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第四幕 幸せをまさぐるように

4-2.思いは同じはずなのに※

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 ……その日の夕方。シュテインと顔を合わせづらく、トゥトゥナは自室で食事をとった。食欲はあまりなかったが、勉強するなら少しでも腹に何かを入れておきたい。

 スープと作った菓子、それに果実などを少しずつ胃に収めつつ、着替えもしないまま試験の復習をする。さっぱり頭に入ってこなかった。

 窓から覗ける空には星が瞬いている。気付けば夜になっていたようだ。

 ――だめだわ……今日は早く寝た方がいいかもしれないわね。

 こんな調子では勉強する意味はない。ペンを置き、椅子から立ち上がったと同時だった。

「トア殿、よろしいか」

 扉が叩かれ、イスクの声がした。小首を傾げながら戸を開ける。そこには皿を持ったイスクが、少し困った様子で立っていた。

「イスクさん、どうしたんですか?」
「リシュ様から差し入れを、と」

 皿の上には皮のない切られた林檎があり、思わずどきりとする。皮の剥かれた林檎は、シュテインが自分を抱くという秘めた言伝だ。まさか受け取らないわけにもいかず、礼を述べて皿を手にした。

「……リシュ卿はもう寝室に?」
「いや、祈祷室にこもられている。大分酔われているご様子だったが」
「珍しいですね。リシュ卿がそこまでお酒を飲むなんて」
「うむ。いや、勉学の邪魔をした。これにて」

 イスクはそれだけを言い、部屋をあとにする。扉が閉められ、残ったトゥトゥナは少し悩んだ。シュテインの寝室に行くべきかと。しかし、酔っていると言うのが心配だ。

 皿を机の上に置き、若干の間を置いて外に出た。周囲にイスクや他の神官の姿はない。

 一階に下りると、神官たちの部屋から楽しげな笑い声が聞こえた。多分、イスクもその輪に混ざっているのだろう。陽気な声音に、少しだけ複雑な心がほどけた気がした。

 そのまま祈祷室に赴く。中から鍵がかかっているのか、開かない。迷った末、軽く戸を叩いて声を上げた。

「リシュ卿、トアです。大丈夫ですか?」

 神官たちの声にかき消されるほどのささやき。中にいるシュテインに、聞こえただろうか。それとも大人しく寝室で待つべきか。夏の温い隙間風に服を揺らしながら、しばし待つ。イスクを呼んだ方がいいかもしれない、と思いはじめたときだった。

 扉が片方、そっと開いた。薄着の普段着に身を包んだシュテインが、こちらを見下ろしている。気まずく、思わず顔を背けた。

「あ……あの、私」
「……入りなさい、トア」

 シュテインからは酒精の香りがした。酔っているわりには顔色が悪い。悪酔いでもしてしまったのだろうか。体調が心配で、トゥトゥナはうながされるまま祈祷室へと入った。すぐさま背後で鍵を閉める音がし、振り返る。

「リ……シュテイン……?」
「どうして僕を避けている」
「さ、避けてなんて」

 嘘だった。どうしても昼に聞いた、シュテインとギュントの会話が頭をよぎる。自分はシュテインに不釣り合いなのだと、そればかりが脳裏にちらつく。

 うつむかせていた顔が、近付いてきたシュテインに強引に持ち上げられた。

「シュテ、……んっ」

 かぶりつくようにキスをされる。開いた唇から舌を入れられ、体が無意識に反応した。酒精の匂いが強くて頭がくらくらする。両腕を回され、強くきつく、抱き締められた。

 舌は口腔を隅々まで犯し、酒の香りとあいまって思考が蕩ける。ここが神聖な場だとわかっていながら、輪郭をなぞるように体をまさぐるシュテインの指先に理性が壊れていく。

 僅かに残った自我で、トゥトゥナは逞しい胸板を軽く押した。シュテインが顔を歪める。

「ほら、やはり拒絶して。逃がさないよ、トゥトゥナ」
「違うわ、ここじゃ、その……」

 戸惑うトゥトゥナに、しかしシュテインは止まらない。

 服の上からトゥトゥナの臀部をなぞり、やんわりと揉みはじめる。首筋を舌で舐め上げては所有の赤痣をつけていく。巧みな舌技と手つきに吐息を漏らすトゥトゥナは、しかし内心焦っていた。

