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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

マッドとノーコちゃん2

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 マッド。長身。元ヒトカイ。洗脳と人体の専門家。約400歳。ヒトを観察することが趣味。今はノーコちゃんの頭に嵌っている。
 
 ノーコちゃん。見た目十代の女の子。実年齢50歳程度。生まれてすぐにマッドに拾われ洗脳を受ける。以来、彼のことを博士と呼び、親しくしている。本人は今の生活が気に入っている。

 とりあえず、マッドとノーコちゃんのプロフィールはこんなところだ。他のみんなは気にしていないようだが、俺には彼女の頭がどうしても気になってしまう。痛みはほぼないようで、本人も嫌がってはいないのだけれど、どうしても目で追ってしまうのだ。

「悪霊氏。ノーコのことが気になるか?」
(気になるとも。少なくとも俺の元居た世界じゃ、こんなふうに頭に改造することは猟奇的とか非人道的とか称される行為だな)
「猟奇的と、非人道的……。ふむ、よく意味の分からない言葉だな」
(まあどちらも、やってはいけないこと、という意味だな。こっちの世界でいうと、世界征服がそれにあたるか?)

 俺はちらりとマダムを見る。

「私は別に世界征服をしてはいけないとは思ってないよ。ただ、こんな世界でそんなことをしても無意味さね。する価値がない」

 やれやれといった様子でマダムは言う。

「やってはいけないことねえ。理由は?」
(俺の元いた世界は簡単にヒトが死ぬからな。みんなみたいに不死身じゃないから、命の危機に晒される行為は忌避されるんだ)
「なるほどね。不便な世界だ。でもまあ、それならこの世界ではしてはいけないことではないだろう」
(まあ、そうだな)
「しかし、悪霊氏がノーコの頭を気にして会話に集中できないの避けねばな。ノーコ、すまんが帽子をかぶってくれるか?」
「はい、博士」

 そう言ってノーコちゃんはフードみたいに背中に垂れ下がっていたヘルメットのようなものを被った。それが光を遮ったせいで、少しは彼女の頭が気にならなくなった。が、そのヘルメット。これは、ただのヘルメットではなかった。

(それ、ノーコちゃんの頭の上の部分?)
「そうだな。頭を切断したはいいが、あまり身体から離しすぎても再生してしまうのでな。少し骨を拡張して皮膚を伸ばして帽子にしてみた。髪もついてる」
「私が造りましたー」
(え、ノーコちゃんお手製なの?)
「電極埋没手術中はやることが多いのでな。その点、助手のノーコは座っているだけで良いのだ。その暇を持て余してな、最近はよく造りたがるんだよ」
(へ、へー……)
「はい。博士よりは可愛くできますよ。髪型とか博士はぐしゃぐしゃにするんですから……」
「うーん、可愛いというのはよく分からんからな……。特にキミの嗜好は難しい」
「えー、何年一緒に過ごしてるんですか。それぐらい、分かって下さい」
「努力しよう。……リボンで結ぶのではダメか?」
「ダメです」

 あー、うん。基本この人ら不死身だし、自分の身体も再生するから、使い捨ての部品と考えてるのか。
 あと、マッドは割とノーコちゃんの尻に敷かれているようだ。洗脳とか聞いていたから一方的に抑圧してるのかと思ったが、この様子だとどうやらそうでもないらしい。

「さて、そろそろ始めようかね。ここはうるさいから、上の部屋を使おうか。みんなついといで」

 マダムを先頭に、マッド、ノーコ、セミル、俺は二階の部屋に移動する。

(そういえば、ノーコちゃんの出現で聞きそびれていたけど、調べるって何を調べるんだ?)
「まあ、マッドも聞こえるって分かったから可能性は低いと思うが、念の為さね。他に悪霊の声が聞こえるヒトはいるかい?」
「コロシアムのバイダルさんが聞こえてたね」

 セミルが答える。あとは死神さんも居るけど、彼女のことは黙っておこう。

「ああ、バイダルもか。ということは、本当に何らかの精神的な相性が影響しているのか……?」
(おーい、マダム。質問をしたのは俺なんだが……)
「ああ、すまないね。……よし、ここを使おうか」

 二階の一室、十畳くらいのスペースの中央にソファと座卓が置いてあり、周りは書棚で囲まれている。書斎のようだ。みんなはソファに座り、俺は適当な場所に落ち着く。

「さてと悪霊さん。何を調べるか、だったね。ああ、悪霊さんはいつものようにしていて構わないよ。見えもしない、触れもしない、ただ聞こえるだけの存在なんて、調べようがないからね。調べるのは私とセミルについてさ」
「あーやっぱり私かぁ。で、主語はマッド?」
「そうさね。私がちょいと頼んでみたんだ。他に適任者もいないし、近くに来てたそうだから、声をかけたんだ」
「うむ。頼まれたぞ。こんな面白そうなこと、引き受けないわけがない!」
(面白そうなこと?)
「……そうさね。マッドは洗脳……というか、ヒトの心理的な反応に詳しい。心の作用、条件付、認知的処理、意識と無意識、夢、そして、幻聴と幻覚……」

 幻覚と幻聴……。幻聴、つまりはまぼろし。

「私とセミルが同じ幻聴を聞いていないか。悪霊さんは、私ら二人が共有する夢みたいな存在ではないのか。ちょっとそれを調べたくてね」

 ……え、俺って夢とか幻なの?

