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第1章 大きな森の小さな家
(閑話3)ウィルの所感
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約3年前。ウィルとクリスは家族を亡くした。
当時、ウィルは14歳、クリスは9歳であった。
2人を引き取ってくれた獣人のガラフは、父親の親友であった。
彼は10年前から居を構えているゲルソン自由都市国家の山中にある小さな家に2人を連れてきた。
家族の死を目の当たりにした2人は、当初食事も睡眠も取れないほど憔悴していた。
ガラフの暖かい支えもあり、ウィルは1か月後には何とか日常に戻れたが、クリスは精神的ショックからか声が出なくなっていた。
それから3年。
ウィルはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩むクリスを優しく支え続けた。
クリスが悪夢で眠れなければ一晩中付き添ったし、起き上がれないときはあれこれ世話を焼いた。
そして、ウィルはガラフの仕事を手伝いながら、自らを徹底的に鍛え上げた。
養父ガラフは高名な武人で、ウィルに惜しみなく技と知識を教え込んだ。
ウィルはクリスを心配させないよう、口では何も言わなかったが、心の底では自分達から家族を奪った者達への復讐を誓っていた。
そして、そのためにはウィルは強くならなければならなかった。
ウィルが17歳となった翌月。
麓の村に出掛けたクリスが石化病に感染した。
石化病は定期的に流行する不治の病で、治療方法は見つかっていなかった。
ウィルとガラフはあらゆる治療を施したが、感染から1週間後、クリスは危篤になった。
2人は、クリスにこの世界での最終手段である<精霊召喚治療>を行った。
100年以上生きているガゼフでさえ数件しか成功を知らないというほどの成功率の低さ。
成功しても性格が変わり、どこかに消えてしまう例もあるというが、ウィルは気にしなかった。
何もかも失った自分に唯一残された大切な大切な存在。
失うなんて耐えられない。
<精霊召喚治療>は成功した。
クリスは無事に目を覚まし、声を取り戻した。
彼女は、治療前と同じ服装をし、同じ朝食を準備した。
多くの記憶を持ち、作るパンも治療前と同じ味がした。
同じ面も多い反面、違う面もたくさんあることに2人は気が付いていた。
1つは、とてもよく食べるようになったということだ。
クリスは元来食の細い少女であったが、治療後の彼女は好き嫌いなく実によく食べた。
自分が食べるようになったからか、食卓の品数は以前よりかなり増え、どこで覚えてのか分からない見たことのない料理も登場するようになった。
また、以前はしゃべらなかったから分からなかっただけかもしれないが、結構な毒を吐くようになった。
ガラフは村に行った際、夕食時にそこであった出来事を話すことがあった。
治療前は黙って聞いていたクリスだが、治療後は「それ最悪ですね。」「それ空気読んでないですね。」などと、適格かつ攻撃力の高い突っ込みを入れるようになった。
また、突然暗殺者スキルの鍛錬を始めたことにも驚かされた。
以前は体力もなく鍛錬嫌いだったクリスが、なんとスキルブックに従って必死に鍛錬しているのだ。
スキルブック作者の性格を考えると、そこにはとんでもない内容が書いてあるに違いなかった。
もしかすると途中で諦めるかもしれない、という2人の予想は大きく外れ、クリスは一向に投げ出す気配がなかった。
彼女は、後ろを取ろうと暗闇や物陰に潜み、2人を悩ませた。
そして、一度などは使えるスキルを全て使ってウィルに本気で闇討ちをしかけてきた。
とっさのことで加減ができず、クリスに本気で腹パンしてしまったのは、消し去りたい過去である。
数週間彼女を見ていてガゼフとウィルが出した結論は、
「クリスに違いないが、恐らく別の誰かの人格が強く混ざりこんでいる」
ガゼフとウィルは、元々どんなクリスになろうと家族として受け入れ、大切にしようと決めていた。だから、その別の誰かも含めてクリスはクリスだと考えていた。
そんな訳で、2人はクリスの変化を楽しんでいた。
クリスの冷静な突っ込みに笑い、見たことのない料理に舌鼓を打った。菓子類を買って来ては大喜びされ、幸せそうに食べる姿に喜びを覚える。暗殺者訓練にはハラハラさせられ、作り出す不思議な魔道具に首を傾げた。
静かだった3人の生活はにぎやかなものになった。
いつからか、ウィルはクリスの中に入ってきたのが、その他の誰かで良かったとすら考えるようになっていた。
