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第三幕 夢と輪廻と

3-3.臆病で、醜悪※

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 馬車に揺られながら、談笑するヨーたちを尻目にトゥトゥナは一人考える。汚れたサンダルを隠すように丸まり、カルゼやリッケルのことを思う。配給や炊き出しにも参加できない彼ら。きっと、盗みや非合法のやり方で食いつないでいるのだろう。

 まさに町の暗部を垣間見たようで、気分が落ち込んでくる。

 ――彫り師ってなんなのかしら。闇商売だって言ってたけれど。それに……偉い人に気をつけろって意味も気になるし。

 シュテインに思いきって聞いてみよう、と決意するが、今日も帰ってくるかどうかはわからない。

 トゥトゥナが考えているうちに馬車は再び皇領市こうりょうしへと入り、神殿の前で止まった。今日はこれで終わりだ。あとは帰るだけ。

 図書室に向かうというヨーや他の巫女たちと別れて、トゥトゥナは歩き出す。派閥の区画で軽いいざこざはあるが、ここは平和だ。あまりにも平和すぎて、死が遠くに感じる。

 ダリエが嘘をついたのはきっと、自分を危機に陥れるためだろう、と推測できた。裏道に入っただけであんな状態の町なのだ。命の危険だってありえた。我ながら危ないことをしたと反省し、気を引き締める。

 陽が少し、頭頂から傾いていた。今頃シュテインは議論の真っ最中だろうか――

 そんなことを思いつつ歩いていたら、館の前に彼の馬車があるのが見える。シュテインが丁度降りてきたのも。

 シュテインがふと、こちらを見た。トゥトゥナは軽く頭を下げ、早足で近付く。

「お疲れ様です、リシュ卿。今日はお帰りになったんですね」
「トアもご苦労。議論が平行線で……」

 そこまで言ったシュテインの目線が、トゥトゥナの足下に注がれた。

「随分汚れているね。今日は炊き出しだったと聞いてはいるけれど」
「え、ええ。ちょっとしたことがありまして」
「……イスク、後は頼んだよ。他の皆も休んで構わない。トア、こちらに来なさい」

 今回はイスクが馭者だった。館に入っていく護衛の神官たちをよそに、シュテインがローブを翻して庭の方へと歩き出す。

 ――怒って……るのかしら? どうして?

 なんとなくシュテインは不機嫌そうだ。疑問を胸に、トゥトゥナは彼のあとに続いた。

 庭には中庭と同じく、ガラス張りの温室がある。こちらの方が大きい。有事の際、いつでも医者が薬を作れるように、様々な薬草が植えられているのだ。

 シュテインが構わず中に入ったものだから、トゥトゥナも泥の汚れを気にしつつ、そっと温室に邪魔した。湿気が肌を撫でていく。

「他の男の匂いがする」
「え?」

 扉を閉めた瞬間、近くの木の幹へと体を押しつけられた。

「リ、リシュ卿?」
「饐えた、しかも酒精の匂いまでする男の香りだ。誰に近付いた」
「それ、は……あの、手当てをしたんです。町の路地裏にいた人を……それで」
「どうして裏になんて行く必要が?」
「つっ……」

 無造作に、強く乳房を服の上から握られた。痛みに顔が歪むも、そのまま乳房の尖りを爪弾かれ、ん、とつい甘い声を漏らしてしまう。

 シュテインがそのまま、耳朶を食んできた。舌は耳をくまなく舐め尽くすと、今度は首筋を這う。トゥトゥナは感じる箇所を責められて、体を震わせた。

「な、何も……他に何もありません……」
「当然だよ。トゥトゥナ、君は僕のものだ。他の男に色目を使うことは許さない」
「色目だなんて……あ」

 唇を吸われる。数日ぶりの熱い口付けに心臓が脈打った。舌が口腔に侵入してくる。唾液や舌を啜られて、トゥトゥナもまた無意識にその動きに応えた。

 シュテインの手は胸をまさぐり、乱雑に服を剥ぐ。乳房を両方露わにされ、生暖かい空気の元に晒された。慌てて胸を隠そうとするも、両手を掴まれてしまえば身動きできない。

「へ、部屋で……します、から……っ」
「お仕置きだよ。ここで君を抱く」
「そんな……!」
「確かめないといけないからね。他の男の痕がないか」

 笑顔すらないシュテインの言葉に、トゥトゥナの顔は青ざめる。草木で隠れているとはいえ、ここは神官の部屋の近くだ。窓から見られてしまうのではないか、そんな不安が頭をよぎる。

