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第四幕:真実の一端
4-5:一つになる心※
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カイルヴェンとの内談、それから執務を終え、夕刻近く。空は橙と赤に染まっている。
本当ならすぐにでもシュトリカの元へ駆けつけ、心を労ってあげたかったのだが、仕事も疎かにはできない。親衛隊の一人が書類を持ち、扉を閉めると同時に、エンファニオは小さくため息をついた。
アーベは大人しく、意識の片隅で眠っている。今のところ出てくる気配はないが、夜になればどうだろう。またシュトリカを求めて表に現れるかもしれない。
今まで『エンファニオ』として、シュトリカを抱いたことは一度としてなかった。快感すら切り離され、ただ意識の塊となって、二人の情交を見せつけられるだけの日々――残るは虚無感と羨望、それだけだ。
窓から空を見上げ、もう一度ため息をつく。浅ましい、と呟いて。
今はそんなことを考えている場合ではない。シュトリカの悩み、苦しみ、困惑を慰めてあげたかった。彼女は今、どこにいるのか。目を閉じ、シュトリカが連れているであろうペクと意識を共有する。ペクの見ている風景が、脳内に浮かび上がる。
どうやらシュトリカは、二階の自室にいるようだ。彼女の前にはディーンの姿がある。厳しい面で何かを告げているようだが、残念ながら音の類いは拾えない。
ペクに命じ、シュトリカの顔の方へ首を向けさせた。物憂げな、青白いシュトリカの表情が見える。唇をきゅっと結び、ディーンの言葉にただ、何度もうなずいていた。
ディーンはようやく話し終えたらしく、立ち尽くすシュトリカを置き、部屋から出ていった。残されたシュトリカは、虚ろな表情でペクのくちばしを撫でている。
二人は何を話したのだろう――いやな予感がして、ペクとの共有をすぐさま切り、椅子から立ち上がった。
少しの距離なら、アーベが眠ったままでも転移が使える。まだ細い感覚しかない魔力の束を掴むように、転移の術を発動させた。瞬時に悪酔いした感じが胃を押し上げてくるが、すぐに治まる。
二階まで一気に移動すると、丁度ディーンが自室に入っていくのが見えた。シュトリカとディーン、どちらから話を聞くかで一瞬迷ったが、すぐにシュトリカの方へ心が傾いた。ディーンの部屋を過ぎ去り、一番奥近くにあるシュトリカの部屋の扉を軽く、叩く。
返答はない。すぐさま出て行ったのか、とも思ったが、その様子はなかったはずだ。
少し考えてから扉を開けた。そこには寝台の縁に腰かけ、窓から外を見ているシュトリカの姿があった。
「シュトリカ……?」
代わりにペクが鳴く。後ろ手で扉を閉めた己の肩に、ペクが滑空して止まった。いやな静寂だ。重苦しく、ほのかに悲しさをこめた沈黙。
「シュトリカ、どうかしたのかい」
努めて優しくささやいて、シュトリカの側に寄る。
シュトリカがこちらを振り返った。翡翠の瞳から大粒の涙を零して、彼女は静かに泣いていた。それから我に返ったように、乱雑に手のひらで目を擦る。
「あ……ごめんなさい、エンファ……いえ、陛下」
二人きりのときは名を呼ぶ、それを無視したシュトリカの物言いに、ディーンが何かいらないことを吹き込んだと察した。シュトリカの横に腰かけ、その手を握って止める。肩を震わせるシュトリカの目尻、そこに指を当て優しく涙を拭った。
シュトリカが素で泣く姿を見るのは、これがはじめてだ。情交の際、生理的な涙を零すことはあっても、その他で泣くことは今までになかった。アーベに純潔を散らされたときくらいのものだろう。
「何か、悲しいことがあったのかな」
「……なんでもないんです」
「じゃあどうして泣いているんだい。気分がよくないから?」
シュトリカは微かに、首を横に振る。それから笑った。無理やり取り繕ったような笑みはやはり虚ろで、見ているこちらとしては痛々しい。
「本当に、なんでも……陛下、わ、わたしに構わないで下さい……」
