上 下
12 / 15
第1章 商業都市『ベレンツィア』聖カルメア教会 初任務 編

11.古書『ブルワインの妖精小人(ノーム)村』②

しおりを挟む
 それから、もう夜も更けた、というエルの言葉を合図に、今晩は皆解散し、各々自室へ戻ることにした。

 エルは、あまりに衝撃的な場面を目の当たりにし、暫く寝つけず、ガレリア司祭が広げていた書物のことを考えていた。
 エルにとって、書物はいつも魔力を貸してくれる味方だった。それが…あんな恐ろしさを感じる書物に出会ったのは、初めてだった。

「僕は、ガレリア司祭に…あんな魔力をもつ書物に、――本当に打ち勝つことができるだろうか…?」

 暫くうつらうつらしながらも、信じられない出来事の数々に疲れていたのだろう、次第に眠りに就き、朝を迎えるのだった。

 ◆

 翌朝、修道士たちの朝は早く、4時頃から朝の仕事を始め、6時には教会内に朝礼の鐘が鳴り響いた。

 エルら3人も、皆と一緒に聖堂で朝の祈りを捧げた。祭壇ではガレリア司祭が、朝の澄んだ空気そのままに、清らかな祈りを神に捧げている。その姿に、昨晩の邪悪さは全く感じられなかった。

 朝の礼拝後、――ミルクに浸されたパン粥、茹でた卵、果物、山羊のチーズという朝食を、エルはまた残念な表情をして、ちょぼちょぼと食べた。

「べちょべちょのパンをお恵みいただき、神よ、感謝いたします。アーメン」

 向かいの席からフーゴ神父に睨まれ、隣のリアードには肘で小突かれた。

 食堂を出る際に、エルはフーゴ神父を呼び止めた。

「――フーゴ神父!今日はフーゴ神父にお願いがあります」

 フーゴ神父は、ガレリア司祭の様子をチラチラと伺って挙動が不審である。
 そんなフーゴ神父にエルは小さな声で、「平常心で。かえって怪しまれますから」と言った。

「今日は、聖カルメア教会の書庫の中を案内してほしいのです。昨日フーゴ神父が教えてくれた、『ブルワインの妖精小人《ノーム》村』を読みたいと思いまして」

 ◆

 エル、リアード、アイリスの3人は、フーゴ神父を先頭にして、聖カルメア教会の書庫へと向かった。 
 書庫のドアに鍵は掛かっていない――ドアを開けると、そこは、インクと少し埃っぽいのが混じった、古書の匂いに満ちていた。重厚な本棚は天井まで届くほど高く、ぎっしりと書物が並べられている。本棚の間の壁には明かりをとるための小さな窓が点々とあり、その下に書物を閲覧するための机が設置されている。

「えーと……どこだ、どこだ。No.265の棚は…」

 フーゴ神父は、本棚に立てかけられた梯子に上り、上の方の棚から、一冊の書物を持ち出した。

「――あった、あった!エル殿、ありましたぞ!――ちょっと受け取ってくだされ。重たいから、気をつけられよ」

 エルはフーゴ神父から、大した大きさでもない割に、ずっしりと重い書物を受け取った。
 長い年月で薄汚れてはいるが、かつては色鮮やかな赤だっただろう表紙には、美しい金色インクの細工が施されている。表紙には、草花に囲まれて長閑に暮らす妖精小人の絵が描かれていた。

「――これが『ブルワインの妖精小人《ノーム》村』ですね!うん、素晴らしい!」
「しかし……エル殿らが探し求める書物は、昨晩ガレリア司祭がお持ちだった、黒魔術的書物でありましょう?
 ――生憎、私はこの書庫でそのような書物に心当たりがないのですよ」

 エルはにこっとフーゴ神父に微笑みかけた。

「――書物のことは、書物に聞け……ですよ」

 エルは、『ブルワインの妖精小人《ノーム》村』の表紙を開くと、ロザリオを両手で包み、目を閉じた――

「『我が名は神の史徒ヒストリアエル。我、汝に語り掛ける。書に宿りし聖霊よ、我に姿を現せ――≪ホーリースピリット≫!」

 ――『ブルワインの妖精小人《ノーム》村』は淡く光り、ぱらぱらとページを捲らせた。
 そして、特定のページでピタッと止まると――書物から、わらわらと小さな生き物が15体程飛び出してきた。

「わわっ!こんなにたくさん出てきた!」

 それらは皆、10センチ程で、赤や黄色、オレンジ色の尖がり帽子を被った、陽気でいかにも平和そうな妖精小人――ノームだった。
 ノームらは、書物から飛び出すと、素早く移動し、一番近い本棚の影に隠れた。

