プラトニックキス

どるき

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サイサリス

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 二人を寝かしつけてからテーブルの上に残った料理を片付けていると、あっという間に十時を回っていた。
 ちょうど戻ってきた幹弥の叔父さんにオレは冷蔵庫からマドカが冷やしておいた残りのビールを差し出したのだが、叔父さんはそれを断る。
 どうやらこんな夜中に厄介事があるようだ。

「お嬢様と少年はもう寝たのか?」
「まあね。その感じだと二人は寝ていたほうが都合が良さそうだね、叔父さん」

 彼はオレの問いかけにコクリと頷いた。

「急な仕事ですまないが、お前にはこの女を始末してもらいたい」

 そう言ってオレに見せてきたケータイの画面には若い女性の写真が写っていた。
 断片的な情報によるとこの女性はサイサリスと名乗る29歳教お抱えの戦闘能力者だという。
 昨日の戦いでは見た記憶がない顔だが、白子組の情報によればマドカに蹴散らされたあのときのオバサンの部下の一人で、マドカの目を欺いて逃走していたそうだ。
 これは確かにマドカに知られたら責任を感じて無茶をしてしまいそうだ。ただでさえ今日はビール一本半でぶっ倒れるくらいに疲れているのに。

「───これは確かにオレが尻拭いをしなきゃいけないな。叔父さんは留守番を頼むぜ」
「それくらいお安いご用さ。お前の方も油断してまたお嬢様を泣かせるなよカイト」
「りょーかい」

 オレは眠り姫たちを叔父さんに預けると車を飛ばして白子組の面々と合流をはかった。
 サイサリスを追跡している白子組がいるのは上野の飲み屋街。若い女性が一人だけなのは少し危険だが、人混みのほうが追跡を逃れるのには都合がいいだろう。
 どうやら白子組にマークされているのに気づいて、撒く機会をうかがいつつ強硬手段を取りにくいように人混みに紛れているようだ。
 オレは車を白子組の人間に預けると、真夜中に一杯引っ掛けに来た若い兄ちゃんを装って彼女が飲んでいる横に絡む。
 傍目には酔った若者が一人飲みの女性をナンパしているように見えるだろう。

「ちょっとこれからオレに付き合ってくれないか?」
「ナンパならお断りだよお兄さん」
「ナンパ……と言ってもこっちの方だがなサイサリス」
「アンタ……は!」
「鈍いじゃないか。演技のつもりで飲んだ酒に酔っているようだな」
「違う。顔を隠すためにかけた眼鏡の度が合わないだけよ。白子組の連中と戦うのは骨折り損だから嫌だったがアンタなら別さ。ここは一つ、淫魔の末裔を賭けた勝負と行こうじゃないか」
「お前さんが勝てば恭介を手に入れたお前さんは大出世のハッピーエンドか。だが賭けと言うのならば、オレが勝ったときの見返りが何も無いのは頂けないな」
「そのことならばとっておきの情報がある」
「ほう?」
「それはワタシに勝てたらのお楽しみよ。念の為に言っておくけれど、これは裏の人間としての果たし合い。互いの生死を問わず、正々堂々と名乗りあった上での戦いだよ。それはいい?」
「もちろんオレもそのつもりだ。先に名乗らせてもらうが、オレは探偵の壬生開人。だが今宵のオレは壬生家次期当主、壬生圓の名代としてお前を殺す」
「ワタシは29歳教特化戦闘部隊シンズのサイサリス・シン、那須とまと。我々の目的のためにお前を殺して淫魔の末裔を貰い受ける」
「よし。舞台はオレが用意するからついてこい」
「わかった。だが白子組の連中はどうするんだ? 極道者だからマナー違反をして漁夫の利を得ようとするかもしれんぞ」
「その心配はない。元よりオレたちと白子組の間では話が通してある」
「手を組んだのか」
「ああ。つまり孤立しているのはお前さんたちだけだよ」
「それでも賭けは有効だ。ワタシが勝てば結果オーライなんだ」
「あの上司ももういないんだろう。意地を張っても損をするのはお前さんだぜ、とまとちゃん」
「そうやってワタシの戦意を削ごうだなんて、ビビっているな壬生狼」
「そう思うのならそうなんだろう。だがそれで勝てたら苦労はしないぜ」