 ――目立つ場所につける、なんて……。

 今までシュテインは、首や鎖骨付近に痣をつけることをしていない。巫女の服を着るとき、ケープを羽織っても痕が見えるからだ。

 だが、今のシュテインには容赦がない。ありとあらゆる箇所を吸い続けている。酔っているせいなのか、それとも――

「シュ、シュテイン、だめ……」

 静止の声に、シュテインがトゥトゥナを見つめた。銀色の瞳がきらめく。獰猛な獣を思わせるような目付きは見たことがない。焦燥感と所有欲がない交ぜになった、蠱惑的な目。思わずトゥトゥナが見惚れた瞬間、再び唇を奪われた。

 抱き締められる。横にずれたシュテインの口から、何度もトゥトゥナの名が呟かれた。

「トゥトゥナ……僕の、トゥトゥナ……」

 泣き出しそうな声は弱々しい。トゥトゥナは迷った末、シュテインの背中に怖々と手を回した。自分を抱く力が強くなる。苦しいほどに。

「私はここにいるわ。シュテイン……」

 シュテインは答えず、ただ自分の名を呼ぶ。抱き締められたまま、トゥトゥナはふらつく彼を支え、ワニスの塗られたベンチへ座らせた。それでもシュテインはトゥトゥナを離そうとしない。

 甘えるように、すがるように、シュテインが胸に顔を埋めてくる。吐息が熱い。酒精の匂いもする。でもなぜか心地よく、匂いすら気にならなかった。

「大丈夫。私はここにいるから……シュテイン、大丈夫よ」

 トゥトゥナはシュテインの艶やかな髪を撫でた。幼子みたく胸に頬をなすり付けてくるシュテインの頭をかき抱く。身にまとう服、そこから漂うアヤメの香りと酒精の匂いが混ざり合って鼻を刺激した。

「トゥトゥナ……」

 シュテインが一度、体を離す。手を引かれたトゥトゥナは大人しく隣へ腰かけた。

「君の全てが欲しい。離れたくない。例え僕が、どんな立場になろうと」

 シュテインはささやき、トゥトゥナを押し倒して組み敷く。瞳に灯るのは欲情と、執着。その中に口惜しさが紛れているのを見たトゥトゥナは、薄い微笑を浮かべた。

 ――今このときだけ。いずれ離れることになったとしても……。

 シュテインの頬を撫でる。万感の思いを込めて。

「あなたに求められることが嬉しいの。抱いて……シュテイン。私を見て」

 浅ましくてもいい。罪深くても構わない。そんな思考が脳裏に去来する。

 ――シュテインもきっと、同じ気持ちでいてくれるわ。

 トゥトゥナの思いに気付いたように、シュテインがやっと笑う。辛そうな笑みだったが。

 手がトゥトゥナの肩から滑り落ち、二の腕にかかる服へ指を差し込んでくる。トゥトゥナもそれに応え、手つきに合わせて体を動かした。衣擦れの音がして、両胸が暴かれる。

 本物の獣のように、シュテインが勢いよく胸へとしゃぶり付いてきた。ピンと立った乳頭を吸われ、舌で転がされてトゥトゥナの息が上がる。

「ん、あ……っ」

 シュテインの片手が太股をまさぐり、長い裾を捲り上げた。トゥトゥナもまた、恥じらいを捨てて腰を浮かせる。股間を隠す布が取り払われ、床へと落ちた。

「トゥトゥナ、君は僕だけのものだ。僕だけの巫女だ」

 熱に浮かされたように繰り返すシュテインの手は、容赦なく蠢く。

 服を破く勢いで切り込み部分を捲り上げると、露出した秘部へと指を伸ばしてくる。落ちた片足のため開かれているそこを、細い指が無遠慮に撫でた。

「んんっ。あ、っ」

 淫芽を丹念にくすぐられ、体の奥底から愛蜜が零れるのをトゥトゥナは感じる。

「シュテイン……来て。あなたが欲しいの」
「まだあまり、濡らしていない」
「少しくらい痛くてもいいわ……痛みも、恐怖も、快楽も……生きていることの証しでしょう?」

 喘ぎながらこいねがい、微笑した。処女を失ったとき、シュテインが自分にささやいた言葉。

 その意味が今ならわかる。快楽だけでは生温い。シュテインと今ここにいること、彼が自分を求めてくれる確固な理由が欲しかった。

 シュテインはしばらくトゥトゥナを見つめていたが、すぐに下衣の前をくつろがせた。下着の奥から自らの肉槍を取り出す。少し反り返っているそれを、トゥトゥナの蜜口へとあてがう。

