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第2章 恋のキューピッド大作戦 〜 Shape of Our Heart 〜

カールとダンベル

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 ピーッ。ピーッ。

 ベティさんのヘルメットから電子音が聞こえた。無線が入ったらしい。彼女はヘルメットを被ると会話を始める。

「私だ。どうした」

 ベティさんの口調は途端に命令口調になる。隊長だし、仕事中は言葉遣いに気を付けているのだろう。俺とクリスくんは通信の邪魔にならないよう黙っておくことにした。

「……護衛? ……。……。ああ、そういうことか。了解した。すぐに向かおう。……ん? ……。ああ、そうだ。それがどうかしたか」

 彼女はちらと、クリスくんの方を見た。 

「……。しかし彼は一般人だ。……それは分かっている。……分かった。ただし、本人が了承したら、だ。今確認しよう」

 彼女はそう言ってヘルメットを取り、その口元を手で覆った。

「クリス。嫌なら断っても構わないのだけど、今からちょっと付き合ってもらえるか?」

 彼女はちょっと困り顔だ。

「僕、ですか。付き合うってどこへ?」
「ちょっと、外までな」

 そう言って彼女は城壁の外側を親指で示した。

「軍の特別顧問が、君をご指名だ」


 城壁を降りて近くの門へと俺たちは向かう。門の傍は広場になっており、何台もの戦車が駐留していた。

「エリザベス隊長」

 軍服を着た壮年の男性が声をベティさんに声をかける。

「ヒューレットか」
「彼が?」
「そうだ。顧問殿は?」
「あちらに」

 ヒューレットと呼ばれた男性が示した先には2人の男性がいた。ひとりは背の低い、筋肉質の男性。くすんだつなぎを着て、安全靴を履いている。もうひとりは長身中肉の男性。白衣を身につけ眼鏡をかけている。どちらも年齢は30台から40台といったところ。ふたりとも見た目は軍人に見えない。

「おお、君がクリスくんか? 噂はかねがね聞いているよ」

 俺たちに気づいた長身の男性が、腕を広げこちらに寄ってきた。

「はじめまして。カール・マグヌスだ。エイビス研究所の准教授兼、軍の顧問をしているよ。君が近くにいると聞いてね。急に呼び立ててしまって申し訳ない」
「いえ、そんな。クリストファー・レイネットです。マグヌス准教授。それで、どうして僕を……?」
「ああ、その話は道中することにして、先に目的地に向かうとしようか。ゆっくりしている時間がなくてすまないね。車の用意をしてあるからそれに乗ろう」

 そう言って彼はクリスくんを車に乗せた。普通の乗用車と違い、軍用にカスタムされた迷彩色のゴツい車だ。つなぎの男性もマグヌスさんに次いで後部座席に乗り込む。運転席にはすでに軍人の方が待機していた。置いてけぼりになる前に俺も乗り込む。

「私が助手席に乗りましょう」

 そう言ってベティさんも入ってくる。

「こちらの準備はできた。出発してくれ」

 ヘルメットの通信機を通して、ベティさんが指示を出す。俺たちを乗せた車は2台の戦車に前後を挟まれる形で城門から出発した。

「お主がオスカーの忘れ形見か?」

 つなぎの男性がクリスくんに話しかける。

「え、ええ……」
「そうか。全然似とらんな」

 そう言って男性はクリスくん右手を差し出す。握手のようだ。

「よく言われます。先祖返りでもないですし」
 
 握手に応えてクリスくんは言う。男性は握手した手にぐっと力を入れてクリスくんの反応を見た。

「ふむ。確かにそのようだな。それは良い。お主には武器を渡しても壊される心配はないということだ」

 はっはっはと男性は笑う。

「初めまして、クリストファー。軍で装備開発の顧問をしているダンベル・ガルシアだ。オスカーには何度も武器を壊されたからな。賠償請求はお主にすればいいのか?」
「ダンベルさん。そんな意地悪言わないでくださいよ。クリストファーくんが困ってますよ」

 ダンベルさんは戯け、眼鏡をかけたマグヌスさんが笑う。

「いや、大丈夫ですマグヌスさん。ガルシアさん、そういったことは父さんに請求してください。僕も家に帰るたび父さんに棚とかコップとかを壊されましてね。気をつけるように父さんに言ってもらえませんかね?」

 ふたりの大人はキョトンとし、すぐに吹き出した。

「ああ、分かった。そうすることにしよう」

 笑いながら装備開発顧問は言った。

「さすがの神童だ。予算が下りなくて残念だったね」
「本当ですよ。せっかく次の研究に進めると思ったのに。マグヌスさんはどちらに所属なんですか?」
「カールでいいよ。僕は生環せいかんだ。主に生物の研究をしているよ。モンスターとか、作物の品種改良とかね」
「では僕もクリスで。生還、ですか」
「ああ、それと、君が今、世話をしている被検体もうちの管轄でね。世話をしてくれてとても助かっているよ。すまないね。うちの部下たちはものぐさ・・・・ばかりでね」

 にこにこしながら彼は言う。
 そうか。この人がグレージーちゃんをいじめてるんだな。

(それならあんたが世話をすればいいじゃないですかね? ああ、ロリコン疑惑がかけられているのを恐れてらっしゃるので?)

