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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
平穏
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諸月の時期から3ヶ月が経過した。帝都に侵入したモンスターの爪痕はほぼほぼ修復されており、帝都は平穏な日常を見せている。この間にモンスターが帝都を襲撃することはなかった。それどころか、帝国の他の都市や砦をモンスターが襲うことも少なくなっていた。どうやら帝国内のモンスターの総数が少なくなっているらしい。
諸月の時期に帝都に集まったモンスターは例年よりはるかに多かった。これは帝都周辺からだけでなく、帝国全土からモンスターが特異的に集まったためと推察されている。それらをほぼすべて討滅したことにより、帝国内のモンスターが少なくなっているのではと分析されていた。
ベティさんが懸念していた知性のあるモンスターの兆候も現れていない。「杞憂であればいいんだけどね……」とベティさんは呟いていた。
アルの無職を慰める会以降、クリスくんとレイジーちゃんの仲は少しだけギクシャクしていた。クリスくんが話しかけると、レイジーちゃんがちょっとだけ身構えるようになったのだ。それでも3ヶ月も経つと落ち着いたようで、二人は以前のように自然に話すようになっていた。
「カールさんも、『あっくん』のことは知らないようですね」
カール准教授と話したクリスくんが報告してくれる。
「そんなあだ名の人も居なければ、それに類する名前の人も居ないようです」
(そうか。じゃあ、『あっくん』というのは誰のことなんだろう……)
「手がかりになるかは分かりませんが、レイジーの観察記録を見る許可をもらって来ました。僕が世話する前のものです。詳細な実験方法・結果など機密の部分は載ってませんけど、これで少しは彼女のことが分かるといいんですが……」
彼の台詞の語尾は尻すぼみになる。期待は薄いということだろう。また、あっくんのことの他に、ガイアへと向かった宇宙船の乗組員をレイジーちゃんが知っていたことについて尋ねたそうだが、「前の世話人が世間話にしたことでも覚えていたんだろう」という回答だった。
(ストークス号については訊かなかったのか?)
「ええ。これはまだ、訊くべきではないと思いましてね……」
(訊くべきでない?)
「ええ。慎重になってるんです。ベティ姉さんたちにもあまり言いふらさないように言っておきました。悪霊さんもこのことは迂闊に話さないでくださないね」
(それは構わないけど、どうしてそんなに慎重になるんだ?)
「秘密です」
彼は人差し指を口に当てる。何か考えがあるらしい。それ以降は訊いても答えてくれなかったが、とりあえずクリスくんの言う通りにしておくことにした。
アンナは帝都で働いている。役所の受付対応をしているらしい。こっそり覗きに行ってみた。仕事用の制服が可愛かった。ケイトは諸月の時期が終わったので、各国を巡って商談や仕入れを行っている。定期的に帝都に立ち寄っているが、留守のほうが多いようだ。アルはしばらく無職を満喫した後、故郷であるオーストニア公国に帰国した。親に呼び出されたついでにそちらで職を探すらしい。二週間ほど前にみんなに見送られて、彼は帝都を出発した。
死神さんは何回か様子を見に来た。
ラブハリケーンを渡されてから初めて会う死神さんは、「どうぞ、お収め下さい……」とスパッツを俺に献上してきた。
(何ですかコレ?)
「スパッツです」
死神さんに呼び出されて実験塔の屋上に行くなり、彼女は屋根の上に正座してこれを差し出した。
(いや、それは見れば分かります)
「私の履いていたスパッツです」
それは見ても分かりませんでした。
「期待させたお詫びの印です」
続けて死神さんは言う。つまるところ、恋の夏風の出力が思ったよりも小さくなってしまったことに対するお詫びのようだ。能力制作部門にも出力を上げる方法がないか相談したらしいが、どうにもならなかったらしい。報酬として与えたものが期待外れの能力であり、そのせいで俺との信頼関係にヒビが入るとまずいので、これを渡すことで手打ちにしたいようだ。
「ほ、ほら。悪霊さんスパッツ好きですよね。この前スパッツ置いていけって言ってましたし……」
(俺が好きなのはスパッツ単体じゃないです。スカートをたくし上げて、肌に張り付いたスパッツを見ることが好きなんです)
「……つまり、履けと?」
(そういうことです)
うー、と唸り、顔を赤らめる死神さん。
「ぬ、脱ぎたてスパッツじゃ駄目ですかね……。ホカホカですよー?」
(あ、温度とか分からないんで。見るだけしかできないんで)
「あーもう、ごちゃごちゃうるさいですね! さっきから恥ずかしい思いをしてるんですから、おとなしく受け取って下さい!」
死神さんはスパッツを掴み、もう片方の腕で動かないよう俺を固定すると、スパッツを俺の身体にねじ込み始めた。
(や、柔らか温かい!?)
