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第6の事件
本当に
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律子の柔肌に触れて不安を消し飛ばした甫は、万能感に包まれながら上野署へ向かう。
天樹は宣言通りに顔合わせのためのつなぎ役に徹しており、左斬九郎を中心とした上野署の士たちとは律子と二人だけで応対することとなった。
「始めましてだ。オレは上野署の係長で左という。アンタが御老公のお孫さんか」
「ええそうよ。真田律子、ヨロシク」
まず先に名乗った斬九郎に対して、胸を張って名乗り返す律子からは根拠のない自信がで溢れていた。
その威勢の良さは斬九郎も「名探偵の孫というのも、もしや単なる七光りではないのか」と唸るほど。
それにこれだけ肝が座っていそうな女が雇った助手となれば、少年の方も実地研修中と言えども一角の剣士なのだろうか。
事前に頭に入れていた資料に照らし合わせながら、斬九郎は甫を試すことにした。
「となれば……こっちの少年がアンタの助手で良いんだよな?」
「僕は石神甫です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
甫の名乗りに対して、斬九郎は右手を差し出す。
一見すると脱力しきった握手の仕草だが、傍観者の立場である天樹は見慣れたアレかとつぶやきかける。
(甫くんは左斬九郎のお眼鏡に適うかしら。メリハリの落差が大きい律子と波長が合う子だって考えると、むしろここではヘマするかもしれないわね。フフフ)
心の中で甫の応対を心配する天樹と、祖母の考えなど知らずにあっけらかんとした律子。
対象的な二人をよそに甫は差し出された斬九郎の手を握る。
(奮!)
甫の手が触れた瞬間、手を刃とみなして練り上げた剣気が一気に迸った。
いわゆる気功と呼ばれる体術に近い剣気の応用。
気が抜けたアホではひとたまりもない。
「フッ。やるじゃないか」
そんなスタンガンめいた握手を受けた甫は、斬九郎の剣気を微風のように受け流していた。
(見るからに強そうだから警戒したけれど、こういう事をホントにやる人って居るんだ。疑ってごめんなさい、先生)
甫は握手の時点で師の教えから、一応の警戒をしていた。
なにかされた場合には、何時でも受け身を取れるようにしよう。
そのおかげで、甫は無事に斬九郎の剣気を受け流せたわけだ。
なにせ少年は一角の剣士と握手など、今日が初めてのこと。
握手に乗じて力比べなど漫画の世界かと言いたいくらいだが、こうして実際に攻撃されたのだから受け入れるしかなかった。
「剣術を学んだ先生から、剣士が求めてきた握手を間抜けヅラで受けるなと、教わっていたおかげですよ」
(しかしこの少年……身構えていたにしろ、オレの剣気を完全に流しやがったぞ。本当に実地研修中のド新人なのかよ。15でこのレベルは、少なくともオレが那須道場に通っていた頃には居なかったぜ)
そんな甫の応対には斬九郎も驚く。
同じ年頃の自分よりも腕が立つのではないかと。
実地研修中といえども、少年は仮にも帯刀許可証を取得した一端の士。
それだけの腕前かと認めた斬九郎は、甫を「探偵姉ちゃんの助手」ではなく「一人の剣士」として扱うことにした。
「そりゃあ、とてもいい師匠に教わったようだな。オレも剣士としてどんな人なのか気になるが、今は遊んでいる暇は無え。早速だが真田探偵に石神……二人はコレから関わる事件について御老公からは何処まで話を聞いている?」
斬九郎は甫の師匠という自分の興味は脇にどけて、まずは二人の認知度を確認する。
彼の方は昨夜の会議時点では上野の事件を解決したのがこの二人だと知らなかったのを、今は把握したうえで訪ねていた。
昨夜の天樹の態度を腹の中で「意地悪なバアサンだ」と文句の一つも言いたくなるのを「自分が最終的な責任者となる事件の顛末について、把握が不十分だったのが悪い」と堪えている。
なので今度は天樹が連れてきた二人が、ちゃんとある程度の理解をしているべきだと斬九郎は思っていた。
あまりにも無知ならば天樹の前で叱り飛ばして、間接的に彼女に意趣返しをしてやろう。
そんなささやかな仕返しを含めての意識合わせである。
「上野を含めた7箇所で奇剣を使ったテロの予告があったことと──」
だが、この手の記憶勝負というものにおける律子は斬九郎どころか、同じ説明をさきほど受けていた甫が思うよりも強い。
朝食がてらのミーティング中に天樹から教わった内容をメモも見ずに答える姿には、甫も素直に凄いと呟くほどだった。
(フフフ……真面目な左くんに合わせて、ちゃんと予習をさせておいた甲斐があったわ。律子は昔から音で聞いた情報は忘れない子だったのよね)
「う……石神のことも含めて、流石は御老公のお孫さんというわけか。これなら話が早くて助かる」
鬱憤を晴らせないのは残念だが、この様子なら頭からの説明は不要であろう。
そこで斬九郎は今日一日は予定していた昨日の事件の追跡調査に同行させつつ、明日からは品川に投入させることにした。
細かいレクチャーはその時にでもすれば、明日からは銀時の力になってくれるだろう。
ほぼ挨拶だけとなった左斬九郎との初邂逅は、他の上野署の士のうち朝時点で署に居た面々への挨拶も含めて十数分で片がつく。
律子と甫は一通りの顔合わせが終わってから「ついて来い」と命令した斬九郎に連れられて、上野駅へと向かう。
その姿を天樹は期待の眼差しで見送った。
天樹は宣言通りに顔合わせのためのつなぎ役に徹しており、左斬九郎を中心とした上野署の士たちとは律子と二人だけで応対することとなった。
「始めましてだ。オレは上野署の係長で左という。アンタが御老公のお孫さんか」
「ええそうよ。真田律子、ヨロシク」
まず先に名乗った斬九郎に対して、胸を張って名乗り返す律子からは根拠のない自信がで溢れていた。
その威勢の良さは斬九郎も「名探偵の孫というのも、もしや単なる七光りではないのか」と唸るほど。
それにこれだけ肝が座っていそうな女が雇った助手となれば、少年の方も実地研修中と言えども一角の剣士なのだろうか。
事前に頭に入れていた資料に照らし合わせながら、斬九郎は甫を試すことにした。
「となれば……こっちの少年がアンタの助手で良いんだよな?」
「僕は石神甫です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
甫の名乗りに対して、斬九郎は右手を差し出す。
一見すると脱力しきった握手の仕草だが、傍観者の立場である天樹は見慣れたアレかとつぶやきかける。
(甫くんは左斬九郎のお眼鏡に適うかしら。メリハリの落差が大きい律子と波長が合う子だって考えると、むしろここではヘマするかもしれないわね。フフフ)
心の中で甫の応対を心配する天樹と、祖母の考えなど知らずにあっけらかんとした律子。
対象的な二人をよそに甫は差し出された斬九郎の手を握る。
(奮!)
