伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ

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一章

8話

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「ルナが目を覚ましたって聞いたんだけれど」

それから暫くして。扉がノックされると同時にパトリックが部屋の中へと入ってきた。
安堵、驚愕、後悔、焦り、歓喜、不安。それらが全て入り交じった感情。
パトリックは、複雑過ぎてよく分からない表情を浮かべていた。

「何かあれば遠慮なく呼んでくださいね、お嬢様」
「……ええ、ありがとう」

どうやら私とパトリックの二人だけにしてくれるらしい。気を遣わせてしまった気がしなくも無いのだが、私はその申し出をありがたく受け取っておくことにする。
そして、クレアが退室したあとに訪れたのは、長い沈黙だった。
……どうすればいいの?
なにかを言おうにも、なんて言えばいいのか分からずにその場で私が固まっていた。
すると、不意にパトリックが私のいるベッドへと近寄ってくる。

「色々とルナには心配をかけてすまなかった……」
「………パトリック」

そう言って頭を下げたパトリックに、私はなんて返すべきか悩んだ。返す言葉が見当たらなかった。
上手く言葉に表すことが出来なかった私は、ただ首を振った。

「……あなたが、生きていてくれて良かった……」

そしてポタリ、と涙がシーツの上へと落ちた。

「ルナ……」
「パトリックが謝る必要なんて、どこにもないのよ?それに、謝罪はもう四日前に沢山受け取ったもの」

だからもう、いいよ。と微笑んだ私に、パトリックは眉を下げて、しかし返すように笑みを浮かべて頷いてくれた。
しかし、それもすぐに真剣な表情に変わる。

「……さっき、伯爵夫妻と俺と両親とで話し合いをしていたんだ」
「クレアから聞いたわ。内容は流石に知らないけれど」

もしかしたら私とパトリックの婚約についてを話していたのではないかとは思わなくもないけれど、いくらなんでもそんな都合の良い話しがあるわけないよね。
そんなのは私の願望でしかないのだし、そもそもパトリックとは婚約を解消してしまっているのだ。今更婚約し直すなんてことになり得る筈がない。
第一昔から、パトリックが私の事を本当はどう思っているのかなんて分からないのだ。パトリックの気持ちが分からないから、私も自分が自覚した時からずっと、この感情を表に出したことは無い。ただ、婚約者として、そして一人の友人としての感情しか見せたことは無かった。
だから、本当に身内(と言っていいのか疑問ではあるのだが)だけしかいない中での話し合いで、どんな話がされたのか分からないでいるのである。

「それで、どうして話し合いなんてしていたの?」
「それは、……」
「パトリック?」
「……先に謝っておくよ。ごめん」

突然謝罪された私は、一体どうしたのかと首を傾げてパトリックの様子を伺った。
それから、パトリックはほんの少しだけ困ったかのような表情を浮かべる。

「本当は、俺が言える立場じゃないんだけど、でもどうしてもこのままにしておきたくなかったんだ」
「……どういうこと?」
「ルナ、俺の話を聞いてくれる?」
「それは、勿論だけれど……」

はっきりとしない言い方に私は益々不思議に思うと同時に、何かあったのではないかと不安にもなった。
そんな私の様子に気が付いたのか、パトリックは私の手を安心させるかのように握り締めてくれる。だから、私もその手を握り返した。

「ルナは今、誰か好きな人がいる?」
「……え?」

パトリックの言葉に私は唖然としてしまう。一体この人は何を言い出すのかと呆気に取られていたのだが、その表情があまりにも真剣なそれだったので、パニックになりかけた頭を冷静にさせることが出来た。
しかし、いくら冷静になれたからと言っても、なんて答えればいいのか分かったものでは無い。
私は困ったように眉を下げて、曖昧に笑った。

「それは、……どうしてそんなことを聞くの?」
「ルナの気持ちをちゃんと知りたいから、かな」
「……なんで……」
「外堀を埋めてしまったけれど、それでもルナの意思は無視なんてしたくないんだ」
「っ……」

明確な答えはパトリックから出されなかったけれど、それでもパトリックが何を言いたいのか、流石にこの段階になってまで分からないほど鈍感な私ではない。

「———俺は、ルナのことが好きだよ」

これ以上ないくらいに単純で、誤解しようのないくらいにストレートな言葉を告げられる。
真っ直ぐに見つめられて、私は言葉に詰まってしまった。
何を言えばいいのか分からない。いや、私の気持ちはずっと昔から決まっているのだ。でも、どうやって言葉にすればいいのかが分からなかった。
私が何も言えずにいると、パトリックは小さく息を吐いて、そして少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。
きっと違う方に誤解をしているであろうパトリックに、私は慌てて「違うの!!」と叫んでしまう。

「ちが、違くて、……違うの……」

私は上手くまとまらない言葉を、それでもパトリックに伝わってほしかった。
だから、私は思ったことをそのまま口にしていく。

「違うのよ、そうじゃない。……信じきれなくて、夢じゃないかって思ってて、……だって、そんな、都合の良いことがおこるなんて、そんな、ことがあるとは思わなくて、……嬉しくて」

だんだんと俯きがちになってしまった私からはパトリックの顔はもう見えなくて、今どんな表情をしているのかは分からなかった。けれども、今の私は自分の気持ちを話すのに精一杯で、それどころではなくなっていた。

「……それ、都合の良い方に解釈してもいい?」

少しの不安と、それと同時に歓喜を滲ませた様子で尋ねてくるパトリックに、私は顔が赤くなるのを感じながらも素直に頷いた。

「私……私も、パトリックのことが———」

好き。
と、そう続けようとしたのだけれど、それはパトリックに抱き締められたことによって言葉にすることは出来なかった。
私は突然の出来事に目を見開いて、そしてそのまま固まってしまう。
どうすれば良いのか分からなくて内心焦っていると、耳元でくすり、と笑う声が聞こえた。それからパトリックは、少しだけ名残惜しそうな表情をしながら、ゆっくりと私から体を離した。
そして……。

「———ルナ、俺と結婚して下さい」
「っ!!……はい……!」

真剣に告げたパトリックに、私は泣きそうになりながらも頷いた。
私の返事を聞いて嬉しそうに笑ったパトリックは、それからそっと私の頬を優しい手つきで、そして慈しむように撫でる。
優しい温もりに私は自然と目を閉じて、それと同時に私の瞳に溜まっていた涙が零れ落ちた。
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