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ステータスの見える少年と強運少女
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西川浅葱は人に言えない特技を持っていた。
朝、六時。目覚まし時計が鳴るのとほぼ同時に、彼は起床する。もちろん、これが特技というわけではない。特技だと言い張ることは可能かもしれないが、わざわざ秘密にする必要のない特技だ。
彼はジャージに着替えて自室を出る。隣は妹の部屋だ。おそらく今頃寝入った頃だろう。彼は音を立てないよう階段を降りた。洗面台で顔を洗い、タオルで水気を拭う。鏡には寝ぼけ眼の彼が写っていた。
そして、自分の顔のすぐ横に、彼にしか見えない不思議なウィンドウが存在していた。
「……体力+1か。上々だな」
彼はそう呟くと買い置きのバナナを一本むしり、エネルギー補給する。
「おはよう、浅葱。今日も早いわね」
「母さんおはよう。行ってくるね」
「はいはい、行ってらっしゃい」
台所では彼の母親が朝食の支度をしていた。彼はそれには目を向けず、挨拶だけ済ませると玄関へと向かう。
「うわ、寒い」
10月半ばの早朝六時。残暑はとうの昔に引きこもってしまい、冬の足音が聞こえ始めていた。ストレッチを終えると、彼はゆっくりと日課のマラソンを始めた。
「体力も上がったし、少しペースを早めるかな……」
早朝の白い光の抜ける町内を駆けながら、彼はぼそりと呟いた。
西川浅葱《にしかわあさぎ》。高校2年生。17歳。特技、ステータスが見える。趣味、ステータスの数値を上げること。
幼い頃から彼にはステータスウィンドウが見えていた。ゲームなんかでお馴染みの、体力、知力、精神力などが示されたアレである。他人を見れば他人のステータスが映るし、鏡を見れば自分のステータスが見えていた。
ステータスの数値はその人の持つ能力を反映していた。例えば体力の数値が高い者は体育の授業、あるいはスポーツで好成績を収めており、知力の数値が高い者は学力テストで好成績を収めていた。
もちろん、ステータスが高いからといって必ずしも結果に直結するとは限らない。あくまで、その傾向が強いに過ぎなかった。例えば、柔道歴は同じだが、体力の勝るAと体力の劣るBが居たとしよう。その二人が試合したとして、必ずAが勝つとは限らない。技術はもとより、運もまた結果を左右する要因だからだ。しかし、何回も繰り返し戦っていると、傾向としてはAが勝つことのほうが多くなる。自身の経験を通して、浅葱はそれを知っていた。
他人には見えぬこの数値をついて、彼は積極的に人に話そうとは思わなった。当然だ。嘘つき、不気味、変なやつというレッテルを貼られるのが落ちだ。事実、見えないものが見えることの意味がよく分からなかった幼い頃、彼はそういう目にあっている。その失敗を踏まえ、彼はステータスについて誰にも言うことは無かった。
成長するに連れ、ステータスの意味と数値が変動することを彼は知る。そして、嫌な思いの原因となった自分の特技を、自分の人生に有効活用しようと考えた。
トレーニングを積めば数値が増える。それは、体力でも知力でも同じこと。そして、努力と成果が目に見えて分かる分、彼は効率的に根気よく、最短距離でステータスアップをすることができた。
そんなわけで、高校2年の彼のステータスは同年代のおよそ数倍となっていた。ステータスで見れば学業優秀、体力無敵の文武両道を体現した学生である。ただし、彼は目立ちたくなかったので、学業においても体力テストにおいても、そこそこの結果で切り上げていた。
マラソンを終え、朝食を取ると、彼は学校へと向かった。教室に入ると、何人かの席は既に埋まっていた。
「おはよう、アッキー。今日は寒いねー」
「おう、谷口。おはよう」
「ねえ、進路希望調査、書いてきた?」
「いや、まだ。谷口は?」
「僕もまだ。とりあえず進学はしようと思うんだけど、どこにしようかなって」
谷口は苦笑する。
「まあ、まだ2年だし、焦ることもないんじゃないか?」
「それでも早めに決めておいたほうが良いからね。提出期限も迫ってるし」