「いやだ、と言ったらどうする? シュトリカ、ディーンに何か言われたね」
「そ、そんなことは……」
「ペクの目から見ていたからわかっているよ。先程まで色々話していただろう」
うなだれるシュトリカから、また涙が零れた。それでもドレスの一部を握り、嗚咽を堪えて話そうとしない。
「ディーンのことはアーベに言えて、私には言えないのかな」
耐え忍ぶシュトリカの頤を持ち上げ、溢れていく涙を唇で吸い取る。塩辛いはずの涙が、なぜかとても甘く感じた。
「だ、だめです。こんなことしないで……」
「本当のことを言わないと、やめない」
「ん……っ」
舌でねぶるように雫を吸えば、シュトリカが鼻にかかった声を上げる。抵抗するように胸板に手を当ててくるが、頬を両手で挟み、逃がさない。
シュトリカを泣かせたことへの怒りと、こみ上げてきた欲情が交錯する。感情の赴くまま、今度は耳朶を唇で食む。
「言わないと、このままずっと続けるよ」
「あ……」
耳に吐息を漏らせば、シュトリカの肩が大きく跳ね上がる。
「い、意地悪です……」
「言う気になったかな? 私はこのまま、ずっと続けていてもいいんだけれど」
額と額を当て、すっかり赤面しきった顔を覗きこんで笑う。震える唇、潤んだ瞳、どれもが可愛らしくて堪らない。シュトリカの体を抱きしめ、頭を撫でて続きをうながす。
「さあ、言ってごらん。大丈夫、ディーンには秘密にしておくから」
「わ、わたしはもう……陛下に必要ないって……」
「それだけかい? もっと酷いことを言われたんじゃないのかな」
シュトリカが悩むような顔つきを作る。ただ、黙ってじっと待った。艶ができたシュトリカの髪の柔らかさ、立ち上る金木犀の香りに陶酔しながら。
「わたしがいた雑技団に……団長にこのことがわかったら、きっと、伯爵様たちに迷惑がかかるって。さよならって言われたけど、お金をねだりに来るかもしれないって。それがいやで……怖くなりました……」
「それで泣いていたんだね。大丈夫だよ、シュトリカ。カイルヴェン伯爵も、そして私も、君を護ってみせるから」
「……わたしは、そんな価値のある人間じゃ、ないです」
「私にとって、君以上に価値があるものはないんだけれど」
反論すれば、シュトリカは自嘲気味に微笑む。壊れた硝子細工みたいな笑いは、より一層彼女の儚さを際立たせた。
「その言葉だけで……わたし、生きていけます。だからもう、わたしのことは……」
「だめだよシュトリカ。逃げようと考えてはいけない。特に私からはね。アーベではなく、私が君を必要としているんだ」
「あっ……」
シュトリカが、己の手の中から逃れようとしている――そう考えた途端、頭に血が上り、気付けば彼女を押し倒していた。勢いにペクが飛び、机へ逃れる。
「君の全てがほしい。シュトリカ、君は私だけの花だ。ディーンが何を言おうと、アーベが表に出ようと構わない。離さないし、離れることも許さない。絶対に」
「陛下……」
名状しがたい狂おしい思いを吐き出せば、シュトリカの顔が泣き出しそうなものに変わった。それは喜びでだろうか、恐怖でだろうか。どちらでもよかった。彼女の全ては己のものだ。泣き顔ですら愛おしい。流す涙の一滴すら。
アーベが見せる苛烈な激情、その一端が紛れもなく己にもあるのだ――そう理解した途端、心がどこまでも軽くなっていくような気がした。浅ましいけだもの、野獣がするかもしれない恋。いや、恋などでは生温いだろう。
「シュトリカ。愛している。君と出会って、いや、君の歌う姿を見たときから、君という花の匂いに私は溺れているんだよ」
鎖の形をとった愛の言葉をささやく。喜悦で顔が歪むのがわかった。シュトリカが小さく頭を振る。だめ、とばかりに。
「君が私のことを嫌っても、そんなこともどうでもいい。私は今から、エンファニオとして君を抱く」
はっとしたようなシュトリカが、これ以上なく目を見開く。
「陛下、やめて……だめです、これ以上」
「二人きりのときは名前を呼ぶこと、そう言ったはずだよ。これはお仕置きが必要かな」
