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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜
世界の扉
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(……なんだよ、久しぶりに俺の名前を呼びやがって。今際の際に呼ばれてもな、嬉しくもなんともないんだからな……)
(覚えてたんだな俺の名前。自己紹介してから一切呼んでくれなかったから、てっきり忘れてるんだと思ってた。まあ、ユリカは覚えてたとしても、セミルは絶対に覚えてないな。だからさ、ユリカが教えてやれよ。俺は教えてやんねーから)
(俺だってな、別にいつもヤイヤイしてるわけじゃないぞ。大抵、セミルがからかってくるから、仕方なくそうなってるだけ。こういうときくらいは静かにするわ。というか、死にたいと思ったときに死ねるとか、いいなそれ。俺もそんな体欲しいわー。本格的に転生するときは、そんな体にしようかな)
(ずっとセミルの側に、というわけには行かない。……けど、しばらくは一緒にいるから。安心してくれ。それは約束する)
(別に、俺のことは気にしなくていいんだぞ。最後くらい、自分のことだけ気にしていればいい。俺はちゃんと帰れるし、ユリカの最期だってちゃんと伝える。俺にはそれくらいしかできないからな)
(……)
(……)
(……起き上がってもいいんだぞ。ドッキリには慣れてるから)
(……セミルー。見てたらそろそろ出てくるタイミングだぞー。マダムー。バイダルーさーん。マッドは……うるさいからいいや。観客のみなさーん。いるんでしょー。ねえ……)
(王子様のキスとかで、目覚めないかな……。ダメか。そもそも俺には唇がないか)
(復活の呪文とか試してみよう……。……ダメか)
(……死神さーん。美人で素敵な死神さーん……。可愛い美少女死神さーん……)
(きれいな顔……は、してないな。というか、髪が振り乱れて見えないや)
(……セミルー。はやくきてくれー)
(……)
待つこと数時間。見慣れた軽トラがこちらに驀進するのが見えた。
「ユリカ!!」
トラックが乱暴に止められる。セミルが飛び出し、ユリカの側に駆け寄る。
(……セミル)
「……その声……、悪霊さん?」
(ああ)
「そっか。……悪霊さんが、最後まで居てくれたの?」
(ああ)
「そっか」
セミルは振り乱れたユリカの髪を整えると、彼女の体を抱きかかえ、そのままキスをした。
長い。長い長い時間、二人はぎゅっとつながっていた。額を合わせて。胸元に抱きしめて。耳元に口を寄せて囁いて。彼女の感触を、離れていく最後の感覚を懸命に確かめているようだった。
やがて、慈しむようにユリカの体を横たえて、「さよなら」と彼女は言った。
彼女が溢した涙を見て、俺はユリカの死を認識した。
「……まだ、体があって良かった。悪霊さんが居てくれたからかな」
(……ユリカの体は、どうするんだ?)
「彼らが、持っていってくれる」
(彼ら?)
セミルが示した先には、ゆるやかに動く緑色の奇妙な物体があった。モモモの仲間か。だが、モモモよりは随分と大きい。自動車と同じくらいのサイズである。ヒトくらいなら簡単に呑み込めそうだ。
(持っていってくれるって、こいつに喰われるのか?)
「喰われるともまた違う。彼らは扉みたいなものかな」
(扉?)
