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第四幕:真実の一端
4-3:父親
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カイルヴェンの館、応接室は極めて簡素で、肖像画や絵画の類いすらない。薄暗い室内に灯る明かりや飾られている花々だけが眩しく、カイルヴェンの無骨な性格を表しているようだ。
エンファニオは応接室にある円卓の内、最も出入り口に近い場所の席に座っていた。後ろに親衛隊はいない。部屋の外で待たせてある。茶にも手をつけず、ただ、待つ。
しばらくして奥側、暖炉近くの扉が開き、正装を着こんだカイルヴェンが現れた。
「お待たせして申し訳ござらぬ、陛下。何やら火急の用件だとか」
「すまない、カイルヴェン伯爵。使いのものを飛ばすわけにはいかなかったものでね」
「御自らここに来られた、ということは、政の話というわけではない様子」
うなずく己を尻目に、背筋を正したままカイルヴェンが遠くの席に腰かける。まるで、二人の価値観の距離を表しているようだと内心、苦笑した。茶を勧められ、はじめてそこでカップを口にする。毒など使わない相手というくらいには、彼を信用しているからだ。
「して、なんの用でありましょうか。下らぬ話ならば即座に退席させて頂く」
「一人の女性を助けてほしい。私の身を庇い、毒を飲んだ女性のことを」
「……それは、あの歌い手のことでございますな?」
「なぜそうだと思うのか、伯爵。館に侍女や女性は他にもいる」
「あの花畑で出会ったとき、陛下が我から歌い手を庇われた。体のことを無視し、転移の術を使ってまで。あのときの陛下の形相には、まこと驚かされたゆえに」
そこまで酷い顔をしていたのか自覚はない。だが、カイルヴェンは珍しいことに、どこか楽しそうに黄色の瞳を細めた。
「失礼ながら、人生の経験が違いますぞ。陛下があの女人を特別視していることは、傍目にもわかるというもの」
「……それなら話は早い。彼女の喉が毒で焼かれてしまった。私の温室にあった薬草は、もう全て使い果たしてしまったのでね。伯爵の薬草園を借りることができれば幸いだ」
「では、それを考慮する代わりに、我が疑念を晴らしてもらいたい」
「なんだろうか。私の口で答えられることならば、話そう」
カイルヴェンの瞳が一転して、厳しいものになった。真実を暴こうとする強さと、それ以上の情念が混ざった視線を、エンファニオは真っ正面から受け止める。
「御身がつけられている蝶の胸飾り。それはどこで手に入れたものか、お答え願いたい」
「この胸飾り? これは……歌い手が持っていたものだ。少しの間、借りている」
「では、歌い手はどこからそれを得たのかご存じか?」
口を開き、閉じる。どこまでをカイルヴェンに話していいかで迷い、しかし躊躇は一瞬だった。
「歌い手の、ご母堂の形見だと聞いている」
「形見……では、シーカ、という名に聞き覚えはござらぬか」
カイルヴェンからシュトリカの母の名が出たことに、若干驚いた。
「それは、彼女のご母堂の名だとも聞いた。しかし伯爵。なぜそなたがその名を」
「……歌い手の名は、よもやするとシュトリカ、ではありませぬか」
今度こそ呆然とした。シュトリカはカイルヴェンに名を明かしてはいない。それはシュトリカがアーベに話したことだ。
まさか、花枯らしの名として漏れたか――そう懸念する己に構わず、伯爵が顔を悲しみに歪ませた。
「シーカ……我が生涯かけて愛したもの。ポラートに殺された巫女の長……」
「待ってくれ、伯爵。それでは、まさか……まさかシュトリカは」
「……シーカの娘であり、名がシュトリカならば、生き別れの我が娘に違いござらぬ」
シュトリカがカイルヴェンの娘――思わず腰が浮いた。だが、とすぐに姿勢を正す。
シュトリカの礼儀作法は、サミーが驚くほどに整っていた。はじめて朝食を共にした際も、少し崩れてはいたが見苦しくない食べ方をしていた。それらは母から教えられた、とサミーから直接聞いている。読み書きもそうだ。シュトリカは淑女の教育を受けていた。
「伯爵……よければ聞かせてほしい。そなたが愛したシーカという女性のこと、そして、なぜ離れることになったのかを」
