5 / 32
第1章 商業都市『ベレンツィア』聖カルメア教会 初任務 編
4.聖カルメア教会の黒い影①
しおりを挟む
商業都市ベレンツィアの中心街から20キロ程離れたブルワイン川の西岸――聖カルメア教会は、聖ヨハネウス十字教国の建国より以前の、聖歴前38年から存在する。
周囲は重厚な壁に囲まれ、4つ角には特徴的な尖塔がそびえ立っている。
そこでは、修道士から神父、司祭までの40名程度が、日々、神へ奉仕し、祈りを捧げている。
修道生活の朝の務めは午前4時に始まり、夜は夕礼の午後6時。翌日に備えて早く床につく者が多く、夜の9時ともなれば、教会全体が深い闇と静けさに包まれる。
――しかし、奇妙なことに、毎夜10時を過ぎた頃……、地を這うような獣の唸り声がどこからなのか、夜風とともに微かに聞こえてくる。
修道士たちの間では、聖カルメア教会はこの世と地獄の境目にあり、聞こえてくる唸り声は、地獄の門番ケルベロスの威嚇の声だとか、業火に焼かれる罪人たちの断末魔だとか……様々な噂がたっており、夜中に教会内を出歩く者がいれば、たちまち地獄に引きずりこまれてしまう、と信じられていた。
そんなわけで、聖カルメア教会では夜に出歩こうなどという恐れ知らずは誰もいなかった。
――その唸り声の正体を知る、ガリレア司祭以外には……
10歳のモリリスは、聖カルメア教会で修道生活を始めて、半年の新米修道士であった。カールした栗毛で幼い顔立ちのモリリスは、聖カルメア教会の修道士たちの中でも最年少である。
――その晩、モリリスは聖堂で夕方の礼拝を捧げたあと、その場にロザリオを置き忘れてしまったことを思い出して、目が覚めた。
「困ったなぁ…僕のものだって知れたら、フーゴ神父様に叱られてしまうかも…」
フーゴ神父とは、モリリスら歳の若い修道士たちの教育係を務める、厳格で生真面目な初老の神父である。
ロザリオの置き忘れなんて不謹慎なことが見つかったら、きっとお咎めにあってしまう。
モリリスは迷った末、自室をこっそりと抜け出して、聖堂へと向かった。
教会の敷地内はどこも静まり返り、いかにも不気味であった。
聖堂へと続く回廊を、足音を立てないように慎重に進んだ。――すると、聖堂の扉が少しばかり開いている。
――こんな時間に、誰かいる……モリリス修道士は、扉の隙間からそっと中を覗いた。
聖堂の主祭壇には、聖ヨハネウス像と十字架、そして周りを取り囲む蝋燭の火がゆらゆらと燃えていた
――祭壇上で、薄灯りのなか、何者かが動いているのが見えた……ガレリア司祭だ。
モリリスは息を潜めて、様子を覗いていた。
腰を屈めて祭壇の下を弄っていたガレリア司祭であったが、起き上がって、祭壇に、何かを広げた
――書物のようだ。
そして、ガレリア司祭は聖ヨハネウス像に向かって、モリリスが聞いたことのない祈りの言葉
――いや、呪いの言葉を唱えた。
「『我――『大罪の黙示録』の所有者、ガレリア。――聖カルメアの強欲の罪を背負う者。
汝、我に力を与えたまえ――』」
次の瞬間――祭壇付近に閃光が走った。
モリリスは、恐怖と、眩むような白い光に、一瞬、目を閉じた。
――目を開けると、祭壇の蝋燭は消え、ガレリア司祭の姿は、どこにもなかった…
周囲は重厚な壁に囲まれ、4つ角には特徴的な尖塔がそびえ立っている。
そこでは、修道士から神父、司祭までの40名程度が、日々、神へ奉仕し、祈りを捧げている。
修道生活の朝の務めは午前4時に始まり、夜は夕礼の午後6時。翌日に備えて早く床につく者が多く、夜の9時ともなれば、教会全体が深い闇と静けさに包まれる。
――しかし、奇妙なことに、毎夜10時を過ぎた頃……、地を這うような獣の唸り声がどこからなのか、夜風とともに微かに聞こえてくる。
修道士たちの間では、聖カルメア教会はこの世と地獄の境目にあり、聞こえてくる唸り声は、地獄の門番ケルベロスの威嚇の声だとか、業火に焼かれる罪人たちの断末魔だとか……様々な噂がたっており、夜中に教会内を出歩く者がいれば、たちまち地獄に引きずりこまれてしまう、と信じられていた。
そんなわけで、聖カルメア教会では夜に出歩こうなどという恐れ知らずは誰もいなかった。
――その唸り声の正体を知る、ガリレア司祭以外には……
10歳のモリリスは、聖カルメア教会で修道生活を始めて、半年の新米修道士であった。カールした栗毛で幼い顔立ちのモリリスは、聖カルメア教会の修道士たちの中でも最年少である。