 だが、シュテインは唇を離し、すぐさまトゥトゥナの乳暈ごと胸の尖りを口に含んだ。しかもわざとらしく、ぴちゃぴちゃといやらしい水音を立てながら。

 敏感な場所を舌でつつかれ、吸われ、転がされてトゥトゥナの息が上がる。

「んあ……や、いや……ぁんっ」
「すっかり固くしてるくせに。全く嘘つきだね、トゥトゥナは」
「だめ、吸っちゃ……ふあ……」
「ここは他の男の匂いはしないね……でもまだ、ちゃんと確認する」

 久しぶりにもたらされる悦楽は、たやすくトゥトゥナの思考を奪う。自然と力が抜けた。自由になった手はシュテインの頭と肩に乗る。

 シュテインの指がうごめく。下の切れ込み部分から入った手が、妖しく太股をなぞった。トゥトゥナは下着を穿いていない。規則で帯状の布しか着けられないのだ。

「これも脱いでいないね。中は、どうかな」
「や、あぁっ!」

 和毛の下、隠れていた淫芽を探られた。乳頭と淫核、両方から来る淫悦に嬌声が上がる。ぬるぬるとした愛蜜を掬われ、雌芯を執拗に擦られた。

「トゥトゥナ、そんなに可愛い声を出したら誰かが来てしまうよ?」
「んっ、んぅ……っ」
「まあ、僕たちの関係はとっくに知れてるだろうけれど」
「え、あ、ふあっ……」
「イスクたち神官は知っている。僕が君の淫らな姿を堪能しているのを。あれだけ毎夜、愛らしく喘いでいれば当然だね」

 トゥトゥナは何も答えられなかった。羞恥で顔が赤くなる。それでもシュテインの動きは止まらない。蜜口へ指を進め、二本の指でより善く感じる場所を責め立ててくる。

「だめ、だめ……そこ、だめ、ぇっ」
「指まで咥えて放そうとしない。本当に淫らで、いやらしく、可愛いよ」
「あ、ああ……私、わた、し……っ。もう……」

 絶頂に達しそうだった瞬間、無残にも指が引き抜かれた。

「あ……」
「お仕置きだと言っただろう。君が懇願するまでいかせない」

 木の幹に背中を預け、荒い息をしながら赤い顔でシュテインを見上げた。シュテインは愛蜜に塗れた指を舐めて、蠱惑的な笑みを浮かべる。

「君のいい香りはするけれど。中はどうかな」

 体の向きを変えられ、尻を突き出すような姿勢を取らされた。無造作に服を捲られる。

 昼間、陽射しが降り注ぐ場所で、秘路を見せていることに対する恥ずかしさ。イスクたちも知っているという事実が、トゥトゥナの体に熱を帯びさせる。

「相変わらず狭い……聞こえるかい? 恥ずかしい音を立てているのが」
「あ、ああ……んぅ……っ」

 後ろから胸を揉み、また隘路に指を挿入するシュテインは、どこか楽しそうだ。嗜虐的な台詞に、自らの股間から漏れ出る水音に、思考が蕩けていく。

 何度も、何度も、絶頂の間近で止めて繰り返される愛撫は、トゥトゥナを壊した。

「い、れて……」

 秘路と愛芯を舌で舐め尽くされ、奥が疼く。木の幹に手をつきながら、惚けたままで振り返る。もう限界だった。奥を穿つものが欲しい。シュテインが、欲しい。

「お願い……入れて、シュテイン……」

 なぜ、彼の名を呼んだのかわからなかった。彼の名を口にしたのはこれが二度目だ。呼ばれたシュテインが、呆然とした顔を作るのを見た。

「トゥトゥナ……っ」

 ローブが地面に落ちる。下衣の前をくつろがせ、取り出した男根を、シュテインはゆっくりと淫筒へ突き立ててくる。来た、とトゥトゥナが吐息を漏らした瞬間だった。

「トゥトゥナ……!」
「んあぁあーっ!」

 ずん、と一度に貫かれ、法悦に至る。それでも足りない。淫路はひくつき、肉竿を奥へ、もっと奥へといざなう。

「あ、あ、っ。シュテ、インっ……もっと、お願い……っ」

 腰を強く掴まれた。蜜路の中で膨らんだ肉楔が容赦なく淫壁を擦り、最奥を突く。シュテインの荒い呼気が耳元にかかる。

 トゥトゥナの名を呼びながら、彼は腰を振り続ける。漏れた愛液がトゥトゥナの足を伝い、雫は地面に跡を残した。

「んっ、んっ、いい……っ。いいの、これっ……」

 突かれるたび、敏感になった体は絶頂へと駆け上る。思考は蕩け、ただ快楽だけを貪る。シュテイン、と名を呼んで請う。最奥に熱い欲の飛沫が欲しい。舌を絡ませ合いながら、トゥトゥナはそれだけを願う。