唾を飲みこんで尋ねれば、伯爵が自嘲じみた笑みを浮かべる。遠くに見える瞳には、悲しみと怒りが同居し、計り知れない感情が渦巻いていた。
「シーカは……この跡地、フェレネに仕える神殿の巫女であり申した。共に禁断の恋に落ち、逢瀬を繰り返すうちに、身籠もっていることがわかり……我が求婚の言葉に耳も傾けず、彼女は二十年前の戦いで、ポラートにこの地を占領された際、殺されたはず」
「それは違う、伯爵。シュトリカが言っていた。シーカ……シュトリカのご母堂は、ポラートで暮らしていたと。そして流行病で亡くなったと、シュトリカがそう話してくれた」
「……シーカが、生きていた? あの戦で、ポラートに殺されたのではなく?」
「病で亡くなった、それは娘のシュトリカが証人だ」
惚けたようにカイルヴェンが肩を落とした。長いため息が室内に響く。
「そうであったか……ポラートのやつらめに、無惨に殺されたのではなかったか……いや、そもそも身分など気にせず、いっそ家を捨て、我が身全てをシーカに捧げることができていたなら。シーカは死なずにすんだのかもしれぬ……」
「伯爵、このような物言いを許せ。それを望まなかったからこそ、シュトリカのご母堂は一人子を産み、身を引いたのではないのだろうか。そなたとの思い出を胸に秘めて」
カイルヴェンが、堪えきれないように眉間を押さえた。少し体が震えている。己の言葉に何度もうなずく伯爵はいつもの覇気を失い、どこか小さく見えた。
カイルヴェンとシーカ。二人の姿が刹那、己とシュトリカに重なる。もしシュトリカが、自らから離れるようなことでもあったとしたら――そう考えるとぞっとした。
そうはさせない、と膝に置いている手を強く握る。例えどんな困難が待ち構えようとも、必ずシュトリカを正しく娶ることが今の望みなのだから。
「陛下の仰る通り。シーカは誇り高く、優しい女であり申した。自らが邪魔にならぬよう、身分を気にしたからこそ……揃いの胸飾りだけを持ち、我が手から逃れたのは事実のはず」
ささやいたカイルヴェンははっと我に返り、机から身を乗り出した。
「では陛下。我らが娘は、シュトリカはどのようにして、今まで生きてきたのか? 今、毒を受けたとも。命は……」
「命に別状はなく、体調も安定している。育ちは……雑技団に拾われ、そこで歌姫として活躍していた。今はとあることから、私がその身を預かっている」
「なぜ、陛下がシュトリカを。我には無聊を慰める、それだけとは思えませぬ」
疑念の瞳を向けてくるカイルヴェンは鋭い。少し迷い、それから誠実であろうと決めた。彼の手助けは必要だ。それに、カイルヴェンの悲しい過去を聞いた手前、己だけが秘密を抱いているのは公平ではない。
「……王都で噂されている事柄を、伯爵もご存じだと思う。私が呪いに冒されているというものだ。それは紛れもない事実。そのためシュトリカの、花枯らしの力を借りた」
「花枯らし? まさか……我が娘が、あの忌まれるべき花枯らしだと?」
「私は忌むべき存在ではないと思っている。シュトリカの力は、ある意味で奇跡だ」
「奇跡……」
どうやらカイルヴェンは、エンファニオの身が呪いに冒されている事実より、娘の力に興味を示したようだ。父親としては当然だろう。政敵に一番の弱みを暴露してしまったが、後悔はない。反応を見る限り、彼が呪い師に依頼したという線は捨ててもよさそうだ。
少しの間、座り直して髭を撫でていたカイルヴェンが、奇跡、と呟く。
「シーカは巫女の長。すなわち癒やしの術を使える女であった……その力が濃く作用したと考えれば……娘たるシュトリカの力もまた必然か」
カイルヴェンの独白に、うなずいた。今までの話からするに、花枯らしの力は癒やしを越えて、全てを包む奇跡か加護なのだと考えれば納得がいく。ただ、あまりに異質なものであるには違いない。公にはできない秘密の力だからこそ、呪い師も恐れたのだろう。
「それにしても、陛下が呪いに冒されているとは。ただの流言としていたのだが……」
「シュトリカのおかげで、かなりよくなった。けれど呪い師はまだ明るみに出ていない。できることなら、ここでの話は私の配下たちにも秘密にしてもらいたいところだ。呪いの件を知るのはディーンと、シュトリカ付きのサミーだけだからね」
「他言せぬことを誓いますぞ、陛下。……娘に会うことは叶いますかな」
「体調がよくなったらシュトリカと対面させる。私の方も転移の術が使えるようになった。近いうちにそなたと会わせることを約束しよう」
「なれば、善は急げと申す。薬草を好きなだけ持っていかれるといい。いや、我が案内させて頂く。何より……娘が生きていることがわかっただけでも幸いというもの」
ほんの少しまなじりを下げ、立ち上がったカイルヴェンの顔は、見たことがないほどに穏やかなものだった。
「はじめて娘を……シュトリカを見たときは、シーカかと思いましてな。ニゲラの花畑、あそこでシーカはよく、花飾りを作っておったもの」
「花畑や神殿へ出向かれている、というのもやはり、愛したものの名残を求めて?」
「女々しいと思いなさるな。シーカと過ごした時間が、あまりにも蜜月だったゆえに」
エンファニオも同じく立ち上がり、誘導されるように暖炉側の入り口から庭に出る。ここからはよく、より高台にある神殿の跡地が見えた。そこはもう廃墟の限りを尽くしている。折れた白亜の柱には蔦が絡みつき、草などが荒れ果て痛ましい。
「……もう酷いことは、起きない」
「陛下?」
カイルヴェンが振り返る。廃墟に目をやったまま、思い出すように続けた。
「シュトリカが戦に胸を痛めていた。雑技団にいた際、多くの町を見回ってきたらしい。戦はもういやだと、酷いことになってほしくはないと言っていたんだ」
「……もしシーカが生きていたなら、我が行動を咎めていたかもしれませぬ。彼女がポラートに殺されたとばかり思い、私怨もありとわかっていながら、陛下と反対の道を選んでおりましたが……いささか、考えを改めなければなりませぬ」
やはりカイルヴェンは正直だ。だが、と温室に入りながら首を横に振った。
「異なる見解にも耳を傾けることは重要だ、伯爵。そなたはそのままでもいい」
「陛下も意外と意固地であらせられるな」
苦笑したカイルヴェンの温室は己のものとは違い、花はあまり見られない。その代わり、驚くほど多種の薬草が栽培されていて、好奇心をくすぐられる。
喉に効く薬草が生えた場所を目にした際、カイルヴェンが眉を顰め、ささやいた。
「ところで陛下……よもやシュトリカと契ったわけでは、ありますまいな?」
獲物を捕らえる獣のような眼差しを作る伯爵から、内心冷や汗を掻いて目線を逸らした。
エンファニオは応接室にある円卓の内、最も出入り口に近い場所の席に座っていた。後ろに親衛隊はいない。部屋の外で待たせてある。茶にも手をつけず、ただ、待つ。
しばらくして奥側、暖炉近くの扉が開き、正装を着こんだカイルヴェンが現れた。
「お待たせして申し訳ござらぬ、陛下。何やら火急の用件だとか」
「すまない、カイルヴェン伯爵。使いのものを飛ばすわけにはいかなかったものでね」
「御自らここに来られた、ということは、政の話というわけではない様子」
うなずく己を尻目に、背筋を正したままカイルヴェンが遠くの席に腰かける。まるで、二人の価値観の距離を表しているようだと内心、苦笑した。茶を勧められ、はじめてそこでカップを口にする。毒など使わない相手というくらいには、彼を信用しているからだ。
「して、なんの用でありましょうか。下らぬ話ならば即座に退席させて頂く」
「一人の女性を助けてほしい。私の身を庇い、毒を飲んだ女性のことを」
「……それは、あの歌い手のことでございますな?」
「なぜそうだと思うのか、伯爵。館に侍女や女性は他にもいる」
「あの花畑で出会ったとき、陛下が我から歌い手を庇われた。体のことを無視し、転移の術を使ってまで。あのときの陛下の形相には、まこと驚かされたゆえに」
そこまで酷い顔をしていたのか自覚はない。だが、カイルヴェンは珍しいことに、どこか楽しそうに黄色の瞳を細めた。
「失礼ながら、人生の経験が違いますぞ。陛下があの女人を特別視していることは、傍目にもわかるというもの」
「……それなら話は早い。彼女の喉が毒で焼かれてしまった。私の温室にあった薬草は、もう全て使い果たしてしまったのでね。伯爵の薬草園を借りることができれば幸いだ」
「では、それを考慮する代わりに、我が疑念を晴らしてもらいたい」
「なんだろうか。私の口で答えられることならば、話そう」
カイルヴェンの瞳が一転して、厳しいものになった。真実を暴こうとする強さと、それ以上の情念が混ざった視線を、エンファニオは真っ正面から受け止める。
「御身がつけられている蝶の胸飾り。それはどこで手に入れたものか、お答え願いたい」
「この胸飾り? これは……歌い手が持っていたものだ。少しの間、借りている」
「では、歌い手はどこからそれを得たのかご存じか?」
口を開き、閉じる。どこまでをカイルヴェンに話していいかで迷い、しかし躊躇は一瞬だった。
「歌い手の、ご母堂の形見だと聞いている」
「形見……では、シーカ、という名に聞き覚えはござらぬか」
カイルヴェンからシュトリカの母の名が出たことに、若干驚いた。
「それは、彼女のご母堂の名だとも聞いた。しかし伯爵。なぜそなたがその名を」
「……歌い手の名は、よもやするとシュトリカ、ではありませぬか」
今度こそ呆然とした。シュトリカはカイルヴェンに名を明かしてはいない。それはシュトリカがアーベに話したことだ。
まさか、花枯らしの名として漏れたか――そう懸念する己に構わず、伯爵が顔を悲しみに歪ませた。
「シーカ……我が生涯かけて愛したもの。ポラートに殺された巫女の長……」
「待ってくれ、伯爵。それでは、まさか……まさかシュトリカは」
「……シーカの娘であり、名がシュトリカならば、生き別れの我が娘に違いござらぬ」
シュトリカがカイルヴェンの娘――思わず腰が浮いた。だが、とすぐに姿勢を正す。
シュトリカの礼儀作法は、サミーが驚くほどに整っていた。はじめて朝食を共にした際も、少し崩れてはいたが見苦しくない食べ方をしていた。それらは母から教えられた、とサミーから直接聞いている。読み書きもそうだ。シュトリカは淑女の教育を受けていた。
「伯爵……よければ聞かせてほしい。そなたが愛したシーカという女性のこと、そして、なぜ離れることになったのかを」
唾を飲みこんで尋ねれば、伯爵が自嘲じみた笑みを浮かべる。遠くに見える瞳には、悲しみと怒りが同居し、計り知れない感情が渦巻いていた。
「シーカは……この跡地、フェレネに仕える神殿の巫女であり申した。共に禁断の恋に落ち、逢瀬を繰り返すうちに、身籠もっていることがわかり……我が求婚の言葉に耳も傾けず、彼女は二十年前の戦いで、ポラートにこの地を占領された際、殺されたはず」
「それは違う、伯爵。シュトリカが言っていた。シーカ……シュトリカのご母堂は、ポラートで暮らしていたと。そして流行病で亡くなったと、シュトリカがそう話してくれた」
「……シーカが、生きていた? あの戦で、ポラートに殺されたのではなく?」
「病で亡くなった、それは娘のシュトリカが証人だ」
惚けたようにカイルヴェンが肩を落とした。長いため息が室内に響く。
「そうであったか……ポラートのやつらめに、無惨に殺されたのではなかったか……いや、そもそも身分など気にせず、いっそ家を捨て、我が身全てをシーカに捧げることができていたなら。シーカは死なずにすんだのかもしれぬ……」
「伯爵、このような物言いを許せ。それを望まなかったからこそ、シュトリカのご母堂は一人子を産み、身を引いたのではないのだろうか。そなたとの思い出を胸に秘めて」
カイルヴェンが、堪えきれないように眉間を押さえた。少し体が震えている。己の言葉に何度もうなずく伯爵はいつもの覇気を失い、どこか小さく見えた。
カイルヴェンとシーカ。二人の姿が刹那、己とシュトリカに重なる。もしシュトリカが、自らから離れるようなことでもあったとしたら――そう考えるとぞっとした。
そうはさせない、と膝に置いている手を強く握る。例えどんな困難が待ち構えようとも、必ずシュトリカを正しく娶ることが今の望みなのだから。
「陛下の仰る通り。シーカは誇り高く、優しい女であり申した。自らが邪魔にならぬよう、身分を気にしたからこそ……揃いの胸飾りだけを持ち、我が手から逃れたのは事実のはず」
ささやいたカイルヴェンははっと我に返り、机から身を乗り出した。
「では陛下。我らが娘は、シュトリカはどのようにして、今まで生きてきたのか? 今、毒を受けたとも。命は……」
「命に別状はなく、体調も安定している。育ちは……雑技団に拾われ、そこで歌姫として活躍していた。今はとあることから、私がその身を預かっている」
「なぜ、陛下がシュトリカを。我には無聊を慰める、それだけとは思えませぬ」
