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第1章 大きな森の小さな家
6.家が静かすぎる!
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衝撃の「実は私勇者でした」事件から1週間経った。
クリスは「まずは慣れることです」というアレッタの勧めに従い、これから暮らしていく環境に慣れることを心掛けた。
クリスはまず家の中と外を探検することから始めた。
家は山の上にあるらしく、周りは森に囲まれている。敷地は小学校の校庭くらいと結構広い。庭には小さな畑や果物のものらしい樹木があり、少し離れたところに鶏小屋もある。
たまに麓の村に買い物に行くらしいが、基本は自給自足だ。
家は6LDKで、ダイニングと3人の部屋以外に、客用の寝室が2つ用意されている。
離れの小屋には獣やモンスターの素材をため込んであり、年に何回か行商人が来て買い取っていくらしかった。
昔からログハウスに憧れを持っていたクリスはこの家がとても気に入った。
(一度こういう所に住んでみたかったんだよね!)
この家では各自に役割が決められていた。
ガゼフとウィルは「狩猟」「農業」「養鶏」など外回りの仕事。クリスの役割は「家事料理全般」であった。
この世界では職業スキル(魔法)が科学の替わりをしている。
クリスの持っている<錬金術スキル>はアレッタが「究極の便利スキル」と呼ぶだけあって、簡単な家事料理魔法が使える上、動植物など天然のもの以外はほとんど錬成できるらしかった。
このスキルを駆使し、クリスは<清掃>で家を一瞬で清め、<ウオッシュ>で洗濯物から汚れを取り、<ドライ>で乾かした。
(便利過ぎるでしょ、魔法。日本だったら、6LDKの掃除が10分とかありえない。窓だって<ウオッシュ>でピカピカだし、洗濯物も干さなくていい)
料理はある程度自分で行わなければならなかったが、もともと料理が好きなクリスにとっては良い気分転換になった。
不思議なことに、台所には醤油、味噌、みりん等の日本の調味料はほとんど揃っていた。
アレッタに聞いてみたところ、食文化については定期的に異世界召喚される日本人の影響が強いらしい。台所にあったレシピ本にも“肉じゃが”“カレーライス”などの日本料理が沢山載っていた。
最初の3日ほどはレシピ本や体が覚えている料理を作っていたクリスだが、4日目にどうしても“スパゲィミートソース”が食べたくなり、試しに作ってみた。
見たことのない料理を出された2人が何か言うだろうと覚悟していたのだが、ガゼフとウィルは特に何も言わず、「美味しい」と言って完食した。
試しに次の日は“カルボナーラ”を作ってみたが、これも全く問題なかった。
そこからクリスは自重するのを完全に止め、自分が好きな物を作るようになり、それを2人が「美味しい」と言って食べるのを見るのが毎日の楽しみになった。
ガラフはいわゆる「獣人」で、明るい茶色い髪の毛にクマの耳が生えている2m近い大男である。
濃茶の穏やかで誠実そうな瞳が印象的で、パッと見50歳くらいに見えるが、実は137歳の老人だ。
職業が「元聖騎士」というだけあって武芸に長けており、よくウィルに稽古をつけてやっていた。
ウィルは見目麗しい無口な青年だった。
「ああ」「そうだな」「分かった」「ありがとう」の4単語以外しゃべらない日もあり、何を考えているの分からない部分も多い。
常に剣を携帯しており、暇さえあればガラフと剣の稽古をしている。
面倒見は良いらしく、クリスのことはいつも気にかけており、クリスが重い荷物を持っていると横に来てさり気なく持ってくれたり、食事の準備をしていると手伝ってくれる等、様々なサポートをしてくれた。
穏やかで優しい2人に囲まれてクリスの生活は順調だった。
――たった1点を除いて。
(家が静かすぎる!)
