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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

上位ランク戦とヒメの対戦相手

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 マッドは空の彼方へと消えた。死なないだろうが、戻ってくるまでにかなりの時間がかかるだろうな。

「いやあ、うちの馬鹿弟子がすまんかったのう」
「いえ、お気になさらず。好きでやってるものですから」

 グランはペコペコと頭を下げ、ノーコちゃんはピカピカと頭で応える。長く見ているので、なんとなく頭の光から彼女の心情が察せられるようになった。心配2割、恐縮3割、興味が5割といったところだろう。マッドが蹴り飛ばされたときは心配10割であったが、すぐにその割合は減った。ギャグ漫画みたいな吹っ飛び方だったから、大丈夫だろうと判断したのだろう。

「あと、聞こえてるか分からんが、悪霊さんも邪険にして悪かったのう。てっきり可愛い愛弟子が悪いやつに誑かされてると思うてのー」
(お気になさらず。私に実害はありませんでしたので)

 マッドは吹っ飛んだけどね。あと、どちらかと言えば愛弟子のほうが誑かす側だけど。元ヒトカイだし。

「気にしてないと言っておりますな」
「それは、ありがたい」
「して、グラン殿。本日は何用ですかな?」
「何を言っとる。コロシアムここに来たということは、お前も察しがついとろう……?」

 グランはニヤリと笑い、片目を見開いてバイダルさんを睨めつける。
 抉れた壁と床のヒビが音を立てて拡がった。

 バイダルさんはバイダルさんで、表情は変わらずとも上半身が膨れ上がり紳士服が弾け飛ぶ。

 セミルはヒメを連れて逃げ出し、ノーコちゃんも慌ててイスを背にしながら距離を取る。グランのせいで集まりかけた野次馬が、津波の前兆のようサーと離れだした。

 あ、これヤバい奴?

「……冗談だ。そう慄くな」
「慄いては、ございませんが?」
「ああ、悪かった悪かった。お前もその無駄な筋肉を鎮めろ。みんなが怖がってしまう」
「誰が怖がらせたと……。まあ、いいでしょう」

 バイダルさんがそう答えると、膨張した上半身が一回り小さくなった。グランも細目に戻っている。心なしか周囲から安堵のため息が聞こえてくるようだ。

「それで、本当の目的はなんです?」
「馬鹿弟子とは違う方の弟子がの、お主の弟子に挑むそうでな。観に来たんじゃ」

 かっかっか、とグランは笑う。

グレン17位パイル14位に……?」
「うむ。一週間後じゃがの。少々早く来すぎてしまったわい」
「そうですか……。それは知りませんでしたな。近頃はめっきり交流してないもので」
「だーめじゃよ。ちゃんと定期的にコンタクト取らんと。あの馬鹿弟子みたいになっちまう」
「私の方はそろそろ弟子と闘うかもしれませんからね。情が移らぬように距離を取ったのですよ」
「かっかっか。お主の歩みは鈍いからの。そうなる前に儂を超えれば良かろうが」
「はは、近い内にまた挑ませていただきますよ」
「おう、いつでも来い」

(……なんというか、男の会話だな)

 みんな怯えて遠巻きにしているが、そのあたりのセンサが壊れている俺はまったく恐怖心を感じない。そのため、ほほんと二人の傍で会話を聞くことができた。 

「……悪霊殿。いらっしゃいますか?」
(ええ、いますとも)
「……ランキング上位戦が一週間後にあるので、ぜひ観に来てください」
(分かった。楽しみにしておくよ)
「ほう。お主、儂等の闘気を受けてまだこの場に居れるのか?」
(闘気?)
「何も感じませんか?」
(全然?)

 なに、闘気って。フィクションお馴染み謎のエネルギー的な何か?

「悪霊殿には、触覚がないんでしたっけ」
(そうだけど)
「熱も感じない?」
(そうだけど)
「そうですか。なら熱波は感じませんな」

 へ。熱波?

「何だ。悪霊さんは鈍感なだけか。つまらんのう」
(どういうことです?)
「私の体の熱と、グラン殿の起こした風で、軽い熱波が生じてたんですよ。それで皆さん避難してしまわれた。闘技場の闘いも一時中断しているみたいですね。いやはや、まったく迷惑な話ですなー」

 はははと、バイダルさんは笑う。なるほど、それでみな逃げてたんだな。寒熱は感じないし、風も音がしないと分からないから、軽い熱波なら分かりようもないな。

「それじゃあ悪霊殿。セミル殿達へランキング上位戦のことお伝え願えますかな? 私は中断してしまった試合を再開するよう促してきましょう」

 そう言ってバイダルさんは塀を飛び越えて階下の闘技場へと降りてしまった。

 それを見て大丈夫と判断したのかセミルとヒメ、ノーコちゃんがこちらへ戻ってくる。

「もう大丈夫です?」
「びっくりしたー」
「おー、セミルちゃん、ヒメちゃん。びっくりさせてゴメンよー」
「ほんとですよーもー」

 仲良さそうにセミルとグランは話しだした。

(二人は知り合い?)
「そうだね。前に<十闘士>同士の闘いを観に来たときに、余波で吹っ飛ばされた私を助けてくれたんだ」
「かっかっか。可愛い女の子が飛ばされたとあっては、助けないわけにもいくまいて」
「それ以来、ちょいちょいメッセージを飛ばす仲だね」

