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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜
諸月の時期3
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諸月の時期も八日目となった。モンスターは毎夜のように押し寄せているが、今の所大きな被害は出ていない。せいぜい階段を登っていた軍人が大砲の音に驚いて転倒し骨折した程度だ。何とも僥倖である。
モンスターは主に帝都の北東側から来る。こちらには連峰がつらなっており、自然豊かであるためモンスターも多いらしい。以前に黒虎が出現したのも北東側だ。そのため、帝都の北東側は道が広く空き地も多い。もしものときの備えになっているらしい。
エイビス研究所は帝都の中央付近のやや東側に位置する。東側とはいえ、中央付近ともなれば城壁からはかなり離れている。耳を済ますと辛うじて砲撃音が聞こえるが、歩く人々はあまり気にしていないようだ。
「それじゃあレイジー、また明日ね」
「ばいばい、クリスー」
いつものように、クリスくんはレイジーちゃんの世話を終え、実験塔を出た。
予算はなくなったものの時間を無駄にする気はないらしく、彼はほぼ毎日出勤して机に向かっている。明確な仕事があるわけではないが、研究を机上で進めているらしい。タカヤナギ教授やコバヤシ先輩とディスカッションする姿も見かけた。まことに勤勉である。
ちなみに、俺は文字が読めないのだがレイジーちゃんのように勉強する気はさらさら無く、外でラブハリケーンの訓練をしていた。だってミッション達成後はまた別の世界に行ってしまうのだ。そうなると、覚えた文字をまた覚え直さなくてはならない。それは非常に面倒くさい。ほんやく○ンニャクがあることだし、ラブハリケーンの威力を上げることのほうが有意義だ。そう思った俺は、女性研究者のスカートに微風を浴びせる特訓に励んでいた。非常に残念ながらまだ特訓の成果は出ていない。女性研究員は特に気にする素振りを見せずに歩き去ってしまった。
研究所の門を出たところで、クリスくんはポンと手を打ち、ちょいちょいと手で合図を出した。俺とクリスくんで決めた内緒話をする際の合図である。俺はクリスくんの顔の近くにスススと移動する。
(どうした?)
「言い忘れてたんですけど、僕は今日、友達と夕飯を一緒にする約束をしていまして。悪霊さんひとりで帰ってください」
(え!? クリスくん、友達いたの!?)
「いや、それはいますよ。人をコミュ障みたいに言わないでください」
あと驚きすぎです、と彼は口を尖らせる。
今まで友達らしき人を見たことが無かったので、てっきり友達皆無マンだと思っていた。飛び級してたし、15歳で働いてるし。同年代はまだ学生なんでしょ?
「そうですけど、これから合うのは同年代の友達じゃなくて大学の同期ですよ。僕、大学の後半は飛び級してないので、それなりに付き合いの長い人もいますし」
あ、なるほどね。大学の友達か。
(ふーん、そっか。じゃあ俺はお邪魔だろうし、今日はひとりで帝都観光して帰ろっかな)
「はい。では、また後で」
そう言って彼はいつもとは違う道を歩き始めた。お城へと向かう道である。
そっかー。クリスくんにも友達がいたのか。お兄ちゃん安心したわ。あの子、いつも机に齧りつくかレイジーちゃんのお世話をしているのだもの。このまま人付き合いの拙い象牙の塔の住人になっちまうかと思ったわ。いやー、安心安心。ーーん?
突然、クリスくんは誰かに肩を叩かれた。叩いたのは赤毛の女性だ。わりと美人である。彼女は笑顔でクリスくんに接し、クリスくんも笑顔を返している。どうやら顔見知りらしい。あ、女性がクリスくんの頭を撫でている。
「おー、クリス。まだちっこいなー。全然背が伸びてないぞー。にっしっし」
「ちょっと、アンナさん! 頭触らないでくださいよ! また、子供扱いして……」
「おや? 怒った? 子供扱いされて怒るなんて、お子様ですねー。逆逆。大人はね、子供扱いされたがるから大人なんですよ?」
「なんですか? それ? 意味が分かりません」
「やれやれ、まだクリスには早かったか……。意味が分かるのは君がもう少し大人になったらだなー。よしよし」
「だから!」
……そういえば、クリスくんって大学時代に彼女が居たんだよな……。
俺はクリスくんに付いていくことに決めた。変な虫がつかないよう彼をしっかりと見張って置く必要がある。これは俺の使命なのだ。妬ましい気持ちは微塵もないぞ。繰り返す、これは俺の使命なのだ。世界を守るために必要な措置である。子供になりたいなんて、微塵も思ってないからな。
夜の帳が下り始める。諸月の夜、8日目が始まろうとしていた。
-------------
北東の城壁の上で、エリザベスは違和感を感じていた。
(獣の匂いがかなり強い……)
ヘルメットを被り直し、暗視スコープの望遠機能をオンにする。視界の中にモンスターの影はない。にも関わらず、山風に混じって強い獣臭がする。
昨夜までに討伐したモンスターには既に薬を撒いている。土に還るのを早め、腐臭を抑える薬だ。有毒であるためモンスターが死体を食べることもない。もっとも、食べて死んでくれたほうがありがたいのだが。
(暴れて襲いかかってくるはずの諸月のモンスターが、息を潜めているのか?)
