【R18】魔女が愛に溺れる月夜まで【完結】

双真満月

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第二幕 あなたのせい

2-2.女としての矜持

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 ……夜、シュテインの部屋にいつもの如く招かれたトゥトゥナは、相変わらず散々抱かれたあとに、眠気を堪えて話を切り出す。

「スネーツ男爵が失脚したというのは本当ですか、リシュ卿」
「どこでそれを聞いたんだい」
「神官たちが話しているのを聞きました」

 すでに寝間着に着替えているシュテインは、ソファに腰かけたまま笑いを零す。トゥトゥナの言葉を嘘だと見抜いているみたいに。

「虚偽の告発、ならびに私刑を執行しようとしたからね、男爵は。僕が逆に告発した」
「あなたが……?」
「そのあとは失踪したらしい。本来ならば捕らえておきたかったんだけれど」

 トゥトゥナは避妊のための茶を飲みつつ、ベッドの上で少し考えた。

 スネーツ男爵の地位を剥奪することが、そんなに重要だとは思えなかった。捕らえて何をする気だったのかもわからない。

 だが、ギュントはこちらの話と言っていた。革新派と保守派の派閥争いに関わることなのかもしれないが、男爵を失脚させることでシュテインは得をするのだろうか。

「僕を中心とした革新派は、大地神イナをはじめとする古き神々も奉ろうと考えている。もちろん位は下げるけれどね。未だ民に根強く残る信仰心。それを利用しない手はない」

 ソファから立ち上がり、シュテインは葡萄酒を飲みながら続けた。

「保守派はそれを許さない側。けれど、爵位を持つものでも隠れて大地神などを信奉しているものすらいるんだ。皇領市は、他の領地の税で成り立っていることは知っているね」
「はい。それは以前リシュ卿が仰っていたことです」
「覚えているのならそれでいい。皇領市こうりょうしの今の在り方に不満を持つ貴族も多くいる。このままにしておくと厄介でね。利用できるものは取り込み、この国をより強靱なものにする……それが僕たち革新派の目標さ」

 滔々と語るシュテインに、トゥトゥナは小さく首を縦に振る。

 ――なら、スネーツ男爵は保守派だったのかしら。

 シュテインを見ず、代わりにカップへと視線を落としながら思った。

 龍皇りゅうおう選挙は聖職者と諸貴族、そして聖印が現れた七人の票で結果が出る。シュテインの言葉からして、スネーツ男爵は多分保守派だったのだろう。敵対勢力を削ぐことを目的としたと考えれば、男爵を消したのもうなずけた。

「村に帰ろうと考えない方がいいよ、トゥトゥナ。今、あの地方を治めているのは僕と同じ革新派の人間だ。ドルナ村には医者も派遣してある。君の出番はどこにもない」
「……そうですね」

 酷薄な言葉に、トゥトゥナの胸は痛む。正規の医者ならきっと、村人をたくさん救うことが可能だ。自分の帰る場所などとっくにないのだと突きつけられ、隠れて嘆息した。

「あと数日で選挙ははじまる。君も巫女見習いとして神殿に通うだろう」

 シュテインは言って、棚にあった青い小箱を差し出してきた。

「それは?」
「開けてみなさい」

 カップを置き、トゥトゥナは小箱を手に取る。中には丸い銀の首飾りが収められていた。

「銀は革新派、金は保守派、そして中立派は陶磁のものを身につける。言わば立ち位置を示すものだね。僕の巫女としてそれを着用していなさい。僕も同じものをつけている」
「なぜ銀色なのですか?」
「大地神イナが古来、銀の魔女と呼ばれたことからあやかっているだけだよ」
「銀の魔女……」

 魔女、という言葉にどきりとした。

 大地神イナ。育ての親――ティムがおとぎ話として聞かせてくれた話には、軽く女神の信仰についてもあった。今は禁忌とされ、話題にも出せない事柄を子守歌代わりにトゥトゥナは寝ていたのだ。それでも銀の魔女という単語ははじめて聞く。

