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終幕
繰り返しがはじまる
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……月が薄まる頃。幾度も法悦に達したトゥトゥナが、気を失ってから。
シュテインは白む空を窓から見つつ、健やかに眠るトゥトゥナの頭を撫でていた。
正直に言えばまだ交わりたかったが、今日はこれくらいでいいだろう。この世界ではいくらでも機会がある。彼女を愛する時間は。
その胸に、前世で与えた銀のペンダントがあることに胸を撫で下ろす。
「……どうやらここが正しい世界みたいだね」
小さく呟くが、トゥトゥナは目覚めない。白い肩が微かに上下している。大分疲れたはずだ。純潔を失ってもなお体を交え、最後の方では狂ったように達していたのだから。
その淫らさ、愛らしさは何物にも代えがたい。媚肉もシュテインのものに馴染んできており、これからの楽しみに笑みが自然と零れた。
シュテインはなるべく静かにベッドから下り、もう一つのベッドからシーツを剥ぎ取る。軽く体に巻いて、居間の方へと歩みを進めた。
自分の荷物が椅子の近くに置かれている。その中を改めた。
本や衣類、医学に関する小物の奥、小瓶がある。中身は処女をも狂わすあの媚薬だ。
これを使ってもよかった。だが、痛みを刻みつけたいという思いが先に出たのだ。
「痛みも快楽も、生きているという証し。全くそのとおりだよ」
小さく笑う。ここの世界のトゥトゥナは、しっかり自分のことを覚えている。銀のペンダントに漏らした言葉、腹の傷、どれもがシュテインが求めていたトゥトゥナだ。
畳まれた衣服の上にある、銀のペンダント。自分がつけていたものを開け、中を見た。
そこには小さな、三日月の粘土細工が収められている。
指の薄皮を荷物の中にあった短刀で切り、浮かんだ血を細工に押し付けると仄かに赤く、月が輝く。それを見ながら一人、肩を揺らして笑った。
「今あるこの世界を繰り返しましょう、イナ」
トゥトゥナに告げた話、大地神イナに愛を捧げた、というのは本当だ。だが同時に、崇めた。トゥトゥナを追いかけるために必要なのは輪廻だったのだから。
光が消えた三日月の細工を見つめ、首を擦る。トゥトゥナの傷より深い自害の痕を。
トゥトゥナには話していない。自分が彼女を求め、幾度も輪廻を繰り返したことは。
今、この世界に至るまで、シュテインは何度も死んでいる。正確に言えばあのとき、龍皇として選ばれたのち、自分を庇って逝ったトゥトゥナを追って死んだあとも。
全ては、正しいトゥトゥナと出会うために。
ある時間軸では、トゥトゥナが貴族の令嬢として生まれる世界もあった。だが、その世界で彼女は自分を覚えてはいなかった。
または、スネーツ男爵と結婚している世界も見た。その世界では朧気に自分を覚えていたみたいだが、それはシュテインが欲するトゥトゥナではない。
そのつど、シュテインは死んだ。死んで、繰り返した。
記憶を保持したまま輪廻を作動させるには、新たなきっかけの中心となった自分の死が必要だった。それに気付いたのは、一回目の繰り返しで、だ。確かあれは、トゥトゥナがシュテインのことを覚えておらず、絶望して自害したときだったように思う。
そのとき『死』が、前世の記憶を保つための弾みとなるのだと理解した。トゥトゥナが今まで魔女として死に、記憶を保っていたのはそこに所以していたのだ。
兄――ギュントが記憶を持って輪廻していたのは、『殺人』という行為とイナを崇める儀式を行っていたためだろう。彼は彼の願う正しい世界軸に辿り着けなかったようだが。
そうしてシュテインは繰り返し、何度目だろうか。立場、身分、状況、記憶――トゥトゥナと自分の全てが正しく揃う世界に、やっと来ることができた。欲しかった、手に入れたかったのは今現在、ベッドで眠るトゥトゥナだ。
自分の地位が下がったことは気にならない。財産のこともどうでもいい。ただし、彼女がシュテインという存在を忘れていたり、他の男と結ばれているような世界なら、切り捨てて次に行くまでだ。
「今回の輪廻は正しく作動したようで何よりだよ。繰り返しの輪は固定された。これなら来世も君を閉じこめられるだろうね、トゥトゥナ」
思わず笑い声を上げそうになり、喉がひくつく。
今ならギュントが、大地神イナを崇めた理由もわかる。欲しいものを手にしたかった、愚かなまでの執着も。
「ここまで僕を壊すとは、やはり君は魔女だ」
うそぶいて蜜に塗れた唇を舐めた。とても甘い気がして、自然と口の端がつり上がる。
トゥトゥナが逃げようとしたり、他の男に目を向けたときは、全てを白状しよう。決して逃げられない輪廻に、トゥトゥナは閉じこめられているのだと。
だが、この世界ではやり直す必要はないはずだ。トゥトゥナが自分に焦がれていることがはっきりとわかったし、逃げることなんて考えられないほど、その心身をシュテインという色に染めようと企んでいるのだから。
「今世も来世も、僕は君を愛し続けよう。覚悟することだ」