長躯を滑りこませ、逃れようと身をよじるシュトリカの体を固めた。呼吸と共に盛り上がる胸を鷲掴み、薄いドレスの上から乱暴に揉めば、シュトリカが喉を仰け反らせる。
「あ、あっ」
「私はずっとこうしたかったよ、シュトリカ」
首を振り、抵抗する素振りを見せる彼女に構わず、首筋に舌を這わせた。そこにはまだ消えない、アーベがつけた赤痣がある。上書きするように強く吸った。それだけでシュトリカは、びくんと体を震わせる。
「いや……っ……」
「アーベには許し、私には許さないと? それとも君はやはり、アーベが好きなのかな」
「ちが、あ、んっ」
胸の谷間を唇で吸い、舐めていく都度、強い愛撫にシュトリカの口から嬌声が漏れた。
アーベとの交わりで慣れた、そう思うたびに腹立たしくなり、より過激に動いてしまう。捲り上がったドレスの裾、そこから伸びる両足を持ち、強引に胸側へと押しつけた。秘路を覆う下着に、微かな染みを見つけてほくそ笑む。
「ああ、こんなにして……私で感じてくれているんだね。嬉しいよ、シュトリカ」
「やめ……エ、エンファニオ様、やめて、下さい……っ」
「そうだよシュトリカ。私はアーベではない、エンファニオだ。今から君を抱くのも私」
愉悦で胸が高鳴る。シュトリカと一つになれること――未だ自分が経験したことのない快楽への期待。優しい陛下など、ここにはいない。いるのはただの獣だ。
震える唇を吸い、舌を絡めながら、秘部近くに触れていく。焦らして、壊したい。己の名を呼び、喘がせ、自らエンファニオという男を求めるようにさせたい。欲深い思いのまま、下着の脇から指を差しこむ。蜜で湿った媚肉を擦れば、シュトリカの体が震える。
「や、んあっ……」
「君は誰が好きなのかな? アーベ? それとも私? 答えないと、ご褒美はあげないよ」
「だめ……言っちゃ、だめ、だか……らっ……」
「強情だね。そんなところも可愛らしい。もっと愛らしい姿を私に見せてごらん」
「ああっ……!」
隘路上にある愛芯を強く摘まんで、こりこりと捏ねる。それだけで一度達したのか、シュトリカは悲鳴を上げて全身をおののかせた。
「何度でも達するといい。ここでね。中は弄ってあげないよ。本当のことを言うまでは」
「や、今っ……今、もう、もうわたしっ」
秘芽からの強い刺激にだろう、シュトリカは泣きながら、子供のように首を振る。
シュトリカが達する姿、甘い啼き声、それらを見聞きするだけで屹立が苦しくなってくる。だが、まだだ。シュトリカが自分から己を求めるまでは挿入しない。そう決め、何度も甘い責め苦を続けた。
「奇麗だ、とても。愛しているよ、シュトリカ。私だけの花」
耳元でささやき、数分、数十分――肉芽と乳頭の愛撫だけで、幾度シュトリカは絶頂したのだろう。シュトリカの口からは僅かに涎が垂れ、翡翠の瞳も蕩けきっていた。
「シュトリカ、もう一度聞くよ。君が好きなのは誰かな」
「エン……ファ……オ、様……」
「ちゃんと名を呼んでごらん。これ以上は辛いだろう?」
「エ、ンファニオ……様が……好き。好きです……わたし、エンファニオ様が、好き……」
「ああ、シュトリカ。ようやく正直になってくれたね。ご褒美を、ちゃんとあげよう」
もはや意味をなさなくなった下着を剥ぎ取り、自らも下衣の前をくつろがせた。弛緩したシュトリカの体を動かして、小ぶりな尻を突き出す形をとらせる。
すっかり膨れ上がった肉竿を、ためらいもなく、ひくつく隘路へと突き入れた。
「――っ、あ、ああ、あーっ!」
入れただけで達した肉壺の窄まりに、竿全体が奥へ、奥へと持っていかれる。蠕動に合わせ、腰を激しく打ちつけた。その都度、太股から伝った愛液がシーツに染みを作る。
「シュトリカ! ようやく君を手に入れた! 君は私だけのものだ。二度と離さない!」
「んあ、あ、エンファニオ様っ、好き、大好き……!」
壊れたように、好き、と繰り返すシュトリカの言葉に昂ぶる。肉輪のわななき、繰り返される告白に恍惚感が胸を支配した。立場、呪い――そんなことが吹き飛ぶくらいの淫悦に、全身が溶けていきそうだ。
