓際の蝋燭ろくそくめがけ、指ししめすようにフィンガースナップで弾く。
「炎となって、世を照らすのか？」
「わあ……っ！」
　蝋燭の軸が炎を受け止め、暖かな光が宿った。
　感嘆の声をあげ蝋燭に近寄って見回すが、普通の火で普通の光だ。
「原因もくへんを『カルマ』に通し、結果ほのおへと返還させたのです」
　多様な運命に抗ったようにね、と指示棒を頬に当て笑う。
「運命に、抗う……」
　質量保存の法則ガン無視――これは確かに、魔法だなあ。
　しかし無秩序でもカオスでもなく、なんらかの法則も垣間見える。ぼくは蝋燭の火を両手で囲み、ほのかな温かみを感じていた。
「そうだ召喚の間のシャンデリアに火が灯ったのも、『炎生えんじょう』ですか？」
「あらあの状況で、よく見てますねえ――～！」
　吹き出すように笑い、肯定してくれた。

「上からＳ属性、Ｏ属性、Ｍ属性です」
　用意されたタペストリーには、３つの見慣れない文様が描かれている。指示棒の葉っぱが一つずつ指し示してゆく。
　識者ならば梵字の「カーン、タラーク、マン」に酷似してると指摘しただろう。

　Ｓanctus――Ｓ属性「炎生えんじょう」　「偸金ちゅうきん」　「邪土じゃどう」

　Ｏffero――Ｏ属性「妄水もうすい」　「綺人きじん」　「木口ぼっこう」　「風舌ふうぜつ」

　Ｍens――Ｍ属性「無欲むよく」　「光恚こうに」　「闇癡あんち」

「全ての人が、三属性のいずれかに当てはまります。
　といっても、啓ひらける者はそう多くはいません。
　記録に照らすと一点に集中できる者。脇目もふらず没頭できる者が、『カルマ』を啓ける傾向にあるようです。
　職人などが何十年も修行し、いつのまにか啓いてたケースですね。
　他にも絶対的な危機におちいったり、強い衝撃を受けた場合です。これはかなり特殊な例といえます。
　神託を受けたと感じる方もいるようです」
　大学教授が指示棒をかざしながら、とても楽し気に研究発表を行う。
「スーリヤ様はメガネが似合うだろうなあ」

「『Ｓ属性』は身体に健全な影響をもたらし、健康を維持する『カルマ』です。
　別名『Ｓano』――癒す属性とも呼ばれ、身体の活用に適した『力』です。
　特に一旦『カルマ』を啓いた者は無意識のうちに使用している例があり、身体が頑丈になって筋力も飛躍的に向上します」
「あ……っ！　側溝掘りを手伝ってくれたウールドの体から、見慣れない淡い光がうっすら立ちのぼっていました！」
　思わず生徒よろしく手を挙げて質問。
「それはいい経験をしましたね、Ｓ属性の特徴である肉体強化の光です。
　先ほどの『炎生えんじょう』もＳ属性です。炎を生み、炎をある程度従わせれます。
『利剣』により心を断ち『羂索』により心を強靭にする――攻守に優れています。
　特異と言えるのは『偸金ちゅうきん』ですねえ。鉱石にＳ属性の返還価値を複数内包させ、単体で数度の返還を可能にさせます。
　宝石のような美しさになり、高額の取引価値が生まれるほど貴重になります」
　机の上にひし形や丸い形――カボション・カットや、水晶を思わせる単結晶形の赤や白い鉱石が並べられた。
　一見して宝石と分かる物から、指輪や動物を模したペンダントまで。
　ただしどれも、言い知れぬ気配を発している。
「あの時・・・ヴィーラ殿下の鞭にも鉱石がついてました。何も返還せずに炎の鞭……『炎生えんじょう』を行えたのは、そういった理由ですか？」
　先生が頷き、よくできましたと拍手を送る。

「『Ｏ属性』は力ある言葉を操り、広範囲に影響を与える『カルマ』です。
　別名『Ｏmnis』――万物を統べる、王の属性と言われるほど見事な『力』です。
　例えば……『綺人きじん』！」
　口元に「タラーク」に酷似した文様が浮かび、淡く発光する。
『アカーシャ、ストップ！』
　空気が歪み波紋となって身体を叩き、色さえも息をひそめて世界が停滞した。
　いつの間に入って来てたのか、赤毛の幼女が数秒完全に停止する。
　くせっ毛をむぞうさに束ね、ツインのゆるい三つ編。白に近いコットに焦げ茶のシュールコーを重ね着し、胸下でゆったりと絞めていた。
　寝不足気味の目とうっすら残ったそばかすが、８歳の年齢をさらに幼く見せる。
　召喚の間と迷宮で出会った、ひと際小さいコロポックルフード。積みあげられた箱とスクロールの隙間で、滑稽な姿を晒していた。
「――っう！？　……スーリヤ酷い」
　それ頭に響くんだから、と眉根を寄せての抗議。
「親しき仲にも礼儀ですよ、用事があるのならちゃんとノックしてから来なさい」
「スーリヤには、ない」
　椅子を持ってきてぼくの横に座り、机に腕と顎あごを乗せ足をブラブラさせる。
　Ｓ属性の鉱石を、さして興味もなさそうに光にかざす。だけど意識だけは妙に、ぼくの方へ向いてる気がした。
「じゃあぼくになにか、用があるのかな？」
　話したくないのかふいに目をそらされる、気のせいだったのかな。
「アカーシャ、なにか視えた・・・の？　……まあいいわ」
　説明を続けますねと、咳ばらいを一つ。
「今のが『綺人きじん』です。知能を有する生物を『言葉』で、ある程度操れます。
　脳に疑似的な刷りこみを起こすようです。
　効果時間や範囲、操作深度は個人で違いますが、それは全属性同じですね」
「スーリヤ様は先ほど、木片でＳ属性を使いましたよね？　Ｏ属性なんですか？」
「私はＭ属性です。嫌なことに気がつけば歳を重ね……皆さんよりは年長なので、それなりの力量はあります」