――その晩、モリリスは聖堂で夕方の礼拝を捧げたあと、その場にロザリオを置き忘れてしまったことを思い出して、目が覚めた。
「困ったなぁ…僕のものだって知れたら、フーゴ神父様に叱られてしまうかも…」
フーゴ神父とは、モリリスら歳の若い修道士たちの教育係を務める、厳格で生真面目な初老の神父である。
ロザリオの置き忘れなんて不謹慎なことが見つかったら、きっとお咎めにあってしまう。
モリリスは迷った末、自室をこっそりと抜け出して、聖堂へと向かった。
教会の敷地内はどこも静まり返り、いかにも不気味であった。
聖堂へと続く回廊を、足音を立てないように慎重に進んだ。――すると、聖堂の扉が少しばかり開いている。
――こんな時間に、誰かいる……モリリス修道士は、扉の隙間からそっと中を覗いた。
聖堂の主祭壇には、聖ヨハネウス像と十字架、そして周りを取り囲む蝋燭の火がゆらゆらと燃えていた
――祭壇上で、薄灯りのなか、何者かが動いているのが見えた……ガレリア司祭だ。
モリリスは息を潜めて、様子を覗いていた。
腰を屈めて祭壇の下を弄っていたガレリア司祭であったが、起き上がって、祭壇に、何かを広げた
――書物のようだ。
そして、ガレリア司祭は聖ヨハネウス像に向かって、モリリスが聞いたことのない祈りの言葉
――いや、呪いの言葉を唱えた。
「『我――『大罪の黙示録』の所有者、ガレリア。――聖カルメアの強欲の罪を背負う者。
汝、我に力を与えたまえ――』」
次の瞬間――祭壇付近に閃光が走った。
モリリスは、恐怖と、眩むような白い光に、一瞬、目を閉じた。
――目を開けると、祭壇の蝋燭は消え、ガレリア司祭の姿は、どこにもなかった…
10
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
聖女は魔女の濡れ衣を被せられ、魔女裁判に掛けられる。が、しかし──
naturalsoft
ファンタジー
聖女シオンはヒーリング聖王国に遥か昔から仕えて、聖女を輩出しているセイント伯爵家の当代の聖女である。
昔から政治には関与せず、国の結界を張り、周辺地域へ祈りの巡礼を日々行っていた。
そんな中、聖女を擁護するはずの教会から魔女裁判を宣告されたのだった。
そこには教会が腐敗し、邪魔になった聖女を退けて、教会の用意した従順な女を聖女にさせようと画策したのがきっかけだった。
【完結】魅了が解けたあと。
乙
恋愛
国を魔物から救った英雄。
元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。
その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。
あれから何十年___。
仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、
とうとう聖女が病で倒れてしまう。
そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。
彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。
それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・
※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。
______________________
少し回りくどいかも。
でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~
ノ木瀬 優
恋愛
卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。
「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」
あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。
思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。
設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。
R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる