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最後の晩餐

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 夕方の六時を少し過ぎた頃、メルと川澄はデートから帰宅した。バイクを車庫に片付けていると、ちょうどタイミングが重なったのであろう一台の自動車とふたりは鉢合わせる。

「こんばんは。きょうはデートだってねおふたりさん」
「バイクでニケツとかラブラブだね。ひゅーひゅー」

 その車は田中を送り届けた関のモノである。恋人未満なこのふたりもきょうはデートだったようで、自分達を棚にあげてふたりをからかう。
 それに対して川澄もつい悪態をついてしまう。

「そういう関さんもおデートのようですね。お熱いことで」
「キミたちと違って僕らはそういう関係じゃないさ。きょうは帰宅ついでに彼女を送っただけで、デートらしいことは他にはなにもしていないよ」
「そうだぞ。いくら誘ってもキスのひとつすらしてくれないんだから、お兄さんは。さあ、中に入りましょう。夕飯をご馳走するから」
「おや。これは嬉しい」

 関と田中の様子には、さすがにメルも「キスしていないだけで充分恋人らしいイチャつき具合なのでは」と小首を傾げざるをえない。彼らの関係を知る他のめいめいと同じように、しがらみなど気にせず素直になればいいのにとしか思えなかった。

「でしたらボク手伝いますよ」
「じゃあそうしてもらおうかな」

 どのみちオフのときくらい夕飯の手伝いをした方がいいと感じていたメルは、田中の料理を手伝うことにした。
 男ふたりを食堂に待たせて厨房に向かったメルを待っていたのは、料理の手伝いよりも質問攻めである。きょうのデートコースからABCでどこまでやったかまで、根掘り葉掘りと聞かんとする田中にメルはたじろいでしまう。しかもいつもならストッパーに回ってくれる鈴木がいないので、田中の猛攻は止まらない。

「田中さんが考えているようなことはなにもしていませんよ。一緒に景色を眺めたり、お弁当を食べただけですので」
「お弁当? あのひとつのオカズをお互いの口で左右から噛って最後にちゅーの?!」
「落ち着いてください。さすがにお料理が疎かです」
「おっと。これは大きなミステイク」

 田中の様子に、川澄に抱きつかれたことを話したら余計な面倒になるなと感じて、当たり障りのないことしか答えられなかった。そのまま談笑混じりに夕飯を完成させると、ふたりは食堂にそれを運んだ。

「じゃじゃーん。みのりちゃん特性のポテトグラタンだ!」
「トモさんのぶんはボクが作りました」

 作った料理はホクホクのじゃがいもと滑らかなベシャメルソースがたっぷり入ったポテトグラタンである。もっとも味の要であるソースは小西に頼んで下ごしらえをしてもらっていたため、余程のヘマをしなければ外れようがない。
 実際に手伝いをしたメルも準備が出来上がっている三分クッキング状態には苦笑してしまう程だった。

「メルは当然として、思ったより上手じゃないか田中さん」
「どういう判断なのかしら? 川澄くん」
「そうそう。いくら女鬼島さん贔屓だからって、その言い方は良くない」
「そうですよ。今回の準備はほとんど田中さんの手によるものですから」
「じゃあ食べようか。いただきます」

 最初は予想外に上手にできた田中を川澄がからかってたのだが食べ始めればこのようなイザコザは止まってしまう。上手にできたグラタンを頬張る四人のお腹は白いものが満たした。
 夕食後、関を捕まえて帰そうとしない田中を他所に食堂を後にしたメルは、入浴を済ませて明日の準備を整え始めた。
 取り出したのは一振りの短い刀。いわゆる小太刀と呼ばれるタイプである。
 メルは鞘からその身を引き抜くと、軽く虚空をその刀で切り裂いた。それを少し汗がにじむまで繰り返すと、浮かんだ汗を濡れタオルでぬぐって刀を片付けた。これはメルにとって日課のひとつである。

「なんだか胸騒ぎが。使うことにならなければいいですが」

 ユーリが容疑者足り得る存在だと認識したことによるシンクロニティなのだろうか。メルはこの日のグラタンが土井垣家最後の晩餐になるのではと、胸のなかをよぎる不安を感じていた。
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