【R18】魔女が愛に溺れる月夜まで【完結】

双真満月

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第四幕 幸せをまさぐるように

4-3.道は違えることなく

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 数日後、神殿で正式な巫女となる試験が実施された。歴史、薬草学、料理、その他諸々。トゥトゥナはどれにおいても高得点をとり、無事に正規の巫女として認められた。

 シュテインが見込んだ巫女候補として、他者に恥じない点数を出せたことに安堵する。これからの進路は医者の手伝いか、神殿で生涯ザインズールに仕えるか、大抵はどちらかだ。

「受かってよかったわね、ヨー」
「うん。安心したのよ。フリーデ卿にもきっと褒めてもらえるの」

 ヨーはぎりぎりで合格したらしい。証書と共にもらった白いケープを羽織り、トゥトゥナは神殿の通路をヨーと共に歩く。

「トアは首、もう大丈夫なの? まだ包帯してるけど」
「ええ。寝違えもいいところね」

 首に巻いた包帯の下には、シュテインがつけた赤痣があるとは言えなかった。

 昨夜はさすがに試験本番の前ということもあり、抱かれはしなかったが。直前まで体を交えていたのだ。そう簡単に痕が消えはしないほど、激しく求められた記憶がよみがえる。

「これからどうしよっかなぁ。お医者様の手伝いは、ヨーには向いてないし。ここにある本、もう大半読んだし。フリーデ卿と相談かなあ」
「……そうね。私もリシュ卿と相談だわ」
「リシュ卿が龍皇りゅうおう様になったら、きっとフリーデ卿も補佐になるのよ。トア、色んな本が読めるようにリシュ卿にお願いして欲しいの」
「まだ結果が出るまで少し時間があるわよ?」
「決まったようなものなのよ。ヴィシュ卿も動けてないって言ってたし」
「そう……リシュ卿が龍皇に……」

 考えればつきんと胸が痛んだ。シュテインならこの国を変えられる、と思う反面、自分の手に届かない場所にまで行く事実が心を苛む。

 今、自分を悩ませるのは輪廻のことではない。アロウスやダリエとのことでもない。いつの間にか大きくなったシュテインへの思い――口に出すのがはばかれるくらい膨れ上がってしまった気持ちだけだ。

 ギュントの言うとおり、自分はしがない巫女。地位も立場もシュテインと釣り合わない。

 生きることに執着していたはずが、いつの間にか幸せを求めていた。女としての幸せを。どれくらい人は欲深くなれるのだろう。浅ましさにため息が出る。

「あれ? トア、迎えが来てるよ」
「え?」

 考えていたトゥトゥナは、ヨーの声に顔を上げた。

 神殿の入口付近に、紫紺色の馬車がある。もちろん他にも数台馬車が止まっていたが、ヨーが指さしたそれは、確かにシュテインが愛用しているものだ。

 よく見ればイスクがいる。彼はトゥトゥナに気付いたのか、手を振ってきた。

「何かあったのかしら。ヨー、私は行くわね。また会いましょう」
「うん。リシュ卿によろしくねえ」

 ヨーと別れ、トゥトゥナは駆け足でイスクの元へと向かう。

「お疲れ様です、イスクさん。どうなさったんですか?」
「うむ。リシュ様からの伝言でな。トア殿を別館に連れて行くようにと」
「別館……? 今の館ではなくて?」
「そうだ。町の海岸沿いにある別館へ。少し遠いが、何、半日もかからん」

 シュテインの真意がわからず、トゥトゥナは小首を傾げた。別館は確かシュテインが個人的に所有しているもので、トトザール家から受け継いだものだと聞いたことがある。

 幸い、試験を合格した巫女には一ヶ月程度の休みが与えられる。休日中に進路を決めろということなのだが。神殿に行く必要はないけれど、皇領市から離れることに少し、抵抗があった。

「心配なさるな。リシュ様もあとで合流するとのことだ」
「そう、なんですね。わかりました、別館に行きます」

 不安を取り除くように笑みを向けられ、大人しく従うことにした。

 別館がどんな場所なのかは知らない。道中で何が起きるのかも。それでもイスクが一緒ならば、下手なことにはならないだろう。

 馭者に助けてもらい、馬車へ乗る。イスクの馬を先頭に馬車は走りはじめた。

 澄み渡った空と皇領市の白さが眩しい。坂道を下る中、トゥトゥナはもらった証書を膝に置いて外を見ていた。

 ふと、視界に藍色の馬車が入る。ギュントのもので、トゥトゥナと向かい合わせのようにダリエが座っているのが見えた。

 試験に合格した証しのケープ、それを羽織ったダリエが不意にこちらを向く。一瞬、戸惑ったように顔をしかめる彼女はすぐに目線を逸らした。瞳には困惑と、隠しきれていない憎しみがある。

 ――私を憎むことで気が晴れるのなら、そうすればいいわ。

 トゥトゥナは微笑むことも睨むこともしなかった。外を見るのをやめ、真っ正面を向く。

 併走していた馬車は、それぞれ別の道を行った。ダリエの姿も見えなくなる。

 ダリエが出る悪夢は毎夜のように見ていた。より鮮明さを帯びてトゥトゥナを襲っている。銀の女神像は間違いなく、大地神イナだ。

 もしそれが、予知夢などといった、輪廻する人間だけが見る特異なものなのだとしたら。一体何を示すのだろう。これからのことか、それとも、現在行われていることなのか。

 ――ダリエが大地神を信奉して、得することは何かしら。

 考えてみるも、何も思いつかない。本で読んだ輪廻の天国と輪廻の地獄。その意味すらわかっていないのだから、当然なのかもしれないが。

 思案に暮れるトゥトゥナを乗せ、馬車は皇領市こうりょうしから出た。町を通り過ぎ、海沿いの街道をひたすら進む。

 うみねこの鳴き声に誘われ、再び外を見た。少し傾いた太陽。きらめく青緑の水面。美しい二つと反し、辺りには崩れかけた廃墟が点在している。灰色の建物は小さいものの、ちょっと不気味だ。

