異世界で悪霊となった俺、チート能力欲しさに神様のミッションを開始する

眠眠

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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

ヒメちゃん

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 少女は自身の名をヒメと名乗った。俺達は絵を描くことを中断して、ヒメちゃんをマダム屋敷へ連れて行くことにした。

「わー! すごーい! はやーい!」

 ヒメちゃんは軽トラの窓から顔を出してキャッキャとはしゃぐ。自動車に乗るのもはじめてのようだ。

(この子が生後半日だって? 信じられんな)
「恐らく多分、まあ間違いないと思うけど、ね。アナウンスもあったし」
(アナウンス?)
「そ。端末にほら」

 と、セミルは端末の画面を俺に見せる。

(いや、俺文字読めないから)
「あ、そうだった。新しくヒトが生まれるときは、その周りにいる人達にメッセージが来るんだ。探して保護して下さいって」
(メッセージって、誰から?)
「管理者って私達は呼んでる。誰も会ったことないし、私が生まれる前からメッセージが届いてるみたいだから、多分インフラと同じで自動的なものだと思う」

 管理者ねえ。またこの世界の謎がひとつ増えたな。

「このメッセージが来たのが今朝方で、私達が出発してからだから、多分生後半日くらいだと思う。で、ヒメちゃんはこんな様子だし、多分間違いない」
(といっても、生後半日だろ? ここまで急激に成長するもんなのか?)
「急激に成長? 成長も何も、この姿で生まれてくるに決まってるじゃない」
(は? 生まれる姿は赤ん坊だろ? というか、親は子供放って置いてどこに行っちまったんだ?)
「赤ん坊? 親って何? ちょっと悪霊さんが何言ってるか分かんない 」
(へ?)
「ん?」
(……)
「……」

 待て待て、えーと? 何か誤解というか、根本的な行き違いが発生しているようだ。お互いの前提から擦り合わせるとしよう。

 話し合うこと10分。

(えっと、要するにだ。この世界では、ヒトは親とかなしに自然発生的にどこかに生まれる。その姿は俺の世界の基準でいうと、およそ10歳前後の見た目をしていると。それで間違いないな?)
「うん。悪霊さんの世界では、もっと未成熟な状態で生まれてくるのか。歩けない、話せない、不死身ですら無く脆弱な体、と。よく生きていけるね。びっくりだ」
(外敵から護るために親がいるからな。それなりに生きていけるんだ。というか、親もなしに子供が生まれるとか、そっちのほうがびっくりだ。いったいどういうことだってばよ?)
「さあー。それも世界の謎……というより、今までそれが当たり前だったから、疑問にすら思わなかったな。モモモや他の生物もそうだし」

 まじか。何だこの世界、本当にどうなってやがる? 実はゲームの世界に転生してて、生き物はポップアップしてるとかじゃないだろうな。後で死神さんに聞いてみるか。そういえば、あれから死神さんと会ってない。いつ戻ってくるのだろう。死神さんに聞きたいことがどんどん増えていってしまう。

「あっくんとセミル、難しい話してる……」

 途中から聞き耳を立てていたヒメちゃんが呟く。あっくんというのは、俺のことだ。自己紹介したらなぜかそう呼ばれた。どうやらそのほうが呼びやすいらしく、あっくんとしか呼んでくれない。

(なあ、ヒメちゃんが生まれたばかりって、本当?)
「んー。多分」

 多分と来たか。まだ他のことを知らないからピンと来てないんだろうな。

(最初の記憶ってどんなこと? どんなものを見て、どんなことを聞いたんだ?)
「んとねー。これが鳴ってねー、ここがピカって光ったの」

 そう言って、ヒメちゃんはポケットから端末を取り出す。

(もう端末を持ってるのか)
「あー、端末はね。生まれたときに傍らに置いてあるんだ。で、その端末を触るとチュートリアルが始まる」

 運転しながらセミルが答える。

(チュートリアル?)
「そう。端末の使い方とか教えてくれる。服とか取寄せるのもチュートリアルの一貫」

 なるほど。だから最初に会ったとき、裸じゃなかったんだな。

「あっくん、またパンツ見たいの?」
「あーほらー。悪霊さんが最初に変なこと言うから、変な風に覚えちゃったじゃん。どうすんの?」
(どうするったってなぁ、ちゃんと教えてあげればいいだろ。ヒメちゃん、パンツは俺以外のヒトに見せちゃいけないよ)
「わかったー!」
「分かっちゃダメ! 悪霊さん、本当にそのキャラ通すの……?」
(俺はパンツに救われたからな。恩は返さないといけない)
「いったい何を格好良く言っているんだ……」