酔いしれながらシュテインはささやき、荷物を片付けて寝室へと戻る。
何よりも、誰よりも思う魔女を愛し尽くすために。
【了】
シュテインは白む空を窓から見つつ、健やかに眠るトゥトゥナの頭を撫でていた。
正直に言えばまだ交わりたかったが、今日はこれくらいでいいだろう。この世界ではいくらでも機会がある。彼女を愛する時間は。
その胸に、前世で与えた銀のペンダントがあることに胸を撫で下ろす。
「……どうやらここが正しい世界みたいだね」
小さく呟くが、トゥトゥナは目覚めない。白い肩が微かに上下している。大分疲れたはずだ。純潔を失ってもなお体を交え、最後の方では狂ったように達していたのだから。
その淫らさ、愛らしさは何物にも代えがたい。媚肉もシュテインのものに馴染んできており、これからの楽しみに笑みが自然と零れた。
シュテインはなるべく静かにベッドから下り、もう一つのベッドからシーツを剥ぎ取る。軽く体に巻いて、居間の方へと歩みを進めた。
自分の荷物が椅子の近くに置かれている。その中を改めた。
本や衣類、医学に関する小物の奥、小瓶がある。中身は処女をも狂わすあの媚薬だ。
これを使ってもよかった。だが、痛みを刻みつけたいという思いが先に出たのだ。
「痛みも快楽も、生きているという証し。全くそのとおりだよ」
小さく笑う。ここの世界のトゥトゥナは、しっかり自分のことを覚えている。銀のペンダントに漏らした言葉、腹の傷、どれもがシュテインが求めていたトゥトゥナだ。
畳まれた衣服の上にある、銀のペンダント。自分がつけていたものを開け、中を見た。
そこには小さな、三日月の粘土細工が収められている。
指の薄皮を荷物の中にあった短刀で切り、浮かんだ血を細工に押し付けると仄かに赤く、月が輝く。それを見ながら一人、肩を揺らして笑った。
「今あるこの世界を繰り返しましょう、イナ」
トゥトゥナに告げた話、大地神イナに愛を捧げた、というのは本当だ。だが同時に、崇めた。トゥトゥナを追いかけるために必要なのは輪廻だったのだから。
光が消えた三日月の細工を見つめ、首を擦る。トゥトゥナの傷より深い自害の痕を。
トゥトゥナには話していない。自分が彼女を求め、幾度も輪廻を繰り返したことは。
今、この世界に至るまで、シュテインは何度も死んでいる。正確に言えばあのとき、龍皇として選ばれたのち、自分を庇って逝ったトゥトゥナを追って死んだあとも。
全ては、正しいトゥトゥナと出会うために。
ある時間軸では、トゥトゥナが貴族の令嬢として生まれる世界もあった。だが、その世界で彼女は自分を覚えてはいなかった。
または、スネーツ男爵と結婚している世界も見た。その世界では朧気に自分を覚えていたみたいだが、それはシュテインが欲するトゥトゥナではない。
そのつど、シュテインは死んだ。死んで、繰り返した。
記憶を保持したまま輪廻を作動させるには、新たなきっかけの中心となった自分の死が必要だった。それに気付いたのは、一回目の繰り返しで、だ。確かあれは、トゥトゥナがシュテインのことを覚えておらず、絶望して自害したときだったように思う。
そのとき『死』が、前世の記憶を保つための弾みとなるのだと理解した。トゥトゥナが今まで魔女として死に、記憶を保っていたのはそこに所以していたのだ。
兄――ギュントが記憶を持って輪廻していたのは、『殺人』という行為とイナを崇める儀式を行っていたためだろう。彼は彼の願う正しい世界軸に辿り着けなかったようだが。
そうしてシュテインは繰り返し、何度目だろうか。立場、身分、状況、記憶――トゥトゥナと自分の全てが正しく揃う世界に、やっと来ることができた。欲しかった、手に入れたかったのは今現在、ベッドで眠るトゥトゥナだ。
自分の地位が下がったことは気にならない。財産のこともどうでもいい。ただし、彼女がシュテインという存在を忘れていたり、他の男と結ばれているような世界なら、切り捨てて次に行くまでだ。
「今回の輪廻は正しく作動したようで何よりだよ。繰り返しの輪は固定された。これなら来世も君を閉じこめられるだろうね、トゥトゥナ」
思わず笑い声を上げそうになり、喉がひくつく。
今ならギュントが、大地神イナを崇めた理由もわかる。欲しいものを手にしたかった、愚かなまでの執着も。
「ここまで僕を壊すとは、やはり君は魔女だ」
うそぶいて蜜に塗れた唇を舐めた。とても甘い気がして、自然と口の端がつり上がる。
トゥトゥナが逃げようとしたり、他の男に目を向けたときは、全てを白状しよう。決して逃げられない輪廻に、トゥトゥナは閉じこめられているのだと。
だが、この世界ではやり直す必要はないはずだ。トゥトゥナが自分に焦がれていることがはっきりとわかったし、逃げることなんて考えられないほど、その心身をシュテインという色に染めようと企んでいるのだから。
「今世も来世も、僕は君を愛し続けよう。覚悟することだ」
酔いしれながらシュテインはささやき、荷物を片付けて寝室へと戻る。
何よりも、誰よりも思う魔女を愛し尽くすために。
【了】
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