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第四幕 思いを、放て
4-3.君と共に
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「ねえ、本気なのお姫様……いや、妖精王。僕を妖精郷で自分の補佐につけるって話」
「私は本気だよ、ビドゥーリ」
アンマーセル城の牢屋の中、手枷を嵌められたビドゥーリがため息をつく。唇にどこか嘲りの笑みが浮かんでいたものだから、それを見てエルテは少し、むっとした。
「追放とかされなかっただけでもましだろ。リア……妖精王に感謝しろよ」
「処刑の方がいいさ、僕にとっては」
「言ったはずだ。生きることの方が辛いと。ソルタオ様たちにも許可をもらったし、何より妖精郷なら歳を取るのが遅くなる。君には存分に働いてもらうから覚悟しておくことだ」
言い放つアレグリアには、どこか威厳らしいものがあった。女王として自覚したのだとエルテは理解する。うら寂しい、と思った。アレグリアが遠くに行ってしまったようで。
「あとで迎えに来るから。悪いけどネス、兵士たちと一緒に見張りを頼む」
「妖精王の言いつけだもの、仕方ないわね。早く戻ってきてちょうだい」
「ありがとう。エルテ、行こう」
アレグリアの言葉にただ、うなずく。二人で牢屋から出て、城内へと戻った。
ビドゥーリの侵攻から一週間。様々な会談があった。アレグリアが新しい妖精王になったこと、そしてフィロンがソルタオと婚姻することなどを含め、たくさんのことが。
その中にあったのが、ビドゥーリの件だ。処罰をと兄はアレグリアを説得したけれど、彼女はかたくなにそれを拒否し、結局ビドゥーリは妖精郷に引き取られることとなった。
「なあ、妖精王」
「リアでいいよ。何?」
「じゃあ、リア。リアはどうしてそんなにビドゥーリへ執着するんだ?」
「執着なんかじゃない。彼は今まで努力してきた。その努力を無駄にさせたくない。妖精に対しての知恵もあるし、手元に置けば色々役立つんじゃないかなって」
「……本当にそれだけ?」
「まあ、アウロ家から嘆願があったって言うのもあるけど。私は王としてはまだまだ未熟だから。ネスが世話役になったとしても、補佐役が空席なら辛いなって思って」
アレグリアが苦笑する。その笑みに、エルテは行き場のない思いを抱いた。
確かにビドゥーリを拾い、育てたアウロ家から、処分を軽くしてもらいたいと願う声があったのは知っている。ビドゥーリ自身の知識も豊富だとも。だが、未だ恨み辛みが彼にはあるのではないか。またアレグリアたちへ牙を向けるのではないかという不安がある。
そんな思いが面に出たのだろう、気持ちを汲み取ったようにアレグリアが微笑んだ。
「大丈夫だ、エルテ。長老と思念は完璧に通じ合わせられているし、妖精郷の入り口に兵士を置いてくれることも国王陛下は了承済みだ」
「それはそうだけどさ。でも」
通路の途中で足を止めた。近くの庭園から聞こえる噴水の音が、やけに大きく響く。
「でも?」
アレグリアもその場にとどまり、首を傾げた。エルテはうつむき、考える。
ソルタオはフィロンを娶る。フィロンは人間の世界、アンマーセルの次の王妃となるだろう。妖精郷の女王にはアレグリア。その横にいるのがビドゥーリ、と想像して、なんとなく落ち着かない己がいた。
――オレは……リアと一緒にいたい。
それだけが思考を支配する。アレグリアの側にいる異性がビドゥーリだなんて、耐えられそうにない。顔を上げ、アレグリアを見つめた。
窓から射しこむ秋の陽射しが、きょとんとしているアレグリアを照らしている。七色の羽に肌に映える紫苑色のドレス。少し幼いけれど、自信に溢れている顔立ち。
全てが愛おしい。彼女の全てを守り、慈しみたい。
「……リア。応接室で少し待っててくれないか?」
「え、いいけど。エルテはどこに?」
「ちょっと兄上たちに会ってくる」
「うん。わかった。でも、早くしないとネスがかんしゃくを起こすから、早めにな」
小さくうなずき、アレグリアと一度別れた。逸り立つ気持ちで兄の部屋へと急ぐ。少し駆け足になってしまったため、使用人たちに何事かといった目で見られたが。
ソルタオの部屋の前まで来た。一呼吸置いて、扉を軽く叩く。中から返事がしたのと同時に扉を開け、部屋に入った。
「失礼します、兄上……あ、父上も」
「おお、エルテか。どうしたのだ、そんなに急いで」
ソファに座っている父は上機嫌だった。当然だろうな、とエルテは思う。ソルタオとフィロンの婚約が決まり、しかもフィロンは孫を身籠もっている。話を聞いた直後は驚いていたようだが、喜びの方が勝ったようだ。
その喜びを壊すかもしれないけれど、とエルテは背筋を正し、二人を見据えた。
「お二人に話があります」
「なんだなんだ、堅苦しく。何かあったのか?」
「……アレグリア妖精王のことだな」
ソルタオはカップを置き、浮かれている父からこちらへ視線を移した。
「正確に言えばお前自身のことか。エルテ、お前は妖精郷に永住するつもりだろう」
「何……?」
「はい、兄上」
「エルテや、永住とはどういうことかね。アンマーセルを捨てるつもりなのか?」
「この国は好きです。でも、今のオレにはもっと守りたいものができました」
「それがアレグリア妖精王か」
「そうです。父上、そして兄上。どうか永住する許しをいただけませんか」
硬い声音で紡ぐと、父は渋い顔を作る。ソルタオが珍しく苦笑を浮かべた。
「父上、エルテは一度決めたことを覆すような男ではありません。こうして許しを請いにきただけましというもの。下手をすれば我らに別れを告げず、妖精郷に赴いていたかもしれませんよ」
「しかし……突然だな、エルテや。お前はてっきりこの国で嫁をもらい、平和に暮らすと思っていたのだがね」
「もちろん妖精王への思いだけじゃないです。ビドゥーリを監視する目的もあります」
「確かに。兵は置くとしても、中から見張れるものを用意しておいてもいい……ところでエルテ。アレグリア妖精王の許しは得たのか?」
「まだです。拒まれてもオレは一人で行くつもりですから」
不敵に笑うと、父が諦めたかのようなため息をついた。ソルタオも、同じく。
「これです、父上。もうエルテの中では決まっているようなものですよ」
「全く。我が息子ながら頑固にもほどがあるな」
言って、父は一つうなずいた。
「……ちゃんと我が妃に別れを告げてきなさい。永住と言ってもたまにはアンマーセルに顔を出すこと。そして、妖精王を公私ともに支えること。それが、約束だ」
「ありがとうございます、父上……! 約束は必ず守ります」
父の穏やかな声音と許可に、胸が熱くなるのをエルテは感じた。深々と一礼する。
「アレグリア妖精王を困らせるなよ、エルテ」
「わかってる。兄上もフィロン様と仲良くな! 父上も壮健で!」
返事も待たず、面を上げて部屋から飛び出した。アレグリアが待つ応接室へと階段を駆け下りて進む。眼前にある両開きの扉目がけて、転がるように勢いよく開け放って中に入った。
「リア!」
「わっ……び、びっくりするじゃないか、エルテ」
「オレも妖精郷に行く!」
「え?」
ソファに座っていたアレグリアが、驚いたようにこちらを見ている。構わずに近付き、彼女の横へと腰かけた。
「今、兄上と父上に許可をもらってきたんだよ。いや、許可がなくても行くつもりだったけどさ」
「……そんなのだめだ。歳を取るのが遅くなるのは、人間なら成長が止まると言うことだぞ、エルテ。君はこれからの人生、ずっとその姿でいなくちゃならない」
「関係ないね。だってリアとずっと一緒にいたいんだから、オレは」
「一緒に……って」
「リア。アレグリア。オレはリアが好きだ。愛してる」
真剣な眼差しを送り、手を握れば、アレグリアの頬に赤みが差した。熟れたトマトのように真っ赤だ。そんなところも可愛らしいとエルテは感じてしまう。
「エルテ……気持ちは凄く嬉しい、けど……」
「リアは皆を幸せにするんだろ?」
「うん……それが女王としての私の覚悟だから」
「なら、オレがリアを幸せにする。独りになんかさせない。一緒に幸せになってほしい。それともリアは、オレとじゃ不満か?」
「ち、違う。そんなことないよ。私だって……エルテが好きだ」
「……友達としての好き、じゃないよな?」
「全然違うよ。その、こうされてるときも胸がどきどきするし……い、異性として好きだ」
か細い声音の返答に、それでも満ち足りる。小柄な肢体を抱きしめて、柔らかさと甘い体臭をたっぷりと堪能した。アレグリアは固まったように動かない。そんな彼女の頤を持ち上げ、薄く紅がついた唇へ、エルテは自身の唇をそっと押しつけた。
温かい感触が心地いい。その温もりを守り、愛し続ける自信が己にはある。
静かに口付けを終え、頬を両手で挟みながら、目を開けるアレグリアを見つめた。紫の瞳に今、映っているのは紛れもなく自分だ。
あの夜、成人の儀でビドゥーリが仕込んだ妖精の血。それに酔わされ、本能のままに兄へ失恋したアレグリアを抱いた。でも、そのおかげで己の心に正直になれた気がする。
「ビドゥーリには少し、感謝しないといけないかもな」
「私は感謝してるよ。エルテが最初だったから……エルテが他の女性じゃなくて、私を抱いてくれたから。私もエルテが……好きだって気付けた」
「兄上のことが好きだったもんな。リアは」
はにかむアレグリアが愛おしく、額にまた、キスをする。
「ソルタオ様に抱いてたのはただの尊敬だよ。一緒にいて落ち着けたり、どきどきできるのはエルテ、君だけだ」
二人で微笑み合う。内心、よかったとエルテは胸を撫で下ろした。ただの同情や哀れみなどではなく、アレグリアがちゃんと自分と向き合ってくれているとわかったから。
「エルテ。大切な人にはきちんと別れを告げないとだめだぞ」
「ああ、そのつもりだ。母上にも説明するし……よく考えたら準備に数日はかかるかもしれない。なるべく早く妖精郷に行くから、待っててくれるか?」
「もちろん。ずっと待ってる」
アレグリアの羽がはためいているのを見て、心が安らぎに満ちた。恥ずかしげに笑う恋人をもう一度強く、きつく抱きしめる。己の鼓動がアレグリアに伝わるように。
どこまでも熱い抱擁を続けた。それこそネスが、うんざりした様子でアレグリアを迎えに来るまで。
「私は本気だよ、ビドゥーリ」
アンマーセル城の牢屋の中、手枷を嵌められたビドゥーリがため息をつく。唇にどこか嘲りの笑みが浮かんでいたものだから、それを見てエルテは少し、むっとした。
「追放とかされなかっただけでもましだろ。リア……妖精王に感謝しろよ」
「処刑の方がいいさ、僕にとっては」
「言ったはずだ。生きることの方が辛いと。ソルタオ様たちにも許可をもらったし、何より妖精郷なら歳を取るのが遅くなる。君には存分に働いてもらうから覚悟しておくことだ」
言い放つアレグリアには、どこか威厳らしいものがあった。女王として自覚したのだとエルテは理解する。うら寂しい、と思った。アレグリアが遠くに行ってしまったようで。
「あとで迎えに来るから。悪いけどネス、兵士たちと一緒に見張りを頼む」
「妖精王の言いつけだもの、仕方ないわね。早く戻ってきてちょうだい」
「ありがとう。エルテ、行こう」
アレグリアの言葉にただ、うなずく。二人で牢屋から出て、城内へと戻った。
ビドゥーリの侵攻から一週間。様々な会談があった。アレグリアが新しい妖精王になったこと、そしてフィロンがソルタオと婚姻することなどを含め、たくさんのことが。
その中にあったのが、ビドゥーリの件だ。処罰をと兄はアレグリアを説得したけれど、彼女はかたくなにそれを拒否し、結局ビドゥーリは妖精郷に引き取られることとなった。
「なあ、妖精王」
「リアでいいよ。何?」
「じゃあ、リア。リアはどうしてそんなにビドゥーリへ執着するんだ?」
「執着なんかじゃない。彼は今まで努力してきた。その努力を無駄にさせたくない。妖精に対しての知恵もあるし、手元に置けば色々役立つんじゃないかなって」
「……本当にそれだけ?」
「まあ、アウロ家から嘆願があったって言うのもあるけど。私は王としてはまだまだ未熟だから。ネスが世話役になったとしても、補佐役が空席なら辛いなって思って」
アレグリアが苦笑する。その笑みに、エルテは行き場のない思いを抱いた。
確かにビドゥーリを拾い、育てたアウロ家から、処分を軽くしてもらいたいと願う声があったのは知っている。ビドゥーリ自身の知識も豊富だとも。だが、未だ恨み辛みが彼にはあるのではないか。またアレグリアたちへ牙を向けるのではないかという不安がある。
そんな思いが面に出たのだろう、気持ちを汲み取ったようにアレグリアが微笑んだ。
「大丈夫だ、エルテ。長老と思念は完璧に通じ合わせられているし、妖精郷の入り口に兵士を置いてくれることも国王陛下は了承済みだ」
「それはそうだけどさ。でも」
通路の途中で足を止めた。近くの庭園から聞こえる噴水の音が、やけに大きく響く。
「でも?」
アレグリアもその場にとどまり、首を傾げた。エルテはうつむき、考える。
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――オレは……リアと一緒にいたい。
それだけが思考を支配する。アレグリアの側にいる異性がビドゥーリだなんて、耐えられそうにない。顔を上げ、アレグリアを見つめた。
窓から射しこむ秋の陽射しが、きょとんとしているアレグリアを照らしている。七色の羽に肌に映える紫苑色のドレス。少し幼いけれど、自信に溢れている顔立ち。
全てが愛おしい。彼女の全てを守り、慈しみたい。
「……リア。応接室で少し待っててくれないか?」
「え、いいけど。エルテはどこに?」
「ちょっと兄上たちに会ってくる」
「うん。わかった。でも、早くしないとネスがかんしゃくを起こすから、早めにな」
小さくうなずき、アレグリアと一度別れた。逸り立つ気持ちで兄の部屋へと急ぐ。少し駆け足になってしまったため、使用人たちに何事かといった目で見られたが。
ソルタオの部屋の前まで来た。一呼吸置いて、扉を軽く叩く。中から返事がしたのと同時に扉を開け、部屋に入った。
「失礼します、兄上……あ、父上も」
「おお、エルテか。どうしたのだ、そんなに急いで」
ソファに座っている父は上機嫌だった。当然だろうな、とエルテは思う。ソルタオとフィロンの婚約が決まり、しかもフィロンは孫を身籠もっている。話を聞いた直後は驚いていたようだが、喜びの方が勝ったようだ。
その喜びを壊すかもしれないけれど、とエルテは背筋を正し、二人を見据えた。
「お二人に話があります」
「なんだなんだ、堅苦しく。何かあったのか?」
「……アレグリア妖精王のことだな」
ソルタオはカップを置き、浮かれている父からこちらへ視線を移した。
「正確に言えばお前自身のことか。エルテ、お前は妖精郷に永住するつもりだろう」
「何……?」
「はい、兄上」
「エルテや、永住とはどういうことかね。アンマーセルを捨てるつもりなのか?」
「この国は好きです。でも、今のオレにはもっと守りたいものができました」
「それがアレグリア妖精王か」
「そうです。父上、そして兄上。どうか永住する許しをいただけませんか」
硬い声音で紡ぐと、父は渋い顔を作る。ソルタオが珍しく苦笑を浮かべた。
「父上、エルテは一度決めたことを覆すような男ではありません。こうして許しを請いにきただけましというもの。下手をすれば我らに別れを告げず、妖精郷に赴いていたかもしれませんよ」
「しかし……突然だな、エルテや。お前はてっきりこの国で嫁をもらい、平和に暮らすと思っていたのだがね」
「もちろん妖精王への思いだけじゃないです。ビドゥーリを監視する目的もあります」
「確かに。兵は置くとしても、中から見張れるものを用意しておいてもいい……ところでエルテ。アレグリア妖精王の許しは得たのか?」
「まだです。拒まれてもオレは一人で行くつもりですから」
不敵に笑うと、父が諦めたかのようなため息をついた。ソルタオも、同じく。
「これです、父上。もうエルテの中では決まっているようなものですよ」
「全く。我が息子ながら頑固にもほどがあるな」
言って、父は一つうなずいた。