「ああ……トゥトゥナ……トゥトゥナ、そろそろ、出すよ」
「私、も……また……あ、ああん……っ」

 打擲音が激しくなった。自分の中で、肉槍がより膨張しているのがわかる。子宮口の近くをゴリっと擦られた瞬間、今まで以上に凄まじい淫悦が体中を襲った。

「ひあ、あぁぁぁ――っ!」
「く、ぅあっ……」

 陰茎を締めつける媚襞の中に流れ込む、灼熱の奔流。全身に法悦の稲妻が走る。ずり落ちそうになった体を、シュテインが抱き留めてくれた。

「トゥトゥナ、足りない……もっと君を感じたい」

 後ろから熱く抱きしめられ、トゥトゥナは小さくうなずく。もう外であることや、イスクたちに見られても構わなかった。ただただ体はシュテインを求めている。

 近くにあった椅子で、下から激しく突かれる悦び。立ちながら子種を受け止める悦び。幾度となく体位を変えて、陽が落ちる寸前まで淫悦に溺れた。

 椅子の上、シュテインに抱き締められながら呼吸をなんとか整える。はだけた服が、汗ばんだ肌に張りついていた。シュテインのローブも土で汚れてしまっている。衣服にも体液がついてぐしゃぐしゃだ。

「ここまでさせたのは君が悪いよ」
「……どうして?」
「君が煽るから。……僕の名前を呼んだりして、どういう風の吹き回しかな」
「それはこちらの台詞だわ……スネーツ男爵は革新派だったのね。大切な票を失ってまで私を助けるなんて、あなたこそどういうつもりなの?」

 肩に頬を預け、問うトゥトゥナの顔をシュテインの手が撫でる。また、はぐらかされるだろうか。トゥトゥナはじっとシュテインを見つめた。夕陽に近い色の太陽が、シュテインの髪を照らしている。美しい銀の瞳がこちらを射貫いて放さない。

「彼が君を狙っていたことは、村人たちから聞いていてね。念のため間者として送りこんでいた一人から、スネーツがそろそろ動くと連絡が来た。駆けつけられたのはぎりぎりだったけれど」
「彼はあなたの顔も知らない様子だったわ」
「男爵風情に見せる顔は持っていないよ」
「傲慢ね。それで? 私を連れて巫女にしたのはどうしてかしら」
「……数年前、君に助けられたとき。あのときから僕は悪夢を見るようになった。君が火刑になり、あるいは斬首になる夢を」

 シュテインがささやきながら、額に優しく口付けを落としてくる。

「そうさせたくないと思った。一度は諦めたんだ。夫がいると知っていたからね。けれど……僕はトゥトゥナ、君のことを」
「それ以上はだめ」

 トゥトゥナは静かに、シュテインの唇に触れた。切なげに、苦しげにシュテインの顔が歪む。

 これ以上、心をかき乱されたらどうなってしまうのか、トゥトゥナはそれが怖かった。

 自分は夫を救えなかった、夫の思いをもくむことができなかった情けない未亡人だ。それに、この身に起こる繰り返しにシュテインを巻き込みたくはない。別の意味ですでに、シュテインは輪廻に組み込まれているのかも知れないが。

 神秘的な面が、瞳が、ただこちらを見つめている。今はそれでいい。それ以上望めば、自分は多分、幸せになってしまう。それがなぜか恐ろしくてたまらないのだ。

「……シュテイン」

 でも、名前を呼ぶことくらいは許して欲しい。二人きりのときだけ、敬語も捨てたい。全部で自分を求めて果ててもらいたい――

 臆病なもう一人の自分を嘲笑いながら、トゥトゥナは形容しがたい思いを込めて頬に口付けした。

「悪いことを忘れさせて。あなたの手で、怖い夢を追い払って。繰り返す悪夢を」

 身勝手すぎる、醜悪な女としての顔。思いを伝えようとしたシュテインの心を無下にしながら、それでもどこかで彼を求める自分がいた。

 シュテインは微笑んでくれる。愚かで臆病なトゥトゥナを、慈しむように。

 ――この人なら、国の暗部を変えられるかしら……私の輪廻を終わらせてくれるかしら。

 神々しいほどに見える彼の笑みに、そんなことをぼんやり、思う。

「トゥトゥナ。君の心がどこにあろうと僕は君をもらうよ」

 シュテインがまた、トゥトゥナの体を弄る。吐息を漏らし、トゥトゥナは与えられる淫楽に全てを委ねた。思考、恐怖、思い、その全部を。

 強く、きつく抱き合う。まだどこか、体に伝わるシュテインの温もりに怯えながら。
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