「あん、あ、だめ、そこっ。エンファニオ様、わたし、ああっ……壊れ、るぅっ」
愛蜜を吸い、より太く膨張する怒張が奥の一部を掠めたとき、シュトリカが激しく頭を振る。最も深いところ、子宮近くの弱点を適格に抉りながら小刻みに突いていく。
壊れてもいい。むしろ壊れて、己以外の誰もを見なくなればいい。歪みきった思考が頭の中を駆け巡る。より深く結合しようと、枕を抱くシュトリカの両腕を後ろから引っ張り、強引に半身を起き上がらせた。
「ああ、あ、ふぁっ。奥、だめ、そ、こぉっ」
「シュトリカ、凄く可愛いよ。でもだめ、ではないだろう? 善い、と言ってごらん。もう我慢なんてしなくていい。私の前で、全てをさらけ出すんだ」
「いい……いい、です、エンファニオ様……っ。ん、ああ、いいの、エンファニオ様っ。もっと、もっとしてぇっ!」
狂ったみたいに髪を揺らし、エンファニオの名を呼んでこいねがうシュトリカは、淫靡極まりなかった。自らの手で狂ってくれる、壊れてくれる――満ち足りた。身も心も蕩けて一つになっていく。きつい愛肉の蠢きと部屋に響く己の名に、射精感がこみ上げてくる。
「エンファニオ様、わた、しっ。もうだめ、また来るの、あ、ああっ」
「一緒に達そう、シュトリカ。全部飲み干すんだよ。私の子種を、零さず受け止めて」
抽送を早めながらささやけば、シュトリカはただただうなずいた。
「あ、ああ、あ――っ!」
「シュトリカ……っ」
媚肉が一層窄まったと同時にエンファニオの肉竿も脈打ち、最奥へ白濁の液を流しこむ。びく、びく、とシュトリカの体が跳ね上がる。飛沫の残留だけでまた、達したのだろう。腕をそっと放せば、シュトリカは荒い呼気のまま、上半身を寝台へと沈めた。
肉竿を抜けば、こちらに晒している秘処から愛液に混ざった子種が溢れているのが見える。足りない、と思った。もっと犯しつくし、確実に彼女を身籠もらせたい。欲望だけで、また雄茎が膨れ上がってくる。
「まだだよ、シュトリカ。アーベ以上に、君を愛してあげるから」
「あ……」
シュトリカへと覆い被さり、薄いドレスをゆっくり脱がせていく。
その日は、全てを忘れてシュトリカと交わった。呪い師のことも、ディーンの忠告も、あらゆることを無視して。そこにいるのは、王でも歌姫でもなく、一人の男と女だった。
本当ならすぐにでもシュトリカの元へ駆けつけ、心を労ってあげたかったのだが、仕事も疎かにはできない。親衛隊の一人が書類を持ち、扉を閉めると同時に、エンファニオは小さくため息をついた。
アーベは大人しく、意識の片隅で眠っている。今のところ出てくる気配はないが、夜になればどうだろう。またシュトリカを求めて表に現れるかもしれない。
今まで『エンファニオ』として、シュトリカを抱いたことは一度としてなかった。快感すら切り離され、ただ意識の塊となって、二人の情交を見せつけられるだけの日々――残るは虚無感と羨望、それだけだ。
窓から空を見上げ、もう一度ため息をつく。浅ましい、と呟いて。
今はそんなことを考えている場合ではない。シュトリカの悩み、苦しみ、困惑を慰めてあげたかった。彼女は今、どこにいるのか。目を閉じ、シュトリカが連れているであろうペクと意識を共有する。ペクの見ている風景が、脳内に浮かび上がる。
どうやらシュトリカは、二階の自室にいるようだ。彼女の前にはディーンの姿がある。厳しい面で何かを告げているようだが、残念ながら音の類いは拾えない。
ペクに命じ、シュトリカの顔の方へ首を向けさせた。物憂げな、青白いシュトリカの表情が見える。唇をきゅっと結び、ディーンの言葉にただ、何度もうなずいていた。
ディーンはようやく話し終えたらしく、立ち尽くすシュトリカを置き、部屋から出ていった。残されたシュトリカは、虚ろな表情でペクのくちばしを撫でている。
二人は何を話したのだろう――いやな予感がして、ペクとの共有をすぐさま切り、椅子から立ち上がった。
少しの距離なら、アーベが眠ったままでも転移が使える。まだ細い感覚しかない魔力の束を掴むように、転移の術を発動させた。瞬時に悪酔いした感じが胃を押し上げてくるが、すぐに治まる。