「私も最初はその可能性を疑ったからね。退屈のあまりとうとう幻聴まで聞こえるようになったかってね。ユリカには聞こえてないし」

 急に自分にしか聞こえない声が聞こえる。同居人には聞こえない。確かに俺でも幻聴かと思うな。

(そのときは妖精さんと思ったんだっけ?)
「そうそう。変な妖精さんが居るー!って。まあ、見えない声の主というだけで、妖精とは全然違ったけどね」
「そうさね。妖精とはあまりに毛色が違うからね。それとは別の類だと思っとった」
(で、専門家を呼んでカウンセリングしようと思った、と)
「私のことだな」

 と、マッドが話に加わる。

「幻聴。確かにそう思うのも無理はない。が、その可能性は限りなくゼロだな。二人なら偶然がありえるが、三人となると話は別だ。三人が全く同じ幻聴を聞くことなどありえん。しかも、意思疎通ができるレベルの幻聴や、私とセミルのように幻聴を聞くものが同じ共有体験をしていない場合は、どちらにおいても同じ幻聴を聞くなど起こりえない」
(同じ体験をしていればあり得るのか?)
「あり得るな。複数をまとめて洗脳するときなんかは、よくその事象を観察できた。ある一定の手順を踏んで精神の強迫と開放を繰り返すと、同じ幻覚や幻聴を感じるようになる。ただし、みんながみんな、完全に一致するものではなく、仔細は異なっていた。そうだな……。悪霊氏、ちょっとこっち来てくれるか」

 マッドが立ち上がり、手招きする。本棚の側まで行くと、今度は俺に回り込むように手で指示した。ちょうど、マッドの影に隠れて他の三人が見えなくなる位置だ。

「これを大声で読んでくれ。後ろの三人に聞こえるように」

 マッドは小声でそう言って、ノートを開いて見せる。そこには『ガトーショコラたべたい』と書いてあった。

(ガトーショコラたべたい!)

 パアン! と俺が言い終わった直後に、マッドは手を打ち、みんなの注目をあつめる。

「全員、今から配る紙に悪霊氏の言葉を一字一句間違えずに書いてくれ。相談は禁止。制限時間十秒」

 マッドは紙とペンを三人に配る。

「では始めて」

 ふむ。マダムとセミルはすぐに書き始める。ノーコちゃんはペンを持った姿勢で固まっているな。

「はい終了。ノーコは白紙。マダムとセミルは正解で、一字一句同じ、と。とまあこんな感じに、特に条件を与えてない環境で、ここまで共有する幻聴なんてありえないから、君たち二人はどこもおかしくなってないよ。大丈夫」
「そうかい。それは良かった」
「こんな幻聴あったら、それはそれで退屈しないけどね」
「うーん、私だけ仲間はずれですねぇ。……ガトーショコラ食べたい、ですね」

 正解者二人の記述を確認して、ノーコちゃんは言う。

「それじゃあ、下の部屋に戻ろうさね。いっぱい食べていきな」
(俺は食えないのだが)
「なら、私の茶飲み話に付き合いな。バイダルの話も聞かせとくれ」
(はいはい。あ、バイダルから聞いたんだけど、マダムって不動三ビッグスリーと呼ばれるくらい強いんでしょ? その話を聞かせてよ)
「あんまり面白い話じゃないけどねぇ……」


 俺達は下の部屋に戻る。下の部屋は、さっきまでと特に変わってなかった。テーブルのお菓子も絶え間なく供給されているようで、あまり減っているようには見えない。

「あ、戻ったねセミ」
「ただいま」
「何してたの?」
「んー。悪霊さんが幻かどうか調べてた」
「? どういうこと」
「説明ちょっとめんどいからまたあとで。ユリカたちは何してたの?」
「マリナちゃんに私の作ったパンツ着せてた」
(! 何!?)
「すっごい似合っててね、可愛かったよ。みんな可愛いって言ってた」
(ほほう。それは是非とも鑑賞させてもらわねば。どれどれ~)
「あ、もう終わってるみたいだね」

 マリナちゃんはさっきの服装に戻っていた。
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