天国

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天国

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 「だから、ここが天国なんですって。」
 丸々と太った、子豚のようなその男は、額の脂汗をふきふきとぬぐいながらそう言った。

 馬鹿げている。

 久しぶりの私の優雅な昼下がりの休日を、軽快なチャイムの音で遮られたのが5分前。特にすることも決まっておらず、ソファーでくつろいでいただけの私が、面白いことを求めて腰を上げたのが4分前。そして、『神を信じるか』と切り出した子豚を見て、それが下らない宗教の勧誘だと気づいたのが二分前で、からかってやろうと、

 「天国にはどうやったらいけますかぁねぇ。」

 なんてあほ面で聞いてみたのが23秒前だ。
 ところがだ。私の予想していた反応と全く違うことを返されて、面食らってしまった。面白くない。何度も宗教勧誘をされていると、何の宗教でも毎回似たようなことを言っていることはわかるはずで、つまり今回も似たようなことを言われると決めつけていたのである。
 
『天国ですか!!それはあなたが神様に祈れば必ず導かれる場所です!!神様はこうこうこうで素晴らしいお方で、私も~~~』

 こんなところだろうか。いやいや、勘違いしてほしくない。私は決して神を、そしてそれを信じる人を馬鹿にしているわけではない。ただこんなにも暑い日に、わざわざ人の家を訪ねて宗教勧誘をする人間というものは、余程信仰心のある素晴らしい人間か、何も考えず神を盲信できる素晴らしい人間かのどちらかである。そしてこの子豚の体つきを見るに、彼が神の信仰よりも食欲を大事にしているということは一目瞭然で、前者ではないと確信しただけなのである。

「聞いてますか。山田さん。質問したのはあなただ。そして私は答えましたからね。へへへ。ひとことぐらい話してくれたっていいじゃありませんか。」
「あ、ああ。すみません。意外な返答が返ってきたもので、すこし考えておりました。」

 苗字をよばれた私は、心臓を握られているような不気味さを感じた。表札を見れば確かに苗字はわかるはずだが、彼の、『山田さん、あなたのことはよくわかっている』というような自信のある薄ら笑みが醸し出す不思議なオーラは、私を不安にさせるには十分だった。

「それでは、ええと、あなた。ここが天国とおっしゃられましたが、それはいったい何の論理性をもって申し上げられたのですか。」
 論理性。何かを盲信している人間は、信じるものの論理性について大抵説明できない。ここが天国だというのはまさにその例であるはずであった。
 それに、こんな世界が天国だなんて、それじゃあまるで地獄じゃないか。
「オモシロイ事を言いますね。確かに、ここは地獄のようにも思えます。へへへ。でも考えてくださいよ。今、戦争が起きたり貧困で苦しんだりしているのは他国の話だ。そして、ここは平和な日本の、平和な一般家庭の持ち家の玄関先なわけで。ほら。娘さんと奥さんの写真までかざってある。靴がないのを見るに、疲れたパパを置いて、朝から二人でおでかけといったところでしょうか。この構図は仏教における極楽とよく似てはいませんか。」
 蜘蛛の糸。太宰治の。
「へへへ。そりゃあまさにぴったりの例えだ。」
 
 ほほう。うまいことをいったもんだ。確かに私たちのいるこの玄関先は天国に近い存在なのかもしれない。しかしだ。それと神を信じることとの間に何の関係がある。私が神を信じただけで世界平和がおとずれるわけでもない。

「へへへ。だからその考えが間違ってるんですよ。私は神を信じるかきいただけで、私は信じていますともあなたは信じるべきだとも言ってない。あなたは勝手に勘違いしているだけだ。」
「確かにそれもそうですが。ではあなたは何が一体目的で。」
「やっと本題に入らせていただけそうです。へへへ。私はあなたに、私のことを思い出していただこうと訪れたわけです。私たちの間にあるかかわりの深い事柄が神と天国だった。」
「はは。私たちは神と天国について深く語り合う哲学者の集まりか何かだったのですか。馬鹿らしい。」
「へへへ。まさか。」

「私たち自身が神であり、働いている場所が天国だったのですよ。」

「っはっはっははあははっは。」

 これは驚きだ。大きく出てきた。宗教勧誘かと思ったら、私が神ときたもんだ。まさか!
「面白い事を言う。っはっはっはあ。これはチャイムに出て正解だった。ただもう大満足。お腹いっぱいです。次は、っはは。隣の家の人を神にしてきてください。そうやって回っていったら、神の軍団でも作れるでしょうよ。あなたが本当に天国に行くまでに、果たして間に合うかわかりませんけどね。っはっはっはあ。」
 これは傑作だ。子豚は困ったような顔をして大きくため息をついた。
「あなたは記憶喪失でみんな忘れているだけだ。都合の悪い事には気づかないよう、理性をもって合理化している。さっきから私はあなたがしゃべっていない部分とも会話していますしね。」
 これは面白い。話すのに「」がついているかいないかなんて関係ないじゃないか。
「そうですね。私たちは今この世界を文面として会話していますもんね。」

 ね?山田さん。へへへ。
 
 さっきからずっと彼の笑い方が気に食わなかった。特に今みたいに訳のわからない事をあの笑みとともに述べられると、なぜか訳の分からないはずの彼の発言が、説得力を増すようでより嫌だった。

 「それは傷つきますな。へへへ。やめられたらやめたい限りですが、癖でして。」
「あなたといると頭がおかしくなりそうだ。妻たちも帰ってくるのでお引き取りください。」
 「妻たちねぇ。それでは、また明日来ますぞ。へへへ。」
 
 何千年妻たちをまっているつもりなんだろうか。日本が滅びて彼だけが天国に来てしまったあの日から、山田さんの時間は止まったままだ。明日こそ山田さんを正気にさせないと。明日は日本がとっくになくなっていることを言うべきだろうか。いや、やはりそれは彼にショックを与えすぎてしまう。前に伝えたとき、彼の記憶が毎日リセットされるようになるほど彼はショックを受けてしまった。だから明日は――

「去り際にぶつぶつ言わずさっさと帰ってくださーい。」
「すみませんねぇ。へへへ。しゃべってはないんですけどね。やはり山田さん、心の声聞こえてるじゃないですか。なんて、言っても無駄ですよね。へへへ。」

 子豚は背中についた光る羽を広げ飛んで行った。光る羽?彼はやはり天使なんじゃないかいって?
 そんなわけがない。私みたいな人間の背中にも光る羽はついてるじゃないか。
 




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