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茜とラクダ

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 時刻は茜が振られた(と勘違いした)時間まで遡る。

「……はぁー」

 茜は公園のベンチでひとりため息をついていた。泣いていたらしく、頬には涙の跡がある。

 浅葱と別れた後、彼女は俯いたまま、とぼとぼと帰り道を歩いていた。なんとなく、このまま家に帰る気になれなかった彼女は、途中にある遊具のない公園に立ち寄った。誰も居ない、大きな木の見えるベンチに腰掛け、しばらく彼女はぼーとしていた。

 夕暮れを隠すように曇天が広がり、今にも雨が振り出しそうである。

(いけると思ったんだけどなぁ……)

 西川浅葱。茜の幼馴染。付き合いは幼稚園の頃から続く。小学校も一緒。中学校も一緒。高校も一緒で、家族ぐるみの付き合いもある。個人的に浅葱から嫌われている様子は無かったし、浅葱が現在、誰かに恋をしている様子も無かった。

(感触的には、むしろ好かれてたと思うんだけどなー)

 茜はときどきお菓子を作る。料理も好きだし、食べるのも好き。それが甘いものだと小躍りしてしまう。だから、ときどき自分でお菓子を作る。バレンタインデーともなると、当たり前のようにチョコを準備して浅葱にプレゼントし、誕生日には自然にケーキを焼いていた。

 浅葱も思春期特有の反抗期を見せることなく、いつも素直に受け取ってくれた。ホワイトデーや茜の誕生日には、お返しのプレゼントも送ってくれた。ここまで交流を深めておきながら、実は大嫌いであった、ということは無いと信じたい。

(まあ、でも、しょうがないかー。あんなにはっきりと断られちゃったもんなー)

 彼女は何度目か分からないため息をつく。
 
 浅葱の拒絶の真意は、茜に伝わっていなかった。一方は伝える努力を放棄し、一方は聞く努力を放棄した結果である。お互いに余裕が無かったというのも大きい。

(……もっと、痩せてる人が好き、とか?)

 彼女は自分のお腹をちょっとつまむ。おもちほどではない。せいぜい、ホットケーキといったところ。友人からは、大量にお菓子を取り込んでなぜ太らない、と糾弾された経験もある。少なくとも太ってはないはずだ。

(もうちょっと、痩せてから告白すれば良かったかな……。でも、この時期がタイミングとしては最後なんだよな…)

 来年から受験が始まる。高校までは何とか浅葱と同じ学校へ通うことができたが、大学だとそれも難しいだろう。自分の学力と彼の学力にかなりの差があることを、彼女は自覚していた。だから、浅葱と過ごすのは高校で最後だ。それ以上彼と付き合うならば、今以上の関係になる必要がある。

 そして、それは受験勉強が始まる前のこの時期しか無かった。

(だから、頑張って、告白したんだけどなー)

 結果は撃沈。
 あー、もうどうしよう。明日からどんな顔して会えばいいんだろ。あ、やだ。またちょっと涙出てきたかも……。

 茜は自分の目を擦る。思いの強さは気持ちの強さ。なかなか涙は止まらない。

 ぐしぐしと顔を拭っていると、ベンチの前で、誰かが止まったような気配がした。

「どうしたの、かな?」

 抑揚のはっきりとした、特徴のある声である。

「もしかして、泣いてる、の?」

 少し外国訛りが入っている。私に話しかけているのは、外国人だろうか、と彼女は思う。

「あ、すみません、大丈夫で……す?」

 手を止めて、声の主を見た茜の台詞が小さくなり、最後は疑問形になる。

 それもそのはず。
 ベンチに座る彼女に目線を合わせて話しかけていたのは、とても奇妙な顔のお方。
 長い毛むくじゃらの眉毛。
 狭い額。
 瞳から拳二つ分は離れた高い鼻
 Y字型の鼻をひくつかせ、反芻するように口を動かし、

「わらって。女の子は笑顔がいちばんだ、よ」

 ラクダは彼女にそう言うと、ビヒヒンと鼻を震わせて鳴いた。
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