「そうだな……。まあ、希望調査はこれからも何回かあるみたいだし、とりあえず行けそうな大学の名前を書いておけばいいんじゃないかな」
「出た。とりあえず自分の成績に合った学校にする作戦。高校選んだ方法がそれ。まあ、無難だし当面はそれで凌ぐかな」
そう言って彼は自席へと戻った。適当な大学名を書くのだろう。浅葱は谷口のステータスを確認する。クラスの平均より知力がやや高い程度。中堅大学ならば問題なく入れるレベルであった。
進路について。高校2年の後半にもなると、否応にでも提示される選択肢決定問題。教師からも親からも折りに触れ提起されるその問題に、学生は皆、悩むことになる。
そして、それは浅葱にとっても同じであった。ステータスアップが趣味のため、他人より勉強も運動もできる自負はある。けれども、彼の努力は、明確にやりたいことがあってしてきたことではない。目的の無いままに可能性だけを増やして来たのだ。
(やりたいこと、ね……)
それ故に、彼は進路について悩んでいた。
「おはよー、アッキー」
挨拶とともに、彼の側を通り過ぎたのはクラスメイトである東堂茜だ。
「……おはよー」
浅葱が挨拶を返すと、彼女はニコリと笑って、彼女の友達である女子グループに混ざっていった。ニコニコ笑顔が周囲に伝播する。少しだけ教室が賑やかになった。
(茜は、悩んだりしないんだろうな……)
彼女のステータスを浅葱は確認する。知力。平均。体力。やや下。その他諸々平均以下の数値ばかりだ。前に確認したときと比べてほとんど変わっていない。それでも、彼女には突出したパラメータがあった。
運 999
パラメータの多くが2桁の数値。3桁ともなるとテレビで活躍する人物でしか見たことがない中、彼女の運は999。おそらく、カンストだろう。
幼馴染である彼女はこの幸運に守られて高校に進学した。それも浅葱がこの高校を受けると決めた後で、「じゃあ私もそこにするー」と決めたのだ。見事なまでに主体性が無かった。当時の彼女の知力では厳しいと思われたが、彼女は持ち前の運で難なく試験を突破した。彼女曰く、「ヤマカンが当たった」らしい。
彼女は仲のいい友達と屈託なく笑っている。そんな彼女には悩みなどないのだろうと、彼は思った。
朝、六時。目覚まし時計が鳴るのとほぼ同時に、彼は起床する。もちろん、これが特技というわけではない。特技だと言い張ることは可能かもしれないが、わざわざ秘密にする必要のない特技だ。
彼はジャージに着替えて自室を出る。隣は妹の部屋だ。おそらく今頃寝入った頃だろう。彼は音を立てないよう階段を降りた。洗面台で顔を洗い、タオルで水気を拭う。鏡には寝ぼけ眼の彼が写っていた。
そして、自分の顔のすぐ横に、彼にしか見えない不思議なウィンドウが存在していた。
「……体力+1か。上々だな」
彼はそう呟くと買い置きのバナナを一本むしり、エネルギー補給する。
「おはよう、浅葱。今日も早いわね」
「母さんおはよう。行ってくるね」
「はいはい、行ってらっしゃい」
台所では彼の母親が朝食の支度をしていた。彼はそれには目を向けず、挨拶だけ済ませると玄関へと向かう。
「うわ、寒い」
10月半ばの早朝六時。残暑はとうの昔に引きこもってしまい、冬の足音が聞こえ始めていた。ストレッチを終えると、彼はゆっくりと日課のマラソンを始めた。
「体力も上がったし、少しペースを早めるかな……」
早朝の白い光の抜ける町内を駆けながら、彼はぼそりと呟いた。
西川浅葱《にしかわあさぎ》。高校2年生。17歳。特技、ステータスが見える。趣味、ステータスの数値を上げること。
幼い頃から彼にはステータスウィンドウが見えていた。ゲームなんかでお馴染みの、体力、知力、精神力などが示されたアレである。他人を見れば他人のステータスが映るし、鏡を見れば自分のステータスが見えていた。
ステータスの数値はその人の持つ能力を反映していた。例えば体力の数値が高い者は体育の授業、あるいはスポーツで好成績を収めており、知力の数値が高い者は学力テストで好成績を収めていた。
もちろん、ステータスが高いからといって必ずしも結果に直結するとは限らない。あくまで、その傾向が強いに過ぎなかった。例えば、柔道歴は同じだが、体力の勝るAと体力の劣るBが居たとしよう。その二人が試合したとして、必ずAが勝つとは限らない。技術はもとより、運もまた結果を左右する要因だからだ。しかし、何回も繰り返し戦っていると、傾向としてはAが勝つことのほうが多くなる。自身の経験を通して、浅葱はそれを知っていた。
他人には見えぬこの数値をついて、彼は積極的に人に話そうとは思わなった。当然だ。嘘つき、不気味、変なやつというレッテルを貼られるのが落ちだ。事実、見えないものが見えることの意味がよく分からなかった幼い頃、彼はそういう目にあっている。その失敗を踏まえ、彼はステータスについて誰にも言うことは無かった。
成長するに連れ、ステータスの意味と数値が変動することを彼は知る。そして、嫌な思いの原因となった自分の特技を、自分の人生に有効活用しようと考えた。
トレーニングを積めば数値が増える。それは、体力でも知力でも同じこと。そして、努力と成果が目に見えて分かる分、彼は効率的に根気よく、最短距離でステータスアップをすることができた。
そんなわけで、高校2年の彼のステータスは同年代のおよそ数倍となっていた。ステータスで見れば学業優秀、体力無敵の文武両道を体現した学生である。ただし、彼は目立ちたくなかったので、学業においても体力テストにおいても、そこそこの結果で切り上げていた。
マラソンを終え、朝食を取ると、彼は学校へと向かった。教室に入ると、何人かの席は既に埋まっていた。
「おはよう、アッキー。今日は寒いねー」
「おう、谷口。おはよう」
「ねえ、進路希望調査、書いてきた?」
「いや、まだ。谷口は?」
「僕もまだ。とりあえず進学はしようと思うんだけど、どこにしようかなって」
谷口は苦笑する。
「まあ、まだ2年だし、焦ることもないんじゃないか?」
「それでも早めに決めておいたほうが良いからね。提出期限も迫ってるし」
「そうだな……。まあ、希望調査はこれからも何回かあるみたいだし、とりあえず行けそうな大学の名前を書いておけばいいんじゃないかな」
「出た。とりあえず自分の成績に合った学校にする作戦。高校選んだ方法がそれ。まあ、無難だし当面はそれで凌ぐかな」
そう言って彼は自席へと戻った。適当な大学名を書くのだろう。浅葱は谷口のステータスを確認する。クラスの平均より知力がやや高い程度。中堅大学ならば問題なく入れるレベルであった。
進路について。高校2年の後半にもなると、否応にでも提示される選択肢決定問題。教師からも親からも折りに触れ提起されるその問題に、学生は皆、悩むことになる。
そして、それは浅葱にとっても同じであった。ステータスアップが趣味のため、他人より勉強も運動もできる自負はある。けれども、彼の努力は、明確にやりたいことがあってしてきたことではない。目的の無いままに可能性だけを増やして来たのだ。
(やりたいこと、ね……)
それ故に、彼は進路について悩んでいた。
「おはよー、アッキー」
挨拶とともに、彼の側を通り過ぎたのはクラスメイトである東堂茜だ。
「……おはよー」
浅葱が挨拶を返すと、彼女はニコリと笑って、彼女の友達である女子グループに混ざっていった。ニコニコ笑顔が周囲に伝播する。少しだけ教室が賑やかになった。
(茜は、悩んだりしないんだろうな……)
彼女のステータスを浅葱は確認する。知力。平均。体力。やや下。その他諸々平均以下の数値ばかりだ。前に確認したときと比べてほとんど変わっていない。それでも、彼女には突出したパラメータがあった。
運 999
パラメータの多くが2桁の数値。3桁ともなるとテレビで活躍する人物でしか見たことがない中、彼女の運は999。おそらく、カンストだろう。
幼馴染である彼女はこの幸運に守られて高校に進学した。それも浅葱がこの高校を受けると決めた後で、「じゃあ私もそこにするー」と決めたのだ。見事なまでに主体性が無かった。当時の彼女の知力では厳しいと思われたが、彼女は持ち前の運で難なく試験を突破した。彼女曰く、「ヤマカンが当たった」らしい。
彼女は仲のいい友達と屈託なく笑っている。そんな彼女には悩みなどないのだろうと、彼は思った。
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