東京妖刀奇剣伝

どるき

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真田探偵事務所

事情聴取

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 上野駅にて発生した突発の妖刀事件は甫と律子の活躍により無事解決したわけだが、駆けつけた駅員と警官に連れて行かれての事情聴取は15歳の少年を容易に疲弊させた。
 なにせ律子の名探偵という肩書はあくまで自称。
 彼女に協力したと正直に言っても聞き入れてもらえないからだ。
 まだ幼さの残る甫に探偵を名乗る不審者扱いをされても意に返さない律子の図太さを見習えというのも難儀な話。
 気がづけば夜の8時を過ぎていて、育ち盛りの胃袋が悲鳴をあげる頃合いになっていた。

「なあ少年……キミがライセンスを取った士だっていう話の照会に時間がかかったのは謝る。だがあのお嬢さんを庇うのは──」

 聴取を担当した武智(たけち)刑事は実地研修を開始したての新人ということで士としての甫の身分証明に手間取った事を謝るわけだが、それとは別に彼が諭しているのは律子との関係のほう。
 探偵として妖刀を発見した彼女に、士としての責務で手を貸したと正直に話す甫に向けて、武智は甫が色香に迷って奇行をする律子を庇っていると疑っていた。

「──いや、あの子に惚れるのもわかるぞ。背の高さに見合ったスタイルの良さだ。それにキミ……歳上好きだろう?」

 武智は甫にとって律子がど真ん中の異性だと見抜いて諭しており、一方で甫は一目惚れによる下心があったのも事実だということで歯切れが悪い受け答えとなっていた。
 武智は自称探偵として名を挙げたい律子に甫が手柄を貢ごうとしていると考えていた。
 彼女が妖刀の気配を探れる探偵という話はただのフカシ。
 律子自身が元より警戒していた乱心事件の黒幕であるとさえ疑う刑事としての立場では、女の趣味が近いというだけでこの少年でも見過ごせないと必死である。
 そんな刑事の粘り腰を寄り切ったのは天の声。
 聴取を中止するように横槍が入ると、武智は「自称探偵の美人はどうであれ士の少年に裏はない」と自分に言い聞かせてから甫を開放した。
 自由になった甫を出迎えたのは先に釈放されていた律子と一人の老婆。
 律子の祖母、真田天樹が天の声の主だった。

「ほら……まずは貴女から彼に言うことがあるでしょう」

 天樹の事をメッセージ上のやり取りでしか知らない甫は「この老婆は何者だろうか?」という顔なわけだが、そうではない律子は天樹に何かを促される。
 それは──

「巻き込んでしまってごめんなさい」

 甫が2時間弱の取り調べを受けた原因が全て自分にあることへの謝罪だった。
 だが甫にとっては突き詰めれば自分の下心が巻いた種。
 なので──

「気にしないでください。僕の方こそ本当は先約があったのにそれを無視してあなたに協力していたんです。本来ならば待ち合わせをしていた真田さんという探偵の方にあなたを引き合わせて、その上で対応策を考えるべきでした。そのせいで危うくあなたも憑き物に襲われる危険があったわけですし──」
「え、ちょっと待って!?」

 甫も自分の下心が律子を危険に晒したと頭を下げたわけだが、ここで律子は言葉の中に引っかかりを持つ。
 彼が言う「真田」という探偵。
 それはもしやと天樹の顔を見る。

「ねぇおばあちゃん……今日の待ち合わせって、もしかしてこのハジメくんと関係があるんじゃないかな?」
「さあどうかしら」
「しらを切るつもりなら探偵らしく推理するわ。わたしも若い頃のおばあちゃんみたいにと思って探偵業を始めたわけだけど……若い頃のおばあちゃんと違ってトランスが不安定なせいで妖刀を見つけても手柄がないし、助手になってくれる士も皆無。そんな中で先月は帯刀許可証試験を見学させられたりしたわけだけど──あのときにおばあちゃんが目をつけた新人がこのハジメくんで、今度からわたしの助手としてウチに来てもらえるように手配したとか。もしかしてそういうことじゃないかな?」

 この律子の推理は「もしそうならば嬉しい」という願望混じり。
 だが故にその内容は具体的であり、願望と合致した実像は概ね近しい。

「ということは……まさか真田探偵事務所の真田さんって、律子さんのことなんですか⁉」

 さらには甫の驚愕はこの推理を裏付けていた。
 天樹が律子の問いに含みを持った答えをしたのは反応を見て二人の今後を決めるため。
 天樹は今日の目的が二人を合わせることだと見抜いた律子に合わせた形で話を纏めることにした。

「よく見抜きました。少しは推理力が上がったようね」
「えっへん」
「そう威張らないの」

 まずは律子を窘めて次は甫の番。

「──それと石神甫くん。こんな形で申し訳ないけれど、説明すると探偵の真田はこの子のことだけど、貴方と連絡を取り合っていのはわたしのことよ。これから半年の間、貴方には律子の助手としての頑張ってもらいたいの。試験での腕前を見る限り貴方なら大丈夫よね? それに今日だってわたしとの待ち合わせよりも、先に出会ったこの子のことを優先したんだもん。そういう意味でも大丈夫だって期待しているわ」

 天樹に肩をポンと叩かれた甫は「約束を引き伸ばしして自分の都合を優先したこと」を怒っている様子ではない彼女に安堵するも、次第に天樹がこぼした「大丈夫」という言葉に縛られていく。

「それじゃわたしは帰るわね。明日から二人で頑張るんだよ」

 三人揃って秘窟での夕食を済ませた後、天樹は二人を残して帰ったため、今夜から甫と律子は二人きりとなった。
 二泊三日とはいえ異性と同じ屋根の下で共同生活するという事実に甫は狼狽えてしまう。
 確かに真田という探偵のもとで週末は住み込みで実地研修を行うというのは理解して家を出ていた。
 だが相手が一目惚れしたお姉さんだという事実に甫の目は血走る。
 そんな中で事前に「大丈夫」だと釘を刺されていたわけだ。
 これはもう天樹が自分のことを「孫に夜這いを仕掛けるような野獣ではない」と信頼しての意味だと自縛するのに充分だった。
 律子も客人に遠慮してか先に風呂を与えたり予備の布団を用意したりしているが、彼女は根本的にズレている。
 いくら異なる布団とはいえ異性と同じ部屋で並んで寝る時点で警戒心が薄い彼女は「甫が出会った初日から自分に惚れている」とも「理性を失えば襲いかかる野生を秘めている」とも思っていない。
 何故なら自分がそのような対象として見られていることに疎いのだから。

(ね、寝付けない)

 真田探偵事務所で最初の夜。
 孫の性格と甫との運命的な相性を確信しているからこそ「夜這いしてそのまま二人がくっつくようでも大丈夫」だと律子を任せた天樹の思いなど届かぬまま、甫はこれから立ち向かう士としての責務へのモノとは違う意味の緊張と興奮で寝付けなくなっていた。
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