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第1章 働かなくてもいい世界 〜 it's a small fairy world 〜

知らない友達

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 俺は友達の数を確認する。視界の右上には「6/100」と表示されていた。死神さんの言う通り、確かに友達が二人も増えていたようだ。以前に確認したのは、マッドと知り合ったときである。増えた時期としてはユリカの死の前から今日までかな。一人はヒメちゃんだとして、もうひとりの見当がつかない。

「まったくもう、やんなっちゃうよねー……。ねえちょっと、悪霊さん。聞いてるのー!?」
(はいはい、聞いてますとも)

 詳細を尋ねたいが、クダを巻き始めた死神さんに聞いてもマトモな返事は望めそうにない。この世界の生物の増え方や俺の体の仕組みなど、聞きたいことが数多くあるのだが、次回にお預けだな。そういえば、友達の判定基準もなんだかんだあってまだ聞けて無かったか。

 俺は適当に返事をしつつ、ヒメちゃんを強くイメージする。家の方向に反応があるので、ヒメちゃんが友達であることに間違いはない。

 ユリカの死後の訪問客に俺の声が聞こえた人が居たかもしれないと思い、記憶の限りその連中をイメージするも特に反応はなかった。ノーコちゃんやソーンなど、俺の存在を知りつつも意思疎通できないニンゲンも同様の結果だ。何かのきっかけで意思疎通できるようなったかもと思ったのだが、それも違うらしい。

 あるいは……。

 ……。

 ……ダメみたいんだな。いや、もしかしたら、そうでもないかもしれない……。が、これは分からないな。

 最後の最後に、ユリカと意思疎通ができたかもしれない。そう思って彼女をイメージしたが、彼女の反応はどこにもなかった。彼女の体が失われているからかもしれないので、もう確かめることはできない。

「あーあぁ。もうやってらんねっすわぁー。ん? カラか」

 死神さんはそう言って、もう何本目か分からない酒瓶を取り出す。そういえばこいつ、ユリカが大変なときにバカンスに行ってたんだよな。

「ん? 何か言いました? 悪霊さん」
(いえいえ。何も言ってませんよ、はい)

 おっと危ない。死神さんは読心術も使えるんだっけか。あんまり迂闊なことを考えて機嫌を損ねるのは厄介だな。瞑想を応用して、思考を幾つか並列に行うか。だいぶ酔っているようだし、これなら読心もし辛いだろう。

「あ? 誰が独身だって?」
(そそそ、そんなこと思ってもないですよー。素敵な死神さんの価値が分からないなんて、見る目のないやつらですねー。そいつら)
「……だよねー。見る目ないよねー」

 死神さんはそう言って、酒ビンを呷る。
 ふう。何とか誤魔化せたようだ。

(そういえば死神さんは神様なんですよねー)
「ん? んー。一応ね」
(今も火の玉出してますし、他にもなんか能力とかって持ってるんですかね)
「そりゃあ、ね。少しは持ってますよー。物質透過だったり空中浮遊だったり認識阻害だったり、その程度のことはよゆーの、よっちゃんイカ、です!」

 物質透過、空中浮遊に、認識阻害か。今までの登場シーンを考えると、そのへんは想像がつくな。

(おお、すごいですね! 他にはどんな能力を持っているんですか? たとえば回復とかって使えるんですか)

 俺が知りたいのは死神さんが回復の能力、とくに恒常的な記憶疾患すらも回復できる能力を持っているかだ。もしこの能力を持っているならば、ユリカは死ななくても良かったかもしれない。そう思ってユリカの死の間際、死神さんを呼んだが現れなかった。

 ユリカは死んでしまったので、もうしょうがない。だが、今後に同じような状況になった時、死神さんの力を使えば何とかなるのだろうか。それを知っておきたい。

「えー、回復ー? ちょっとした傷だったり、二日酔い程度なら治せるけどもー。私、死神だから難しいのは無理かなー」
(あー、そうですか。それは残念です)