 俺の声が聞こえるかどうかは分からないが、とりあえず嫌味ったらしく言ってみた。
 ぎょっとしたようにクリスくんとベティさんがこちらを見た。

「予算の件もあってか、タカヤナギ教授が引き受けてくれて助かりましたよ。ですので、一度会ってお礼を言っておきたくて。いやあ、軍顧問なんて肩書を持ってしまうとなかなか時間が取れなくて申し訳ない」

(もしもーし。俺の話、聞こえてますかー!? あんたのパンツ見せてもらえますかー!?)

 カールさんとダンベルさん(と運転手)に特に変な様子は見られない。
 っち。こいつに俺の声が聞こえてたらレイジーちゃん開放しろと一日中耳元で囁いてやるのに。

「いえ……」

 クリスくんはちょっと耳を抑える。ごめん、声が大きかったか。
 
「お着きしました」

 車が停止して運転手が声をかける。

「よし。続きは外だな。クリスくんは帝都の外に出たことは?」
「ありますよ。数えるほどですが」
「そうか。外から見える帝都をお礼にしようと思ったのだが、英雄のご子息ではさすがにお礼にはならないか」

 冗談めかしたようにそう言って彼は外に出た。次いで俺達も外に出る。ここはさきほど黒虎が撃たれた場所だ。まだあたりには広がった網が残っている。一部の軍人はこれの回収を行っており、残りが俺たちの護衛を努めていた。

「なんでまた黒虎はこんなところに?」
「そうだな。普段はもっと辺境にいるはずだ。少なくとも帝都周辺では見られなかったが……」
 
 クリスくんに訊かれたカールさんは考え込む。一方でダンベルさんは地面に這いつくばり、顔を地面まで近づけていた。何かを探しているようだ。

「故郷を追われたか、何かを追ってか、いくつか仮説はあるが決定打にはならないね。……ここが虎が身動き取れなくなった場所か」

 切り裂かれた網を見て彼は言う。網は鈍く光を反射していた。この網、よく見ると素材が金属だ。人間が絡まったら切り裂いて抜け出すのは無理だ。鱗で覆われたモンスターだから脱出ができたのか。

「ダンベルさん、そっちはどうですか?」
「ああ、おそらくこのあたりに……。あった、見つけたぞ!」

 身を屈めていたダンベルさんは高々と手を挙げた。ここから20mくらい離れたところか。俺たちはダンベルさんの傍に近づく。そこには地面に突き立った黒い破片が残されていた。

「やはり、鱗を飛ばしていましたか」
「ああ。この破片で砲弾を誘爆したんだ。まったく、モンスターのくせに頭の周る。直撃すれば斃せていたんだがな」
「……成形炸薬弾ですか?」

 二人の手元を見ていたクリスくんが尋ねる。

「ああ。よく知ってるな」
「ええ。父が昔そのようなことを言っていたので」
「その頃より性能の良い最新式だったんだがな」

 やれやれとダンベルさんは唸る。

「弾速は? あれが限界ですか?」
「現段階ではな。火薬も弾頭も砲身も、量産レベルではあれが精一杯だ。ガイア時代の設計図はあっても実際に作れるレベルにはなっておらん。精度が出んのじゃ。それよか、今まで鱗を飛ばす奴など見たことがない。新種か?」
「おそらく」
「また厄介な……」
「しかし、あの攻撃はあまりしてこないでしょう。飛ばした分、そこの防御力は落ちますからね。現に、エリザベス隊長にそのような攻撃はしていませんし……」

 ちらとカールさんはベティさんを見る。ベティさんは護衛のヒトたちと一緒に周囲を警戒していた。

「しかも、わりと近距離で放った砲弾に反応しておったぞ。あれで駄目なら堪ったものではない。他のモンスターも鱗飛ばしは使えると思うか?」
「備えておいて損はないでしょう。ただ、あの距離からの砲弾に反応できるのは虎種のみかと。もともと反応速度は他の種に比べて速かったですし、そのために網も使ってたんですから」
「そうだな。が、それも通用しなくなってしまったな。対策を考えねば……」

 ため息をついて、ダンベルさんは鱗の欠片を拾う。手の平よりもやや大きいサイズで厚みもある。人間が直撃したら重傷、下手すると死ぬかもしれない。

「やれやれ。難儀だな……」

 手の鱗を見ながらダンベルさんは呟いた。
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