二階まで一気に移動すると、丁度ディーンが自室に入っていくのが見えた。シュトリカとディーン、どちらから話を聞くかで一瞬迷ったが、すぐにシュトリカの方へ心が傾いた。ディーンの部屋を過ぎ去り、一番奥近くにあるシュトリカの部屋の扉を軽く、叩く。
返答はない。すぐさま出て行ったのか、とも思ったが、その様子はなかったはずだ。
少し考えてから扉を開けた。そこには寝台の縁に腰かけ、窓から外を見ているシュトリカの姿があった。
「シュトリカ……?」
代わりにペクが鳴く。後ろ手で扉を閉めた己の肩に、ペクが滑空して止まった。いやな静寂だ。重苦しく、ほのかに悲しさをこめた沈黙。
「シュトリカ、どうかしたのかい」
努めて優しくささやいて、シュトリカの側に寄る。
シュトリカがこちらを振り返った。翡翠の瞳から大粒の涙を零して、彼女は静かに泣いていた。それから我に返ったように、乱雑に手のひらで目を擦る。
「あ……ごめんなさい、エンファ……いえ、陛下」
二人きりのときは名を呼ぶ、それを無視したシュトリカの物言いに、ディーンが何かいらないことを吹き込んだと察した。シュトリカの横に腰かけ、その手を握って止める。肩を震わせるシュトリカの目尻、そこに指を当て優しく涙を拭った。
シュトリカが素で泣く姿を見るのは、これがはじめてだ。情交の際、生理的な涙を零すことはあっても、その他で泣くことは今までになかった。アーベに純潔を散らされたときくらいのものだろう。
「何か、悲しいことがあったのかな」
「……なんでもないんです」
「じゃあどうして泣いているんだい。気分がよくないから?」
シュトリカは微かに、首を横に振る。それから笑った。無理やり取り繕ったような笑みはやはり虚ろで、見ているこちらとしては痛々しい。
「本当に、なんでも……陛下、わ、わたしに構わないで下さい……」
「いやだ、と言ったらどうする? シュトリカ、ディーンに何か言われたね」
「そ、そんなことは……」
「ペクの目から見ていたからわかっているよ。先程まで色々話していただろう」
うなだれるシュトリカから、また涙が零れた。それでもドレスの一部を握り、嗚咽を堪えて話そうとしない。
「ディーンのことはアーベに言えて、私には言えないのかな」
耐え忍ぶシュトリカの頤を持ち上げ、溢れていく涙を唇で吸い取る。塩辛いはずの涙が、なぜかとても甘く感じた。
「だ、だめです。こんなことしないで……」
「本当のことを言わないと、やめない」
「ん……っ」
舌でねぶるように雫を吸えば、シュトリカが鼻にかかった声を上げる。抵抗するように胸板に手を当ててくるが、頬を両手で挟み、逃がさない。
シュトリカを泣かせたことへの怒りと、こみ上げてきた欲情が交錯する。感情の赴くまま、今度は耳朶を唇で食む。
「言わないと、このままずっと続けるよ」
「あ……」
耳に吐息を漏らせば、シュトリカの肩が大きく跳ね上がる。
「い、意地悪です……」
「言う気になったかな? 私はこのまま、ずっと続けていてもいいんだけれど」
額と額を当て、すっかり赤面しきった顔を覗きこんで笑う。震える唇、潤んだ瞳、どれもが可愛らしくて堪らない。シュトリカの体を抱きしめ、頭を撫でて続きをうながす。
「さあ、言ってごらん。大丈夫、ディーンには秘密にしておくから」
「わ、わたしはもう……陛下に必要ないって……」
「それだけかい? もっと酷いことを言われたんじゃないのかな」
シュトリカが悩むような顔つきを作る。ただ、黙ってじっと待った。艶ができたシュトリカの髪の柔らかさ、立ち上る金木犀の香りに陶酔しながら。
「わたしがいた雑技団に……団長にこのことがわかったら、きっと、伯爵様たちに迷惑がかかるって。さよならって言われたけど、お金をねだりに来るかもしれないって。それがいやで……怖くなりました……」
「それで泣いていたんだね。大丈夫だよ、シュトリカ。カイルヴェン伯爵も、そして私も、君を護ってみせるから」
「……わたしは、そんな価値のある人間じゃ、ないです」
「私にとって、君以上に価値があるものはないんだけれど」
