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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

科学のムラ

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 他のムラと違い、科学のムラの家々は密集して建てられていた。一際大きい円筒形の建物が中心あり、寄り添うように小さな家が並んでいる。小さいとはいえ大きさはセミルの家くらいあり、中心の建物がかなり大きいことが伺えた。全体を見ると、ムラというより街といったほうがしっくりくる規模だ。

「とは言え、半分以上は空家なんだけどねー」

 とはセミルの談。

(そうなのか。人口はどれくらい?)
「100人ちょっと」
(建物の数からすると、かなり少ないな)

 このくらいの規模であれば、千人くらい住んでると言われても納得する。

「このムラの建物もルーツは良く分かっていなくてな。コロシアムと同世代に建てられたものなんじゃないかとも言われているんだ」

 マッドが説明してくれる。なるほど、インフラと同じ旧文明の遺産ってやつか。だからこそ、それが好きなライゼ達探究家が根城にしてるんだろうな。

 俺達は適当な空家を探してそこに滞在することにする。ライゼが紹介してくれる案内人が来るまで、適当にムラを散策することになった。

(他の知り合いに挨拶しなくていいのか?)
「私はいいや。ここの知り合い、あんまり仲良くないし」
「私はノーコに付いていてやりたいからな。あんなことがあったし」
「もー博士ったらー!」

 そう言って、ノーコちゃんはマッドの背中を思いっきりビンタする。恥ずかしかったのだろう。っていうか、そこの二人、穴から出てきた後から妙に距離が近い。マッドはまたノーコちゃんの頭を撫でているし。

「カバーを付けてしまうと撫でられんからな。今のうちに撫で貯めて置こうと思って」
「あはは、博士、くすぐったいですよー」

 撫で貯めるってなんだよ。撫で貯めるって。

(だったら、普段からカバーなんて付けなきゃいいのに。そしたらいつでも撫でられるだろ?)
「それは違うぞ悪霊氏。普段はカバーがあってできないからこそ、頭を撫でることに価値が出てくるのだ。セミル氏から聞いたぞ? 悪霊氏がパンツ大好きなこと。それと同じだ。スカートがあるから見たくなるというもの。普段からパンツを露出していたら、悪霊氏だってそこまで興味を持たなかっただろう?」

 なるほど、一理あるな。

(つまりその透明カバーは、普段はパンツを隠しているスカートということだな?)
「然り」

 真顔でマッドは頷く。

「いや、然りじゃないから。絶対違うでしょ。個人的にはコッチのノーコちゃんのほうが可愛いと思うんだけど、マッドは違うの? 脳みそなの? 脳みそフェチなの?」

 屈んでノーコちゃんに抱きつきながらセミルが言う。

「いや、脳みそに欲情はしないぞ? 何を言っているんだ?」
「くそう。さも当然みたいな顔で言われると、無性に腹立つなー」
(分かる)
「悪霊さんには分かられたくなかった」

 おかしいな。何か変なこと言っただろうか。

「えっと、あの、ですね……」

 ノーコちゃんは顔を赤くして喋りだす。

カバーこれは、何ていうか、私と博士の《絆》なんです。ですので、博士がそうしたいと言っているうちは、そうして上げたいんです」
「……本当に?」
「本当、です!」
「くはー、健気ー! 可愛いー!」

 セミルはそう叫んで、ひとしきりグリグリとノーコちゃんの頭を撫で回すと、ようやく満足したのか彼女を開放する。

「大事にしてやんなよ、マッド」
「当然だ」

 マッドは優しくそう言うと、再びノーコちゃんの頭を撫で始めた。


 ムラの中央の建物は集会所であった。ムラの道路には誰もいなかったが、そこに行くと十数台の車が停まっていた。ライゼの車も合ったので、彼らはここに居るのだろう。

 建物は2階建てで、50人は余裕で収容できる部屋が幾つかあった。建物の感じはマダムのムラにあった集会所に似ている。特に特別な要素は見当たらず、取寄せで建てられたのだとしても納得してしまいそうだ。

 部屋の1つにライゼ達がいた。話しかけると「ごめん、忙しいからまた後で」とやんわり断られてしまった。確かに部屋では十数人が作戦会議をしていて忙しそうである。また声をかけるとしよう。