 セミルの嘆きとともに、軽トラはマダム屋敷に近づいていった。


「おつかれ、セミル。それにしても、悪霊さんと話せるとは驚きさね」

 マダムは俺達を快く出迎えてくれた。マダムもヒメちゃんのことを探していたらしく、みんなにメッセージを出していたようだ。そのメッセージに応えるように、セミルはここにヒメちゃんを連れてきたのである。

(ああ。俺もびっくりしたな)
「でも、そのせいでヒメちゃんに悪影響が……」
「悪影響?」

 マダムは隣の部屋のほうを見る。そちらの部屋ではマダム屋敷の子供たちとヒメちゃんが遊んでいるのだ。

(大丈夫。パンツは迂闊に見せてはいけないと忠告しただけだ)
「そうかい」
「ものは言いようね……」
「それにしても、いったいどういう法則なんだか……」

 今までに俺と意思疎通できたのはヒメちゃん含め5人。セミル、マダム、バイダルさんにマッド。

(これはヒメちゃんが変人の素質を秘めている可能性あり。ヒメだけに)
「私はまともさね」
「私もね」

 スルーかい。そして、君らふたりは絶対にマトモじゃないからね。特にマダム。

「まあ、いいや。それで、いつも通りヒメちゃんはマダムに預けるから」
(そうなのか?)
「この辺りで生まれたヒトは、一旦マダムに預けられるのよ。マダムならこの世界のことや常識、再生の仕方も教えてくれるから」
 
 なるほどな。ルーキー三人衆も居ることだし、子供も多いからヒメちゃんも馴染みやすいだろう。

「ふむ……。ヒメが悪霊さんと話せるのは間違いないさね?」
「そうだけど」
「なら、せっかくだ。ヒメはセミルが育てな」
「え?」
「ヒメが悪霊さんと話せないなら、いつも通り私が引き取ろうと思ってたけどね。悪霊さんと話せるんならちょうどいい。セミルが育てな」
「やだ。無理。めんどい。なんで?」
「セミル。あんたは誰かと一緒に暮らしたほうがいい。そのほうが幸せになれる」
「悪霊さんがいる」
「悪霊はずっとこの世界に居るとは限らない。なんせ、体がないんだからね。本人もどうしてこの世界に来たのか分からんと言っている。いつまた急に居なくなるとも限らない。そのときに、あんたが悪霊さんに依存してたらいけない」
「……それは、まあ、そうだけど……。ほら、私料理下手だし……」
「そんなの、一緒に暮らさない理由にはならないよ」
「ん~」

 セミルは頭を抱えて、なんとか言い訳をひねり出そうとする。拒否する理由の大半は、恐らく面倒くさいからだろうな。このヒト、約束があっても大抵寝過ごして時間ギリギリになるし、わりと面倒くさがりだ。

(いいじゃないか、セミル。ヒメちゃん育てても。育てるって言っても、再生の仕方や一般常識を教えるだけなんだろ? そこまで負担にはならないはずだ。なあ、マダム)
「まあ、そうさね」

 俺もマダムに援護射撃を送るとしよう。俺がこの世界に居るのはミッションが達成するまでだ。それが終わったら次の世界に行く。行ってしまう。そのときまでに、セミルが少しでも幸せに生きられるようにしておく必要がある。

(俺も面倒見るし、異世界の子育ての話とかもできるし、別にいいんじゃないか?)
「悪霊さんは、ヒメちゃんのパンツ見たいだけでしょ?」

 バッサリと切られてしまった。くそう、今までの態度が裏目に出たか。

(そんなことないよ)
「信じられない」

 うーむ。取り付く島もない。

「まあいいさね。どちらにせよ、ヒメが選ぶことだ。ヒメがセミル、あんたを選んだら。少しは考えたやんな」
「……わかった」

 渋々といった様子でセミルはうなずく。ヒメを呼んでくると言って、マダムは隣の部屋へと行ってしまった。

(そうだぞ。俺もこの世界にずっと居られるわけじゃないんだからな)
「……え?」

 驚いたように、セミルはこっちを見る。あ、しまった。この言い方じゃ、この世界を去ることが確定しているみたいだ。

「悪霊さん、この世界に居られないの? ずっとって、いつまで?」
(あー、そういう保証が無いってことだ。マダムも言ってたろ。急に居なくなるとも限らないって)
「……」
(……)
「……そっか、そうだよね」