柔らかい布が身体をこする感触がある。思わず変な声が漏れる。
「さっさと入れー!」
死神さんが叫ぶと、俺の身体をこする感触は消えてしまった。死神さんの手元からもスパッツが消失している。
「……ふう、やっと入りましたね。これにて受け渡し完了です。報酬も問題なしですね」
(え、俺の身体どうなってるの? お酒、食べ物だけじゃなくて、物体も入るの!?)
「そうですね。なんか入るみたいです。装備品扱いにでもなってるんじゃないですかね?」
(そんな感触は微塵もないんですが……)
死神さんの履いていたスパッツを履く自身の絵面を想像した。これは変態が過ぎる。
「それじゃあ、私はこれで」
死神さんは去っていった。終始顔を赤くしていたし、スパッツの献上は彼女の本意ではなかったのかもしれない。大方、上司にでも指示されたのだろう。献上品などなくともミッションは続けるつもりだったが、ちょっといい思いもできたからまあいいか。
それ以降に様子を見に来た死神さんは、必ず食べ物を持参していた。ちょっとした意趣返しのつもりかもしれない。進捗がないことを確認すると、彼女はすぐに帰っていった。忙しいのかな。
ある天気の良い休日。俺とクリスくんは食料や日用品の買い物に出かけていた。
「なんだろう、あれ」
クリスくんは商店街の中央に位置する広場を丘の上から見下ろしていた。人だかりができている。その中央には黒服に身を包んだSPと、彼らに守られて移動している一人の女性がいた。人だかりからは歓声が上がっている。有名人でも来ているようだ。
「なあ、聞いたか。歌姫リーアが来てるらしいぜ」
「本当か?」
「ああ。何でも、諸月の慰安を兼ねて各国を周ってるらしい。今はそこの広場にいるみたいだ。行ってみようぜ」
通行人の話し声が聞こえる。歌姫リーア。あのSPに囲まれている女性がそうかな。
(歌姫さんが来てるらしいね)
「そうみたいですね。混んでるみたいですし、少し待ってから行きましょうか」
クリスくんは近くのベンチに腰掛ける。
(見に行ったりしないの?)
「興味ないですね。別に知り合いというわけでもありませんし」
冷静な目つきで広場を眺めるクリスくん。本当に興味なさげであった。
「ねえ、あなた達。歌姫リーアに興味がないって本当?」
突然、クリスくんが声をかけられる。声の主はフード目深に被った小柄な女性だ。フードで顔は見えないが、声で女性であることは分かった。
「そうですけど、何か?」
「ふーん、そう、なんだ。じゃあ、ちょっと頼みがあるんだけど……。私、帝都には初めて来たんだけど、ちょっと行きたい場所があってね。案内して欲しいんだ」
「案内、ですか? 道を教えるのはーー」
「ごめん。私、すっごい方向音痴でね。教わっても絶対に迷う自信があるし、できれば案内してほしんだけど……」
うーんと考え込むクリスくん。広場の人はますます増えていて、歌姫さんも身動きが取れなくなっている。このままでは買い物もいつ始められるか分かったものではない。
「もちろん、お礼はするよ。どうかな?」
クリスくんが俺に向かって手で合図する。
「いいですか? 悪霊さん」
(いいんじゃないかな。ただ待つのも暇だし)
「じゃ、そういうことで」
フードの女性に怪しまれないよう、限りなく小声で俺たちは相談する。
「OKですよ。それで、どこに行きたいんですか?」
「ありがとー。いやー、助かるよ。本当に道に迷っててね。人も多いし、やんなっちゃうよねー。あ、私の名前はリーシャね、よろしく」
そう言って彼女は右手を差し出した。握手のつもりらしい。
「僕はクリストファーです。クリスと呼んで下さい」
クリスくんが握手を返した瞬間、ちょうど俺たちの居る丘に風が吹いた。フードがめくれ、女性の顔が顕になる。「やばっ」と彼女は慌ててフードを被り直した。
「……あれ? あなたは……」
クリスくんがフードの女性と広場を交互に見る。
「もしかして、歌姫リもがぁ」
女性は慌てた様子でクリスくんの口を塞ぐ。
「大きな声出さないで! 誰にも聞こえなかったでしょうね……。興味ないんじゃなかったの?」
リーシャと名乗る女性は小声で尋ねる。
「……いや、興味ないだけで顔くらいは知ってますよ。ーー本人ですか?」
「ええ」
悔しそうに彼女は認めた。
「なんでまたこんなところに、歌姫リーアが居るんですか?」