ガラフもウィルも無口なため、食卓は常に無言であった。
「美味しい」「ありがとう」は欠かさず言う2人であったが、そこから話が全く膨らまない。シーンとした食卓で黙々と料理を食べて、黙って片づけて解散する。
陽菜時代からおしゃべりな方ではなかったが、流石にこれにはクリスも閉口した。
(ねえ、アレッタ。この体の前の持ち主って言葉が出なかったんだよね?)
『はい』
(てことはさ、この家って挨拶以外誰もしゃべらない日もあったんじゃないのかな)
『・・・・』
あまりの静けさに、ある朝クリスはウィルを会話に誘おうと試みた。
「兄上、今日はいい天気ですね。畑仕事日和ですね」
「ああ」
「今日の予定は何ですか?」
「畑仕事と狩りだ」
「兄上、今日の服に合ってますね」
「昨日と同じだが」
「・・・」
クリスは頭を抱えた。
自分も話を振るのが上手いとは言えないが、あまりにも話が膨らまない。この人と会話するには一体どうしたら良いのだろうか。クリスが悩んでいると、ウィルが口を開いた。
「今日は、少し本を読もうと思っている」
クリスが目をパチクリさせると、ウィルが顔を背ける。
2人の間を不思議な空気が流れた。
ウィルが再び口を開く。
「いや。さっき予定を聞かれたから」
「ああ・・・」
クリスはようやくウィルが話を膨らませようと努力しているのが分かった。
(なにこれ!兄上超かわいい!)
「兄上は何の本がお好きなんですか?」
「特にないな」
「・・・・」
「――いや。最近は剣術の本や童話なんかを読んでいる」
「童話ですか!何の童話ですか?」
「普通の童話だ」
「・・・・・」
「――いや。昔の魔族物語が好きだな」
クリスは笑いを必死にこらえた。
どうやらウィルはクリスに合わせるために最大限の努力をしてくれるつもりらしい。
その日からクリスはウィルに積極的に話しかけ、ウィルは精一杯努力してそれに答えるようになった。そして、そこにガラフも徐々に加わり、1カ月も経つと食卓は以前と比べ物にならないほどにぎやかになった。
クリスは「まずは慣れることです」というアレッタの勧めに従い、これから暮らしていく環境に慣れることを心掛けた。
クリスはまず家の中と外を探検することから始めた。
家は山の上にあるらしく、周りは森に囲まれている。敷地は小学校の校庭くらいと結構広い。庭には小さな畑や果物のものらしい樹木があり、少し離れたところに鶏小屋もある。
たまに麓の村に買い物に行くらしいが、基本は自給自足だ。
家は6LDKで、ダイニングと3人の部屋以外に、客用の寝室が2つ用意されている。
離れの小屋には獣やモンスターの素材をため込んであり、年に何回か行商人が来て買い取っていくらしかった。
昔からログハウスに憧れを持っていたクリスはこの家がとても気に入った。
(一度こういう所に住んでみたかったんだよね!)
