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第1章 大きな森の小さな家

8.加護、フローラの微笑み

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ある日の午後。
クリスは小さなハープのような楽器を持って庭のベンチに座っていた。

その日はガラフとウィルが麓の村に買い出しに行っており、クリスは1人で留守番だった。
本当はクリスも付いて行きたかったのだが、2人は首を縦に振らなかった。
どうやら、3ヶ月半前に村に行って石化病にかかったらしい。

そんな訳で、クリスは半日ほど1人の時間ができた。


(いや、これはチャンスだよね)


クリスはこの機会に、天国で主神フローラからもらった、加護<フローラの微笑み>を使ってみることにした。


(本当はもっと早く使いたかったんだけど、暗殺者特訓で精いっぱいだったし、ちょっと部屋で試してみようと思ったらアレッタが止めるから・・・)


部屋でちょっと楽器を弾いてみようと思ったクリスを、アレッタは全力で止めた。
これは、アレッタにしては実に珍しいことだった。


『お待ちください。主神フローラが直接与えた加護です。神殿で精霊がちょこっと与える加護とはレベルが違います。最初はお一人の時にお試しになった方が宜しいかと』


この世界でも加護は存在するが、そのほとんどが神殿で精霊が気に入った人間に与える加護らしい。
精霊は神の使いではあるが、力は1/10以下。
神、しかもこの世界の主神が与えた加護と、勇者の加護、組み合わさるとどのくらいの効果かなるのか。前例がないためアレッタにも想像がつかないらしい。


(でも、フローラ様は芸術の神様でしょ。そんな大事になるのかな?)


しかし、「実は勇者でした事件」のように予想外のことが発生した前例もある。
クリスは加護を使ってみたい気持ちをグッと堪え、使えるチャンスを待っていた。

ガラフの部屋にあったジョブスキルの本によると、吟遊詩人ジョブを持っている者は大抵の楽器を弾くことが出来るらしい。クリスは家じゅうを探し回って、屋根裏からコピー用紙くらいのハープ型の楽器を発見した。鳴らしてみると、音はちゃんと出る。
よし、これにしよう!

クリスはベンチに座り直すと、目をつぶって深く息を吸った。アレッタの話では、加護は普段も与えられた者を守っているのだが、意識して使うこともできるらしい。


(よし。これから加護を使うぞ!)


クリスは加護に意識を集中させるようにした。すると、クリスは体が暖かくなって気分が良くなるのを感じた。クリスの手が勝手にハープをかき鳴らし、チューニングを始める。


(おお、すごい!チューニングしてる!)


チューニングが終わると、クリスの頭に曲が浮かんだ。高校の最後の音楽の授業で歌った「翼をください」だ。


(なつかしいな。これ、歌ってみよう)


クリスはハープを弾きながら歌い始めた。自分とは思えないほど美しい声が出るのを感じる。心地良い陶酔感に思わず目をつぶった。

歌声はハープと共には風に乗り、森に響く。更に気分が良くなったクリスは、立て続けに同じく授業で歌った「夏の思い出」「野ばら」を歌った。
そして、曲が終わって目をゆっくりと開き、そのまま固まった。

クリスの目の前には、リスや野ウサギ、シカなど森の動物がズラリと並んでいたのだ。ベンチのある木の上には枝が折れそうなほど沢山の鳥たちがとまっている。動物たちはうっとりした様子でクリスを見ている。


(ひええぇぇぇぇ!ナニコレ!)

『―――さすがは主神フローラが直接与えた加護、というところでしょうか。まあ、これくらい済んで良かったです」

(いやいやいやいや!これ見えてる?)

『主神フローラは「芸術の神」ですが、同時に愛や博愛、魅惑なども司っております。ですから、この動物達は「魅了」された状態なのでしょう』


動物たちはクリスがもう歌わないのを見て、森に散っていく。
後には呆然としたクリスが残された。


(―――ねえ、アレッタ。これってどうにかなんないの?このままじゃ私一生歌えない気がする)

『大丈夫です。加護は意識して使わないこともできます。今度は加護を使わないことを意識して歌ってみて下さい』


クリスが加護を使わないようにして歌うと、今度は体が暖かくなるような感覚や陶酔感はなかったが、動物は寄ってこなかった。


『今のは吟遊詩人スキルを使って歌った感じですね。多少加護の影響は出ますが、問題ないレベルでしょう』


クリスは重々しくため息をついた。

勇者の件といい、加護の件といい、何か疲れた・・・。


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