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一章
6話
しおりを挟む「間に合った……!」
心の底から安堵したような、そんな声が私の耳元で聞こえてきた。
そして、遅れて私の体を包み込む温もりに気が付いた私は、唖然とした。
「な、……に」
いまいち理解の及ばない頭で、私は必死に今起こっている現状を把握しようとする。
しかし、どうしても理解が追いつかない。
何故ならば今この場で聞こえるはずのない、もう聞くことの出来ないはずの声が耳元で聞こえてきたからだ。
「……パトリック?」
そんなこと、あるはずがない。
だって彼はリンドラル王国で命を落としたはずだ。子供を助けるために、自分を犠牲にしたはずなのだ。
なのに何故、私は彼の声が聞こえたのか。
幻聴だろうか。うん、そうに違いない。
きっと私は、死ぬ直前に彼の声を思い出して、あまりにも強く彼に会いたいと願っていたから幻聴が聞こえたのだ。
きっと、そうだ。そうとしか考えられない。
でも、それならばどうして私は浮遊感が無いのだろか。
分からない。分からないことが多すぎて、私は既に許容オーバーしていた。
それでも私は無意識にそんなはずがないと分かっている人の名前を呟いてしまう。
勿論、返事が帰ってくるはずがないと、知っているけれど。というか、そうでなければおかしい。
おかしい、はずなのに。
「ルナ……良かった……本当に、良かった……」
苦しい程に抱き締めている腕に力を込められる。
まさか、と思った。
嘘だ、生きてるなんて、そんな……と。
けれども私は、私を抱き締めている人物を、その人を確かめるためになんとかその顔を見ようとした。
これでもしもお兄様とかお父様とかだったらどうしようもなくて笑ってしまうかもしれないな、と思いながら。
でも、そこにいたのはお兄様でもお父様でもなくて。
本当の本当に、見間違えることのない程によく見知った、もう一度会いたいと願った彼が、パトリックがそこにいたのだ。
「……どうして?」
ぽつりと、掠れた声で呟いた言葉にパトリックは漸く腕の力を緩めて、そして私の顔を覗き込んだ。
「ごめん、ルナ。心配かけたね」
その言葉が、表情があまりにも優しくて、私はいつの間にか涙が溢れていた。
「そ、……んな、だって、…死んだって……もう、 いないって……生きてる、はずが……」
途切れ途切れの声は、震える唇の所為で余計に聞き取りにくくなっているはずだ。
でも、それでもきちんと私の言いたいことを理解してくれたのか、パトリックは申し訳なさそうに眉を下げて、私の背中をゆっくりと撫でてくれた。
「うん、ごめん、生きてるよ。ごめん」
そう言って何度も謝る彼に、私は無言で首を振る。
「謝る、必要なんてない、……私、は……良かった……」
「心配させて、こんなにもルナを追い詰めてしまったのは少なくとも俺の所為だ。だから、謝らせてほしいんだ」
そう言われてしまえば、私は彼の言葉を否定することなんて出来るはずがない。
私は彼に縋ってわんわんと泣いた。
枯れ果ててもう出てこないと思っていたのに、こうも簡単に涙は出てくるものなのかと見当違いなことを思って、感心してしまう。
「ルナ、ごめん。本当にごめんな」
そう、何度も謝り続ける彼に、次第に私は泣きながらも笑ってしまった。
「……パトリック」
「うん」
泣きながらも、それでも彼の名前を呼ぶと、それに彼は答えてくれる。
「パトリック、……パトリック」
「ちゃんとここにいるよ」
何度も彼の存在を確かめるように呼ぶ度に、彼は存在を肯定するかのように強く抱き締めてくれた。
長い時間それを繰り返していると、泣き疲れた私はいつしか、そのままパトリックの腕の中で、子供のようにうとうととし始めてしまっていた。
それに気が付いたパトリックは、安心させるように優しくて背中を撫でながら「俺はここにいるから、もう何処にも行かないから」と囁いてくれる。
その言葉にほぅっと息を吐きながら安堵した私は、彼の温もりを感じながらいつしか微睡みに身を委ね始めていた。
ここのところ寝不足が続いていた所為だろうな、とぼんやりとした頭で思いながら、私の意識は深く沈んでいった。
けれどもそれは、彼の訃報を聞いたあの日のように、どこまでも深い悲しみの中に沈んでいくのではなく、温かく心地良いものの中へと意識が沈んでいくのを感じた。
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