 ダメか。その程度の回復スキルであれば、この世界の住人であれば誰でも持ってる。

「え、何、悪霊さんケガでもしたの? 体もないのに? あ、精神的なケガは無理だよ、回復できないからー」
(あー、そういうわけじゃないんですけども。ちょっと気になっただけです、はい)

 死神さんは小首をかしげて尋ねる。火の玉に照らされた顔が、酒のせいかさらに赤みを帯びて見える。
 彼女は何かを閃いたように、にま~と笑い、「あ、でもー」と呟いた。

「こういうサービスはできますよー。えい!」
(ほえ!?)

 思わず変な声が出た。死神さんは俺の体を掴み、無理矢理移動させる。視界が強制的にぐりんと移動して、俺は仰向け状態となってしまった。そして、普段は感じることのない柔らかな触覚を無いはずの後頭部に感じる。

(こ、これは……!)
「どうですかー。膝枕ですよー。気持ちいいですかー?」

 手と脚で体をぎゅっと固定され、視界には死神さんの笑顔が映る。

「ほらー。いい子いい子してあげますよー。癒やされてますかー」

 頭を撫で撫でする死神さん。どうしよう、久しぶりに優しい感触を感じてしまい、正直たまらなく気持ちがいい。

「ほらー、何か言ってくださいよ。気持ちいいとか気持ちいいとか言ってくれないと、撫でるのやめちゃいますよー」
(えっと、気持ちいいいです、はい)

 思わず言ってしまった。誰にも見られていないとはいえ、これは結構、というかかなり恥ずかしいな。脱出しようにもガッチリ固定されて動けない。死神さんのなすがままである。

「あ、もっといいこと思いつきました」

 そう言って、死神さんは酒ビンを傾ける。じゃばじゃばと液体が体にかかるのを感じた。

(え? ナニコレ? 俺が触れる?)
「ふふふ。私の世界のお酒ですよー。ちょっとイジって、悪霊さんも飲めるようにしてやりました。ほらほらほらぁ。もっと酔っちゃってくださいー」

 死神さんは酒ビンを逆さまになるまで傾け、最後の一滴まで俺に注ぐ。最初は何ともなかったが、次第に視界が歪んで、やけに音が大きく聞こえ始めた。思考も徐々に停滞を始め、並列化ができなくなってしまった。

 というか、この症状。本当に俺、酔っちゃった?

「そうですよ、酔っちゃってます。ちょっと疲れたときには、精神的なケアとお酒が必要なんですよ。だからー。二人で仲良く、今日は飲み尽くしましょう!」

 ドボドボドボーと次の酒ビンを取り出して、一気に俺に注ぎ始める。さっきからかなりの量注いでるけど、これダイジョブなの? 急性アルコール中毒とかならない? 俺お酒あんまり強くないんだけど。

「えっと、大丈夫ですよ! きっと、たぶん、おそらく! ぷろばぶりぃ、めーびぃ、ぱはっぷす! 悪霊さんの体、よく知らないけど!」
(大丈夫じゃないじゃないですか! 徐々に確信度下がってるじゃないですか。あ、ちょっともう注がないで。もう十分ですから、十分酔ってますからー!)
「ほらほら、もっと飲めー。私の酒が、飲めないんですかぁ!? 胃袋がないんだから一気なんて余裕ですよねー。いったいどこまで入るのかなぁ、ふふふ……」
「ちょ、やめ、やめろおぉぉぉ!」

 その後、俺は酒を注がれ続け、この世界にきて初めて気を失った。
 
 気がついたら朝であった。
 傍らに死神さんの姿はなく、代わりに以下のような書き置きが残されていた。

『悪霊さんへ
 ごめんなさい。酔って暴走してしまいました。
 あと、上司に怒られて1週間の謹慎を言い渡されたので、しばらく来れません
 本当に、ごめんなさい。
                             死神より』
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