悪の秘密結社の博士、怪人の頭が悪いことに気づく

眠眠

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「なぜじゃ! なぜ奴らに勝てないのじゃ!」

 悪の秘密結社の博士は、目の前に並ぶ怪人たちに腹を立てていた。博士が怒りをぶつけるように机を激しく叩きくと、驚いた蜘蛛怪人がビクリと肩を震わせる。

 秘密結社の目的は世界征服。民衆を恐怖に陥れ、世界の実権をこの手に収める。

 ボスとともに博士がその野望を抱いてから幾星霜の月日が流れた。
 始めた頃の征服活動は順調であった。街を支配し、地方を支配し、国を支配する勢いであった。
 しかし、今では国や地方どころか、街すら支配できていない。なぜならば、秘密結社の活動を妨害する正義のヒーローが現れたからである。

 世界征服を実行しようとすると、必ず奴らが立ち塞がり邪魔をしてくるのだ。変な後ろ盾があるのか、追い込んでも追い込んでも奴らは土壇場で力を発揮して、最終的に我々が負けてしまう。

 今回もまた負けてしまった。怪人を四体も投入し、切り札の巨大化を使ったにも関わらずだ。その失態を晒したのが、今、博士の前に並んでいる怪人たちである。
 
 蜘蛛怪人。ズバイダー。
 スギ怪人。スギーポーレン。
 ゴリラ怪人。マッスルバック。
 サメ怪人。キングシャーク。

 戦闘で怪我を負ったので、彼らの身体はあちこち包帯でぐるぐる巻きになっていた。
 怪人である彼らは常人より怪我の治りが早いので、すぐ戦線に復帰できるはずだが、もう少し気張った戦闘を見せて欲しいと博士は思った。 

「はあ……。済んだことは仕方ない。だが、次に会ったときは絶対に奴らを倒すのじゃぞ。そのためにこれから反省会を行う」
「え、反省会っすか。時間かかりますよね。バナナ取ってきていいっすか」
「言いわけあるか!」

 バナナを欲したマッスルバックを博士が一喝する。

「でも、お腹空いちゃって」
「お前はそのバナナ好きをなんとかしろ! ヒーローたちにも見抜かれおって、最終的にバナナを囮にやられておったろうが!」
「いやー、すんまんせん。でも、奴らのバナナ、高級品の良いバナナでしたよ? あれはみんな引っかかりますって」
「そんなの知るか! 同じ手に引っかかんよう、明日までに好物を変えておけ! 次、ズバイダー! どうしてお前は負けたのじゃ!?」

 博士が蜘蛛怪人に視線を移す。

「え、えーと、そうっすねぇ。自分、頑張ったんですけど、どうしてもやっぱりレッドが強すぎっていうか、ちょっと、こちらとしても攻め手が足りない、みたいな? 自分、ピンクを集中的に攻撃してたんですけど、やっぱそこは他のみんなが頑張って欲しいですね、はい」
「なんだと蜘蛛野郎、俺らが悪いってのか?」

 ズバイダーの他の怪人が悪いような物言いを受け、マッスルバックが突っかかる。

「いやいや、ゴリチンそんなこと言ってないよー。ただ、もうちょっとアタッカーがなんとかしてくれないとさ、ほら俺サポーターじゃん?」
「ズバイダー。集中的どころかお前はピンクしか攻撃しておらんじゃろう。なぜ他のヒーローを攻撃しない?」

 ゴリラ怪人と蜘蛛怪人が争い始めそうだったので、博士は仲裁するように口を挟む。

「いやーだってさ、ピンクちゃんヒーラーだし? いい匂いがするし? 可愛いし? で、俺蜘蛛じゃん? そこはどうしてもぐるぐる巻きにしたいっていうか、ネバネバの糸で雁字搦めにしたい本能が抑えきれなくてーー」
「もういい、次! スギーポーレン……は、どうしようかのう……」

 次に博士はスギ怪人に視線を移す。四体のなかで唯一の女性型怪人であり、小柄のため自然と博士の首が傾く。

「わ、わたし、花粉ばらまくことしかできないから……。戦闘用じゃないから……」

 困ったように、スギーポーレンはヒーローたちに負けた理由を口にする。

「う、うむ。まあ、仕方ないか。元より、民衆攻撃用の怪人じゃからのう。連中はスーツ着てるから花粉は通じんし。守れなかった他3人が悪い」
「えー、博士、スギーにだけ優しい! 贔屓だ、贔屓!」
「黙れ、ズバイダー! 次! サメ怪人、シャークキング!」

 次の博士はサメ怪人を見る。彼は半人半獣。上半身がサメで下半身が人型の、水陸両用型怪人である。水中に潜み、姿を隠したまま獲物の傍まで忍び寄り、獰猛な牙で相手を喰らい尽くす。

