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第2章 大聖堂都市『イストランダ』史徒文書館 7つの教会 編
25.聖ヨハネウス史徒文書館⑦ 不良史徒ロゼリア
しおりを挟む「ちょっと!なんで僕とルシフィー様の間に、あなたが座るんです?ルシフィー様のお隣は、僕が先に確保したんですよ!」
「別にいいじゃないか?僕とルシフィーは同僚なんだし、隣り合ったって。ねぇ、ルシフィー?」
「メフィストお兄ちゃん!ルーベルトお兄ちゃん!僕だってルシフィー様のお隣がいいよ!ちょっとそこどいてよ」
アイリスの歓迎パーティーが催される食堂では、くだらなくも熾烈なバトルが繰り広げられていた。
「――だそうだよ、メフィスト。ここは年少者に譲ってあげるべきだね。さあ、エル。ここの席をどうぞ。僕は仕方がないからメフィストの向かいの席に移動しよう」
「うーんと、遠くの席に行ってくれて構わないですよ」
メフィストは、容赦なく手でしっしと追い払ったが、ルーベルトはニコニコと笑みをたたえたまま、メフィストの向かいの席に収まり、まったく堪えていないようだ。
そんな、自分の「左隣の席争奪戦」には目もくれず、ルシフィーは右隣に座るアイリスを温かな瞳で見つめていた。
「ふふ、アイリスちゃん。今晩はちゃんと食べているみたいで安心いたしました。昨晩の出来事から、あまり食欲がないみたいでしたから」
「私、皆さんがこんなに温かく迎えてくれて、嬉しくって…頑張らなきゃって、思ったんです!」
「アイリス、僕もいるから大丈夫!明日に備えて、今日はもりもりご馳走をたくさん食べよう!」
「…エル、口の周りにいっぱいついてるぞ」
「えっ!?どこどこ?」
ここだ、ここ、とエルの向かいの席からリアードがナプキンを手にゴシゴシと拭き取る。
「リアードは手の焼ける主人をもって、大変そうだね。
――あ、メフィスト。君もついているよ。ほら、ここ」
「じ、自分で拭けますよ!あっ…や、やめてください!」
リアードの隣の席に座ったルーベルトが、向かい合ったメフィストの口元に手を伸ばす。
「まったく、メフィストお兄ちゃんは、おっちょこちょいだね」
「…きみにだけは言われたくないですよ、エル」
歓迎パーティーも中盤に差し掛かった頃、――ふいに食堂の扉がバンッと勢いよく開かれた。
現れたのは、史徒の黒ローブを大きく着崩し、妖艶な雰囲気を漂わせた、それはそれは美しい女性だった。
足を太ももまで露わにし、胸元を大きく開けた格好は、神に仕える大聖堂都市では相当に悪目立ちする。
アイリスは、突然現れた美女をまじまじと見つめた――彼女は、確かに着崩してはいるが他の史徒と同じローブを身に纏っている。
しかし、他の史徒とは大きく異なるところがあった――その髪は、史徒の特徴である星屑のような、シルバーの髪ではない。ウェーブのかかった、美しい深紅の薔薇のような赤髪だ。
赤髪を腰辺りで揺らしながら、つかつかと食堂に入ってきた美女は、アイリスとルシフィーの向かいの席にドカッと座り、持っていたワイン瓶に直接口を付けて、グビグビと煽り飲んだ。
「ぷはぁ~っ!…あら?あなたがドラコーンのアイリスかしら?年頃はエル坊やと同じくらいね」
アイリスは突然、向かいからまじまじと見つめられ、声を掛けられ、何と答えたらよいかポカンとしている。
「もう、ロゼリアお姉さまったら!またそんなにお酒を飲まれては、お体によくありませんよ!」
強烈な登場をした赤髪の美女は、サンマルコをも悩ませる問題児の第8史徒――『ロゼリア』だった。
「ルシフィーは相変わらずの優等生ね。あなたももっと自由になって、本当の自分を知らないと――せっかくの美しい素材が台無しだわ」
「あっ、ロゼリアお姉さまっ…」
ロゼリアはルシフィーの頬に手を添えて撫ぜた。
ロゼリアを見つけたサンマルコがつかつかと近づいてきた。
「ロゼリアよ、サボりも大概にじゃぞ?
