上 下
25 / 172
第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

さよなら8181

しおりを挟む
「はぁーーぁあっ」

 彼女は大きく息を吐いて、女座りの体制からゴロンと寝そべった。大切なものでも入っているのだろうか、リュックは一旦降ろして抱きかかえている。

「あー……」

 と、彼女はそれきり黙ってしまった。

(おーい、ユリカさーん)

 返事がない。彼女に俺の声は聞こえないのだから、当たり前だが。

(さっき、自死とか言ってたのは何ですかー。説明して下さーい)

「……づーがーれーだーぁ……」

 金曜夜の就寝前のサラリーマンかお前は。さっき、自死とかなんとか言ってたのは冗談だったのだろうか。あるいは俺の聞き間違いか? そうであるならば別に構わないのだが。そうでないなら説明責任を果たしてくれ。そのままお陀仏されたらどうしていいか分からん。

 ああもう、これほど意思疎通できないことに不自由を感じたことはない。おらおら、答えないと寝そべった向こう側からパンツを覗いちゃうぞー……。

 すすすと移動し、膝立ちのまま寝そべる彼女の足元へ向かう。

「……嫌な気配がする」

 そう言って、ユリカは膝を締める。あー、くそ。もうちょっとだったのになー。残念無念。せっかく回り込んだというのに。なんとかこの隙間から見えないかなー……。

「まぁ、別にいいか」
(ぶふぅっ!)

 ヒョイと彼女は膝を開いた。くっそ、もろに見てしまったではないか。まったくもう。

「……見た?」
(……見たとも。黒だな)
「どっちだろ。まあいいや」

 ユリカはまたしばらく口を閉ざす。深呼吸をしているようだった。頭を空っぽにしているのだろうか。5分位、彼女は黙っていた。

「それでね、悪霊さん」
(ん。どうした)
「あー、えっとね。私、ちょっと、生きるのに疲れましてね。自死しようと思うんですよ。どう思います?」
(どう思いますと言われてもな)
「ほら、悪霊さんって一回死んでるじゃないですか? そこんところ、先輩としてためになるお言葉とかありませんかね?」
(さっきからちょいちょい敬語だったのはそのせいか。でもなー、俺は事故死だからなー。これから社会人になって九時五時残業満員電車めんどくせーなーと思ってる最中に死んだからな。ちょっと自殺とはカテゴリが違うっていうか、管轄が違うっていうか。アドバイスなんてできないぞ?)
「ほらー、謙遜なんてしないでいいからー」
(いや、謙遜なんてしてないからね。ああほら、えっとだな。とりあえずお兄さんに、どうして死にたいか教えてみ?)
「えー、やっぱり理由とか気になります?」
(気になるとも)
「しょうがないですねー。教えてあげましょう。じゃじゃん。さーて、ここで問題です。どうして私は死にたいんでしょーか?」
(うわ、面倒くさいの始まった)
「1番。人生に疲れた」
(さっき言ってた抽象的なやつな。それ。突き詰めればみんなそれだから。1番)
「2番。セミルと喧嘩した」
(子供か。さっき仲直りしやすいって言ってたじゃねえか。これはなし)
「3番。……現在進行系で私はとても幸せなので、そのまま死にたい」
(テツジンの料理と同じ理由だな。うーん、ありそうだけど、ユリカはきっと、幸せになったらそのままスヤァと寝るタイプだろうからノー。答えは1番だな)
「正解は……、」
(……)
「……」
(……タメルな……。……この辺でCM入るくらいタメルな……)
「……」
(……)
「4番の、不治の病にかかってしまったからでしたー」
(……)
「からでしたー。でしたー」
(……)
「怒った?」
(怒ってないよ)
「びびった?」
(びびってもないよ。不治の病って、君ら病気の概念なかったでしょ。何言ってんの? あ、もしかして嘘で誤魔化そうとしてる?)
「まあ、悪霊さんの話に出てきた病気とはまた違うかもしれないけど、そんな感じのやつです。それがここ最近の二十年くらいとても酷くて、生きるのが辛くなりまして。もういつ死のう、いつ死のうって、ずっと悩んでたんだけど、セミル置いて逝けないからもうちょっと我慢、もうちょっと我慢って騙し騙し生きてたんだけど、なんとびっくり! 悪霊さんが現れたじゃないですか。セミルとも仲良さそうだし、私は話せないけど悪いヒトじゃなさそうだし、セミルのことはお任せた! 私は大往生する! では、さらばだ!」

 そう言って、ユリカは右手をピッと高く突き上げる。突き上げた手のひらは、やがて力を失って地面にポスっと落ちた。

「さらばだー……」

 そしてため息。再び訪れる沈黙。空元気なのは目に見えて分かった。

 まあ、あれだね。私って記憶力いいじゃない? ヒトのカタチとかひと目見れば記憶できるし、自由に曲げたり伸ばしたり捻ったり裏返したり、そういった操作も頭の中でできるじゃない? 瞬間記憶能力ってやつだっけ。で、思い出そうと思えば、いつどこで見たヒトのカタチかすぐに思い出せるんだよね。頭の中に端末の検索機能が入ってるみたいにさ。

 で、病気っていうのはそこなんだよね。その検索と再生の機能がどうやらポンコツになっちゃったみたいでさ。セミルのことを見ると、昔のセミルのカタチが今見ている姿と重なって、ダブって再生させるんだよね。最初は2つで一瞬だけ。気がついたらダブリが増えて、3つか4つくらい、いつの日かのセミルがフラッシュバッグされる。再生も思ったようなカタチにならなくて、昔見たものが割り込むように再生されるんだよね。

 そんなことが長く続くとさ。わかんなくなるじゃない? 今見ているカタチが、本当に今見ているものなのか、昔のモノなのか。いやあ、最後のセミルにあげた服も、何度も何度も確かめたんだけどね。思ったより、駄目になっているみたいで、やらかしちゃったよ。ああ、このことセミルは知ってるのかって? 当然、知らないよ。心配させたくないし、教えたところで、どうなるかは目に見えて分かるもの。壊れていく私に付き合って寄り添って、最後はきっと……。

 だから、そうなる前に、自分の後始末は自分でつけるわけだよ。私って偉いね。え、どうにかならないかって? うーん、どうにもならないだろうね。マダムにも聞いたし、マッドにも聞いた。二人共駄目ね。心当たりもなにもない。マッドに至っては、私をモルモットにしたいとかいい出すから、グーパン片手ボムで拒否してやった。流石にそれは嫌だわ。そうそう、マッドのこと、ここに呼んだの私なんだよね。この病気について聞いたんだ。あ、もちろんセミルには言うなって口止めしたよ。漏らしたらノーコちゃんの頭爆破するって脅してね。マダムの屋敷でマッドと再開したときは、マダムにはめられたと思ったけど。

 あと、どうにかなる見込みといえば悪霊さんだったんだけど、悪霊さんも瞬間記憶能力者には会ったことないって言ってたし、詳しくは知らないようだったから諦めた。まあ、もともと限界が近かったしね。悪霊さん前に言ってたっけ? 精神崩壊とかどうとか。諦念と悟りと躁鬱を無限に繰り返した後に、思考の発散と収束が不定期にやってきて、最終的には自然と一体となる感じーー、だっけ。ふふ、ちゃんと覚えてたでしょ。どう、すごい? え、忘れた? もう、自分の言ったことくらい覚えてなさいよ。

 ……でさ。もしもさ。悪霊さんに身体があって、その体を壊したら精神崩壊から逃れられるって思ったら、悪霊さんはどうする? どうしようもない袋小路の果てに、こうしたら苦しみから逃れられるって分かったら、悪霊さんはどうしたい? ……ね。少しは私の気持ち、分かるかな。ま、どっちでもいいけど。だから、ここに着いてきてって言ったんだ。最後に悪霊さんに、聞いていてほしかったから。


「というわけで、正解は4番の病気でしたー。残念残念。残念賞の悪霊さんには、テツジンの料理を食べられない権利をプレゼントー」

 そう言って、彼女はリュックからテツジンの料理を取り出した。大事に持っていたのは、傾いたりしないようにするためか。

 ユリカはゆっくりと一口ずつ、テツジンの料理を口へ運んでいく。いつもは美味しそうにみえるその料理も、今回だけはそうは見えなくて。俺にはただ見ていることしかできないことが、とても歯がゆくて。でも目をそらすこともできなくて。