この家では各自に役割が決められていた。
ガゼフとウィルは「狩猟」「農業」「養鶏」など外回りの仕事。クリスの役割は「家事料理全般」であった。
この世界では職業スキル(魔法)が科学の替わりをしている。
クリスの持っている<錬金術スキル>はアレッタが「究極の便利スキル」と呼ぶだけあって、簡単な家事料理魔法が使える上、動植物など天然のもの以外はほとんど錬成できるらしかった。
このスキルを駆使し、クリスは<清掃>で家を一瞬で清め、<ウオッシュ>で洗濯物から汚れを取り、<ドライ>で乾かした。
(便利過ぎるでしょ、魔法。日本だったら、6LDKの掃除が10分とかありえない。窓だって<ウオッシュ>でピカピカだし、洗濯物も干さなくていい)
料理はある程度自分で行わなければならなかったが、もともと料理が好きなクリスにとっては良い気分転換になった。
不思議なことに、台所には醤油、味噌、みりん等の日本の調味料はほとんど揃っていた。
アレッタに聞いてみたところ、食文化については定期的に異世界召喚される日本人の影響が強いらしい。台所にあったレシピ本にも“肉じゃが”“カレーライス”などの日本料理が沢山載っていた。
最初の3日ほどはレシピ本や体が覚えている料理を作っていたクリスだが、4日目にどうしても“スパゲィミートソース”が食べたくなり、試しに作ってみた。
見たことのない料理を出された2人が何か言うだろうと覚悟していたのだが、ガゼフとウィルは特に何も言わず、「美味しい」と言って完食した。
試しに次の日は“カルボナーラ”を作ってみたが、これも全く問題なかった。
そこからクリスは自重するのを完全に止め、自分が好きな物を作るようになり、それを2人が「美味しい」と言って食べるのを見るのが毎日の楽しみになった。
ガラフはいわゆる「獣人」で、明るい茶色い髪の毛にクマの耳が生えている2m近い大男である。
濃茶の穏やかで誠実そうな瞳が印象的で、パッと見50歳くらいに見えるが、実は137歳の老人だ。
職業が「元聖騎士」というだけあって武芸に長けており、よくウィルに稽古をつけてやっていた。
ウィルは見目麗しい無口な青年だった。
「ああ」「そうだな」「分かった」「ありがとう」の4単語以外しゃべらない日もあり、何を考えているの分からない部分も多い。
常に剣を携帯しており、暇さえあればガラフと剣の稽古をしている。
面倒見は良いらしく、クリスのことはいつも気にかけており、クリスが重い荷物を持っていると横に来てさり気なく持ってくれたり、食事の準備をしていると手伝ってくれる等、様々なサポートをしてくれた。
穏やかで優しい2人に囲まれてクリスの生活は順調だった。
――たった1点を除いて。
(家が静かすぎる!)
ガラフもウィルも無口なため、食卓は常に無言であった。
「美味しい」「ありがとう」は欠かさず言う2人であったが、そこから話が全く膨らまない。シーンとした食卓で黙々と料理を食べて、黙って片づけて解散する。
陽菜時代からおしゃべりな方ではなかったが、流石にこれにはクリスも閉口した。
(ねえ、アレッタ。この体の前の持ち主って言葉が出なかったんだよね?)
『はい』
(てことはさ、この家って挨拶以外誰もしゃべらない日もあったんじゃないのかな)
『・・・・』
あまりの静けさに、ある朝クリスはウィルを会話に誘おうと試みた。
「兄上、今日はいい天気ですね。畑仕事日和ですね」
「ああ」
「今日の予定は何ですか?」
「畑仕事と狩りだ」
「兄上、今日の服に合ってますね」
「昨日と同じだが」
「・・・」
クリスは頭を抱えた。
自分も話を振るのが上手いとは言えないが、あまりにも話が膨らまない。この人と会話するには一体どうしたら良いのだろうか。クリスが悩んでいると、ウィルが口を開いた。
「今日は、少し本を読もうと思っている」
クリスが目をパチクリさせると、ウィルが顔を背ける。
2人の間を不思議な空気が流れた。
ウィルが再び口を開く。
「いや。さっき予定を聞かれたから」
「ああ・・・」
クリスはようやくウィルが話を膨らませようと努力しているのが分かった。
(なにこれ!兄上超かわいい!)
「兄上は何の本がお好きなんですか?」
「特にないな」
「・・・・」
「――いや。最近は剣術の本や童話なんかを読んでいる」
「童話ですか!何の童話ですか?」
「普通の童話だ」
「・・・・・」
「――いや。昔の魔族物語が好きだな」
クリスは笑いを必死にこらえた。
どうやらウィルはクリスに合わせるために最大限の努力をしてくれるつもりらしい。
その日からクリスはウィルに積極的に話しかけ、ウィルは精一杯努力してそれに答えるようになった。そして、そこにガラフも徐々に加わり、1カ月も経つと食卓は以前と比べ物にならないほどにぎやかになった。
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