 サメ怪人は睨み返すように博士の顔を見ると、

「ギョギョギョギョ!」

 と返事をした。

「……そうじゃったな。シャークキングは喋れないじゃったな。これでは反省会にならんか」
「ギョギョギョ!」
 
 こっくりと頷くシャークキング。そんな彼の様子を見て、博士は疲れたようにため息をついた。

「あ、反省会終わったっすか。じゃあもう行きます。バナナが待ってるんで」
「あ、俺も。博士! 次こそ勝つからさ! 大丈夫だって、ね!」
「私も失礼します……光合成して花粉ためたいので……」
「ギョギョギョ」

 黙りこくった博士を見た怪人たちは、そう言って部屋から出ていってしまった。

「これでは、いくら頑張ってもヒーロー達には勝てん……」

 ひとり残された部屋で彼は呟く。
 食欲に負け、性欲に負け、スギーポーレンはいいとしても、シャークとはまともな意思疎通もできない。これでは次もまたヒーロー達に負けてしまう。なんとかしなくては……。

「せめて、もう少し怪人共の頭が回ればのう……」

 そう呟いて、彼は、はたと気づく。
 
 そうじゃ。
 怪人は、頭が悪いんだ。
 だから、ヒーロー共に負けるんじゃ。
 だったら、頭の良い怪人を作ればいい。
 今いる怪人共の知能指数を上げてやればいい。

「こんな簡単なことに気づかないなんて、儂も耄碌したもんじゃな……。だが、これでヒーロー共に勝てる……勝てるぞ!」

 喜び勇んで彼は頭の良い怪人を作り出すのであった。 




「できた……。壮観じゃわい」

 そして博士は知能の高い怪人を作り上げ、更には頭脳活性薬を開発することで元々結社にいた怪人の知能レベルをアップさせることに成功した。

 その数、総じて100体。
 秘密結社の大広間にて、居並ぶ100体の怪人を彼は睥睨する。

「博士、ご指示を」

 流暢に話せるようになったシャークキングが博士の前に膝を付き、指示を乞う。

「おお。ずいぶんと立派になったのう……。よしよし、これでヒーロー共に勝てるぞ。そうじゃのう、ここは全力を以て奴らを打ち倒すとしようか。100体全員で出撃じゃ。全員で巨大化してヒーロー共をなぶり殺すのじゃ」
「なるほど。戦力の小出しは下策ですからね。さすが、博士です」

 シャークキングは流暢に話すどころか、溢れ出る知能により戦術の評価もし始めた。
 そのあまりの進歩っぷりに、博士は思わず泣きそうになる。

「それでは、目的を教えてください」
「目的? そんなもん世界征服じゃ」

 何を当たり前のことを、と博士は思う。

「いいえ、博士。それは違います。世界征服はあくまで手段です。征服した後、何を得るか。それを教えていただきたいのです。でないと、巨大化して暴れた際に目的のものを壊してしまう恐れがあります。人心ですか? 施設ですか? 自然ですか? 経済ですか? それを我々にも教えていただきたい」

 シャークキングのみならず、広間の怪人すべての視線が博士に集中する。

「う……。し、しかしボスは世界征服としか……」

 博士がそう答えると、シャークキングはすうっと魚に似た目を細めた。

「ふう、目的の共有ができてないなんて、話になりませんね。……記憶を思い返しても、ただ声高に世界征服を主張するばかり。正直、失望しました。ここまでの知能を与えてくださった博士には感謝しますが、私は秘密結社をやめさせていただきます。私の能力はもっと他の場所でこそ活きると思いますので。それでは」

 シャークキングはそう言って博士に頭を下げると、大広間から出ていってしまった。

「シャーク、キング……?」

 博士は呆然とその光景を見送ることしかできなかった。
 やがて、シャークキングに賛同するように、次々と怪人たちが結社をやめて行きーー。

「待て、マッスルバック、ズバイダー、スギーポーレン!」
「博士。バナナより肉のほうが美味しいですね。それでは」
「ネバネバの何が面白かったんだろ、よく分かんねえや。博士、またね」
「風に任せて受粉なんて非効率的だわ。せっかく移動できるのだから直接子孫を増やしてきます。博士、お世話になりました」
 
 やがて広間からはすべての怪人が居なくなった。 
 博士は呆然としたまま、広間の床にぺたりと座り込んでしまった。

 やがて、静まる大広間にひとりの足音が響く。

「ふむ。とうとう気づいてしまったか……」
「……ボス?」

 そこに現れたのは、悪の秘密結社のボスであった。
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