明日の『7つの教会』招集会議のことは、そなたにも伝わっておろうな?そなたも出席は、必須じゃ。よいな?」
有無を言わせず言い放ち、サンマルコは食堂を後にした。
サンマルコが去った後、ロゼリアは溜め息をついて、大きく伸びをする。
「はぁ~、本当にここの暮らしは息が詰まっちゃう。任務に出ている間の方が、よっぽど自由ね」
「ロゼリアの場合、ちゃんと任務をこなしているのやら、いないのやら――だけどね」
ルーベルトがぼそっと小さく呟き、肩をすくめて見せた。
「――聞こえているわよ、ルーベルト。あんたって、相変わらず爽やか好青年な見かけによらず、陰気で悪質な男ね――
『我が敵を壊滅せよ≪アタック≫』」
ロゼリアが唱えると、持っていたワインの空瓶がルーベルトに向けて放たれた。
「『打ち砕け≪クラッシュ≫』――美しい薔薇には棘がある…か。あなたは相変わらずの危険なレディだね」
ルーベルトによって砕かれたワイン瓶の破片が、キラキラと空中に舞い散った。暫し睨み合った2人だったが、ロゼリアが先に根を上げた。
「――はいはい。…そんな恐い顔しなくたって、分かっているわよ。
私だって国の危機ってときくらいは役目を果たさないとってことくらい…ね」
酔いもさめたわ、と肩を竦めて、ロゼリアは食堂を去っていった。
「――やれやれ、相変わらず嵐のように現れて去っていくレディだね。…おっと、ガラスの破片で怪我はないかい?」
ルーベルトの目の前では、メフィストがぶつかる寸前のところで粉砕された酒瓶に、呆然としてビクとも動かなくなっている。ルーベルトは、ここぞとばかりに弄り回して楽しむことにした。
「――まったく、ロゼリアお姉ちゃんは、おっかない人だよ。おまけに、ルーベルトお兄ちゃんとは、相変わらずの犬猿の仲さ。
――まぁ、僕たち年少組に害はないから、心配しなくても大丈夫!」
ロゼリアのいる間は、普段の軽口も閉じて黙っていたエルだったが、再び目の前のご馳走を貪り始めた。
「さっきの綺麗な人、史徒様なんだよね?エルたちとはその…髪の色が違っていたけど」
まるで本物の薔薇のように美しかったロゼリアの様子を思い出しながら、アイリスが訊ねた。
「ロゼリアお姉ちゃんは、不良史徒なんだよ――史徒ってもんが、大っ嫌いだから、髪を魔法で赤く染め上げているんだ――いわゆる反抗期さ!ついでに、若作りの魔法薬も服用中なのさ」
「こら、エル!また適当なことを言って…。アイリスちゃん、驚かせちゃいましたね。
ロゼリアお姉さまは、昔から聖ヨハネウス十字教の教えに反発心をもっておいでなのです。…何故かはわかりませんが――それゆえに、史徒の務めにも、懐疑的なのですよ」
エルに代わって答えるルシフィーは、ロゼリアの立ち去った後の席を見つめて、思い詰めている。
「――ロゼリアは、書物の使い手としては、12史徒の中でも抜きん出て優秀なんだけれどね」
メフィストを弄りながら、ルーベルトが憂う表情をして呟いた。
「呪文≪スペル≫の選択センスに、詠唱≪キャスト≫の技術。戦闘能力で言えば、サンマルコ第1史徒長と同格かそれ以上…。
まぁ、本人があんな調子ではね。まったく、落ちたものだよ」
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