「はー。もう食べ終わっちゃった」

 ごそごと、彼女はリュックを漁る。そして取り出したのは、ちょっと焦げたパンケーキ。

「これはねー。セミが作ってくれた料理なんだ」

 彼女はぱくりとパンケーキをかじる。

「うへー、ちょっと苦いね。セミは料理下手ってわけじゃないんだけど、得意ってわけでもなくてね。まあときどき思い立ったように作るんだけど、これはその最初の失敗作。嫌って言ったのに無理矢理食わされたの。絶対に美味しいから!見た目悪いだけだから!とか言ってたけど、セミは大嘘つきだね」

 小さな口で、小さく小さく彼女はパンケーキをかじる。少しでも長く苦味を感じられるように。まるで、少しでも長く彼女の思い出に浸ってられるように。

「……食べ終わっちゃった。ごちそうさまでした」

 包み紙をぽいと放り投げ、彼女は再びリュックを漁る。

 取り出したの一丁の拳銃。

 リュックの中身はもうないのか、彼女はリュックも放り投げた。

「さてと。それじゃあ、そろそろお別れだね。悪霊さん。短い間だったけど、ありがとね。セミルのこと、よろしくね」

「あ、帰り道だけど。道外れてからまっすぐここまで進んできたから、車の向きと逆方向に進めば道に突き当たるよ。そこからは道なりに進めば家に帰れるから。ごめんね、遠くまで連れてきて。セミに会いたくなかったから、ここまで来ちゃった」

「あ、知り合いにはさよならメッセージ送っといたから。時間差で届くから、そろそろ届くかな。だから、このことセミルに伝えなきゃとか悪霊さんは気にしなくていいからね」

「ずっとは無理かもしれないけど、しばらくはセミの側に居て欲しいな。守らなくてもいいけど、これは私からのお願いね」

「あ、銃なんかじゃ死ねないと思ってる? っちっちっち。甘いな、悪霊さん。銃はね、きっかけなんだよ。気を失うときに、心から生を望まなければ、自然と死ねる。私らの不死はそういう不死だから。すぐに再生するなんて思わないでね。本当に、絶対に死ぬんだから……。って、さよならの瞬間まで、やいやいうるさくてごめんね。セミルと三人で話すときはいっつもうるさかったし、悪霊さんの声は聞こえなくとも、やっぱり騒がしくなっちゃうね」

「それじゃ、最後の話し相手になってくれてありがとね、悪霊さん。……あ、確か本名は違うんだよね。ありがとね。そして、さよなら、■■■■」





 乾いた銃声が草原に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王家から追放された貴族の次男、レアスキルを授かったので成り上がることにした【クラス“陰キャ”】

時沢秋水
ファンタジー
「恥さらしめ、王家の血筋でありながら、クラスを授からないとは」 俺は断崖絶壁の崖っぷちで国王である祖父から暴言を吐かれていた。 「爺様、たとえ後継者になれずとも私には生きる権利がございます」 「黙れ!お前のような無能が我が血筋から出たと世間に知られれば、儂の名誉に傷がつくのだ」 俺は爺さんにより谷底へと突き落とされてしまうが、奇跡の生還を遂げた。すると、谷底で幸運にも討伐できた魔獣からレアクラスである“陰キャ”を受け継いだ。 俺は【クラス“陰キャ”】の力で冒険者として成り上がることを決意した。 主人公:レオ・グリフォン 14歳 金髪イケメン

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

召喚されたけど不要だと殺され、神様が転生さしてくれたのに女神様に呪われました

桜月雪兎
ファンタジー
召喚に巻き込まれてしまった沢口香織は不要な存在として殺されてしまった。 召喚された先で殺された為、元の世界にも戻れなく、さ迷う魂になってしまったのを不憫に思った神様によって召喚された世界に転生することになった。 転生するために必要な手続きをしていたら、偶然やって来て神様と楽しそうに話している香織を見て嫉妬した女神様に呪いをかけられてしまった。 それでも前向きに頑張り、楽しむ香織のお話。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...