「……ちゃんと我が妃に別れを告げてきなさい。永住と言ってもたまにはアンマーセルに顔を出すこと。そして、妖精王を公私ともに支えること。それが、約束だ」
「ありがとうございます、父上……! 約束は必ず守ります」
父の穏やかな声音と許可に、胸が熱くなるのをエルテは感じた。深々と一礼する。
「アレグリア妖精王を困らせるなよ、エルテ」
「わかってる。兄上もフィロン様と仲良くな! 父上も壮健で!」
返事も待たず、面を上げて部屋から飛び出した。アレグリアが待つ応接室へと階段を駆け下りて進む。眼前にある両開きの扉目がけて、転がるように勢いよく開け放って中に入った。
「リア!」
「わっ……び、びっくりするじゃないか、エルテ」
「オレも妖精郷に行く!」
「え?」
ソファに座っていたアレグリアが、驚いたようにこちらを見ている。構わずに近付き、彼女の横へと腰かけた。
「今、兄上と父上に許可をもらってきたんだよ。いや、許可がなくても行くつもりだったけどさ」
「……そんなのだめだ。歳を取るのが遅くなるのは、人間なら成長が止まると言うことだぞ、エルテ。君はこれからの人生、ずっとその姿でいなくちゃならない」
「関係ないね。だってリアとずっと一緒にいたいんだから、オレは」
「一緒に……って」
「リア。アレグリア。オレはリアが好きだ。愛してる」
真剣な眼差しを送り、手を握れば、アレグリアの頬に赤みが差した。熟れたトマトのように真っ赤だ。そんなところも可愛らしいとエルテは感じてしまう。
「エルテ……気持ちは凄く嬉しい、けど……」
「リアは皆を幸せにするんだろ?」
「うん……それが女王としての私の覚悟だから」
「なら、オレがリアを幸せにする。独りになんかさせない。一緒に幸せになってほしい。それともリアは、オレとじゃ不満か?」
「ち、違う。そんなことないよ。私だって……エルテが好きだ」
「……友達としての好き、じゃないよな?」
「全然違うよ。その、こうされてるときも胸がどきどきするし……い、異性として好きだ」
か細い声音の返答に、それでも満ち足りる。小柄な肢体を抱きしめて、柔らかさと甘い体臭をたっぷりと堪能した。アレグリアは固まったように動かない。そんな彼女の頤を持ち上げ、薄く紅がついた唇へ、エルテは自身の唇をそっと押しつけた。
温かい感触が心地いい。その温もりを守り、愛し続ける自信が己にはある。
静かに口付けを終え、頬を両手で挟みながら、目を開けるアレグリアを見つめた。紫の瞳に今、映っているのは紛れもなく自分だ。
あの夜、成人の儀でビドゥーリが仕込んだ妖精の血。それに酔わされ、本能のままに兄へ失恋したアレグリアを抱いた。でも、そのおかげで己の心に正直になれた気がする。
「ビドゥーリには少し、感謝しないといけないかもな」
「私は感謝してるよ。エルテが最初だったから……エルテが他の女性じゃなくて、私を抱いてくれたから。私もエルテが……好きだって気付けた」
「兄上のことが好きだったもんな。リアは」
はにかむアレグリアが愛おしく、額にまた、キスをする。
「ソルタオ様に抱いてたのはただの尊敬だよ。一緒にいて落ち着けたり、どきどきできるのはエルテ、君だけだ」
二人で微笑み合う。内心、よかったとエルテは胸を撫で下ろした。ただの同情や哀れみなどではなく、アレグリアがちゃんと自分と向き合ってくれているとわかったから。
「エルテ。大切な人にはきちんと別れを告げないとだめだぞ」
「ああ、そのつもりだ。母上にも説明するし……よく考えたら準備に数日はかかるかもしれない。なるべく早く妖精郷に行くから、待っててくれるか?」
「もちろん。ずっと待ってる」
アレグリアの羽がはためいているのを見て、心が安らぎに満ちた。恥ずかしげに笑う恋人をもう一度強く、きつく抱きしめる。己の鼓動がアレグリアに伝わるように。
どこまでも熱い抱擁を続けた。それこそネスが、うんざりした様子でアレグリアを迎えに来るまで。
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