 もしかしたら、ティムは大地神を信仰していたのかもしれない。そんな素振りは生前、全く見せることもなかったが。

「リシュ卿は大地神イナに詳しいのですね」
「他の神を知ることは、革新派として必要なことだからね」
「革新派の巫女であるなら、私も知っておいた方がよくはないでしょうか」
「……図書室の中に隠し部屋がある。壁に月が彫られた場所を押せば開く。他の神の文献はそこに納めてあるよ」

 トゥトゥナは首肯し、シーツで体を隠しながら首飾りを身に着けた。

 起きてから大地神イナのことを調べてもよさそうだ。幸い、選挙までまだ時間はある。神殿に通うための基礎もすでに全て教えられた。昼、一人の時間も取れることだろう。

「私は部屋に戻ります……体を浄めてから」
「ここで寝ていてもいいんだけれどね」
「お気遣いには及びません」

 そっけない返事をし、床に散らばったカートルを素早く着こんだ。シュテインの前で肌を露出させるのは相変わらず恥ずかしい。乳暈の近くや腹部には交わりの赤痣、彼が強く口付けた痕がまだ残っているのだ。

 それでも凜然と気を保ち、サンダルを履いてランプを持つ。激しい性交のあとということもあって、とても眠かった。

「お休み、トゥトゥナ」
「……お休みなさい、リシュ卿」

 シュテイン、と名を呼ぶ真似はしない。交わっているときにはどうだかわからないが。それだけがトゥトゥナの意地だった。体は許しても、心までは渡さない。

 部屋を出て、体を浄めるために風呂場へと向かった。見張りがいるらしいが、相変わらず誰とも出くわさない。気配を消しているのかも、と思った。だとすると暗闇に潜んでいる可能性もある。気配など察知できるすべを持たないから、憶測でしかないけれど。

 風呂場に入り、裸になって冷たい水で全身を洗う。目は冴えることなく、変わらず睡魔がトゥトゥナを襲い続けていた。

 股間から出た、シュテインの欲の名残が足を伝う。最初の頃は泣きながらそれを布で拭っていたが、今となっては冷ややかな思いで浄めていく、それだけだった。

 ――避妊薬を飲んでいても、絶対じゃないわ。妊娠する可能性はあるのに。

 万が一そうなったら、シュテインはどうするだろうか。自分を捨てることだって考えられる。そうであればいい。また死ぬかもしれないが。

 ――でも、子に罪はないわよね……。

 繰り返しの中、妊娠して死んだ経験はない。子ができる前兆を見逃さないようにしなければならないだろう。

 抱かれるつど死への恐怖が薄くなっていることに気付き、小さく頭を振る。油断はならない。特に、これから通う神殿では中立派はともかく、ヴィシュ卿をはじめとする配下の巫女たち――すなわち保守派側の巫女がいるのだ。いつどうなるかわからない。

 ダリエのことを思う。ギュントは巫女や神官を、派閥争いに巻きこみたくはないと言っていた。でも、実際はどうだろう。別の区画に入っただけで異様な目で見られたことを思いだし、居心地の悪さに身が震えた。

 ――ダリエが私を恨むのは当然だわ……彼女とは距離を置いた方がいい。

 それが逃げだとわかってはいる。しかしアロウスを失った今、彼女の怒りと悲しみをどう拭い去れるのか、考えても答えなど見つからなかった。

 ――起きたら大地神のことについて調べておかないと……。

 濡れた髪を団子状に結いつつため息をつけば、狭い風呂場に漏れた吐息が谺する。

 繰り返す時間と死を完全に乗り越えられた、とは思っていない。シュテインの存在と自分の立場は新しい出来事だが、アロウスの死は回避できていないのだ。

 ――私を恨んでいいの、アロウス。あなたを助けられないのは私のせいだから。

 それでも死んだ夫が、青色の目を憎しみに歪めることなど想像できない。彼は優しかった。いつのとき、どんな輪廻の中でも。

 しかし、その優しさに釣り合わないほどに、自分はすでに汚れてしまっていた。

 立ち上がり、アロウスのことを思うトゥトゥナの気を惹くように、首飾りがしゃらりと音を立てる。銀色のそれに視線をやれば、アロウスの顔が脳裏から消えた。

 シュテインの艶美な声、表情。そんなものばかりが頭を占めてどうしようもない。
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