 坂を上がったところで、大きな白亜の館が見えてきた。山側には他にも似たような館がぽつぽつとある。どれも二階建て、三階建てと豪華だ。皇領市の館とは比べものにならない。

 白亜の館、その敷地内に入る。薄紫の石畳に大きな噴水、少し遠くに見える庭園も、どれもが手入れがされていた。

 馬車が止まった。馭者が扉を開けてくれる。トゥトゥナは静かに外に出た。海から吹く潮風が心地よい。

「二人とも、遅かったね」

 出迎えてくれたのはシュテインだった。トゥトゥナもイスクも一礼する。

「これはリシュ様。先に到着されていたとは」
「議会が早く終わったものだから。……トア、試験合格おめでとう」
「ありがとうございます、リシュ卿。これも全てリシュ卿のおかげです」
「君自身の努力の賜物だよ。さて、立ち話も疲れるだろう。中に入ろうか」
「それでは馬たちを厩舎へ置いて参ります」
「頼んだよ、イスク」

 イスクはうなずき、馭者と共に裏側へと去っていった。

 残されたトゥトゥナは、館の美しさと豪奢さに気圧されていた。貴族からすれば、この程度の館を持っていない方がおかしいのかもしれない。だが、至るところにある調度品や咲き乱れる花々は、威圧感を伴って自分を襲う。

「トア?」
「あ……は、はい。今行きます」

 名を呼ばれて我に返った。噴水の傍を通り過ぎ、シュテインと共に館内へと入る。館の玄関と広間も大きく、天井が高い。敷かれた絨毯の柔らかさも今までとは段違いだ。

「あの、リシュ卿。どうして別館に私を?」
「選挙の結果は各々が持つ家へ伝えられる。要するにここで待機していろということだね。今まで住んでいた館は、次の龍皇補佐が使うことになるから。それに君の進路もまだ決まってはいない。そうだろう?」
「はい。まだどうするかは決めてはいませんけれど……」
「ならば神殿で過ごすより、ここに来させた方がいいと思ってね。何より君を僕の手元に置いておきたい、という本音もある」

 あけすけなシュテインの言葉に、頬が熱くなるのを感じた。所有欲剥き出しの台詞にも反発心はわいてこない。喜びの方が勝る。

「そ、それにしても大きな館ですね」
「兄上はもっと広いものを所有しているよ。ああ、君の着替えや荷物は神官たちが持ってくるから安心するといい」
「ありがとうございます……」

 言って、熱をごまかすように辺りを見渡した。部屋の扉にも細かな紋様が彫られており、ランプの数も多い。龍の像も神殿のものより精緻だ。

 シュテインに導かれるまま一室に入った。談話室のようで、ソファや机がある。

「人がいませんけれど……?」
「使用人や女中には暇を出しているんだ。神官たちが来るから、最低限のことはできる。君も自由にしてくれて構わない。どの部屋に入っても、食材を使ってもいい」

 シュテインがソファに腰かけたのを見てから、トゥトゥナも対面に座った。シュテインがすぐ近くにあるワゴンから、ミントティーを入れてくれる。

「証書を見せてくれるかな」
「はい、こちらになります」

 手にしていた羊皮紙を渡す。内容を見て、シュテインは満足そうにうなずいた。

「この成績なら引く手あまただね。医者からも声がかかるだろう……どうする?」
「……私は正式な巫女になりたいと思います」

 トゥトゥナは若干迷った末、シュテインへ微笑んだ。
 巫女としてもっと成績を残せば、もしかしたら早めに龍皇の世話係になれるかもしれない。彼が龍皇になるのが確実なら、道を同じくしたいと思ったのだ。

「トア。僕は多分、龍皇に選ばれることになるだろう」
「……はい」
「そうなれば少しは世話人も選べる。けれど、老練の巫女たちの中に君を置けば、邪推するものも出てくるはずだ。周りから冷たくあしらわれることも想定できる。……それでも僕は、君を手放したくない」
「リシュ卿……」
「結婚はしない。君以外の女性を側に置くなんて考えたくもないからね。君には辛い思いをさせることになる。けれど、僕がとれるのはこの方法しかない」

 充分すぎる、とトゥトゥナは笑みを深めた。

 ギュントの提案を蹴り、自分を選んでくれることが嬉しい。シュテインの選択は二人にとって、茨の道になるだろうことも覚悟の上だ。

 立ち上がり、そっとシュテインの横に座り直す。

「あなたの側にいられるなら、それでいいわ」
「……トゥトゥナ」
「私はどんなときだって、あなたの巫女のトアよ」

 静かにシュテインの片手を握る。シュテインが頤を持ち上げ、優しいキスをしてくれた。

 幸せになれないとトゥトゥナは思い込んでいた。でも、道を同じにしただけでこんなに胸が温かい。

 ――シュテインが龍皇になったら、そのときは素直に……思いを吐き出しましょう。

 額や頬に注がれる口付けの雨に微笑みながら、トゥトゥナは自分に固く誓った。
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