疑念の瞳を向けてくるカイルヴェンは鋭い。少し迷い、それから誠実であろうと決めた。彼の手助けは必要だ。それに、カイルヴェンの悲しい過去を聞いた手前、己だけが秘密を抱いているのは公平ではない。
「……王都で噂されている事柄を、伯爵もご存じだと思う。私が呪いに冒されているというものだ。それは紛れもない事実。そのためシュトリカの、花枯らしの力を借りた」
「花枯らし? まさか……我が娘が、あの忌まれるべき花枯らしだと?」
「私は忌むべき存在ではないと思っている。シュトリカの力は、ある意味で奇跡だ」
「奇跡……」
どうやらカイルヴェンは、エンファニオの身が呪いに冒されている事実より、娘の力に興味を示したようだ。父親としては当然だろう。政敵に一番の弱みを暴露してしまったが、後悔はない。反応を見る限り、彼が呪い師に依頼したという線は捨ててもよさそうだ。
少しの間、座り直して髭を撫でていたカイルヴェンが、奇跡、と呟く。
「シーカは巫女の長。すなわち癒やしの術を使える女であった……その力が濃く作用したと考えれば……娘たるシュトリカの力もまた必然か」
カイルヴェンの独白に、うなずいた。今までの話からするに、花枯らしの力は癒やしを越えて、全てを包む奇跡か加護なのだと考えれば納得がいく。ただ、あまりに異質なものであるには違いない。公にはできない秘密の力だからこそ、呪い師も恐れたのだろう。
「それにしても、陛下が呪いに冒されているとは。ただの流言としていたのだが……」
「シュトリカのおかげで、かなりよくなった。けれど呪い師はまだ明るみに出ていない。できることなら、ここでの話は私の配下たちにも秘密にしてもらいたいところだ。呪いの件を知るのはディーンと、シュトリカ付きのサミーだけだからね」
「他言せぬことを誓いますぞ、陛下。……娘に会うことは叶いますかな」
「体調がよくなったらシュトリカと対面させる。私の方も転移の術が使えるようになった。近いうちにそなたと会わせることを約束しよう」
「なれば、善は急げと申す。薬草を好きなだけ持っていかれるといい。いや、我が案内させて頂く。何より……娘が生きていることがわかっただけでも幸いというもの」
ほんの少しまなじりを下げ、立ち上がったカイルヴェンの顔は、見たことがないほどに穏やかなものだった。
「はじめて娘を……シュトリカを見たときは、シーカかと思いましてな。ニゲラの花畑、あそこでシーカはよく、花飾りを作っておったもの」
「花畑や神殿へ出向かれている、というのもやはり、愛したものの名残を求めて?」
「女々しいと思いなさるな。シーカと過ごした時間が、あまりにも蜜月だったゆえに」
エンファニオも同じく立ち上がり、誘導されるように暖炉側の入り口から庭に出る。ここからはよく、より高台にある神殿の跡地が見えた。そこはもう廃墟の限りを尽くしている。折れた白亜の柱には蔦が絡みつき、草などが荒れ果て痛ましい。
「……もう酷いことは、起きない」
「陛下?」
カイルヴェンが振り返る。廃墟に目をやったまま、思い出すように続けた。
「シュトリカが戦に胸を痛めていた。雑技団にいた際、多くの町を見回ってきたらしい。戦はもういやだと、酷いことになってほしくはないと言っていたんだ」
「……もしシーカが生きていたなら、我が行動を咎めていたかもしれませぬ。彼女がポラートに殺されたとばかり思い、私怨もありとわかっていながら、陛下と反対の道を選んでおりましたが……いささか、考えを改めなければなりませぬ」
やはりカイルヴェンは正直だ。だが、と温室に入りながら首を横に振った。
「異なる見解にも耳を傾けることは重要だ、伯爵。そなたはそのままでもいい」
「陛下も意外と意固地であらせられるな」
苦笑したカイルヴェンの温室は己のものとは違い、花はあまり見られない。その代わり、驚くほど多種の薬草が栽培されていて、好奇心をくすぐられる。
喉に効く薬草が生えた場所を目にした際、カイルヴェンが眉を顰め、ささやいた。
「ところで陛下……よもやシュトリカと契ったわけでは、ありますまいな?」
獲物を捕らえる獣のような眼差しを作る伯爵から、内心冷や汗を掻いて目線を逸らした。
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