彼女の脳内をよぎったのは一抹の不安。例年とは違うモンスターの様子。だが、まだ確信が持てないので、注意を促すに留める。
「ーー軍団長殿。エリザベスです。視認はできませんが、モンスターの気配は充満しています。ご注意を」
「ーーこちらアキレスだ。了解した。場所の見当はつくか? 牽制してみよう」
「ーー断定はできませんが、ポイントNE-3-28あたりが怪しいかと」
「ーー分かった。伏せて様子を見ていてくれ」
無線が切れて十数秒後。エリザベスの指定したポイントに寸分違わず砲弾が飛んでいく。弾頭は空中で分解し、散乱した小規模なクラスター爆弾が、地面を破裂させる。
目を灼く光が走り、腹の底に音が響く。数mほど煙が登り、視界の見通しが悪くなった。
「ーー軍団長殿。何を撃ってるんですか。牽制って言ったじゃないですか。何も見えませんよ」
「ーーああ、すまんな。お前の報告の直後に、犇めいていることが確定してな。急遽変更した」
通信に混じって獣の嘶く声が聞こえる。狙い通り、モンスターの集団に爆撃がヒットしたらしい。突然の攻撃に怯え、怒り、動き出すモンスターたち。その一連の動きは伝播し、遠くの山肌まで震えた気がした。
「ーーそれと、素敵な情報だ。群れの規模が予想より膨れ上がった。お前は今すぐこっちへ戻ってこい。第四さんが演奏会を始めるそうだ。そこにいると、音と光でお前でも失神するぞ」
「ーー了解」
エリザベスは無線を切ると城壁を内側へと飛び降りた。途中、二つほどの飛び石に脚を止め、彼女は地面に着地する。先祖返りであればこの程度は造作もない。待機していた部下数名と一緒に、彼女は司令室へと移動する。その直後、花火を数百倍ほど強力にした爆音が響き渡った。
モンスターは主に帝都の北東側から来る。こちらには連峰がつらなっており、自然豊かであるためモンスターも多いらしい。以前に黒虎が出現したのも北東側だ。そのため、帝都の北東側は道が広く空き地も多い。もしものときの備えになっているらしい。
エイビス研究所は帝都の中央付近のやや東側に位置する。東側とはいえ、中央付近ともなれば城壁からはかなり離れている。耳を済ますと辛うじて砲撃音が聞こえるが、歩く人々はあまり気にしていないようだ。
「それじゃあレイジー、また明日ね」
「ばいばい、クリスー」
いつものように、クリスくんはレイジーちゃんの世話を終え、実験塔を出た。
予算はなくなったものの時間を無駄にする気はないらしく、彼はほぼ毎日出勤して机に向かっている。明確な仕事があるわけではないが、研究を机上で進めているらしい。タカヤナギ教授やコバヤシ先輩とディスカッションする姿も見かけた。まことに勤勉である。
ちなみに、俺は文字が読めないのだがレイジーちゃんのように勉強する気はさらさら無く、外でラブハリケーンの訓練をしていた。だってミッション達成後はまた別の世界に行ってしまうのだ。そうなると、覚えた文字をまた覚え直さなくてはならない。それは非常に面倒くさい。ほんやく○ンニャクがあることだし、ラブハリケーンの威力を上げることのほうが有意義だ。そう思った俺は、女性研究者のスカートに微風を浴びせる特訓に励んでいた。非常に残念ながらまだ特訓の成果は出ていない。女性研究員は特に気にする素振りを見せずに歩き去ってしまった。
研究所の門を出たところで、クリスくんはポンと手を打ち、ちょいちょいと手で合図を出した。俺とクリスくんで決めた内緒話をする際の合図である。俺はクリスくんの顔の近くにスススと移動する。
(どうした?)
「言い忘れてたんですけど、僕は今日、友達と夕飯を一緒にする約束をしていまして。悪霊さんひとりで帰ってください」
(え!? クリスくん、友達いたの!?)
「いや、それはいますよ。人をコミュ障みたいに言わないでください」
あと驚きすぎです、と彼は口を尖らせる。
今まで友達らしき人を見たことが無かったので、てっきり友達皆無マンだと思っていた。飛び級してたし、15歳で働いてるし。同年代はまだ学生なんでしょ?