「……あ、ごめんちょっと待って。ディエス爺。寝てるなら彼らの相手をしてくれる?」

 部屋を出ようとするとライゼから呼び止められた。ライゼは部屋の一角、紙と本とよくわからない道具が大量に積まれている場所に呼びかける。そこで寝ている老人がディエス爺だろうか? 紙と本がベッド代わりになっているけど、いいのかそれで。

「おーい、ディエス爺!」
「……なんじゃい、儂は今眠いんじゃ。話なら後にしてくれ」

 爺さんはそう言って寝返りを打つ。

「しょうがないな……」とライゼは呟いて、寝ている彼の耳元で何事か囁いた。すると、急に彼は起き上がり、ぐるんとこちら側を凝視して、大股で近づき、俺達の前でピタリと止まる。

「悪霊とやらはここに居るのか?」

 と、俺達の顔を監察しながらそう言った。

「ここに居るが」
(ここに居るな)
「そこに居るよ」
「……どこじゃ?」
「ここ」
(ここ)
「そこ」
「一度に話しかけるな! ひとりずつ話せ!」

 ディエスは唾を飛ばして言う。

(何この偉そうな爺さん)
「知らんな」
「私も」
「お爺さん、名前は?」
「ん? ああ、ディエスだ。そうか、儂を知らんということはここの住人ではないのか。そういえばお主達は見たことないな」
「だから昨日、言ったでしょ。マダムのムラから知人が来るって」

 ライゼがディエスに話しかける。

「ああ、そうだったな。その中に妖精のように姿は見えぬが、ヒトのように流暢に話すモノが居ると聞いてな。わくわくして昨夜は眠れなかったんじゃ」

 ディエスはそう言って目を輝かせる。さっきのライゼみたいだ。ここの住人はこんなんばっかりか。

「でも、ディエス爺が聞こえるとは限りませんよ。現に、僕も彼の声は聞こえませんからね」
「なーに、分かってる。でも万が一ということもあるじゃろ。ちなみにお主らは聞けるのか?」

 ディエスの質問にノーコちゃん以外が肯定する。

「なんじゃ、結構いるではないか」
(これでも少ないほうだぞ。何百人と試したからな)
「なるほど。聞こえる者たちが集まっていたというわけじゃな」

 ふむふむとディエスは頷く。

「儂には彼の声が聞こえるのかのー、聞こえるといいがのー。して、彼はどこじゃ?」
(だから、ここだって!)

 セミルとマッドは今度は声ではなく指で俺の位置を示す。

「む……?」

 ちょ、近い近いディエス顔を近づけるな。

「何もおらんぞ?」

 手探りで彼は俺に触ろうとする。

「ヒトが多いと面倒くさいな。実感湧いてないじゃん。悪霊さん、1+1は?」
(2!)
「うひゃあ! 耳元から声がする!」
「お、やっぱり聞こえてるな」
(そうみたいだな)

 うひゃあって、爺さんの叫びとは思えんな。それにしても、ジジに続きまた爺さんか。どうせ話すならもっと若い子が良かったなー。できれば女性で。
 
「ーーすごいですね、ディエス爺。聞こえてるみたいじゃないですか。いーなー。羨ましいなー」
「本当にライゼには聞こえんのか? あんなに大きな声じゃったのに」
「聞こえなかったから羨ましがってるんですよ」

 ちょっと恨みがましくライゼは言う。

「まあ、意思疎通できるなら話が早いですね。僕は用事があるので、悪霊さん達に妖精さんの出現ポイントと海を案内してあげて下さい。その間、彼と話し放題ですよ」
「よしきた! 任せろ!」

 というわけで、案内人が決定した。白衣に身を包んだ小柄な老人、ディエス爺。首から上の毛が一切ないのが特徴だ。寒くないのだろうか。

「というわけで、悪霊! ひとつ頼みがあるのだが聞いてくれないか!」
(……正体不明の悪霊おれに向かって、いきなり呼び捨てとはいい度胸だ……。良かろう、聞くだけ聞いてやろう)

 ディエスの傲岸不遜な態度に、俺まで思わず偉ぶった態度を取ってしまう。いかんな、キャラが崩れる。口調を改めねば。
 
「解剖させてくれ!」
(やれるもんならやってみろ! クソジジイ!)
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