 ふぅ。なんとか誤魔化せた。根掘り葉掘り訊かれてウッカリ失言からの死神さんによる強制輪廻転生は回避された。危なかったぜ。

「あっくん! セミ姉! はいこれ!」

 扉を開けてヒメちゃんがこっちに突進してくる。渡されたのはマダム謹製のお菓子であった。さっきまで食べていたのだろう。ほっぺに食べかすがついている。

「あっくんはどうやって食べる?」
(あ、俺は食べられないんだ。体がないからな)
「甘いのに?」
(甘いのは知ってる)
「そっかー。セミ姉、甘いよ、これ」
「知ってる。……うん、甘いね。ありがと」
「にししー」 

 ヒメちゃんは嬉しそうに笑う。俺は食べられなくてごめんよ。

 ヒメ、ちょっと来な。とマダムはヒメを座らせて、面と向かって話をする。

「さてと。ヒメ。お前さんはまだこの世界のことをよく知らない。この世界には危険なことがある。それらは知っておけば回避できるものがほとんだ。だから、それを学ぶ必要がある。私達と屋敷のみんなと一緒に暮らして学んでいくかい? それともせミル、悪霊と一緒に暮らして学んでいくかい? 好きな方を選ぶといい。ああ、ひとりで生きたいならそれでも構わないさね。どうする?」

 ぽかんと、ヒメはマダムのことを見ている。

「えーと、難しい話?」
「難しくないさね。これから屋敷のみんなとこの家で暮らしたいかい?」

 ヒメちゃんは首を傾げる。
 
「それとも、せミルや悪霊と一緒に暮らしたいかい?」
「えーと」

 コクンとヒメちゃんは頷いた。彼女を見て、マダムも「分かった」と頷いた。

「それじゃあ、挨拶だ。セミルと悪霊さんに一緒に暮らしたいとお願いしてご覧。自分で言わないとダメだよ」
「……セミ姉、あっくん。……一緒に暮らそ?」

 じっとヒメちゃんは俺とセミルの方を見る。決定権はセミルにあるので、俺は答えない。俺もセミルの方を見る。セミルはため息をついて、身を屈み、ヒメちゃんと目線を合わせる。

「お願いするときは、『お願いします』って言わないとダメ。分かった?」
「一緒に暮らそ? お願いします」
「……ん。いいよ。一緒に暮らそうか」

 そう言ってセミルはヒメちゃんの頭を撫でる。ヒメちゃんは嬉しそうにしながらも若干はにかんでいる。

(ヒメちゃん。よろしくな)
「あっくん。よろしくねー!」

 セミルは立ち上がり、代わりに俺がヒメちゃんに挨拶をする。ヒメちゃんも返事をして、キャイキャイと俺達ははしゃいでいた。

「もう少しゴネると思ったけど、気が変わったかい?」
「まあ、人生は長いしね。たまにはこういうのも悪くないと思っただけ」
「そうかい」

 こうして、俺達三人は一緒に暮らすことになった。マダム屋敷を三人で離れ、家へと戻る。はしゃぎ疲れたヒメちゃんは、もう半分くらい眠っていた。空き部屋はないので、とりあえずヒメちゃんはセミルと一緒のベッドで寝ることになった。

(おやすみ)
「おやすみ」

 挨拶を交わし、俺はいつも通りリビングへと向かう。夜中は瞑想が日課となっているのだ。

「うーん、他人と一緒に寝るには久しぶりだなあ。……あったかい。……柔らかい。……美味しそう……」

 セミルの声を聞いて俺は慌てて引き返す。おいセミル。まさかそれが目的じゃないだろうな。彼女が暴走しないか、どうやらしばらく見張る必要がありそうだ。やれやれと俺は心の中でため息をついた。
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