(いつか、「君はどこから来たんだい?」と聞いてみたいもんだな)
当時、ウィルは14歳、クリスは9歳であった。
2人を引き取ってくれた獣人のガラフは、父親の親友であった。
彼は10年前から居を構えているゲルソン自由都市国家の山中にある小さな家に2人を連れてきた。
家族の死を目の当たりにした2人は、当初食事も睡眠も取れないほど憔悴していた。
ガラフの暖かい支えもあり、ウィルは1か月後には何とか日常に戻れたが、クリスは精神的ショックからか声が出なくなっていた。
それから3年。
ウィルはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩むクリスを優しく支え続けた。
クリスが悪夢で眠れなければ一晩中付き添ったし、起き上がれないときはあれこれ世話を焼いた。
そして、ウィルはガラフの仕事を手伝いながら、自らを徹底的に鍛え上げた。
養父ガラフは高名な武人で、ウィルに惜しみなく技と知識を教え込んだ。
ウィルはクリスを心配させないよう、口では何も言わなかったが、心の底では自分達から家族を奪った者達への復讐を誓っていた。
そして、そのためにはウィルは強くならなければならなかった。
ウィルが17歳となった翌月。
麓の村に出掛けたクリスが石化病に感染した。
石化病は定期的に流行する不治の病で、治療方法は見つかっていなかった。
ウィルとガラフはあらゆる治療を施したが、感染から1週間後、クリスは危篤になった。
2人は、クリスにこの世界での最終手段である<精霊召喚治療>を行った。
100年以上生きているガゼフでさえ数件しか成功を知らないというほどの成功率の低さ。
成功しても性格が変わり、どこかに消えてしまう例もあるというが、ウィルは気にしなかった。
何もかも失った自分に唯一残された大切な大切な存在。
失うなんて耐えられない。
<精霊召喚治療>は成功した。
クリスは無事に目を覚まし、声を取り戻した。
彼女は、治療前と同じ服装をし、同じ朝食を準備した。
多くの記憶を持ち、作るパンも治療前と同じ味がした。
同じ面も多い反面、違う面もたくさんあることに2人は気が付いていた。
1つは、とてもよく食べるようになったということだ。
クリスは元来食の細い少女であったが、治療後の彼女は好き嫌いなく実によく食べた。
自分が食べるようになったからか、食卓の品数は以前よりかなり増え、どこで覚えてのか分からない見たことのない料理も登場するようになった。
また、以前はしゃべらなかったから分からなかっただけかもしれないが、結構な毒を吐くようになった。
ガラフは村に行った際、夕食時にそこであった出来事を話すことがあった。
治療前は黙って聞いていたクリスだが、治療後は「それ最悪ですね。」「それ空気読んでないですね。」などと、適格かつ攻撃力の高い突っ込みを入れるようになった。
また、突然暗殺者スキルの鍛錬を始めたことにも驚かされた。
以前は体力もなく鍛錬嫌いだったクリスが、なんとスキルブックに従って必死に鍛錬しているのだ。
スキルブック作者の性格を考えると、そこにはとんでもない内容が書いてあるに違いなかった。
もしかすると途中で諦めるかもしれない、という2人の予想は大きく外れ、クリスは一向に投げ出す気配がなかった。
彼女は、後ろを取ろうと暗闇や物陰に潜み、2人を悩ませた。
そして、一度などは使えるスキルを全て使ってウィルに本気で闇討ちをしかけてきた。
とっさのことで加減ができず、クリスに本気で腹パンしてしまったのは、消し去りたい過去である。
数週間彼女を見ていてガゼフとウィルが出した結論は、
「クリスに違いないが、恐らく別の誰かの人格が強く混ざりこんでいる」
ガゼフとウィルは、元々どんなクリスになろうと家族として受け入れ、大切にしようと決めていた。だから、その別の誰かも含めてクリスはクリスだと考えていた。
そんな訳で、2人はクリスの変化を楽しんでいた。
クリスの冷静な突っ込みに笑い、見たことのない料理に舌鼓を打った。菓子類を買って来ては大喜びされ、幸せそうに食べる姿に喜びを覚える。暗殺者訓練にはハラハラさせられ、作り出す不思議な魔道具に首を傾げた。
静かだった3人の生活はにぎやかなものになった。
いつからか、ウィルはクリスの中に入ってきたのが、その他の誰かで良かったとすら考えるようになっていた。
(いつか、「君はどこから来たんだい?」と聞いてみたいもんだな)
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