「これは、驚きましたぞ!私が読んだ時には一度だってこんなことはなかった!」

 ノームらは、本棚の影から顔をちょこちょこと出して、こちらの様子を窺っている。

「やあ!僕は書物の友だち、史徒ヒストリアのエルだよ!元気かい?」

 エルが近づくと、ノームらは、一つ先の本棚の影へと逃げた。

「怖がらないで、大丈夫!さあ、こっちへおいで」

 エルは、にこやかに手招きする。

「φ$ΨΔ~!γΛ~Θ…」

 ノームらは、こちらを指さし、皆でこそこそと話している。何を話しているかはわからない――ノーム語だ。

「手こずらせるな、ガウッ!」

 焦れたリアードが、早くこっちへ来いと威嚇した。すると、ノームらは、更に2つ先の本棚の影に隠れてしまった。

「もう、リアード!怖がらせちゃ、小人さんたち可哀想だよ!」

 アイリスが、リアードに向かって、めっ!と叱り、ノームたちの隠れる本棚に近づいた。

「こんにちはっ!私は、ドラコーンのアイリスです。ふふっ、可愛い小人さん」

 ノームたちは互いに顔を見合わせて、こそこそと話し合った後、本棚の影から姿を現し、少しずつアイリスに近づいた。
 アイリスが、手のひらを近づけると、先頭のノームが、アイリスの手に、鼻先をこすり合わせてきた――ノームたちの親愛の挨拶だ。

「これはすごいね!さすがは、アイリス。アミリア族は、本当に全ての生き物たちと仲良しなんだ。ノームたちにも、伝わったんだね」

 ノームたちを、腑に落ちないと謂わんばかりに睨む、リアードの頭を撫でながら、エルが感心している。

「それだけではないですぞ、エル殿。ノームたちは大地の聖霊――同じく自然と動物たちを愛するアイリス殿のことを、仲間と感じられたのでしょうな」

 フーゴ神父も、うんうんと頷き、納得している。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

狙って追放された創聖魔法使いは異世界を謳歌する

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーから追放される~異世界転生前の記憶が戻ったのにこのままいいように使われてたまるか!  【第15回ファンタジー小説大賞の爽快バトル賞を受賞しました】 ここは異世界エールドラド。その中の国家の1つ⋯⋯グランドダイン帝国の首都シュバルツバイン。  主人公リックはグランドダイン帝国子爵家の次男であり、回復、支援を主とする補助魔法の使い手で勇者パーティーの一員だった。  そんな中グランドダイン帝国の第二皇子で勇者のハインツに公衆の面前で宣言される。 「リック⋯⋯お前は勇者パーティーから追放する」  その言葉にリックは絶望し地面に膝を着く。 「もう2度と俺達の前に現れるな」  そう言って勇者パーティーはリックの前から去っていった。  それを見ていた周囲の人達もリックに声をかけるわけでもなく、1人2人と消えていく。  そしてこの場に誰もいなくなった時リックは⋯⋯笑っていた。 「記憶が戻った今、あんなワガママ皇子には従っていられない。俺はこれからこの異世界を謳歌するぞ」  そう⋯⋯リックは以前生きていた前世の記憶があり、女神の力で異世界転生した者だった。  これは狙って勇者パーティーから追放され、前世の記憶と女神から貰った力を使って無双するリックのドタバタハーレム物語である。 *他サイトにも掲載しています。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

転生した平凡顔な捨て子が公爵家の姫君?平民のままがいいので逃げてもいいですか

青波明来
恋愛
覚えているのは乱立するビルと車の波そして沢山の人 これってなんだろう前世の記憶・・・・・? 気が付くと赤ん坊になっていたあたし いったいどうなったんだろ? っていうか・・・・・あたしを抱いて息も絶え絶えに走っているこの女性は誰? お母さんなのかな?でも今なんて言った? 「お嬢様、申し訳ありません!!もうすぐですよ」 誰かから逃れるかのように走ることを辞めない彼女は一軒の孤児院に赤ん坊を置いた ・・・・・えっ?!どうしたの?待って!! 雨も降ってるし寒いんだけど?! こんなところに置いてかれたら赤ん坊のあたしなんて下手すると死んじゃうし!! 奇跡的に孤児院のシスターに拾われたあたし 高熱が出て一時は大変だったみたいだけどなんとか持ち直した そんなあたしが公爵家の娘? なんかの間違いです!!あたしはみなしごの平凡な女の子なんです 自由気ままな平民がいいのに周りが許してくれません なので・・・・・・逃げます!!

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?

藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。 目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。 前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。 前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない! そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

ツインクラス・オンライン

秋月愁
SF
兄、愁の書いた、VRMMO系の長編です。私、妹ルゼが編集してブレるとよくないなので、ほぼそのまま書き出します。兄は繊細なので、感想、ご指摘はお手柔らかにお願いします。30話程で終わる予定です。(許可は得ています)どうかよろしくお願いします。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...