「最後にその『Ｍ属性』ですね。個人の心、精神に作用する『カルマ』です。
　別名『Ｍemoria』――記憶や記録に関する返還を行う、知識の「力」です。
　事情聴取でも気がついたけど、アユムの記憶力のよさはＭ属性を表してるわね」
「Ｍ・iser……哀れな、役立たず属性」
　微笑むスーリヤ様をよそに、アカーシャがうつむき加減でぼそりと呟く。
「アカーシャそんなこと言わないの。人が他の生物に比べ格段に進歩できたのは、記憶を外部に記録できたからよ。Ｍ・aguna――偉大な、属性なんですからね」
　机にしがみつき拗ねるアカーシャを、なだめ励まそうとするスーリヤ様。
　その姿はまさしくＭ・agister――先生、だった。古典ラテン語をふくむ教養高いやり取りのはずなんだけど、どこか滑稽で笑ってしまう。
「ぼくは本を読むのが好きだった……確かにＭ属性、内心的かなあ」
　召喚の間でぼくがＭ属性だと知らされた時、周囲に失意の気配があった。
　ヴィーラ王国は永世中立国と聞いている。他国間の戦争に中立的立場を維持し、他国に対して戦争を始めない・・・・条約。
　永世中立国は必ずしも、平和を意味した状況ではないのだ。
　国にＳ属性やＯ属性がどれほど求められているか、想像に難くない。両方戦いに適した属性だろう。
「アカーシャもＭ属性でね、得意は『無欲むよく』。なんと未来予知・・・・ができるの！」
　スーリヤ様が振り向き、胸を張って我がことのように褒める。
「予知能力ですか？　それは凄いですね！」
　本心で賞賛した。どこまでの予知なのか、使い方次第で凄い便利だろう。
　いずれぼくも使えるようになるのかなと、思わず期待が高まる。
「いつ、どこ、の未来か選べない……」
　少し頬をふくらませ、不満気な表情がより子供らしさを引き立たせた。

「無欲むよく」はまさしく欲を捨てる、心を無にすればするほど未来予知が可能となる。
　つまり視たい未来を、選択はできない。
　無意識下であるほど良いらしく、眠っていると「夢」でよく視るそうだ。しかし予知を本人や近しい人に話すと、それによって原因が変わる。
　ゆえに結果も変わり――「因果が乱れる」のだ。
　多くの場合未来の改善・・を求めるせいか、傾くバランスを取るようさらに悪い方へ改悪・・されてしまう。
「力」を理解し気をつけて行動していても、「少し勘が鋭い」程度の評価となる。

「ああ、それじゃあ……」
　アカーシャの手前顔に出さないようにしつつも、落胆を感じる自分がいた。
　それほど未来予知は魅力的なのだ。
「だから予知・・っていうより、予感・・に近いのよね……そんな気がする～って程度」
　貴族に自分はなんの属性か訊かれたり、とスーリヤ様が口内でささやく。
　ぼくがＭ属性だと指摘したのも、アカーシャだっけ。
「テストで山を当てるのが上手かった、あれも『予感』だったのかなあ」
「あっひと休みしよっか！　今日は天気もいいし、バルコニーで――～ね？」
「ああ、いいですね！」
　空気を換えようとしたのだろう、スーリヤ様の提案に乗っかる。
　ぼくが立ち上がってバスケットを持つと、アカーシャが「にへら～」としか形容できない笑みを見せた。
「えっとごめんね。コップとお皿を２人分しか用意してなくって、すぐ――」
　アカーシャが懐から、使いこんだ銀のゴブレットと小さな深皿を取り出す。
　食器が足りないのが、視えて・・・いたのだ。
「……結構、便利なのではないだろうか」
「なんの用事かと思ったら――」
　あっきれた、といった表情のスーリヤ様と目があう。
　なにもなかったようにバルコニーへ椅子を持って行……こうとして、どちらともなく吹き出して止まらなくなった。
　椅子を持ったまま、２人で大笑いのダンスを舞う。
　アカーシャが不思議そうな顔で見ていた。


　便利かと思って親方に製作してもらった「バールのようなもの」。もしかしたらウールドと出会う、「予感」だったのかもしれない。