甫の手が触れた瞬間、手を刃とみなして練り上げた剣気が一気に迸った。
いわゆる気功と呼ばれる体術に近い剣気の応用。
気が抜けたアホではひとたまりもない。
「フッ。やるじゃないか」
そんなスタンガンめいた握手を受けた甫は、斬九郎の剣気を微風のように受け流していた。
(見るからに強そうだから警戒したけれど、こういう事をホントにやる人って居るんだ。疑ってごめんなさい、先生)
甫は握手の時点で師の教えから、一応の警戒をしていた。
なにかされた場合には、何時でも受け身を取れるようにしよう。
そのおかげで、甫は無事に斬九郎の剣気を受け流せたわけだ。
なにせ少年は一角の剣士と握手など、今日が初めてのこと。
握手に乗じて力比べなど漫画の世界かと言いたいくらいだが、こうして実際に攻撃されたのだから受け入れるしかなかった。
「剣術を学んだ先生から、剣士が求めてきた握手を間抜けヅラで受けるなと、教わっていたおかげですよ」
(しかしこの少年……身構えていたにしろ、オレの剣気を完全に流しやがったぞ。本当に実地研修中のド新人なのかよ。15でこのレベルは、少なくともオレが那須道場に通っていた頃には居なかったぜ)
そんな甫の応対には斬九郎も驚く。
同じ年頃の自分よりも腕が立つのではないかと。
実地研修中といえども、少年は仮にも帯刀許可証を取得した一端の士。
それだけの腕前かと認めた斬九郎は、甫を「探偵姉ちゃんの助手」ではなく「一人の剣士」として扱うことにした。
「そりゃあ、とてもいい師匠に教わったようだな。オレも剣士としてどんな人なのか気になるが、今は遊んでいる暇は無え。早速だが真田探偵に石神……二人はコレから関わる事件について御老公からは何処まで話を聞いている?」
斬九郎は甫の師匠という自分の興味は脇にどけて、まずは二人の認知度を確認する。
彼の方は昨夜の会議時点では上野の事件を解決したのがこの二人だと知らなかったのを、今は把握したうえで訪ねていた。
昨夜の天樹の態度を腹の中で「意地悪なバアサンだ」と文句の一つも言いたくなるのを「自分が最終的な責任者となる事件の顛末について、把握が不十分だったのが悪い」と堪えている。
なので今度は天樹が連れてきた二人が、ちゃんとある程度の理解をしているべきだと斬九郎は思っていた。
あまりにも無知ならば天樹の前で叱り飛ばして、間接的に彼女に意趣返しをしてやろう。
そんなささやかな仕返しを含めての意識合わせである。
「上野を含めた7箇所で奇剣を使ったテロの予告があったことと──」
だが、この手の記憶勝負というものにおける律子は斬九郎どころか、同じ説明をさきほど受けていた甫が思うよりも強い。
朝食がてらのミーティング中に天樹から教わった内容をメモも見ずに答える姿には、甫も素直に凄いと呟くほどだった。
(フフフ……真面目な左くんに合わせて、ちゃんと予習をさせておいた甲斐があったわ。律子は昔から音で聞いた情報は忘れない子だったのよね)
「う……石神のことも含めて、流石は御老公のお孫さんというわけか。これなら話が早くて助かる」
鬱憤を晴らせないのは残念だが、この様子なら頭からの説明は不要であろう。
そこで斬九郎は今日一日は予定していた昨日の事件の追跡調査に同行させつつ、明日からは品川に投入させることにした。
細かいレクチャーはその時にでもすれば、明日からは銀時の力になってくれるだろう。
ほぼ挨拶だけとなった左斬九郎との初邂逅は、他の上野署の士のうち朝時点で署に居た面々への挨拶も含めて十数分で片がつく。
律子と甫は一通りの顔合わせが終わってから「ついて来い」と命令した斬九郎に連れられて、上野駅へと向かう。
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