諸月の時期に帝都に集まったモンスターは例年よりはるかに多かった。これは帝都周辺からだけでなく、帝国全土からモンスターが特異的に集まったためと推察されている。それらをほぼすべて討滅したことにより、帝国内のモンスターが少なくなっているのではと分析されていた。
ベティさんが懸念していた知性のあるモンスターの兆候も現れていない。「杞憂であればいいんだけどね……」とベティさんは呟いていた。
アルの無職を慰める会以降、クリスくんとレイジーちゃんの仲は少しだけギクシャクしていた。クリスくんが話しかけると、レイジーちゃんがちょっとだけ身構えるようになったのだ。それでも3ヶ月も経つと落ち着いたようで、二人は以前のように自然に話すようになっていた。
「カールさんも、『あっくん』のことは知らないようですね」
カール准教授と話したクリスくんが報告してくれる。
「そんなあだ名の人も居なければ、それに類する名前の人も居ないようです」
(そうか。じゃあ、『あっくん』というのは誰のことなんだろう……)
「手がかりになるかは分かりませんが、レイジーの観察記録を見る許可をもらって来ました。僕が世話する前のものです。詳細な実験方法・結果など機密の部分は載ってませんけど、これで少しは彼女のことが分かるといいんですが……」
彼の台詞の語尾は尻すぼみになる。期待は薄いということだろう。また、あっくんのことの他に、ガイアへと向かった宇宙船の乗組員をレイジーちゃんが知っていたことについて尋ねたそうだが、「前の世話人が世間話にしたことでも覚えていたんだろう」という回答だった。
(ストークス号については訊かなかったのか?)
「ええ。これはまだ、訊くべきではないと思いましてね……」
(訊くべきでない?)
「ええ。慎重になってるんです。ベティ姉さんたちにもあまり言いふらさないように言っておきました。悪霊さんもこのことは迂闊に話さないでくださないね」
(それは構わないけど、どうしてそんなに慎重になるんだ?)
「秘密です」
彼は人差し指を口に当てる。何か考えがあるらしい。それ以降は訊いても答えてくれなかったが、とりあえずクリスくんの言う通りにしておくことにした。
アンナは帝都で働いている。役所の受付対応をしているらしい。こっそり覗きに行ってみた。仕事用の制服が可愛かった。ケイトは諸月の時期が終わったので、各国を巡って商談や仕入れを行っている。定期的に帝都に立ち寄っているが、留守のほうが多いようだ。アルはしばらく無職を満喫した後、故郷であるオーストニア公国に帰国した。親に呼び出されたついでにそちらで職を探すらしい。二週間ほど前にみんなに見送られて、彼は帝都を出発した。
死神さんは何回か様子を見に来た。
ラブハリケーンを渡されてから初めて会う死神さんは、「どうぞ、お収め下さい……」とスパッツを俺に献上してきた。
(何ですかコレ?)
「スパッツです」
死神さんに呼び出されて実験塔の屋上に行くなり、彼女は屋根の上に正座してこれを差し出した。
(いや、それは見れば分かります)
「私の履いていたスパッツです」
それは見ても分かりませんでした。
「期待させたお詫びの印です」
続けて死神さんは言う。つまるところ、恋の夏風の出力が思ったよりも小さくなってしまったことに対するお詫びのようだ。能力制作部門にも出力を上げる方法がないか相談したらしいが、どうにもならなかったらしい。報酬として与えたものが期待外れの能力であり、そのせいで俺との信頼関係にヒビが入るとまずいので、これを渡すことで手打ちにしたいようだ。
「ほ、ほら。悪霊さんスパッツ好きですよね。この前スパッツ置いていけって言ってましたし……」
(俺が好きなのはスパッツ単体じゃないです。スカートをたくし上げて、肌に張り付いたスパッツを見ることが好きなんです)
「……つまり、履けと?」
(そういうことです)
うー、と唸り、顔を赤らめる死神さん。
「ぬ、脱ぎたてスパッツじゃ駄目ですかね……。ホカホカですよー?」
(あ、温度とか分からないんで。見るだけしかできないんで)
「あーもう、ごちゃごちゃうるさいですね! さっきから恥ずかしい思いをしてるんですから、おとなしく受け取って下さい!」
死神さんはスパッツを掴み、もう片方の腕で動かないよう俺を固定すると、スパッツを俺の身体にねじ込み始めた。
(や、柔らか温かい!?)