「入れるよ、トゥトゥナ」
「ええ……」

 トゥトゥナが小さくうなずいた刹那、肉茎が一気に滑りこんでくる。

 はっきりとした痛覚に顔が歪んだ。痛みをごまかすように、シュテインの首へ腕を回す。

「あ、ひぁっ……」

 抽送がはじまった。体を守るかのように膣奥から蜜が溢れる。痛みが少しぼやけ、次第に悦楽が心身を支配した。

「ん、ああ、いい……っ。ふあ、ああっ、んっ」

 体を揺さぶられるつど、ベンチが軋みをあげる。喘ぎをかき消すように。

 シュテインの肉楔が自分の中を往復するたび、少しずつ嵩を増していくのがわかった。蜜路をこじ開ける亀頭の先が、竿全体が、隘路の襞を掻き分けて子宮口近くを擦る。

「あっ、ひあ……んっ、シュテ、イン……シュテイン……っ」
「トゥトゥナ。ああ……トゥトゥナ」

 自分の名を呼び、荒くなりはじめた声一つ逃がしたくはない。自分の体をかき抱き、腰を打ち付けるシュテインへ抱きついた。腰に足を絡め、より深く結合する。

「ふあっ、んっ、ああ! そこ……く、ぅんっ」

 名前を呼ばれて中をぐちゃぐちゃに掻き回されることに、自我を捨てた。立場も身分も忘れた。

 それはきっとシュテインも同じだったのだろう。いつもより肉竿の膨張が早い。射精を堪えている彼の顔が艶やかで、トゥトゥナは淫楽に溺れながらささやく。

「出し、て……っ。思い切り……好きなだけ、中に……」

 まだ法悦に導かれてはいないけれど、自分の体で果てて欲しい。それだけが今の願いだ。

「一度、出すから……トゥトゥナ、受け止めて」
「ええ……あなた、の……シュテインの好きなように、して……っ」

 打擲音が酷くなる。抽送もまた、激しい。奥を突かれ、精を搾り取ろうと浅ましく媚襞が収斂した直後。

「う、ぁっ……!」
「あっ、ふああ……っ」

 子宮に熱い飛沫が注がれた。びくん、と体が跳ね上がる。軽い法悦に達し、腰に絡めていた足が自然と下がった。全身から汗が噴き出す。それでも離れたくない。

 少し視線をずらすと、蝋燭の明かり、ステンドグラスの光がぼやけた視界に入る。

「トゥトゥナ……すまない、僕だけ勝手に」

 達した直後のシュテインの顔は、苦悶と侘しさに満ちていた。トゥトゥナは微笑む。

「何度でもして。あなたの辛さが少しでも紛れるなら、私の中に欲を出して欲しいの」
「……いいのかい。今日は歯止めをかけることはできないよ」
「いつもそうでしょう?」

 添えた手へ頬擦りするシュテインが、微苦笑を作った。トゥトゥナの手にキスを落とし、静かに自らの分身を隘路から抜き去る。

 開いた蜜路から零れる精液、愛液をスカーフで拭ったシュテインは身なりを整え、トゥトゥナの体を易々と持ち上げた。

「今日は寝かせないから覚悟しなさい。いいね、トゥトゥナ」

 首に手を回したトゥトゥナは微笑んだまま、その『命令』にうなずいてみせた。

 先程まで淀んでいたシュテインの瞳が、今は和らいで見える。そのことが嬉しい。

 もしかしたらギュントに言われた一言が、シュテインの心を揺さぶったのかもしれない、と思った。そうだったらいい、そんな憶測と希望だけれど。

 心を許していないトゥトゥナには、体を差し出すことしかできない。いや、心を開きかけてはいる。かたくなに閉ざしていた思いが暴れては、自分の口から飛び出そうとしているのも事実だ。

 ――本音を言ってしまえば……シュテインを苦しめてしまうわ、きっと。

 抱えられたまま胸に顔をすり寄せ、必死で気持ちを封じる。

 今はただ、忘れよう。淫欲という名の宴で、何もかも。

 思いに名をつけて、口に出しただけでは越えられないものがあると、トゥトゥナは痛感していたから。
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