上 下
89 / 172
第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

ラブハリケーン

しおりを挟む
 死神さんに譲渡された新たな能力《チカラ》。恋の夏風ラブハリケーン。主にスカートをめくる程度の風を操る能力。

(まさか俺がファンタジーお馴染みの風魔法を使えるようになるとはな……)

 感激のあまり心のうちでガッツポーズを決める。出力が扇風機並とは言え、特殊能力は特殊能力だ。嬉しくないわけがない。空手裏剣は無理だとしても、頑張れば烈風くらいはできるようになるんじゃないかな。

「それではバッチコーイですよ、悪霊さん。存分に能力の試し打ちをしてくださいな」

 そう言ってヒラヒラと自身のスカートをはためかせる死神さん。え、いいんですか? 試し打ちにスカートをめくってしまってもよろしいんですか!?

「はい、構いませんよ。中にスパッツ履いてますんで」
(それは反則だ!)

 この人は何を言っているんだ。そんな風に誘うのなら、スカートの下にパンツを履くことは常識じゃないか。

「いや、常識も何もこんなお誘いするの初めてですよ。パンツ見られたくないですし」

 真顔で答える死神さん。だったら思わせぶりなことは言わないで欲しい。あーあ、この前はパンツ見せてくれたのにな。

「なんです? またビンタくらいたいんですか?」

 ギロリと眉根を寄せる死神さん。

(め、滅相もないです)

 と表面上ではそんな気は微塵もないことを示す。正直、ちょっとだけなら喰らってもいいかなと思ったが、それを口にすると死神さんがドン引きしそうなので本音のところは並列思考で隠すことにした。死神さんの反応を見る限り、多分隠せていると思う。そう信じる。

(ちなみに、ラブハリケーンはどうやって発動させるんですか)
「心の中で、こうぐわっと風を起こすイメージをしてください。それだけで発動しますよ」

 え、そんなに簡単にできるの?

「はい。慣れないうちは腕を振り上げるイメージに合わせて風を起こすといいですよ」

 ふむふむ、なるほど。腕はないけど、心の中で腕もイメージすれば良さそうだな。やり方は分かった。

(死神さん。実は俺、死神さんに黙っていたことがあるんですが)
「? 何ですか? 突然」

 俺は死神さんに教わった通り、風を起こすイメージをつくる。

(実は俺、スカートの中がスパッツでも、結構ドキドキしちゃうんですよね)

 発動! ラブハリケーン! 風よ舞い上がれ! 死神さんのスパッツを顕にするのじゃー!

「……」
(……)
「……」
(……あれ?)

 何も起きない。帝都の夜空を何の変哲もないただの風が通り過ぎた。

(ちょっと死神さん。本当に使えるようになってるんですか? ピクリともしませんよ?)
「……その前のどうでもいい告白は何だったんですか?」

 ちょっとだけ顔を赤らめた死神さんが、スカートを抑えながら言う。

(あれは本音ですが、今は死神さんに嘘をつかれたことがショックなのでどうでもいいです)

 なんだよ。スカートめくりの風なんて起きないじゃないか。

「あれー、おかしいなー。悪霊さんちゃんとイメージしてます? してるのであればこれぐらいは余裕なんですが」

 そう言って死神さんは軽く腕を振る。
 ゴウッと、突風の過ぎ去る音が下から上へと通り抜けた。屋根に付着していた砂埃が舞い、視界が一瞬だけボヤける。

(……今の、死神さんが?)
「そうですよ」

 何でも無さそうに彼女は言う。これほどの風が起こせればスカートめくりは余裕だな。

「うーん、悪霊さん、ちょっと動かないでくださいね」

 そう言って死神さんは再び俺に手を伸ばす。頭の上を触られているような触感があった。

「おかしいですね。能力はちゃんと譲渡されていますよ。つまり、イメージが足りないのです」

 え、スパッツ見たさに割と強めにイメージしたんですが。

「もっとです。もっと強くイメージするのです!」
(はぁ、はぁ。死神さんのスパッツ……!)
「そっちじゃありません! 風を起こすことを、もっと具体的にイメージするのです!」
 
 こうして死神さんの指導の元、スカートめくりの訓練が始まった。


 1時間後。

(……ラブ、ハリケーン!)

 俺の掛け声とともに、死神さんのスカートがちょっとだけ動いた。

「よし! 微風くらいなら起こせるようになりましたね!」
(そうですね! 『強』は無理ですが、『微』くらいの風ならちょっとだけ起こせるようになりました!)
「おめでとうございます! これからも精進を続ければ、いずれ『強』までできるようになるでしょう」
(はい、ありがとうございます、死神さん。一流のスカートメクラーになれるよう、これからも頑張ります!)