「そう。世界とつながる扉。まあ、大丈夫。彼らに任せればいいよ。持って帰っても、時が経つにつれぐしゃぐしゃに崩れるだけだから」
(……そうか)
セミルは立ち上がり、モモモの仲間に場所を譲る。セミルの意図を理解したのか、彼はユリカの体を取り囲むよう移動する。そして、いつぞや見た虚がバクンと広がり、ユリカの体を呑み込んでいった。
「それじゃあね、ユリ。お疲れ様」
(……しばらくはここに居るから安心してくれ)
「安心? 何それ」
(ユリカとの約束)
「そっか」
そして、ユリカの体は完全に呑み込まれてしまった。モモモの仲間はその場で動かなくなってしまう。セミルの話では消化しているのではく、送っているらしい。よくわからないので、後で詳しく聞いてみよう。今はちょっと聞く気になれないし、彼女も話す気になれないだろう。
「……それじゃ、家に戻ろうか」
(……ん。そうだな)
セミルは捨てられていたリュックを大切そうに拾い上げ、軽トラに乗り込む。ジープは仕方ないので置き去りだ。また放置自動車が増えてしまうが仕方ない。
辛うじて残るジープの轍を辿るように進み、緑の道へと突き当たる。あとは道なりに進めば家に戻れるはずだ。家に戻るまでの間、いつものように雑談して時間を潰していたが、車内はいつもよりも静かであった。
(覚えてたんだな俺の名前。自己紹介してから一切呼んでくれなかったから、てっきり忘れてるんだと思ってた。まあ、ユリカは覚えてたとしても、セミルは絶対に覚えてないな。だからさ、ユリカが教えてやれよ。俺は教えてやんねーから)
(俺だってな、別にいつもヤイヤイしてるわけじゃないぞ。大抵、セミルがからかってくるから、仕方なくそうなってるだけ。こういうときくらいは静かにするわ。というか、死にたいと思ったときに死ねるとか、いいなそれ。俺もそんな体欲しいわー。本格的に転生するときは、そんな体にしようかな)
(ずっとセミルの側に、というわけには行かない。……けど、しばらくは一緒にいるから。安心してくれ。それは約束する)
(別に、俺のことは気にしなくていいんだぞ。最後くらい、自分のことだけ気にしていればいい。俺はちゃんと帰れるし、ユリカの最期だってちゃんと伝える。俺にはそれくらいしかできないからな)
(……)
(……)
(……起き上がってもいいんだぞ。ドッキリには慣れてるから)
(……セミルー。見てたらそろそろ出てくるタイミングだぞー。マダムー。バイダルーさーん。マッドは……うるさいからいいや。観客のみなさーん。いるんでしょー。ねえ……)
(王子様のキスとかで、目覚めないかな……。ダメか。そもそも俺には唇がないか)
(復活の呪文とか試してみよう……。……ダメか)
(……死神さーん。美人で素敵な死神さーん……。可愛い美少女死神さーん……)
(きれいな顔……は、してないな。というか、髪が振り乱れて見えないや)
(……セミルー。はやくきてくれー)
(……)
待つこと数時間。見慣れた軽トラがこちらに驀進するのが見えた。
「ユリカ!!」
トラックが乱暴に止められる。セミルが飛び出し、ユリカの側に駆け寄る。
(……セミル)
「……その声……、悪霊さん?」
(ああ)
「そっか。……悪霊さんが、最後まで居てくれたの?」
(ああ)
「そっか」
セミルは振り乱れたユリカの髪を整えると、彼女の体を抱きかかえ、そのままキスをした。
長い。長い長い時間、二人はぎゅっとつながっていた。額を合わせて。胸元に抱きしめて。耳元に口を寄せて囁いて。彼女の感触を、離れていく最後の感覚を懸命に確かめているようだった。
やがて、慈しむようにユリカの体を横たえて、「さよなら」と彼女は言った。
彼女が溢した涙を見て、俺はユリカの死を認識した。
「……まだ、体があって良かった。悪霊さんが居てくれたからかな」
(……ユリカの体は、どうするんだ?)
「彼らが、持っていってくれる」
(彼ら?)
セミルが示した先には、ゆるやかに動く緑色の奇妙な物体があった。モモモの仲間か。だが、モモモよりは随分と大きい。自動車と同じくらいのサイズである。ヒトくらいなら簡単に呑み込めそうだ。
(持っていってくれるって、こいつに喰われるのか?)
「喰われるともまた違う。彼らは扉みたいなものかな」
(扉?)
「そう。世界とつながる扉。まあ、大丈夫。彼らに任せればいいよ。持って帰っても、時が経つにつれぐしゃぐしゃに崩れるだけだから」
(……そうか)
セミルは立ち上がり、モモモの仲間に場所を譲る。セミルの意図を理解したのか、彼はユリカの体を取り囲むよう移動する。そして、いつぞや見た虚がバクンと広がり、ユリカの体を呑み込んでいった。
「それじゃあね、ユリ。お疲れ様」
(……しばらくはここに居るから安心してくれ)
「安心? 何それ」
(ユリカとの約束)
「そっか」
そして、ユリカの体は完全に呑み込まれてしまった。モモモの仲間はその場で動かなくなってしまう。セミルの話では消化しているのではく、送っているらしい。よくわからないので、後で詳しく聞いてみよう。今はちょっと聞く気になれないし、彼女も話す気になれないだろう。
「……それじゃ、家に戻ろうか」
(……ん。そうだな)
セミルは捨てられていたリュックを大切そうに拾い上げ、軽トラに乗り込む。ジープは仕方ないので置き去りだ。また放置自動車が増えてしまうが仕方ない。
辛うじて残るジープの轍を辿るように進み、緑の道へと突き当たる。あとは道なりに進めば家に戻れるはずだ。家に戻るまでの間、いつものように雑談して時間を潰していたが、車内はいつもよりも静かであった。
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