東京妖刀奇剣伝

どるき

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虚数の兎

赤荊棘

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 アマミヤの行動開始から10分弱が経過して品川の影響が伝播しざわつく各所でも彼らの行動が開始した。
 先手を切ったのは理人にジョンと呼ばれていた短髪長身の男。
 襲撃場所は斬九郎が待つ上野。
 一見すると無差別にも思える赤い刃が演説中の議員を襲った。

「やらせるかよ」

 それに対して街宣車の前に出て盾になった斬九郎の剣気は攻撃を二つに割ったが、後ろに隠れた議員候補の左右は受けきれなかった刃が通過して車を一瞬で鉄塊に変えてしまう。
 このような芸当は今までのような「操られた一般人」には到底不可能だというのは斬九郎の目には明らかであり、斬九郎は刃の先を睨む。

「今のを軽々と防ぐとはなかなかやるじゃねえか」

 視線の先にいたのは短い髪の毛を金色に染め、赤い刀をだらりと下段に構えた長身の男。
 彼は本名を兎小屋の面々にすら明かしておらず、故に名無しの意味でジョンと呼ばれている。
 彼が握る赤い刀は血液を媒介にして作られた鉄血と呼ばれるもので、とある一族の特殊能力を再現したもの。
 ジョンはこの奇剣「赤荊棘」とそれを振るう自身の力量に絶対の自信を持っている。
 そこでジョンは斬九郎を見込んで彼を煽った。

「だが俺の相手にはテメェ一人じゃ不十分だぜ。もう一人や二人くらいテメェについていける奴を連れて来な」
(何を言っているんだ?)

 それに対してムッと口を閉ざす斬九郎は困惑してしまう。
 勝ち誇るのならまだしも仲間を呼べとはどういうつもりかと。
 仮に自分を不利にして喜ぶようなバトルマニアならば弱者である演説中の政治家を襲うのは不可解。
 もしヒットマンならば自分から仕事をやりにくくするのは矛盾していると。

「呼ばねえんならこうなるぜ」

 黙り続ける斬九郎の尻を叩くかのように、ジョンが振るう次の刃は苛烈である。
 飛来する巨大な十字の刃からは棘のように枝葉が伸びていた。
 大振り一回での攻撃範囲はおよそ8メートル四方。
 先程の倍の範囲は周囲の被害が大き過ぎた。
 再び正面は防ぐのだが斬九郎の後ろでは血煙が登る。
 巻き添えになり傷を負った市民が痛みに叫ぶ。
 甲高い鳴き声は子供も混じっているのだろうか。
 いくら死ななければ治せるとはいえ許しがたい蛮行に斬九郎は口を開いた。

「──テメェ!」
「今のは威力を加減したから当たっても死にはしないが……次は本気でやるから死人が出ても知らないぜ。嫌なら早く仲間を呼んだほうがいいぜ。それとも先にアンタが死ぬか?」
「ふざけるな!」

 一般市民を巻き込んで行使する脅しが「腕の立つ剣士を呼べ」なのはあからさまに裏がある。
 しつこいほどの挑発を受けて斬九郎は眼の前の浪人は誰かの指示で動いていると察していた。
 彼が求めている自分と同格の剣士とは、おそらく予告状にあった他6箇所の係長のこと。
 具体的に言えば事件が発生したばかりだという品川の銀時がお望みだろう。
 品川では操られた少女が大暴れ中だというが、仮に大臣たちの安全をある程度確保した後ならば他の人間に現場を任せてこちらに来ることも出来るだろう。
 もし銀時がそうしたならば銀時が抜けた隙を突いて大臣が狙われるのではないか。
 他所の現場にもこの浪人と同格の剣士が集まっていれば不可能ではない。

「オレがお前を斬れば終わりだ!」

 ジョンの煽りを突っぱねて、刀を脇構えにして距離を詰める斬九郎の脚は早い。
 「終わりだ」の1単語を言う間に20メートル弱の間合いが無くなっていた。
 それに対してジョンは斬九郎を無視。
 銅薙ぎ一閃を赤荊棘の力で作った鉄血の盾で流して交差すると、そのまま議員候補やその他群衆を一網打尽にする勢いで刀を振り下ろした。

(しくじった)
「言ったじゃねぇか!」

 このままでは多数の被害が出る。
 いくら妖刀の能力でガードしたとはいえ斬九郎は手応えを感じていた。
 おそらくジョンはそれなりの負傷をしているだろう。
 それでも目的のために狂剣を振り下ろしたのはよもやである。
 一介の議員候補は囮であり、本命は品川の現役大臣という推理は間違っていたのか。
 放たれた赤い刃に斬九郎の瞳が映る。
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