 厳しい特訓の元、得られたラブハリケーンの出力は扇風機の『微風』以下のもの。しかし、その過程を通して俺と死神さんの間には師弟のような不思議な関係が芽生えていた。

「しかし不思議ですね……。私も含め、この能力は誰でも簡単に扱えていたのですが……」

 そう言って死神さんはごそごそと折り畳まれた紙を広げる。

(へえ、俺以外の人はみんな簡単にこなせてたんですね。どんな方なんですか? あと、それは何ですか?)
「まあ、私の仕事仲間ですね。みんなこの能力は持っているんですが、すぐに使いこなしていました。あ、もちろん悪霊さんにお渡しした出力を抑えたタイプじゃなくて、もっと強力なやつですよ。あとこれは能力の取扱説明書です」
 
 仕事仲間ってことは、別の神様達か。

(能力の取扱説明書なんてあるんですか?)
「ええ。仕事用に譲渡可能な能力というものが多々ありまして、初めて業務に携わる新人さんとかが困らないよう、取扱説明書があるんですよ」

 へー、相変わらず企業じみてるな、神様の世界。

「うーん、注意事項にも出力が微風になるなんてこと、どこにも書いてありませんね……」

 死神さんは首を傾げる。どんなことが書いてあるんだろう。ちょっと気になる。

「読み上げましょうか? 『スキル、エレメンタルウィンドーー』」
(あれ? 恋の夏風ラブハリケーンじゃ?)
「それは、今回のミッション用の名前です。汎用スキル名はエレメンタルウィンドです」

 あ、そうなんだ。随分とゲームっぽいな。スキルとか言ってるし。

「『スキル、エレメンタルウィンド。空気の流れを操作するスキル。計算・経験の必要だった以前までの空気操作系スキルと違い、誰でも簡単に空気操作が可能となった。直感的な操作を身体で覚えることができるため、より使いやすい仕様となっている』。うん、ここにも簡単に操作できるって書いてありますね……」
(え、ちょっと待ってください死神さん。仕様とか言ってますけど、それ誰が書いたんですか?)
「それはもちろん、うちのスキル制作部門ですよ」

 あ、なるほど。チート能力を授けられるんだ。能力制作を専門とする部署があってもいいのか。

「そうですよ。悪霊さんに進呈するチート能力もここで制作するんですから、ちゃんと仕様を考えておいてくださいね」

 了解です。まあ概ね決まっているから、後で死神さんに相談してみよう。

 さて、能力の説明書によると、『直感的な操作を身体で覚えることができるため、より使いやすい仕様となっている』か……。

(ここに、身体で覚えるって書いてありますけど、身体のない俺でも大丈夫なんですかね?)
「はは、それはもちろん……」

 死神さんの表情が固まった。
 5秒沈黙。
 目を見開いて、ポンと手を打つ死神さん。

(……大丈夫じゃないんですね?)

 死神さんの反応は限りなく黒に近い。

「いやー、どうですかね。詳しい仕様はわっかんねっす」
 
 そう言ってはっはっはと笑う死神さん。おい、目が泳ぎまくってるぞ。

「……というわけで、私の用は済みましたし、その能力を駆使してミッション頑張ってくださいね! それでは!」

 そう言って死神さんはスイーっと建物の中に消えていく。

(あ、待てこの野郎! 逃げるな!)

 地面だったらすり抜けはできないが、建物内であればよほど分厚い壁でも無い限りすり抜けは余裕だ。下に沈んだ死神さんを俺は追いかける。
 
(待てー、死神さん! 期待させやがって! まともな能力じゃないんなら、せめてスパッツを置いていけ! 見せてもいいように履いてきたものだろうがー!)

 執念で猛追するが、スピードは彼女のほうが上らしい。やがて、俺は彼女を見失ってしまった。
 あまりのショックに精神の擦り切れた俺は、とぼとぼとクリスくんの家へと帰宅した。


 翌日。いつものように俺はクリスくんとレイジーちゃんの部屋へ向かう。

「悪霊さん。悪霊さんがスパッツ好きって、レイジーが言っているんですけど、本当ですか?」

 猫のぬいぐるみにそう話しかけるクリスくん。おそらく,昨日の死神さん追跡時の声がレイジーちゃんの耳に入ったのだろう。果たして俺はどう答えるべきだろうか。

 正直に答えたら俺が変態扱いされてしまう。否定したらレイジーちゃんが嘘つき扱いされてしまう。

 レイジーちゃんは病院患者が着るパジャマのような服を着ている。物理的にめくりあげることはできるが、俺の恋の夏風ラブハリケーンではちょこっと揺れるくらいしか動かない。それだけでは、クリスくんの興味を引かせることは難しいだろう。彼が揺れるスカートフェチなら話は別だが。

 俺はその一縷の望みにかけてみた。

「涼し、い?」

 レイジーちゃんの呟く声が聞こえる。

「……ちょっと悪霊さん、聞いてるんですか?」

 クリスくんは特に気せず追求を続ける。残念ながら彼に変態の才能は備わっていないようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

召喚されたけど不要だと殺され、神様が転生さしてくれたのに女神様に呪われました

桜月雪兎
ファンタジー
召喚に巻き込まれてしまった沢口香織は不要な存在として殺されてしまった。 召喚された先で殺された為、元の世界にも戻れなく、さ迷う魂になってしまったのを不憫に思った神様によって召喚された世界に転生することになった。 転生するために必要な手続きをしていたら、偶然やって来て神様と楽しそうに話している香織を見て嫉妬した女神様に呪いをかけられてしまった。 それでも前向きに頑張り、楽しむ香織のお話。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

処理中です...