柔らかい布が身体をこする感触がある。思わず変な声が漏れる。
「さっさと入れー!」
死神さんが叫ぶと、俺の身体をこする感触は消えてしまった。死神さんの手元からもスパッツが消失している。
「……ふう、やっと入りましたね。これにて受け渡し完了です。報酬も問題なしですね」
(え、俺の身体どうなってるの? お酒、食べ物だけじゃなくて、物体も入るの!?)
「そうですね。なんか入るみたいです。装備品扱いにでもなってるんじゃないですかね?」
(そんな感触は微塵もないんですが……)
死神さんの履いていたスパッツを履く自身の絵面を想像した。これは変態が過ぎる。
「それじゃあ、私はこれで」
死神さんは去っていった。終始顔を赤くしていたし、スパッツの献上は彼女の本意ではなかったのかもしれない。大方、上司にでも指示されたのだろう。献上品などなくともミッションは続けるつもりだったが、ちょっといい思いもできたからまあいいか。
それ以降に様子を見に来た死神さんは、必ず食べ物を持参していた。ちょっとした意趣返しのつもりかもしれない。進捗がないことを確認すると、彼女はすぐに帰っていった。忙しいのかな。
ある天気の良い休日。俺とクリスくんは食料や日用品の買い物に出かけていた。
「なんだろう、あれ」
クリスくんは商店街の中央に位置する広場を丘の上から見下ろしていた。人だかりができている。その中央には黒服に身を包んだSPと、彼らに守られて移動している一人の女性がいた。人だかりからは歓声が上がっている。有名人でも来ているようだ。
「なあ、聞いたか。歌姫リーアが来てるらしいぜ」
「本当か?」
「ああ。何でも、諸月の慰安を兼ねて各国を周ってるらしい。今はそこの広場にいるみたいだ。行ってみようぜ」
通行人の話し声が聞こえる。歌姫リーア。あのSPに囲まれている女性がそうかな。
(歌姫さんが来てるらしいね)
「そうみたいですね。混んでるみたいですし、少し待ってから行きましょうか」
クリスくんは近くのベンチに腰掛ける。
(見に行ったりしないの?)
「興味ないですね。別に知り合いというわけでもありませんし」
冷静な目つきで広場を眺めるクリスくん。本当に興味なさげであった。
「ねえ、あなた達。歌姫リーアに興味がないって本当?」
突然、クリスくんが声をかけられる。声の主はフード目深に被った小柄な女性だ。フードで顔は見えないが、声で女性であることは分かった。
「そうですけど、何か?」
「ふーん、そう、なんだ。じゃあ、ちょっと頼みがあるんだけど……。私、帝都には初めて来たんだけど、ちょっと行きたい場所があってね。案内して欲しいんだ」
「案内、ですか? 道を教えるのはーー」
「ごめん。私、すっごい方向音痴でね。教わっても絶対に迷う自信があるし、できれば案内してほしんだけど……」
うーんと考え込むクリスくん。広場の人はますます増えていて、歌姫さんも身動きが取れなくなっている。このままでは買い物もいつ始められるか分かったものではない。
「もちろん、お礼はするよ。どうかな?」
クリスくんが俺に向かって手で合図する。
「いいですか? 悪霊さん」
(いいんじゃないかな。ただ待つのも暇だし)
「じゃ、そういうことで」
フードの女性に怪しまれないよう、限りなく小声で俺たちは相談する。
「OKですよ。それで、どこに行きたいんですか?」
「ありがとー。いやー、助かるよ。本当に道に迷っててね。人も多いし、やんなっちゃうよねー。あ、私の名前はリーシャね、よろしく」
そう言って彼女は右手を差し出した。握手のつもりらしい。
「僕はクリストファーです。クリスと呼んで下さい」
クリスくんが握手を返した瞬間、ちょうど俺たちの居る丘に風が吹いた。フードがめくれ、女性の顔が顕になる。「やばっ」と彼女は慌ててフードを被り直した。
「……あれ? あなたは……」
クリスくんがフードの女性と広場を交互に見る。
「もしかして、歌姫リもがぁ」
女性は慌てた様子でクリスくんの口を塞ぐ。
「大きな声出さないで! 誰にも聞こえなかったでしょうね……。興味ないんじゃなかったの?」
リーシャと名乗る女性は小声で尋ねる。
「……いや、興味ないだけで顔くらいは知ってますよ。ーー本人ですか?」
「ええ」
悔しそうに彼女は認めた。
「なんでまたこんなところに、歌姫リーアが居るんですか?」
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