「そうですけど、これから合うのは同年代の友達じゃなくて大学の同期ですよ。僕、大学の後半は飛び級してないので、それなりに付き合いの長い人もいますし」
あ、なるほどね。大学の友達か。
(ふーん、そっか。じゃあ俺はお邪魔だろうし、今日はひとりで帝都観光して帰ろっかな)
「はい。では、また後で」
そう言って彼はいつもとは違う道を歩き始めた。お城へと向かう道である。
そっかー。クリスくんにも友達がいたのか。お兄ちゃん安心したわ。あの子、いつも机に齧りつくかレイジーちゃんのお世話をしているのだもの。このまま人付き合いの拙い象牙の塔の住人になっちまうかと思ったわ。いやー、安心安心。ーーん?
突然、クリスくんは誰かに肩を叩かれた。叩いたのは赤毛の女性だ。わりと美人である。彼女は笑顔でクリスくんに接し、クリスくんも笑顔を返している。どうやら顔見知りらしい。あ、女性がクリスくんの頭を撫でている。
「おー、クリス。まだちっこいなー。全然背が伸びてないぞー。にっしっし」
「ちょっと、アンナさん! 頭触らないでくださいよ! また、子供扱いして……」
「おや? 怒った? 子供扱いされて怒るなんて、お子様ですねー。逆逆。大人はね、子供扱いされたがるから大人なんですよ?」
「なんですか? それ? 意味が分かりません」
「やれやれ、まだクリスには早かったか……。意味が分かるのは君がもう少し大人になったらだなー。よしよし」
「だから!」
……そういえば、クリスくんって大学時代に彼女が居たんだよな……。
俺はクリスくんに付いていくことに決めた。変な虫がつかないよう彼をしっかりと見張って置く必要がある。これは俺の使命なのだ。妬ましい気持ちは微塵もないぞ。繰り返す、これは俺の使命なのだ。世界を守るために必要な措置である。子供になりたいなんて、微塵も思ってないからな。
夜の帳が下り始める。諸月の夜、8日目が始まろうとしていた。
-------------
北東の城壁の上で、エリザベスは違和感を感じていた。
(獣の匂いがかなり強い……)
ヘルメットを被り直し、暗視スコープの望遠機能をオンにする。視界の中にモンスターの影はない。にも関わらず、山風に混じって強い獣臭がする。
昨夜までに討伐したモンスターには既に薬を撒いている。土に還るのを早め、腐臭を抑える薬だ。有毒であるためモンスターが死体を食べることもない。もっとも、食べて死んでくれたほうがありがたいのだが。
(暴れて襲いかかってくるはずの諸月のモンスターが、息を潜めているのか?)
彼女の脳内をよぎったのは一抹の不安。例年とは違うモンスターの様子。だが、まだ確信が持てないので、注意を促すに留める。
「ーー軍団長殿。エリザベスです。視認はできませんが、モンスターの気配は充満しています。ご注意を」
「ーーこちらアキレスだ。了解した。場所の見当はつくか? 牽制してみよう」
「ーー断定はできませんが、ポイントNE-3-28あたりが怪しいかと」
「ーー分かった。伏せて様子を見ていてくれ」
無線が切れて十数秒後。エリザベスの指定したポイントに寸分違わず砲弾が飛んでいく。弾頭は空中で分解し、散乱した小規模なクラスター爆弾が、地面を破裂させる。
目を灼く光が走り、腹の底に音が響く。数mほど煙が登り、視界の見通しが悪くなった。
「ーー軍団長殿。何を撃ってるんですか。牽制って言ったじゃないですか。何も見えませんよ」
「ーーああ、すまんな。お前の報告の直後に、犇めいていることが確定してな。急遽変更した」
通信に混じって獣の嘶く声が聞こえる。狙い通り、モンスターの集団に爆撃がヒットしたらしい。突然の攻撃に怯え、怒り、動き出すモンスターたち。その一連の動きは伝播し、遠くの山肌まで震えた気がした。
「ーーそれと、素敵な情報だ。群れの規模が予想より膨れ上がった。お前は今すぐこっちへ戻ってこい。第四さんが演奏会を始めるそうだ。そこにいると、音と光でお前でも失神するぞ」
「ーー了解」
エリザベスは無線を切ると城壁を内側へと飛び降りた。途中、二つほどの飛び石に脚を止め、彼女は地面に着地する。先祖返りであればこの程度は造作もない。待機していた部下数名と一緒に、彼女は司令室へと移動する。その直後、花火を数百倍ほど強力にした爆音が響き渡った。
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