 セミルは交友関係広いな。それにしても、<十闘士>同士の闘いって観戦する方も命がけ何だな。死にはしないんだろうけど。

(あ、バイダルさんから言伝だけど、1週間後にランキング上位戦やるってさ。観てこうぜ)
「え、上位戦? いいタイミングだね。何位と何位?」
グレン17位パイル14位じゃな。儂の弟子と、バイダルの弟子」
「あ、それでグランさんはここに居るんですね」
「そうじゃな」

 17位と14位。準<十闘士>同士の闘いだな。大丈夫かな。ヒメちゃんも吹っ飛ばされたりしないかな。

「それはどうだろう……」
「私、飛ばされないよー」

 ヒメちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「……なんかこう悪霊さんの声が聞こえないと、会話に入るの大変じゃな」
「そう、なん、ですよー! やっと共感できるヒトができて嬉しいです!」

 ガッツポーズするノーコちゃん。うわー。頭が光り輝く。まぶしー。


 俺達はコロシアム内部へ向かう階段を降り、廊下をぐるっと周る。するとベンチが並ぶロビーのような場所に出た。バトルの参加者らしき甲冑を着込んだ人物もちらほら見受けられる。セミルはヒメちゃんを連れて、窓口のような場所へ向かう。壁が四角く切り抜かれており、いかにも何かを置いて下さいと主張するようなデザインだ。

「じゃ、ヒメ。ここに端末を置いて」
「はーい」

 ヒメちゃんは端末を置く。ディスプレイにくるくる周る光が映し出され、しばらくすると円周すべてが同時に光り、文字が表示された。何かが終わったようである。

「よし。これで受付完了。しばらくすると、対戦相手と対戦時間が決まるから、観客席に戻って待とーか」
(本当にヒメちゃん闘うんだな)
「うん! 私も闘いたい!」

 二人の<十闘士>の小競り合いとコロシアムの試合を見て、怯むどころか興奮するヒメちゃん。さっきからこんな調子で、テンション上がりっぱなしだ。

「えー。本当に闘うのー? 痛いよー。止めといたほうがいいよー」

 一方でグランさんはさっきからこんな調子。心配のあまり何とかヒメちゃんを戦わせたくないと本人及びセミルに主張するも、一向に聞き入れて貰えないので今では後ろから声を掛け続けている。

「闘うの! だって、グラン達の動きすごかった! 私もあんな風になりたい!」
「そんな風に言われると、おじちゃん照れちゃうなー。でも、いきなり闘うのは危ないよ? もっと実力を身に着けてからでもいいんじゃない?」
「実力は一朝一夕には身につかないでしょ? 今後のためにも、ここで何回か闘って実践の感覚を養っておいたほうがいいんです」
「それは分かるけど、でも~」

 グランの甘々な主張を諭すようにセミルは言う。

「私のときとはエライ違いですね。師匠。もう少し、私にも優しくしてくれて良かったんじゃないですかね?」

 彼方から戻ってきたマッドが言う。蹴られた衝撃でボロボロになってしまったので、新しい衣装での登場だ。

「うっさい馬鹿弟子。お前は真面目に修行に取り組まなかったじゃないか。せめて実践で学べという私の愛が分からんのか」
「崖から突き落とすことの何が修行だ。ただ失神を繰り返すだけだったぞ!」
「ええい。今はお前じゃなくヒメちゃんじゃ! ヒメちゃん。ならせめて儂のもとで一ヶ月修行してから……」
「もう、グランは少し黙ってて!」

 あまりにしつこいのでヒメちゃんが後ろを振り返ってキレ気味に叫ぶ。ただ、歩みは停めなかったので横道から現れた男とぶつかってしまった。

「あ」
「あ、ごめん……」

 振り返って謝るヒメちゃんは、想定していた場所に顔ではなく腹があることに気づいた。一歩下がり見上げると、そこにはテツジンやバイダルさんを超える大男がいた。武器であろう大金槌を携えた大男。彼はしかめっ面のまま、ヒメちゃんを見ている。

「……なさい」

 大男は一言も発さずに、ヒメちゃんを見ている。そして、手元の端末を確認するように見た。

「……これ、お前か?」

 そう言って差し出した大男の端末にはヒメちゃんの顔が映っていた。

「……あ、私だ」
「ぷふッ」

 一瞬、大男は吹き出す。

「ああ、いや、失敬。……すぐに降参してくれれば、悪いようにはしない」

 そう言って、大男は元来た道に去っていった。
 ヒメちゃんの端末が光って鳴る。ディスプレイにはさっきの大男の顔が映っていた。

「対戦相手だね……」

 セミルがヒメちゃんに話しかける。

「うん……」
「どうする……?」
「……勝てると思う?」
「うーん。あれはちょっと、私でも無理そうかな」
「そっか……」

 ヒメちゃんはしばらく大男の去った通路を黙って見ていた。

 そして、彼女は小さな声で、それでいて力強く呟いた。

「でも、勝ちたい」
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