反論すれば、シュトリカは自嘲気味に微笑む。壊れた硝子細工みたいな笑いは、より一層彼女の儚さを際立たせた。
「その言葉だけで……わたし、生きていけます。だからもう、わたしのことは……」
「だめだよシュトリカ。逃げようと考えてはいけない。特に私からはね。アーベではなく、私が君を必要としているんだ」
「あっ……」
シュトリカが、己の手の中から逃れようとしている――そう考えた途端、頭に血が上り、気付けば彼女を押し倒していた。勢いにペクが飛び、机へ逃れる。
「君の全てがほしい。シュトリカ、君は私だけの花だ。ディーンが何を言おうと、アーベが表に出ようと構わない。離さないし、離れることも許さない。絶対に」
「陛下……」
名状しがたい狂おしい思いを吐き出せば、シュトリカの顔が泣き出しそうなものに変わった。それは喜びでだろうか、恐怖でだろうか。どちらでもよかった。彼女の全ては己のものだ。泣き顔ですら愛おしい。流す涙の一滴すら。
アーベが見せる苛烈な激情、その一端が紛れもなく己にもあるのだ――そう理解した途端、心がどこまでも軽くなっていくような気がした。浅ましいけだもの、野獣がするかもしれない恋。いや、恋などでは生温いだろう。
「シュトリカ。愛している。君と出会って、いや、君の歌う姿を見たときから、君という花の匂いに私は溺れているんだよ」
鎖の形をとった愛の言葉をささやく。喜悦で顔が歪むのがわかった。シュトリカが小さく頭を振る。だめ、とばかりに。
「君が私のことを嫌っても、そんなこともどうでもいい。私は今から、エンファニオとして君を抱く」
はっとしたようなシュトリカが、これ以上なく目を見開く。
「陛下、やめて……だめです、これ以上」
「二人きりのときは名前を呼ぶこと、そう言ったはずだよ。これはお仕置きが必要かな」
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「あ、あっ」
「私はずっとこうしたかったよ、シュトリカ」
首を振り、抵抗する素振りを見せる彼女に構わず、首筋に舌を這わせた。そこにはまだ消えない、アーベがつけた赤痣がある。上書きするように強く吸った。それだけでシュトリカは、びくんと体を震わせる。
「いや……っ……」
「アーベには許し、私には許さないと? それとも君はやはり、アーベが好きなのかな」
「ちが、あ、んっ」
胸の谷間を唇で吸い、舐めていく都度、強い愛撫にシュトリカの口から嬌声が漏れた。
アーベとの交わりで慣れた、そう思うたびに腹立たしくなり、より過激に動いてしまう。捲り上がったドレスの裾、そこから伸びる両足を持ち、強引に胸側へと押しつけた。秘路を覆う下着に、微かな染みを見つけてほくそ笑む。
「ああ、こんなにして……私で感じてくれているんだね。嬉しいよ、シュトリカ」
「やめ……エ、エンファニオ様、やめて、下さい……っ」
「そうだよシュトリカ。私はアーベではない、エンファニオだ。今から君を抱くのも私」
愉悦で胸が高鳴る。シュトリカと一つになれること――未だ自分が経験したことのない快楽への期待。優しい陛下など、ここにはいない。いるのはただの獣だ。
震える唇を吸い、舌を絡めながら、秘部近くに触れていく。焦らして、壊したい。己の名を呼び、喘がせ、自らエンファニオという男を求めるようにさせたい。欲深い思いのまま、下着の脇から指を差しこむ。蜜で湿った媚肉を擦れば、シュトリカの体が震える。
「や、んあっ……」
「君は誰が好きなのかな? アーベ? それとも私? 答えないと、ご褒美はあげないよ」
「だめ……言っちゃ、だめ、だか……らっ……」
「強情だね。そんなところも可愛らしい。もっと愛らしい姿を私に見せてごらん」
「ああっ……!」
隘路上にある愛芯を強く摘まんで、こりこりと捏ねる。それだけで一度達したのか、シュトリカは悲鳴を上げて全身をおののかせた。
「何度でも達するといい。ここでね。中は弄ってあげないよ。本当のことを言うまでは」
「や、今っ……今、もう、もうわたしっ」