 飲み屋の代金を予め白子組から借りていた財布で払ったオレはトマトを連れて戦いの場に向かった。
 場所は浦安にある資材置き場で、白子組がこの手の果たし合いの場として確保している廃コンテナに囲まれたリングだ。
 その中に二人だけ残されたオレたちはその中央で背中を合わせる。

「ルールは簡単だ。互いにこのまま数えながら歩き、十歩目と同時に振り向いた時点で戦闘開始だぜ」
「ハミルトン式の決闘ね。ワタシは早撃ち勝負でも良かったんだけれど自信が無いのかしら」
「お前さんが早撃ちの方がいいのならそっちでもいいぜ。オレとしては早撃ちじゃあお前さんが勝負にならないからハンデのつもりなんだぜ」
「そこまで言うのならば良いわ。このままハミルトン式で」

 大昔の映画で広まったというアレクサンダー・ハミルトンが行ったという決闘方式。
 オレとトマトはこれで決着をつけることになった。
 お互いに右手に握りしめているのは拳銃で、おそらく彼女の獲物もオレと同じくサイコガンだろう。
 今の時代、オレたちのような生業では生きるか死ぬかの銃撃戦や決闘する経験は多い。
 おそらく歳下であろう彼女もそれを承知で決闘を承諾したわけだ。可哀相だがオレも容赦するつもりはない。

「カウントもハミルトンにならって英語で行こう。ワン……」
「ツー……」
「スリー……」

 最初のワンをオレが唱えて一歩進むと次のツーは彼女の番。お互いに数を数え合いながら歩きつつ、オレはこれから放つ弾丸を薬室に用意する。
 セットするのは流星二発に破城槌が一発の計三発。残りは流れに任せて切り替えるのでこの時点では仕込まず。
 トマトがどんな手段を講じてくるのかは出たとこ勝負ではあるが、オレは先手必勝の構えで迎え撃つ。

「テン!」

 最後のテンをトマトが唱えてこれが最後の一歩。
 オレたちはお互いに振り向きざまに引き金を弾いた。
 銃声がコンテナにこだましてけたたましく音を鳴り響かせる。
 オレが狙うのはすべて敵の正中線で頭や手などの末端を精密射撃する余裕はない。拳銃同士の決闘では的の大きな箇所を狙うのが正解だ。
 三発目に放った幅広く衝撃を飛ばす破城槌はやや反則気味な弾丸だろうがサイコガンを用いた戦いというのはこういうものさ。

「ラン……」

 オレは三発目を放つとすぐに先の二発に念を送る。
 おそらくトマトは避けているであろうと踏んで、二回に分けて曲げた弾丸による第四、第五の射撃による挟撃がオレの本命。最初の三発は言わば囮だ。
 だが念を受け取ったはずの弾丸の様子がおかしい。とっくにトマトの背後飛んでいるはずなのに、何かに絡め取られて彼女の眼前で止まってしまっているかのよう。

「凄い威力。壬生狼に噛み砕けぬモノはないって言う話もハッタリじゃなさそうですね」
「何を今更」

 このままおしゃべりに付き合ったら撃たれる。
 背中を走るゾワゾワとした感覚に任せて体を撚ると、元いた場所を弾丸が通り過ぎていった。
 風を切る音から推測するに平均よりもやや弱いようだが決闘に用いるのには充分な威力だ。
 だがそれ以上に破城槌の巻き上げた塵が晴れって見つめる光景にオレは驚かされた。
 なんとオレの流星が先程感じたとおりに何かに阻まれて空中に静止していたからだ。
 これはいったい何が起きたのか。
 それとトマトが握っているあの青い銃。あれは何処かで見たような。

「正直に言えばもうアナタには逆転の芽はないのです。ワタシのこのトゥールの前ではね」

 ガチャガチャと引き金を弾くトマトに連動して彼女の周囲に何かが現れる。
 最初の流星を防いだようにあれは攻撃ではなくバリアの類なのだろう。
 ならばバリアでも防げないようにすればいい。オレは再び流星を彼女に放った。
 今度は二段階加速をすべて直進に割り当てた徹甲仕様。普段なら貫きすぎて不便なのだが、相手がバリアを使うのならば差し引き丁度いい。

「効きません!」

 しかしそれすらもトマトの生み出すバリアは防いでしまう。
 貫通できず消滅していく流星が黒い粉のように散っていき、コンテナの上から照らすまばゆいライトで煌めいた。
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