秘芽からの強い刺激にだろう、シュトリカは泣きながら、子供のように首を振る。
シュトリカが達する姿、甘い啼き声、それらを見聞きするだけで屹立が苦しくなってくる。だが、まだだ。シュトリカが自分から己を求めるまでは挿入しない。そう決め、何度も甘い責め苦を続けた。
「奇麗だ、とても。愛しているよ、シュトリカ。私だけの花」
耳元でささやき、数分、数十分――肉芽と乳頭の愛撫だけで、幾度シュトリカは絶頂したのだろう。シュトリカの口からは僅かに涎が垂れ、翡翠の瞳も蕩けきっていた。
「シュトリカ、もう一度聞くよ。君が好きなのは誰かな」
「エン……ファ……オ、様……」
「ちゃんと名を呼んでごらん。これ以上は辛いだろう?」
「エ、ンファニオ……様が……好き。好きです……わたし、エンファニオ様が、好き……」
「ああ、シュトリカ。ようやく正直になってくれたね。ご褒美を、ちゃんとあげよう」
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「――っ、あ、ああ、あーっ!」
入れただけで達した肉壺の窄まりに、竿全体が奥へ、奥へと持っていかれる。蠕動に合わせ、腰を激しく打ちつけた。その都度、太股から伝った愛液がシーツに染みを作る。
「シュトリカ! ようやく君を手に入れた! 君は私だけのものだ。二度と離さない!」
「んあ、あ、エンファニオ様っ、好き、大好き……!」
壊れたように、好き、と繰り返すシュトリカの言葉に昂ぶる。肉輪のわななき、繰り返される告白に恍惚感が胸を支配した。立場、呪い――そんなことが吹き飛ぶくらいの淫悦に、全身が溶けていきそうだ。
「あん、あ、だめ、そこっ。エンファニオ様、わたし、ああっ……壊れ、るぅっ」
愛蜜を吸い、より太く膨張する怒張が奥の一部を掠めたとき、シュトリカが激しく頭を振る。最も深いところ、子宮近くの弱点を適格に抉りながら小刻みに突いていく。
壊れてもいい。むしろ壊れて、己以外の誰もを見なくなればいい。歪みきった思考が頭の中を駆け巡る。より深く結合しようと、枕を抱くシュトリカの両腕を後ろから引っ張り、強引に半身を起き上がらせた。
「ああ、あ、ふぁっ。奥、だめ、そ、こぉっ」
「シュトリカ、凄く可愛いよ。でもだめ、ではないだろう? 善い、と言ってごらん。もう我慢なんてしなくていい。私の前で、全てをさらけ出すんだ」
「いい……いい、です、エンファニオ様……っ。ん、ああ、いいの、エンファニオ様っ。もっと、もっとしてぇっ!」
狂ったみたいに髪を揺らし、エンファニオの名を呼んでこいねがうシュトリカは、淫靡極まりなかった。自らの手で狂ってくれる、壊れてくれる――満ち足りた。身も心も蕩けて一つになっていく。きつい愛肉の蠢きと部屋に響く己の名に、射精感がこみ上げてくる。
「エンファニオ様、わた、しっ。もうだめ、また来るの、あ、ああっ」
「一緒に達そう、シュトリカ。全部飲み干すんだよ。私の子種を、零さず受け止めて」
抽送を早めながらささやけば、シュトリカはただただうなずいた。
「あ、ああ、あ――っ!」
「シュトリカ……っ」
媚肉が一層窄まったと同時にエンファニオの肉竿も脈打ち、最奥へ白濁の液を流しこむ。びく、びく、とシュトリカの体が跳ね上がる。飛沫の残留だけでまた、達したのだろう。腕をそっと放せば、シュトリカは荒い呼気のまま、上半身を寝台へと沈めた。
肉竿を抜けば、こちらに晒している秘処から愛液に混ざった子種が溢れているのが見える。足りない、と思った。もっと犯しつくし、確実に彼女を身籠もらせたい。欲望だけで、また雄茎が膨れ上がってくる。
「まだだよ、シュトリカ。アーベ以上に、君を愛してあげるから」
「あ……」
シュトリカへと覆い被さり、薄いドレスをゆっくり脱がせていく。
その日は、全てを忘れてシュトリカと交わった。呪い師のことも、ディーンの忠告も、あらゆることを無視して。そこにいるのは、王でも歌姫でもなく、一人の男と女だった。
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